シャッフル・マイハート①

「真夢……」
「源さん……」

 おいらの下には敷かれた布団の上に、下着姿になった真夢がいる。おいらは、真夢にあと一歩で覆い被さるような体勢だった。
「源さん、ごめんね……なんだよね……?」
「ああ……でも、お前が悪いわけじゃねえんだ。勿論弾も。でも……クソッッ」
真夢は背けたおいらの顔をじっと見ている。
 ……綺麗だな。弾の奴が骨抜きになるのもわかるぜ。惚れている相手ではなくたってそう思うんだ。万人が見たって真夢は美人だ。
 その真夢が下着姿で横たわっているとなれば、おいらでなくたって理性を保つのが大変だろう。
普段は特に気にしちゃいねえが、服の上からだってわかる抜群のプロポーション、大きな胸と細い腰、もち感のあるきめ細かな白い肌……今一度言うが意中の相手でなくたって十分抱ける。
 真夢は潤んだ瞳でおいらを見る。
「好きでもないのに、ごめん……」
 だから違うんだ。お前は何も悪かねえんだ。ただ、お前が見ているのは、おいらではなく……弾なんだ。本来ここは弾のポジションなんだ。お前が心底惚れてて、抱かれてえのは弾だけなんだ。
 クソッッ、本当にどうしてこんなことになりやがったんだ……!!

 その日。
いつもと変わらず皆で昼休憩をとりに行くと、帰り道で珍しく何かを配っている二人組の女子配布員がいた。
「新作香水のムエット配布中です!お姉さん、いかがですか?」
「わー!そうなんだ?貰おっかな?」
香水好きの真夢がさっそく手に取る。
「よかったな、真夢」
その真夢を大好きで仕方がねえ、真夢の恋人である弾も嬉しそうに眺めている。
「最後の一つですよ!」
「え?そうなんですか?じゃあ皆んなは……」
気配り上手の真夢が自分だけ貰うわけには、と周りを伺うが、
「いいよ!真夢、香水好きだろ」
「そうだよ、いいよ真夢ちゃん」
ミカやカンナも香水好きの真夢に快く譲り、真夢もニッコリ笑顔になる。
「ありがとう!じゃあお言葉に甘えて!」
「これは特別な香水なんですよ」
「へえ、どんな風にですか?」
誰も特に疑問に思わないまま話が進んでいく。
「そうですね、じゃあ、ムエットを嗅いだ後こちらのお兄さんをじっとご覧になって下さい」
「おいらを?」
皆んながおいらを見る。何が起こるんだろう、皆んなそれくらいにしか思ってなかった。勿論おいらも。
言われた真夢はその通りにムエットを嗅ぎ、いい匂い〜!と言って笑顔のままおいらをじっと見つめた。
 若干照れんな。そんで弾の奴の視線が痛えこと痛えこと!!
 安心しろよ、真夢がお前しか見てないことは百も億も承知だし、逆もまたしかりだぜぃ。
「……どうですか?何か感じます?」
しばらく経ってその配布員の姉ちゃんが真夢に尋ねる。
「え?いえ別に……ねえ源さん?」
真夢はおいらにニコッと可愛い笑顔を向けた。
 ん?
そこにいた皆んなが若干の違和感を感じた。
まあおいらを見ろと言われた後だからおいらを見たんだろうが、いつもならその笑顔は……
その様子をビキビキと感じながら見ていたのは勿論弾。
「……真夢?どうかしたのか」
「え?」
 やっぱりそうだよな、やっぱりそうなるよな!?
真夢にゾッコンの弾が黙っているはずがねえ。
「え?弾くん……どうしたの?」
真夢が不思議そうに弾に話しかけて、少し不安そうにおいらにそっと寄り添った。
「「「「……!??」」」」
皆んなが感じていた違和感が徐々に濃くなっていく。
「いや、真夢……なんかさっきから源の字の方ばっか見てるしさ……」
ミカも不思議そうに言う。
「そう言えばそうだね?しかも弾くんの前で……」
カンナちゃんも同意して首を傾げる。
すると弾は怒りを通り越して悲しそうな顔でおいら達に近寄る。
「真夢……お前……どうしたんだ」
「お、落ち着け弾」
おいらは咄嗟に真夢の手を取って距離をとった。
弾は怒りに震え、おいらの胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「真夢に何をした!?」
「何もしてねえわ!」
「どうしたの!?弾くんやめて、源さんにそんな……!」
真夢がおいらの腕にギュッとしがみついて庇おうとした。
「「「「……!?!!!!!!!」」」」
真夢以外の全員が雷に打たれたような衝撃を受け、兎角弾に至っては呆然としている。
「……真夢」
「大丈夫?源さん……弾くんお願い、源さんから手を離して」
泣きそうな顔で弾にそう訴える真夢と、真夢の最愛の恋人である弾のやりとりが決定的に食い違う。
怒りに震えながらも、真夢よりずっと泣きそうな顔になっている弾が真夢に尋ねる。
「真夢……何で源三ばっかり庇うんだ。何でそんなに源三にひっついて……」
「え……弾くん、何言って……」
真夢は一瞬驚いたような顔をして、その後に頬を染めながら決定打を打つ。
「そんなの……私が……源さんの事を好きだからに決まっているでしょう」
「え!!?」
「は!!!?」
「真夢!!!?」
真夢と弾以外の全員の驚きの声がハモり、驚天動地どころじゃなくなって事態はカオスだ。
「え?真夢……何言っ……」
おいらが慌てて真夢に声をかけたところで、バターーーーーン!!!と大きな音を立てて、弾がひっくり返った。泡を拭いてぶっ倒れちまった。
「弾ーーーーっ!!!」
「弾くん!!?」
「いやまあそうなるよね、真夢、アンタどうしたんだい?!」
ミカの問いかけに真夢は目をぱちくりさせて、さも不思議そうに答えた。
「どうしたって……どうもこうもないよ?私が源さんを好きなのなんて、付き合うからダダ漏れだったでしょ?」
「違うだろ!!?アンタが好きで付き合ってるのは弾だろ!!?」
ミカが驚いて声を上げる。
「え!?弾くん!?な、なんで……」
真夢もびっくりして聞き返す。おいらも驚く。いや、驚いたのは皆んな同じだけどな!!
しかし、真夢は慌てて否定しようとする。
「ちがっ……違うよ!そんなのじゃないってば……弾くんは勿論好きだけどそれは友情で、私が付き合ってるのは源さんだもん」
「違うよ、どうしちゃったの真夢ちゃん!?」
カンナちゃんも必死で真夢に食い下がる。
弾は泡を拭いたまま目を回して動かねえ。ミカやカンナちゃんに揺すられてもピクリとも動かねえ。
「真夢、どうしちまったんだ」
おいらも真夢に向かい合って話す。
「どうしたって何が?」
真夢もおいらを見る。でもいつもと目が違う。これは……
これは、恋をしている目だ。そっちに鈍いおいらでもわかる。
 これは、いつも真夢が弾に向けている蕩けそうな熱視線だ。
「源さん、私のこと忘れちゃったの……?」
「違えだろ。真夢、お前が好きなのは弾だろ」
「だからそれは……!」
「お前と弾が好き同士なんだ、一緒に暮らしてるだろ?結婚だって考えて……」
「そうだよ!結婚しようって言ってたのに、忘れちゃったの?源さあああん!」
真夢が泣き崩れる。そんな真夢をミカやカンナちゃんが慌てて宥めるが、周りも皆んな何が何やらだ。
「真夢、一体どうしちゃったんだい?」
「源さん……、これは一体……」
 いよいよ変だ。おかしすぎる。弾の奴も気の毒過ぎる。
「何だこりゃあ……まるで真夢の中で弾とおいらが入れ替わったみてえな……ん?」
不意に口から出たおいらの言葉に皆んな「!!!」という面持ちになる。
「それだ!!!それだよ源の字!!」
「そうだね!いつからそうなったんだっけ?えっと……」
一同で考えると、同時に声を上げる。
「香水!!!」
慌てて辺りを見渡してみても、配布員の姿はもうなかった。
「やっぱり……!いないね!?」
「黒木組の奴か?それとも鬼頭組の……?」
「とりあえず事務所に戻ろう!」
 泣き続ける真夢とぶっ倒れた弾を何とか事務所まで連れて行き、おいら達は一旦落ち着くことにした。

