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救急車が到着した病院の検査室。
運ばれてきた弾は気を失っていて、それなのにずっと「まくら」と譫言のように言っていた。
言葉の通り枕のことだと思った先生は
「どうしました?枕ならここにありますよ」
そう言ってもまだ唸っている弾に、
「違う?枕を外したい?」
病院の枕が気に食わないのだろうか、神経質な患者さんなのだろうかと考えを巡らせていると、弾が苦しげに言った。
──違います。俺のまくら、まくらが、と。
看護師達の間からざわめきが広がる。
皆んなが注目する中、弾の意識は徐々にはっきりしてきたのか、今度ははっきりと口に出す。
──真夢……!
そう叫ぶように言って、痛みで顔を歪める。
「ダメよ!大人しくして下さい。頭にする枕じゃなくて、まくらさん、なの?」
ピンときた先生が聞くと弾は
「……女です。綺麗で、髪の長い」
そう答えた。
「女の子……付き添いで何人か来てたわよね……皆んな可愛くて髪が長かったような、どなたかしら……」
先生が考えていると
「一番綺麗な女です。おでこを出した……」
弾の言葉に、ああ、あの子ね!と納得した。
「1人怪我して検査受けてたお嬢さんね」
「やっぱり怪我を……!あいつ……」
起きあがろうとする弾を先生は慌てて止めると、弾は必死に訴えた。
真夢のところへ行かないと、と。
彼の想いの強さを感じながらも、医者としては検査もまだ済んでいない弾を安静にさせて様子をみるしかなかった。
「全然無事なんかじゃなかった……畜生……!」
そう言って弾は怪我をしているとは思えない力で看護師達の制止を振り切ろうとする。そんな弾に先生は窘める。
「違います。あなたは彼女を守りました。あなたが庇わなければ、彼女はあんな怪我ではすまなかったはずです。自分を誇っていいでしょう」
でも……! と、尚も食い下がる弾に先生は
「あなたもパッと診させて頂いた限りは大丈夫そうですが、ここで無理したらどうなるかわかりません。検査をするまで無茶はダメです。あなたに何かあったらそれこそ彼女が泣きますよ」
そう伝えるとやっと弾は少し冷静になったという。
「顔……」
「え?顔?」
「顔に傷はついちゃいないだろうな……」
呟く弾に先生は迷ったが
「かすり傷が、ほんの少し」
真実を伝えると弾の顔が自分の苦痛以上に歪んだ。
「何てこった……顔に……」
「ほんの少しよ。痕も残らないと思うわ」
「そんな問題じゃねえ。嫁入り前の女の顔に傷が……真夢の自慢の肌が……」
泣きそうな弾に先生は。
「なら、あなたがもらってあげばいいわ」
その言葉に弾は漸く大人しくなった。
だがいつまた真夢の元に行こうとするかわからないし、弾に本気を出されたら看護師では制止できない。
検査をする前に何かあっては危険と判断した先生は、念の為鎮静剤を打った。
弾はその後も、何度も何度も彼女の名前を呼んでいた。そしてようやく鎮静剤で今度こそ本当に気を失ったのだった。
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その話を聞いて、私はいても立ってもいられなくなった。
「すごいのよ、さっきまで痛みに顔を歪ませてたのに、あなたのことがわかったらものすごい力で行こうとするの。何人がかりで漸く止めたのよ。よほどあなたのことが心配だったのね」
まくら。
私のこと。私の名前だ。
まくら、まくら……何度も呼んでくれたの?
私が今側にいるとわかったら、どんな気持ちなんだろう。
何とも言えない複雑な感情が押し寄せる。
「弾くんのばか……」
「あら、可愛いのに素直じゃないのね」
べそをかきながら悪態をついた私に美人女医が微笑む。
「分かってます!だからこうなったんです!!全部私のせいなんです……あと……可愛くなんてありません……」
泣きながら捲し立てる私に先生は
「可愛いわよ」
と言って笑った。
「やっぱり私が怪我すればよかった……」
そう呟くと
「あら、それはダメよ。それはこの彼に失礼でしょう。こんなになってまで守りたかったあなたがそんなこと言っちゃダメ」
先生が優しく窘める。
「言うならありがとうって言ってあげないと。ごめんねよりそっちの方が喜んで目を覚ますかもしれないわ」
そうだろうか。
「でも私、酷い事言ったんですよ」
「それでも守りたいくらい、彼はあなたが大好きなのね」
その言葉に胸がギュッとなる。
「私だって大好きです!」
「それじゃ決まりね。目が覚めたらちゃんと謝って仲直りすること」
「……はい!」
先生はまた点滴を入れにくるから、と言って出て行った。
「……はあ。何かどっと疲れたなあ……」
弾くんはまだ目を閉じたままだ。
さっきの先生の言葉を思い出す。
謝るよりありがとう……
眠ったままの弾くんに話しかける。
「弾くん。助けてくれてありがとう。嫌なこと沢山言ったのに、こんな痛い思いしてまで助けてくれてありがとう……!私の傷は大丈夫、ケアして跡形もなくピカピカにするから!」
だから、だからね。
起きたら仲直りさせてね。
そして、痕が残らなくても、私を……
あ、じゃあ、今のうちに最後の皮肉を言っとこう!弾くんが聞いてないうちに。
「弾くん。美人女医は中身までいい女だね。あの人も弾くんが呼んだの?失礼しちゃう!また美人を引き寄せて許さないんだから!」
まったくもう、そう言って1人でくすっと笑うと
「違げえよ」
弾くんの声が聞こえた気がした。
「え?あれ?」
空耳?
「違げえって」
弾くんが口を開く。
「え?……弾くん?弾くん??」
私の顔を見て、弾くんがにやっと笑って言う。
「俺がそんな事するわけねえだろ」
弾くんが起きてる。こっち見て、笑ってる。
「弾……くん……!!」
「真夢、お前わざと俺が寝ている間に変な冗談言いやがって。俺が引き寄せたいのはお前だけなの、知ってんだろ」
「弾くん……弾く……!弾くん!!!!良かった……!本当に……!」
私は涙をばらばらこぼしながら弾くんに向かってそう呟く。そんな私を見て弾くんは笑う。
「お前何て顔してんだ。美人が台無しだぞ。こりゃ源三の言う通りちょっとアレかもな……でも」
源さん?何で源さんが出てくるの?ちょっとアレって不細工ってこと??
「俺にとってはどんなお前も世界一の美人だ」
もう……もう……!!この人は……!!
私はますます涙が溢れてくる。
「弾くんのせいで泣いてるんだよ!弾くんがいなくなったらどうしようって怖かったんだから!怪我したのも、私のせいだったのに!あんなこと言ったのに……!私が悪いのにっ……!」
「いや、お前悪くねえだろ。資材が倒れてきたのなんてお前のせいじゃねえだろうが」
資材のことはそうかもしれないけど、それ以外に突っかかったり酷い事を言ったりしたのに。
「違うの!私がいけないの!私が意地張ったりしなければこんなことにはならなかったのに……!」
「それはお互い様だ。俺だってかなりやらかしてたろ……それにしてもあの医者、ベラベラしゃべりやがって……!俺の胸の内が筒抜けじゃねえか……!」
弾くんは恥ずかしそうに顔を歪め、顔に手を置いた。
「弾くん、痛い?大丈夫?私ここにいるよ。ずっといるよ」
「ああ。いるな。目の前にいる。すげー会いたかった」
弾くんが私を見つめて、そう言ってくれる。
「私もだよ……弾くん……」
そして
「まあ、俺の気持ちは筒抜けちまったが、真夢の気持ちも色々聞けたしイーブン?Win-Win?ってやつか?」
と言ってニコッと笑う。
「え?」
私の気持ち?どういうこと……?
まさか……まさか……!!
「弾くん……もしかして、起きてたの……?」
「ん?んーー……まあな」
弾くんは勿体ぶって言う。
「え!?嘘!いつから?どこから聞いてたの!?」
私はかなり動揺していた。
「さあ。最初から……かな?」
「最初……」
それって……私が弾くんを好きとか、他の女の子なんてとか、そういうのも全部!!!?