✳︎✳︎✳︎

「弾はまだ意識が戻らないが……」
「相当ショックだっだんだろ、ベッタベタに惚れ切ってる真夢が源の字をかばうどころか好きだなんて言うんだから」
「だよね……弾くん、可哀想……でも真夢ちゃんが悪いってわけじゃ……」
 そうだ。あの香水を吸っておいらを見てから真夢はおかしくなったんだ。
弾はまだ休憩室のソファで伸びてやがるし、真夢も泣き止んだものの不安そうにしている。
 一体どうしたら……
そう思いかけたところでおいらのケータイが鳴った。
「もしもし……龍!?」
『ふん、全くつまらんことで手間をかけおって。分かったぞ』
「本当か!!?ありがとな!!」
 鬼頭組社長の大龍がことの顛末を教えてくれる。

 どうやら今回の騒動は黒木組でも鬼頭組でもなく……
「夏祭りの時の三人組!?」
「ああ……いたなそんな奴ら」
「弾の事が好きで付き纏って、嘘付いて真夢を泣かせた奴らかい!?」
真夢をウソで出し抜いて泣かせ、弾にしつこく付き纏った女衆三人組……いや、その中心人物のAってやつの仕業らしい。
スピーカーホンにして大龍から話を聞く。
『まあ、その薬を頼まれて作ったのは黒木組らしいがな。奴の言ってた親父のツテらしい』
「ああ言ってたね、この街で働けないようにとか何とかって」
カンナちゃんが思い出して顔を曇らせる。おいらもそれを見て胸がざわつく。
「大龍!それってどんな薬なんだい?」
ミカが身を乗り出してスマホに話しかける。
『ホレ薬の一種だな。下らん』
カンナちゃんも続いて聞く。
「え!?でもそれなら源さんの事を好きになるのはまだわかるけど、弾くんのこと……」
『それが今回のややこしい所だ。実は……』
 どうやらその薬は、新しく誰かに恋をさせる薬ではなく、元々ある恋心をそのままスイッチさせてしまう薬らしい。
薬を取り込んでから最初に一定時間見た人物を、今の恋愛対象とそっくりそのまま変えてしまう代物だ。
だから真夢は、おいらに惚れている、というより弾への気持ちとおいらへの気持ちが完全に入れ違っている状態らしい。
「だから新たに源の字に惚れる、じゃなくて真夢からしたらいつも通り弾を好きでいるのと変わらない、ってことかい……しかも香水好きな真夢一人がうまく取り込むこようによく考えてられてるね……あいつら!!」
『ふん、頭が切れるなチェーンソー女。その通りだ』
「何それ……そんなの酷過ぎる……!」
ミカやカンナちゃんが憤りの声を上げる。
『だから厄介なんだ。気持ちそのものだけを、記憶は変えずにスイッチする薬なんてものを作るのは』
「何でこんな嫌がらせをまた秋になった今頃……」
おいらの言葉に大龍は鼻を鳴らす。
『ふん、この鈍感男。今でもまだその爆弾を忘れられんと言うことだろう』
その天下の色男さながらになっちまった弾は、まだ目を回してソファで伸びてるっつーのに……!
「本当なんですか、大龍さん」
黙って話を聞いていた真夢がスマホの近くにやってきて話しかける。
『ふん、この天然カマトトめ。二度と騙されるなと言ったろうが。どこまでこのオレの手を煩わせるんだ』
 すみません……と真夢は肩を落とす。
「龍、真夢は別に何も……」
『お前に言われずとも分かってる。どうせまたうまいこと唆されたんだろう』
大龍はめんどくさそうにフンと鼻を鳴らすが、さすが、真夢の奴は大龍までも籠絡してやがんだな。
『例の女が最後にどうしても、と今回のことを企んだようだ。奴は今頃アメリカにいる』
「「「ええ!?」」」
 どこまでぶっ飛んでんだ。訳がわからなくて笑えてくるぜい。
留学だか何だかで海外に行くらしい。配布員役をしていた女はあの時にいた残りの二人か。
「あれだけ大悪態ついて幸夢兄さんに鞍替えまでしてたのに、やっぱり弾を忘れられなかったってことかい……」
ミカがそう呟き、皆んなで真夢の顔を見る。
普段の弾命♡の真夢なら今のミカの言葉にそれこそ泡を吹いてひっくり返るところだが、不安そうにはしているがそこまでの動揺は見られない。
 やっぱりしっかりと薬にかかっているんだな……
「龍……、どうしたら真夢は元に戻るんだ?」
『……』
「「「??」」」
普段は言い淀んだりしない龍が発言に戸惑っている。
『あまり時間が無い。72時間以内に……』
「72時間以内に?……」
『……源三、お前は月野真夢を抱かねばならん』
 …………
………抱……?
「「「はああっ!!??」」」
ミカやカンナちゃんまで一緒に声を上げるが、それらを全て上回る大声が背後から襲ってきた。
「何ぃいいぃいいいいいぃぃいいい!!!!!!?」
おいらたちが飛び上がって振り向くと、そこにはワナワナと震えている弾の姿があった。
「あ、弾、気が付いたか……」
「気が付いたか?じゃねえええええ!!!源三、おま、お前がまく、まくっ!?」
「落ち着け!!気持ちは分かるがとりあえず落ち着……」
「落ち着いてられっか!!!」
弾はおいらの胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「真夢に、源三がその、せっ……せせせ」
「待て待て!落ち着け!!な?」
ミカやカンナちゃんも真っ青になって固まっている。
 無理もない。好きな女、しかも結婚を誓い合っている恋人が他の男に抱かれろなんて言われてたらこんな顔にもなるわな……!
『月野真夢は源三とのセックスで元に戻るんだ』
大龍のトドメの言葉に事務所内が静まりかえった。
もう全員が何を言われているのかまるで分からない状態で凍りついちまった。
 そりゃそうさ、大龍の言う事が正しければおいらが真夢とセッ……(ここら辺で皆んなが卒倒しちまってる)をすることで真夢の記憶も元通りになるんだ。
 でもな?これはとんでもない話だぜ?!?
「大龍!!頼むからもうちょっとマイルドに言ってくれ!!」
『十分マイルドに言ったろう。こうしている間にもどんどん時間は減っていくぞ。さらに厄介なことに、その制限時間を過ぎると月野真夢の中での恋愛感は定着してしまい元には戻せなくなるそうだ』
「そんな……!」
 おいらもようやく事態の重さに気がついた。
弾と目が合う。お互いの汗が止まんねえ。そして全員の顔が青ざめていく……
 これは……ヤベエぞ……
「大龍!!他に方法はないのか!?」
弾が涙目で膝をついて必死にスマホに呼びかけるが、大龍は冷静に言い放つ。
『ない。それに今、月野真夢はお前の事を友情の目で見ているだろう。それが何よりの証拠だ』
「どういうことだよ、それは」
『ふん、そのままの意味だ。もしお前に惚れてるままならこんな話は聞いちゃいられないはずだ。泡を吹いて倒れてるだろう』
その通りだ。いつもの真夢ならさっきの弾と同様泡を吹いてひっくり返るだろう。
「あ!じゃあさ、もう一度その惚れ薬を嗅いで弾くんを見ればいいんじゃない?」
カンナちゃんが名案を出してくれるが……
『それがな。この薬は一人に一度きりしか効かない。つまり月野真夢にはもう効かないのだ』
弾の顔が絶望に染まるが、ミカやカンナちゃんも悔しそうにしている。
「どこまで卑怯なことを!!今からアメリカに乗り込みに行くかい!?」
ミカがものすごい勢いで言うが、
『うちのジェットでもアメリカ行きは可能だが、時間が無い。制限時間が来てしまうだろう』
「なら、黒木組に解毒薬を……!」
『無理だな。今回の薬自体かなり時間をかけてたらしい』
「じゃあ夏祭りのすぐ後に薬を頼んだってことか……?」
 奴らの本気が伺える。そこまで好きなら正攻法で挑めばいいものを……いや、挑んだところで勝ち目はねえが。それほどまでに弾と真夢はお互いを愛し合っているんだ。
それなのに、その真夢の想いだけがおいらに向いていて、その解決方法が真夢を抱くしか無いなんて……
「大龍、もう方法はそれしかねえのか?他にねえのか?」
『しつこいぞ。ないものはないんだ』
おいらが聞くが、答えられるはずがない。この世には神も仏もいないらしい。いや、いるにはいるが無情なのか放任主義なのか……
「弾はどうなんだい」
ミカが弾に聞く。それはそうだ、おいらよりも弾の方が切羽詰まってるのは一目瞭然だろうからな。
「俺は……」
『月野真夢』
「……はい」
弾の言葉を待たずに大龍が真夢を呼ぶ。
『お前の恋人は誰だ』
「……弾くん、みたいです。話を聞くと……」
真夢は今までの話を聞いて整理したのかそう答えた。
『ならばお前が今、本当に愛していると思う男は誰だ』
「………」
真夢は口を閉ざす。おいら達は祈る。
 頼む真夢、お前は弾の事が……
真夢は悲しそうにうつむく。そして顔を上げて大龍に言った。
「私が今、好きだと思うのは……源さんです」
その言葉を聞き、おいらも弾も崩れ落ちた。
 ああ……もうダメだ……
 もう打つ手がない。この薬を作ったやつは悪魔に違いないぜ。本来とは別の男を好きだと思わせるなんて……!
『月野真夢。お前は夏祭りの手伝いの時、三人組に謀られて泣いたんだ。悔しいと、人の恋路を踏み躙る奴は豆になれとオレの車内で吠えたんだ。マスカラがぐちゃぐちゃになるほど泣いて、そこの爆弾男に自分より先に奴らに告白されたと腰を抜かしたんだ。覚えていないか』
「………」
 そんなことがあったのか、おいら達はそこまで詳細には知らなかった。
そしてそこまで真夢が自分の事を、と同じく今知った弾も、胸を熱くする一方でその想いが全ておいらに向かっている事への絶望感に包まれる。
「覚えてます」
「真夢!!」
「でもそれは、源さんだったはず……」
真夢の言葉でおいら達は言葉を失う。
『この通りだ。これは頗る厄介な事案だ』
「……源三が真夢を抱けば、本当に元通りになんのか」
弾が絞り出すような声で大龍に聞く。
『ああ。それは本当だ。お前らがここで揉めている間にも、月野真夢の恋心は薬で間違った相手に定着し続けている』
おいらは弾の顔を見る。何というべきか。
「わかった、大龍、ありがとな」
弾はそう言って通話を終了させた。
 弾……そんな悲しい顔すんなよ……!分かるぜ、苦しいよな!?でも……!!
「弾……」
「源三、すまねえ……本当にすまねえ」
弾はそう言って涙を流し始めた。おいらは胸が張り裂けそうだ。何でこんなことになっちまったんだ……!?
「真夢」
「弾くん……」
「お前が今好きなのは、俺じゃなくて源三なんだな?」
弾が真夢にそう確認すると、真夢は辛そうな顔をしつつもコクリと頷いた。
それを見た弾が
「悪りぃ、ちょっと源三と二人にしてくれるか」
そう言ってミカとカンナちゃんに何かを短く告げて、女三人衆を部屋の外へと出す。三人とも素直に出て行ってくれた。
 うちの三人娘は最高だってのに、何であいつらはこんな事を……!
それだけ弾に本気だったって事か、真夢を妬んでいたのかは分からねえが、この事態はかなり劣悪だ。