「や……な……何で教えてくれなかったの!!?」
真っ赤になって声をあげる私に
「いや、意識はボンヤリあったんだけど動けなくてよ……それに、お前が可愛いことばっか言ってくれるから、幸せだなあって思って聞いてた」
と弾くんは悪びれず話す。
「ばか……ばか……弾くんのばか……もう!恥ずかしい!!」
私の抗議を聞いて弾くんは
「お、何だ。またやり合うのか!?」
と悪戯っぽく笑って言う。
「ううん、怒らない」
私は弾くんを見つめる。
「全部、本当のことだから」
「真夢……」
弾くんは少し驚いたあと、嬉しそうに目を細めて私を見る。
「真夢、こっちに来い」
そう言われて私はベッドに近寄る。
「もっとだ。ほら、ここ。座れ」
弾くんは自分の横をポンポン叩く。
「え?でも点滴の邪魔になっちゃうし、身体に障るんじゃない?」
「大丈夫だから」
そう言って微笑む弾くんを見て、ドキドキしながらも素直に従う。
点滴を避けて横に腰掛けると
「ああ、やっぱり」
弾くんが嬉しそうな顔をする。
「お前とこうしていると落ち着く」
「本当?」
「ああ。だからな……真夢」
「うん?」
弾くんは私をまっすぐ見つめて言う。
「どこにも行かないでくれよ。鬼頭組にも、他の所にも。ずっと俺の側にいてくれないか」
「弾くん……」
「ごめんな、真夢。俺が悪かった。鬼頭組に行けなんて、思ってもない事言っちまって。俺は、お前がいなきゃダメなんだ」
真剣な眼差し。真っ直ぐな言葉。
私の心臓は破裂してしまいそうだ。
「俺は……お前の事が、心底好きだ」
「私も、弾くんが好き……大好き……!」
「友情じゃねえぞ、いつも言ってる……」
「私はいつも愛情の好きのつもりで言ってたよ……!」
「そうなのか?俺もずっと愛してるの好きって言ってたぜ」
愛してる……、涙が止まらなくなる。
「ああもう泣くなって……、最近お前泣いてばっかだな」
涙を拭ってくれるその手つきはとても優しくて、胸がいっぱいになる。
「これはいいの!だって……だって嬉しいんだもん……わっ!」
話の途中で弾くんは私を抱き寄せた。
寝ている弾くんの上に倒れるような形になり、私は慌てて
「ダメだよ!痛むでしょ!?身体!」
そう言って離れようとするけど、弾くんは
「ああ、痛えよ。あちこち痛え。でも、この痛い思いをするのがお前じゃなくて良かった、としか思えねえな」
と言って離してくれようとしない。
「弾くん……」
「真夢……ずっと、ずっと会いたかった……!」
それを聞いた私は、また涙が浮かんでくる。もうホント、ずっと泣きっぱなしだよ。
「私も……!寂しかったよ……弾くんと一緒にいられない毎日が苦しかった……!」
「ごめんな……何度も謝ろうと思ったんだ。だけどどう言っていいかわかんなくて……情けねえだろ」
「私も、嫌われちゃってたらと思ったらメッセージも送れなかった。本当は顔が見たいのに、会いたいのに、それが出来なくて悲しかった……!」
「ああ、俺も会いたかった。お前に会いたくて堪らなかった。会いたかった……本当に……真夢……!!」
「弾くん……!!」
弾くんはベッドに寝たまま強く抱き締めてくれる。私は身動きもできずされるがままだ。
「弾くん……八波さん、て呼んだ時……悲しかった?」
弾くんは私を抱きしめながら少し考えて
「ああ、悲しかった。すげえ悲しかったよ」
と正直に言ってくれた。
「ごめんね……ごめんねえぇ……!私も月野さん、て言われた時、胸が潰れるかと思った……!」
「だよな。ごめんな。このデカい胸が潰れたら大変だぜ」
「ーーー〜っ、もう!弾くんたら!!」
弾くんは私を抱きしめて頭を撫でる。
「お前と仲直り出来たなら、怪我した甲斐があったな」
「馬鹿なこと言わないで!ホントに……もし……死んじゃったらどうしようかって……思ったんだか……」
言葉が途切れる。また涙が出てきた。
「おい、また泣くのかよ……そんなだと源三にまた酷いって言われるぜ?」
そう言ってカラッと笑う弾くん。
「なにーーー〜!?源さん、許さん!!」
「ははは、何だそれ」
「何だろね、あははは」
弾くんにつられて私も笑う。
「……やっと笑ったな」
「え?」
「いつもの可愛いお前に戻った」
「やだ!恥ずかしいこと言わないで……!!」
「本当のことだろうが。泣いてても崩れてても俺にとってお前は美人だけど、やっぱり笑ってる顔が一番可愛いぜ」
「……」
「誰よりも美人だ。可愛くて、綺麗で……お前みたいに魅力的な女、他にはいねえ」
「……看板娘さんより?」
「ああ」
「……あのお医者さんより?」
「ああ。あの人そんなに美人か?まあ世間一般的には綺麗……ではあるんだろうけど……」
「どう見ても美人でしょ!!何?弾くん見る目ないの?あれ?て事は私不細工??」
「ははははは!!そうなるな!」
「ひどーーい!!それにやっぱりあの女医さん綺麗って言ってるし!!」
「だから、お前の方が断然上だ」
弾くんが私の頭を撫でながら言う。
「弾くんずるい!!好き!!!」
「お前、ホントそういうところ無自覚だからタチ悪いんだよな」
「どういうとこ!?」
「何でもない。とにかく、俺にとってお前以上の女はいないってことだ。だからな」
私の目を真っ直ぐ見て言う。
「俺の恋人になってくれ」
「……勿論だよおぉ……!」
そう言ってまた泣き崩れる私を弾くんは笑いながら抱きしめてくれる。
すると弾くんは何かを思い出したように言う。
「そうだ、真夢。顔見せてくれ。お前はピカピカに治すって言ってたけど、自慢の肌に傷がついちまったんだよな。守りきれなくて申し訳ねえ」
本当に全部聞いてたんだね……
「そんなことないよ。少しかすり傷がついただけ。大袈裟にテープとか貼られちゃってるだけなんだってば」
「そうか……?でもよく見えないからもうちょっとこっち来い」
「うん……でも見てどうするの?テープも貼られてるし……」
私は顔を近づける。
「いいから」
更に顔を寄せるとそのままぐいっと引き寄せられ、唇を塞がれた。
「んっ……!?」
キスされてる……?弾くんに……
私、弾くんとキスしてる……!