✳︎✳︎✳︎

弾と二人になり、ほんの僅かに沈黙に身を委ねたが、すぐに弾が切り出してくる。
「源三……」
切り出したはいいが涙が流れ続ける弾の姿を見ていられず、おいらはそっと手ぬぐいを渡す。
「……っ、すまねえ……」
「何でお前が謝るんだ……」
 そしてまた静かになる二人。
おいらも弾も言葉が出てこねえ。弾はどんな気持ちでこの沈黙を耐えているんだろうか……自分が好きな女が他の男に抱かれるなんて、しかもそれが自分への想いを利用してだなんて、おいらだったら耐えられねえ。今の真夢は薬でそう思わされてんだからな……
「お前の立場だって辛いだろ」
必死に涙を堪えながら弾が聞いてきた。
「お前に比べりゃ足元にも及ばねえよ。そんなこたぁ気にすんな」
何とか少しでも楽になって貰おうと前向きな事を言ってみても弾の涙は止まらない。
 あの弾が、男泣きをしている。
 いつも明るくて、ちょっと無鉄砲な所もあるが真っ直ぐで、おいらを勝手にライバル視して突っかかってくるのがちょっとめんどくせえけど、トータルしたらすげえいい男の弾が。
大粒の涙をばらばらと床に落としながら、歯を食いしばって必死に嗚咽を堪えている弾がそこにいる。
「ううっ、ぐ、ぐう……!」
「弾……」
 もう耐え切れねえ。おいらは弾を抱き寄せて背中を摩った。弾もそれに応えるようにおいらの背中に手を回す。
二人で抱き合って泣くなんてみっともねえと思ったが、それでも止まらなかったんだ……
 ……真夢、本当に俺たちはどうしたらお前を幸せにしてやれるんだ……!?
「……すまねえな」
鼻をズッと啜りながら少し落ち着いたのか弾が呟く。
「気にすんな。泣くくらいタダでい!」
「はは、何だそれ」
弾は力なく笑う。
「お前、本当に真夢のことを大事に思ってるんだな」
おいらがそう言うと、弾はまた悲しい顔をした。
「……ああ。当たり前だ。概念イチ好きな女だからな」
そして意を決したようにこう言ってきやがったんだ。
「源三、俺はお前が嫌いだ」
「ああ、知ってるぜい」
「でもな……本当には嫌いじゃねえ」
「おう、それも知ってる」
「俺は……お前になら真夢を託せると思うんだ……」
「弾……」
おさまった涙がまた大きな猫目に溜まっていく。
「本来、誰にもアイツを渡すなんてことは有り得ねえ。それでも……」
おいらは黙って弾の言葉を待つ。
「俺は、真夢を愛してる」
弾がポロポロと大粒の涙を流しながらそう言った。
「真夢と離れる人生は、俺には考えられねえんだ。誰だって死ぬほど嫌だが、大龍や颯よりは源三、信頼しているお前になら……真夢を……!」
「おうよ……!」
おいらも泣きながらそう答えた。
 こいつは本当にいい男だ。男気だけじゃなく女への深い愛情もある。
「惚れてもねえ女抱くの、お前だって嫌だろ。別に好きな女がいるのによ。しかも……だ、仲間の女なんて」
 ダチと言いかけたのか、そう言ってくれりゃいいのによ。
こいつにここまで言わせちまって、俺は何としても真夢を元に戻す責任がある!必ず!必ずだ……!もう迷いはねえ。
「おいらの事は気にすんな!真夢ほどの上玉なら嫌がったらバチが当たるってもんよ」
冗談混じりにそう言ってやると、いつもなら絶対に「何ぃ!?源三テメエ!!真夢を何て目で見やがる!!?」なんて食ってかかってくるはずなのに、弾は力無く笑った。
「そうか、ありがとな」
 こんな弾は本当に見た事ねえ……調子が狂うぜ。真夢もだが、弾も元に戻してやりてえ……!
「でもよ、お前……出来るか?その、モテまくってる割にはお前、童貞……だよな?」
 ぐっ、痛え所を突いてきやがる!!
モテまくってるのかは知らんが、確かにおいらはまだ経験はねえ。
「ミカやカンナじゃなくて、真夢が最初で良いのか?……やっぱり申し訳ねえよ……」
ちょっと憎たらしいことを言ったのかと思えばまたこんな事を言ってきやがる。
「弾、お前の気持ちは嬉しいがよ、今はそんな事気にしてる場合じゃねえだろ」
おいらはそう答える。
「いや、だって……」
「良いから聞けって!真夢はな……お前のことが好きで好きで仕方ないんだ」
「……おう」
鼻をすすりながら返事をする弾。
「さっき真夢から見られて分かった。いつもおいらを見る目と全然違った。あの目でお前はいつも見られてたんだな」
そう言うと弾は目を丸くして、そのあと恥ずかしそうに頭をかく。
「そう……なのか?」
「そうだぜい。あの目はお前だけのもんなんだ。そうだろ?」
おいらが聞くと、弾が答えた。
「勿論だ」
「なら、その目は返してやらねえと。真夢にも、弾、お前にもな」
「源三……」
また弾の目に涙が溜まっていく。もう一生こんな光景は見られないだろうし、見たくねえ。
「ただな、真夢の事だ。今はおいらを弾のつもりで愛しちゃいるが、その、戻ったとして、お前以外に抱かれたと知ったら真夢は……」
それを聞いた弾の血の気が引いていく。
「そ、そうだよな……俺は自分のことばっかで……真夢は……」
「仕方ねえよ。とんでもねえことが起こったんだ。冷静に考えちゃいらんねえよ」
自分を責める弾を何とかフォローする。
「どうしたらいいんだ……」
「いや、弾。おいらは余計な事言ったぜい。その時はちゃんと説明すればいい。真夢なら分かってくれるだろうし、最悪なのはこのまま真夢が間違った恋愛をすることだ」
おいらの言葉を聞いて弾はハッとする。
「そ、そうか……そうだよな……」
「ああ。だからおいらに託すんだ。おいらもお前を信頼してるぜ」
「……頼むぜ、源三」
「おう!!」
それから弾は気持ちの整理をつけるように少し時間をおいてから立ち上がった。
「すまねえな……迷惑かけちまってよ……」
「気にすんなって!ただ時間ギリギリまでは足掻いてみようぜ。何とか真夢の記憶を元通りにできるよう、色々やってみよう。もし、それでもダメなら……」
おいらが言い淀むと、弾は。
「その時は……申し訳ないが源三。真夢を頼む」
そう言って頭を下げた。
 弾がおいらに頭を……
何かにつけておいらに突っかかって勝負事を持ちかけてくる弾が……
 真夢、お前はすげえな。天然人誑しなことは知ってたが、そんなの比じゃねえ。お前の本気はここまで弾を……
 いや、違えか。弾の本気もまた真夢を動かして、お前達はそうやって愛し合ってきたんだな。
「必ず真夢はお前に返す」
そう言っておいらと弾は硬く握手をした。

✳︎✳︎✳︎

「源の字、弾は何て?」
それぞれの持ち場に戻り、とりあえず仕事を再開させると、おいらの元へミカがやってきてコソッと聞いてくる。
「どうもこうもねえよ……」
「そうだよね……」
二人で弾の方を見ると、頑張って働いちゃいるが死にそうな面持ちだ。
「とりあえず時間ギリギリまでは粘ることにした。協力してくれるか」
「勿論だよ!真夢もかわいそうだけど、流石に弾も気の毒だよ……それに……源の字……」
ミカが俯きながら言う。
ミカを憎からず思っているおいらは複雑な気持ちになる。でもおいらはミカだけじゃなく、……カンナちゃんもだ。
 おいらは近く、この二人のどちらかと決着をつける気でいたんだ。
 でもそう思わせてくれたのも、弾と真夢なんだ。
夏祭りでくっついたあいつらを見て、おいらはカッコいいと思った。お互い拗らせていた両片想いにバシッとけじめつけた二人を見て、おいらもここのままではいられないと思った。
だから、何としても弾に真夢を返してやらなきゃならねえ。
「もし、何をしても無理だった時は……おいらが手を貸すことにした。ミカ、分かってくれるか」
ミカは俯いていたが、顔を上げ、そしてコクリと頷いた。
「うん……その時はそうするべきだと思うよ。それでこそ源の字だ!」
ニコッ!と笑うミカに勇気付けられた。無理矢理笑ってくれてるのが分かって心が痛む。
「カンナもそう思ってる。アタシ達のことは気にしないで。これは非常事態なんだから」
カンナちゃんもそう言ってくれてるのか。
「二人ともすまねえ!恩に着る!」
おいらはミカに頭を下げた。
 そうだ、何としても弾と真夢を元に戻してやるぜ!!そして二人を……
「だって、あの弾がさ」
「ん?」
ミカが少し悲しそうな笑顔で言う。
「あの猪突猛進、筋肉バカの弾がさ」
「あはは、言い過ぎじゃねえか」
おいらがツッコんでやると、ミカは苦笑いしてこう続けた。
「さっき、部屋から出ていく時にね。アタシとカンナに言ったんだよ。お前らにも迷惑かけて申し訳ねえ、真夢は薬でこうなってるだけだから嫌わないでやってくれって、いつも通りにしてやってくれって」
ミカの目にも涙が滲んでいく。
「単純バカの弾がさ。大好き、いや、あいつの全てである真夢がこんなことになって、誰よりも辛いのに。真夢のことは勿論だけど、アタシらを心配してんだよ、バカだよね本当……」
それを聞いたおいらは更に胸を抉られる思いに苛まれる。
「前はそんな気の回る奴じゃなかった。でもそれがこんな色々……それは全部真夢と出会ったから……!当たり前じゃないか……!真夢だって被害者なんだ、嫌う訳ない……!」
ミカの目から涙が溢れるほんの少し前に、強くミカを抱きしめる。
「大丈夫だ、ミカ。必ず元に戻る」
「……わああん、源の字……!」
泣きじゃくるミカを宥める。カンナちゃんも同じ気持ちなんだろうか。
「弾はおいらの事も心配してた。申し訳ねえって、惚れてもない女をって。でもよ、」
おいらはミカをもっと強く抱きしめながら言う。
「ダチの女をダチに戻す為なら協力しねえわけねえだろ!?なあ!」
「源の字……!」
ミカは感極まっているのか、もう言葉にならないようで嗚咽を漏らす。
「だからよ、力を貸してくれ。まずはそうならなくても思い出すよう、色々やってみようぜ」
「……うん!!」
ミカは涙を拭いながらそう言った。
後からカンナちゃんにもその旨を伝えると、やはり涙ながらに賛同してくれた。

✳︎✳︎✳︎

 それから、色々試してみることにした。薬を盛られたのが金曜で、この週末が三連休なのも助かった。
 まずは弾の部屋で皆んなで泊まってみることにした。
男の一人暮らしの社宅部屋のあちらこちらに真夢が一緒に暮らしている形跡が色濃く残っていて、おいら達はそれを真夢の記憶を取り戻す為に役立てようとするが……
「どうして……弾くんの部屋に私のものが……」
真夢はそう口にして、立ち尽くすだけだった。
「お前は弾の恋人だからだよ。ここに一緒に住んでるんだ」
おいらが説明すると、ミカがフォローするように言う。
「真夢はね、弾と付き合い始めてすぐここで暮らし始めたんだよ。こんな狭い部屋でもずっと一緒にいたいからって」
そう聞かされてもピンとこないようで、真夢は首を傾げるばかりだ。
「それで……二人でここで暮らしてたの?」
弾と真夢の愛の巣だという事を伝えても真夢が不安そうに言うので、弾の表情も曇っていく。
「弾……」
「おう、大丈夫だ。まあ予想はしてたしな」
無理して笑う姿が見てられねえ。
一晩寝たら何か変わるだろうかという事で、雑魚寝になるが弾の部屋に泊まることにした。ミカとカンナちゃんは帰っても、と思ったが今の状況の三人を残していくのは二人も引っかかるようだ。
風呂が流石に大渋滞するので、気晴らしにと皆んなで銭湯に行くことにした。入り口で男女に分かれて、また帰りに集合することにして中に入っていく。
男湯で弾と二人身体を洗っていると、シャワーとは違う水滴が弾の頬を伝っているように見えた。
「弾……」
おいらが声をかけると、弾はハッとしたように顔を背けて頰の水滴を拭った。
「いや、すまねえ……目に泡が入っちまったみたいだ」
「そうか……ならいいんだけどよ」
心配させまいとする弾の気持ちを汲んでおいらは深くは聞かなかった。
 銭湯から出て女子達と合流する。五人でまた夜道を歩く。もう真っ暗だが、街灯がポツポツ点いている道だ。
この道を真夢は弾と仲睦まじく歩いていたはずだ。たまに大きな風呂に入りたい、と銭湯に行く時もあると弾が嬉しそうに話していたのを思い出す。
それを思い出さねえかと弾と二人で歩かせてみる。後ろからそれをおいらとミカ、カンナちゃんで見守る。
いつも暑苦しいくらい、付き合う前から寄り添って歩いていたのに、今はほんの少しとはいえ距離があるのが悲しい。
「普通のカップルに見えるのにね……」
「本当だよ、普通のカップルはあれくらいだってラブラブだろ?でもあの子達はもっと……」
ミカとカンナちゃんも寂しそうに言う。
「弾くんと真夢ちゃん、世界一お似合いのカップルなのに……」
カンナちゃんの言う通りだ。もうこいつらは自然と一緒で当たり前で……!
「源の字……真夢ね、本当に全部覚えてるんだ」
「え……」
ミカの言葉に驚きながら聞き返す。
「さっきさ、銭湯で真夢ちゃんと話したらね。全部本当に覚えてるの。夏祭りの事も、ずっと両片想いだったことも、これまでの弾くんとの思い出全部。ただその相手だけが……源さんに変わってるの」
「そう……なのか……」
カンナちゃんの説明を受けて、絶望感が蝕んでいく。
「真夢が好きな相手は誰?って聞くとね……源さんって言うんだよ」
ミカが寂しそうに言う。おいらは何も言えずにいると、カンナちゃんがおいらの腕をつついてくる。見ると心配そうな目をしていた。
「でもね、ほんの少しの事なんだけど、ちょっと希望も見えた」
「本当か!?どんなだ!?」 
「それは源さんには言えないけどね」
ミカの言葉に食いついたおいらに、カンナちゃんが制する。
 何だ!?どんな希望なんだ、まあおいらが知らなくても希望が見えたなら何だっていい。

 これはおいらが知らなかった事だが。三人は女湯でこんな話をしていたらしい。

「じゃあ、私の中の思い出は全部合ってて、相手だけが違う……のね……?」
「そうだよ。真夢が好きなのは弾なんだ。思い出も全部弾とのものだよ」
「混乱するよね、時間はそんなにないけど焦らずに考えていこうよ」
混乱しつつも何とか状況を飲み込もうとする真夢を二人は優しく受け止める。
「ねえ、本当に私が好きなのは弾くんなの?源さんじゃなくて、弾くん?」
「そうだよ。真夢はずっと弾を好きだったし、弾はもっと前からずっと真夢の事を好きだったんだ」
ミカにそう言われた真夢はカンナちゃんの方を見る。
「そうだよ。真夢ちゃんが好きなのは弾くん。今は薬でそれが源さんに変わっちゃってるけど、その気持ちは本当は弾くんのものなの」
「そう……なの……」
「言われたって何のことやらだよね。全くとんでもない薬を盛ってくれたもんだよ!」
ミカがバシャン!と湯船を引っ叩く。
「自分の好きな相手が入れ替わってるって言われたって、ピンとなんかくるもんかい!アタシだってアンタが好きなのは弾ですよ、って言われたって絶対信じられないもん」
「あはは、そうだよね。私だってそうだよ」
「二人ともありがとう……源さ……ううん、弾くんと……付き合うまでも二人は色々励まして、協力してくれたのに……、あれ?」
真夢はそう言って言葉を止める。
「何?どうしたの真夢ちゃん?」
「真夢?」
真夢はミカとカンナちゃんの二人を見てゆっくりと口を開く。