私は驚きながらも抵抗せずに受け入れる。
弾くんのキスは優しくて甘くて、それでいてとても熱い。
「ぷはっ……だんくん」
「ずっとこうしたかった」
そう言ってまた口付けてくる。今度は深く、舌まで入れてきた。
「ダメだよ!怪我に障るでしょ!!」
そう言って私が離れようとしても
「ずっと我慢してたんだ……少しだけ、少しだけでいいから……」
……そんな事をそんな風に言われたら断れるわけないでしょ!!!
ダメなのに、また唇同士が吸い寄せられる。
私達のファーストキスは甘酸っぱくなんてなく、ただひたすらに甘い。
こんなこと言ったら弾くんは怒るかもしれないけど、私はキス自体はしたことはあるけど、こんなキスはしたことがない。
頭がクラクラしてくる。息の仕方がわかんないよ……。
「うわ……お前……エロいな……」
私が酸欠でフラついていると、弾くんがそう言った。
「ええ……!?」
「その顔ヤバすぎるって……」
「そ、そんな事言われても……それに、ね?私さえ酸欠気味でフラフラしてるんだからもうおしまい!」
「俺は元気だからだいじょーぶ」
「だいじょーぶなわけないでしょ!!続きはまた元気になってから……」
それを聞いた弾くんの目が丸くなる。
あれ、私、もしかしてとんでもないこと言ったかな。
「お前はホントに……そういうところがなあ……」
「何?何のこと??」
「とぼけてみてもダメだぞ。分かった。続きは元気になったらするんだな。よーく覚えとく。でもキスはまだやめねえ」
そう言ってまた激しいキスをする。
「ん……ぅ……ぁ……」
「好きだ真夢……愛してる……!」
「……わたし、も……!」
弾くんの手が背中に回る。それだけでゾクゾクしてくる……もっと抱き締めて欲しい。
「真夢、このまま俺の上に乗ってくれ」
「何を言うの!!?ダメに決まってるでしょ!?」
「ちぇっ、ダメか」
「当たり前です!!」
なら、と舌を絡めるような濃厚なキスをしながら私の胸を触ってくる。服の上からだけどそれでも気持ちよくて身体が反応してしまう。
「こらぁ!」
「くそっ、バレたか」
「当たり前でしょ!?」
「でもちょっと触ったぞ……やったぜ、ついにお前のクソエロくてデカい胸触ってやったぞ……!」
よくやった俺、と偉そうに、でもとても嬉しそうに言う弾くん。
「そんな事するならもうこれもおしまいだね」
そう言ってキスをやめようとすると弾くんは慌てて言う。
「悪かった!調子に乗りました!」
「んふふ、よろしい……でも本当にもうやめよう?傷に悪いよ」
「分かった、じゃあ最後にもう一回だけ……」
そう言って私の唇を貪る弾くん。
「んう………」
ちゅっ、ちゅうっ、という病室にふさわしくない音が響く。弾くんは私の舌を吸ったり自分のと絡ませたりしている。
「んむっ……!ちょ、っと……長い……!」
「ちゅぱ、今日最後のキスだからな……んむ」
にゅくっ、にちゃ、にゅぐっ、にゅぷ、と音をたてながらしつこく絡み合う音と、弾くんの荒い呼吸だけが聞こえる。
息が苦しいけど、それが心地よい。ずっとこうしていたいくらい。しばらくしてやっと口を離してくれた。
そして少しだけ抱きしめてくれた後、ゆっくり離れて、私を見つめる。
ああ、やっぱりカッコいいな……
その瞳には確かに愛情があった。
私はこの人を好きになってよかった。
本当に心の底からそう思った。
そして、やっと離してくれた唇をまた彼のものに重ねてしまうのだった。