「二人の前で言うのもあれだけど……二人があんなに応援して、付き合うようになってもあれだけ喜んでくれたなら……その相手が源さんなのはおかしい……よね?」
「真夢!?」
「真夢ちゃん!!」
二人がザパァ!!と立ち上がって真夢は慌てる。
「ぎゃあ!?美女二人の下からアングルはマズイよ!!」
「何言ってんだい!!アンタの身体の方がマズイだろ!?弾にそれだけ巨乳にされちまって!!」
「ええ!?!」
「そうだよ!!元々真夢ちゃんはおっぱい大きかったけどそこまでにしたのは弾くんだからね!?随分えっちな話もたくさん聞かせてくれたんだから!!」
「えええ!?!?!」
目を白黒させる真夢に二人は興奮して詰め寄る。
「じゃあ……この思い出も全部弾くんの……あんなことやこんなことも……?」
「頑張って真夢!この違和感を掴んだのは大きいよ!」
「そうそう、そのえっちなことしたのは全部弾くんだから!まあ真夢ちゃんもしてるけどね?」
「えっ!?ち!? ……でも……二人とも源さんを好きだけど、二人とも仲良しだし……私のこともそれで応援してくれてた訳ではないの……?」
「だああ、違うって真夢!」
「そうだよ、まあ私とミカちゃんはその……どちらがアレでも恨みっこなしだよって事で仲がいいけど、真夢ちゃんは違うってば〜!」
堂々巡りになっちまいそうな話に、のぼせそうな三人は風呂から上がることにする。
「でもね、真夢。アタシもカンナもどちらが上手くいっても恨みっこなしとは思っちゃいるけど、さすがにお互いの恋の手助けまではしないよ。ね、カンナ」
ミカに言われたカンナも大きく頷く。
「うん。頑張って、上手くいって欲しいって応援までは出来ない。でも、私もミカちゃんも真夢ちゃんの恋をずっと応援してたでしょ」
「ミカちゃん、カンナちゃん……」
二人の言葉に真夢も大きく頷く。
「今は真夢の中ではもう一人応援してくれてた男は弾になっちゃってるんだろうけど、それが源の字なんだ」
「そうなんだね……」
「このことをとっかかりにして、何とか頑張ってみようよ!」
「二人ともありがとう。迷惑かけてごめんね……」
「だからアンタ悪くないだろ!」
「でも私がお祭りであの人達にふっかけたりしたから……」
「そんなの向こうでしょ!?それに蹴散らしたのは弾くんだし、大龍さんもだし、幸夢さんもだよね!」
あはははと三人は笑いながら脱衣所に向かう。
 髪を乾かしながら真夢は呟く。
「私の中では、本当にさっきの違和感くらいで、言われても本当に自分が好きだった相手が入れ替わってるなんて信じられないの」
「真夢……」
「そうだよね……」
二人も自分ならそうだろうと口をつぐむ。
「真夢は……このままでもいいと思う?」
「え?」
「だって、心変わりした覚えもないのに急にこんなこと言われたってさ。信じられないだろ?」
「そうだよね……源さんのことはあるけど……私とミカちゃんみたいに恨みっこなしって考えれば……」
「ううん」
真夢は二人に向かってまっすぐに言う。
「皆んなが嘘をついてるなんて思わない。私以外の皆んながそうだって言ってるんだから、きっとそうなんだと思うよ。それに……今は源さんを好きだって思ってるけど、私も自分の本当の恋を取り戻したい」
「真夢……」
「真夢ちゃん……!」
「それにさ、このままだったら私、とんだドロボー猫でしょ?突然横から源さん掻っ攫っていってさ」
真剣な面持ちから打って変わっていしし、とイタズラっぽく笑う真夢にミカとカンナも一瞬驚いて笑いだす。
「うわーーーーふっる!!」
「あははは!ドロボー猫なんて初めて聞いたよ!」
二人に頭をもみくちゃにされ、三人は仲良く笑い合う。
「……迷惑かけてごめんね。どうか、最終手段になる前までに元に戻れるように助けてくれる……?」
「勿論だよ!」
「当たり前!」
ぐっ!と親指を立てる二人に真夢は。
「それで……もしもの時は……その時は……本当にごめ……」
「謝るな!」
泣きそうになりながら話し出したところをミカに遮られる。
「ミカちゃん……」
「真夢、アンタは悪くない。謝らなくていい。もしもの時のことは、今は考えるのはやめよう?それに、本当にそれしか手段がなくなった時は……皆んな覚悟を決めてる。誰も真夢を責めなんてしない」
カンナちゃんもゆっくりと、しっかりと首肯する。
「源さんも、そして弾くんも納得してる」
真夢は唇をグッと噛んで涙を堪える。
「ありがとう……ミカちゃん、カンナちゃん……!でも、どうしてここまでしてくれるの?勿論源さんのことはあるだろうけど……」
二人は顔を見合わせて。そして、
「源の字のことは置いておいて。アンタのことが大好きだからだよ、真夢」
「そうだよ真夢ちゃん。それにね、皆んな弾くんと真夢ちゃんのイチャイチャがないと落ち着かなくなっちゃったんだよね!」
「ねーー!何でかね、あんなに暑苦しいくらいだったのにさ、なんか……見てると幸せになれるんだよ」
真夢にそう告げる。真夢は今度は嬉し涙をポロポロ流して、
「……うえーーーん、ミカちゃん、カンナちゃーーん……!」
二人に抱きつく。
「ほらこれだもんね。天然カマトト娘」
「本当だよ人誑し小悪魔め〜!いや違うか。大天使まくたん、かな?」
「うっぐすっ、もう……二人ともぉ……!」
そう言って三人は抱き合って泣き笑ったんだそうだ。

✳︎✳︎✳︎

 一晩経っても真夢の状態は戻らなかった。

「んん〜……おはよ……源さ……」
本当はいつも通り、寝起きに弾に甘えているようにおいらに甘えようとしてハッとしたようだ。
「ごめん……今はダメなんだったね」と寂しそうに言う姿は、元々の弾と真夢がいかに愛し合っていたか、いかにお互いの存在が必要かを物語っている。
それなのに、目が覚めて弾の部屋にいる自分にやはり違和感を感じたようで、朝からやるせない気持ちでいっぱいになる。
「おはよう、真夢ちゃん」
「おはよう、カンナちゃん、ミカちゃん。ごめんね女の子達に雑魚寝させるようなことして……」
「何言ってんだい、アンタだって女の子だろ」
「そうだよ!たまには楽しいよこういうのも!」
落ち込む真夢に二人が笑いかける。
「おはよう、真夢」
弾の言葉に真夢は少しギクッとして
「おはよう、弾くん」
と挨拶を返す。その言葉、表情一つで全て分かったのだろう、弾は笑顔を向けるとそのまま悲しそうに俯いた。
「飯食うか!まずは食わなきゃ何も進まねえぜ!」
おいらが努めて明るく振る舞うと、弾は
「ああ……そうだな。ありがとう……」
と力なく答える。
「とりあえず食ったらまた作戦会議だ!いい案出そうぜ!」
おいらは二人を励ますようにそう言うと、真夢も弾も頷いた。
「よし!じゃあ仕方ない、美人三人衆が朝ごはんを振る舞ってやろうじゃないか!アンタ達幸せすぎてバチ当たるよ!?」
ミカが元気いっぱいにそう言う。
「そうだね!真夢ちゃんと私とミカちゃんの三人なら怖いものなしだよ!」
「ふふ、そうだね。じゃあ作ろうか!何にしよう?」
おいら達三人共、弾と真夢のことが心配でたまらないけれど、せめて自分達の前では明るく振る舞おうとしているのが伝わっていて、弾も真夢も胸を痛めているのがわかる。
「よーし待ってなよ!?とびっきり美味いものこしらえてやるからね!!弾、あるもの使っていいんだろ?」
「勿論いいぜ。こないだ二人で買い物行ったばっかだから冷蔵庫パンパンのはずだ。特売なの喜んで真夢バカスカ買ってたから……」
そう言って弾は言葉を詰まらせる。それを聞いた真夢も少し悲しそうに笑いながら、
「そうだよね……スーパーで沢山買い込んだのは覚えてる……」
と言った。でも真夢の中でその相手は弾ではなくおいらに置き換わってしまっているのだろう。
「あいつら……こんなことして何が楽しいんだい、こうすれば弾が手に入るとでも……?」
ミカが震えて呟くのを、おいらも弾も聞こえないフリをしてやり過ごす。
「ミカちゃん……」
カンナちゃんがミカの肩に手を置きさする。
「ミカ、皆んな考えてることは同じだ。やるせねえよな。お前は特に姉御肌で優しいもんな」
おいらが側に行きそう小声で伝えると、ミカは唇を噛んで何かを堪えているようだった。
「心配いらねえよ。弾が真夢以外に靡くはずねえし、真夢も絶対元に戻すから!」
おいらは無理にでも明るい笑顔を作ってミカに向ける。
ミカもおいらに応えるように、
「よーし!じゃあとびきり美味いもの作っちゃうぞー!」
と元気な声を出してカンナちゃんと真夢を連れて台所へと消えて行った。
 女子三人が台所で楽しそうに調理を始めた。
いつもなら楽しそうなその声を聞いて目尻を下げまくるおいらと弾だが、今日は違う。
もうすぐ24時間が経過しちまう、そうしたら残りは48時間……焦っちゃいけねえと分かりつつも焦らずにはいられねえ。
弾とおいらは無言でその場に佇んでいた。
皆んな何度か宅飲みなんかでおいらの部屋にも弾の部屋にも来たことはあるから全く知らねえわけじゃねえが、全ての勝手を知ってる訳じゃねえ。
「あれ?えーと、フライ返しってどこにあるんだろ?」
ミカの声が聞こえてくる。それを聞いた家主の弾が、
「ああそれは……」
と言いかけたところで事態は動く。
「ここだよ」
そう言って引き出しからフライ返しを取り出したのは、弾ではなく……真夢だった。
「真夢!?」
「真夢ちゃん!」
「あれ……」
真夢も自分の行動に驚いている。
「私、なんでここにフライ返しがあるって分かったんだろ……?」
弾とおいらもガバッと身を起こし台所へ駆け込む。
「真夢ちゃん……もしかして記憶が……」
カンナちゃんが恐る恐る尋ねると、
「ううん……まだそこまでは……でも、なんかちょっと、ほんの少しだけ……変かも」
と困惑している様子。
ミカは泣きそうな顔で真夢を後ろから抱きしめる。真夢はごめんねと小声で謝ると、ミカは首を振って全然!と答える。
「源三の家でもフライ返しはそこにあんのか?」
弾がおいらに聞いてくるが、
「おいらの家にはフライ返しなんてもんはねえよ」
そう答えると、弾もおいらもハッとして顔を見合わせる。
「真夢、焦んなくていい。こういう小さなことでもデカいんだ。自然体の方が思い出せることもあるぜきっと」
弾の言葉に真夢は素直にうんと頷いている。
「よし、じゃあおいら達も美味い飯をご馳走にならないとな!」
おいらがそう笑って言うと、ミカもそうだね!と言って笑い、カンナちゃんも真夢も笑顔を咲かせる。
「出来たよーー!!」
「うわ〜美味しそう!!いただきまーす!!」
こうして楽しいはずの朝食が始まったのだが……やはり皆んなの空気は少し重たい。
いつもは騒がしく喋る真夢やミカが今日はいつもより静かに食べている。会話が少ない分おいら達も皆んなで食べてる感じはなくて少し寂しい。
(……早く元に戻さないとな)
心の中で改めて決意する。皆んなを見ながらそんなことを思っていると、
「はい、源さん醤油。目玉焼きにかけるよね?」
つい真夢がまたいつも通り弾にしてやるように、おいらに醤油を手渡してくれる。
「あ、ごめん……また私……」
真夢がしまった、というように慌てて手を引っ込める。
「いや、大丈夫だぜ!あんがとな!」
そう言って真夢から醤油を受け取る。素直に受け取られた真夢は嬉しそうに目を細めながらも戸惑った様子だった。
 真夢からしたらいつも通り弾の事が好きなだけなんだ。それがおいらに代わっちまってるだけで。
全てにおいて目くじらを立てたり嘆いていたんじゃかえって事も進まねえと、ある程度は流れに乗ってみることにした。
 そして、それはまた小さな事だがほんの僅かな光となっているのだ。
 目玉焼きに醤油をかけるのが好きなのは弾で、おいらはそのまま食うことが多い。
そのことを分かってる弾も、普段ならおいらに突っかかって来たいこの流れに希望を見出してるようだった。
真夢の中では、弾との思い出が全てかわっちまってる訳じゃねえんだ。真夢の中に残ってる、薬で消しきれない想いを引き出してやんねえと……!
 朝食を取り終えると皆んなで色々な場所に出掛けてみる。
日のあるうちは皆んなで遊びに行った場所や弾とデートで出かけた場所へ手当たり次第に行ってみる。
 真夢はやはり基本的には全て覚えていた。
ここでミカとこうしたとか、これを食べたとか、ここで弾が転んだとか。真夢は自分が体験したことには特に詳細かつリアルに覚えているようだった。
弾もまた真夢との思い出を話す時、それはまるで昨日起こったことを話しているかのように細かくリアルに覚えているのだ。
しっかりしててもどっか抜けてる所がある真夢も、細かいことはあまり気にしない普段は大雑把な弾も、二人の思い出や大切なものに関しては本当に細やかに覚えていて、宝物のように共有している。
おいら達はそれに感心するばかりで、正直羨ましくもあった。こんな風に愛し合える二人になってみてえもんだ……と思っちまう。
でも今はそんなこと考えてる場合じゃねえんだ!とにかく出来ることをやって行かねえとな!
そう気合を入れ直して行く先々で皆んなで楽しんだり思い出を作ったりした。
真夢の中のスイッチされた記憶が元に戻るまでには至らなかったが、こういう中から見つけられる何かだってあるはずだ。

「私、自分がこの恋を追いかけている時に、二人と揉めたことはなかったって思ってる」
たまたま女子三人でいる時に、真夢はそう言ったらしい。ミカもカンナちゃんもその言葉に「そうだね。そうだよ」と頷く。
「二人はずっと私を応援してくれてた。銭湯でも聞いた通り、源さんだったらそうは行かないと思う」
「真夢……」
「うん……」
「それにね」
真夢はさらに二人を見つめて話し出す。
「私も、なの。散々お祭りの時嫉妬に駆られて泣いて喚いて、ってやってた私が、二人に嫉妬したことはなかった。それは……相手が源さんじゃなかったから、でしょう……?」
その言葉にミカとカンナも涙ぐむ。
「真夢ちゃん……!」
「そうだよ、真夢が好きなのも、真夢を好きなのも、弾だったからだよ」
ミカがそう言うと真夢はにっこり笑ってこう言った。
「まだね……好きだっていう気持ちは源さんに向いたままなの。でも、考えれば考えるほど、それは違う気がしてきてる」
「真夢、考えてくれるのは嬉しいけど、そんなに自分を追い詰めないでいいんだよ。真夢は何も悪くない。だからあまり考えすぎないで?」
「そうだよ。考えすぎはよくないし、自然と思い出す気持ちもあるかもしれないもんね。今朝のオタマみたいに」
「やだねカンナ、今朝のはフライ返しだよ」
「あっそっか!いけない私ったら」
三人はくすくすと楽しそうに笑い合う。何を話してるかは分からないが、おいらと弾もそれを遠くから眺めていた。
「弾」
「何だ?」
おいらは弾に近寄って行き、真夢達三人がこちらに背を向けて笑い合っているのを確認すると小声で話しかける。
「真夢の気持ちは、変わってねえ。ただ対象が変更されちまっただけなんだって……改めてそう思ったぜ」
弾もそれに関しては同意のようで頷いている。
「だからさ……その気持ちが自然に戻って来てくれるように、おいら達でなんとかしてやらなきゃな」
「……そうだな」
おいら達がそう言っている頃。
真夢もまた笑顔から泣きそうな顔でミカとカンナちゃんの方を向き直る。
「ねえ、私……元に戻るかな?」
そう聞かれたミカとカンナちゃんも泣きそうな笑顔のまま
「戻るよ……絶対」
と言って真夢を抱きしめる。その温もりにまた涙が止まらなくなる真夢。
「私、怖いの……もしこのままだったらって思うと……」
そんな真夢の背中をミカが優しく撫でながら
「大丈夫だって!何があってもアタシ達はずっと側にいるから!!」
と叫ぶように言って聞かせる。カンナちゃんも涙を堪えながらも笑いかける。
「そうだよ!だって私達、友達だもん!」
そう言ってまた女子三人は抱き合うのだった。

 無常にも肝心な部分はほぼ何も変わらないまま、24時間が経過して夜になった。
 このままだったらどうしよう……
皆んなの不安が募り、真夢もまたそれを感じますます申し訳なさそうにしている。
真夢のせいじゃないこと、真夢は何も悪くないことは分かっているが、このまま真夢がおいらを好きになってしまって得する奴は、毒を盛った奴ら以外誰もいないんだ。
仮に真夢が完全にフリーな身であれば、おいらは喜ぶべきことだったかもしれないが、弾がいる以上それもあり得ない。おいらの心だって違うところにある。
「じゃあ今日はおいらの所に皆んなで泊まってみっか!」
こんな時こそ明るくしなければと、笑って明るい声を出す。
おいらのその言葉を皮切りに、皆んなでじゃあまずは銭湯だ!とワイワイと銭湯へ向かい、その足でおいらの部屋へと移動する。
皆んなで買って来た惣菜なんかを食ったり、枕投げやカードゲームなんかをして楽しく過ごす。
成人組は酒も少し飲んでみた。だが酒が入ると真夢はますます弾に甘えたがるというとんでも酒癖があるので、何も変化がないことを確認すると酒の浅いうちに切り上げる。
楽しそうにしている真夢だが、おいらの部屋に入るとやはり違和感があるようだった。弾の部屋に入った時とはまた別の違和感。
 だってここに来たことはあっても暮らしたことはねえんだ。
だが恋人と同棲している事実を持つ真夢は、それなのにあまり馴染みのない部屋と、そこにあるべきはずの自分の荷物がないことに現実を感じているようだった。
感情と現実が結びつかないこの現状は、真夢にとっても辛い物だろう。
日中遊んで回ったし、疲れたこともあって今日は早めに寝ることにした。

 夜が明け目を覚ましても、真夢の状態は変わらず、そのまま昼を迎え48時間が経過しようとしている。
 皆んなで話し合い、真夢はおいらと弾それぞれとデートしてみることにした。何かのきっかけがあれば何でもいい。
普段なら絶対に許可することはあり得ないが、弾も断腸の思いでおいらと真夢に手を握るくらいの軽いスキンシップなどを許可した。
ミカとカンナちゃんも後ろから離れて様子を伺っている。二人にも気を遣わせちまってるな……。
 弾はおいらに真夢を頼むと言うと後ろの女子二人の元へと向かった。残されたおいらと真夢の間には微妙な空気が漂っている。
「あ、あの……源さん……」
「ん?」
「……ごめんね」
真夢の頬を涙が伝う。
「なんだなんだ、どうしたってんでい。皆んなもずっと言ってるだろ、真夢が謝ることなんて何もねえんだ」
「そうかな……やっぱり私が悪いんじゃ……」
「真夢」
「お祭りの騒ぎは、全部覚えてるの。悔しくて辛くて、相手の子達に大啖呵も切った。そんな事してるから……こんなことに……」
ポロポロと涙をこぼす真夢。
後ろの三人に目をやると、三人も真夢が泣いていることに気づいてるみたいだった。真夢の肩に手を置き宥めてみても真夢は自分を責める一方だった。
「それだけ弾の事が本気だってことだろ。何も悪いことなんてねえよ。弾だって嬉しいはずだ。だからお前達は恋人同士に……」
「なのに!私の中でそれは弾くんじゃなくなってるなんて!!」
真夢は涙をいっぱいに溜め、溢れさせながら叫んだ。それでも向こうの弾には聞こえないくらいの声で。
「別の人を好きになってるなんて……そして今でもずっとその人にドキドキしてるなんて……本当に好きなはずの人の前で……」
真夢の小さな嗚咽がおいらの前にずっと続けられている。
「源さん、こんな私は……源さんとも弾くんとも……もう一緒にいられないよ……」
真夢はポロポロと涙をこぼしながらおいらの顔を見る。
 もう十分だ。
 真夢がこんなにも苦しむ必要がないのに、何で真夢が泣かなきゃならねえ。
真夢の肩に置いた手に力が入る。弾の方を向く。弾もまた死ぬほど苦しそうな顔をしながらも、大きく頷いた。
「もう私なんて、消えた方がいいんじゃ……!」
言い終わる前においらは真夢を抱きしめる。
「バカ野郎!!そんなこと言うんじゃねえよ!!」
「げん……さ……」
しゃくり上げる真夢をさらに強く抱きしめて言った。
「お前が誰かを好きだって気持ちは何も悪くねえんだ。今はもう何も気にするな!おいらの事を好きなのも薬のせいだ、気にすんな!弾の事も気にすんな!今おいらの事を好きな気持ち、大きさ、してやりたいしてもらいたいってのも全部、全部本当は弾へのもんだって全員分かってらあ!!」
「……うええええん」
真夢の泣き声が一層強くなる。
「弾はお前の中に、お前の気持ちの中に、自分の全部があるって喜んでんだぞ!なのにお前がいなかったら……それこそ何もかも無駄じゃねえか!!」
そう叫ぶおいらの目にも涙が溢れる。
「……もう我慢しねえでいい!泣いていいんだ!誰も責めたりなんかしねえから!どうせ今だけなんだ、今はおいらが好きならおいらに好きなだけ甘えろ!」
「……うう……うわあああああん!!げんさあああああ!!」
真夢がギュッとおいらに抱きついてくる。
 弾、今だけ我慢してやってくれ……この真夢の充分抑えてる気持ちは、行動は全てお前に向いてるもんなんだ。本当はこの百倍千倍お前本人には注がれるんだ。それをちょっとおいらで可視化してるつもりで許してくれ……!
「源さん……すき……!」
「そっか、ありがとな。いい思い出にとっとくよ」
「ふふ、何それ。友達としてもいい人なんだって良くわかるよ……モテまくるわけだ」
「へえ、お前ってそういうふうにトゲ刺してくるんだな。女心の勉強になるぜい」
弾の事なら尚更だよな。付き合う前からずっと弾がこの世の全女性からモテまくるって心配してた。可愛いよな、おいらも友達としてそう思うぜ。
「……源さん、今だけ、心と、ほんの少しだけ身体を貸して」
「おうよ」
そう言うと真夢はおいらの胸に顔を埋めたまま、小さく、でも絞り出すようにはっきりと言った。
「私は……『あなた』のことが好き。すごく好き。ずっと好き。どうなってもこの好きって気持ちと強さだけは変わらないの」
真夢の言う『あなた』はおいらじゃねえ。変えられちまってる恋心をどうにかすることはできねえから、おいらを介して本来の相手に言ってんだ。
「好き……何があっても。私は『あなた』に会う為に生まれてきたと思ってる。今は……自分では分からないけど、その『あなた』が変わってしまってるみたいだけど、私の好きという気持ちは何も変わってないの……どうか、そのことだけは、本当の人に伝えておいて……」
「任せとけい!」
そう言って、落ち着いて来た真夢の背中をもう一度撫でてから身体を離す。
普段ならダイナマイトが千本は飛んでくるであろう、真夢の本当の愛しい『あなた』の方を向く。 
 弾は静かに涙を流していた。
おいらが真夢とくっついてる間もずっと堪えていてくれたのだろう。
 ごめんな、弾。
本当は今すぐにでもその涙を止めてやりたかったが、ここはぐっと堪えるしかねえ。
そして弾は何も言わず静かに頷いてくれた。

 それから、真夢は弾とも二人でデートをした。
本来のおいらと真夢が友達同士で出かけたとしても普通に楽しいだろうと分かるように、今の弾と真夢も傍目から見れば充分楽しそうだった。
しかし、向けられて初めて分かるあの真夢の蕩けるような恋の目が自分に全く向かないことがわかると、弾はすぐに諦めたようだった。
今は自分ではダメなんだと改めて実感するだけだったらしい。
本当にふざけた話だが、弾は真夢に了承を得た後「ごめんな」と言って真夢を抱きしめてもみた。
いつもなら完全に自分にフィットするはずの身体が、抱きしめた途端強張るのを感じたらしく、絶望感に包まれたらしい。弾からは堪えきれなかった涙が頬を伝っていく。
 ……ふざけるなよ。
 「ごめんな」?
 真夢の身体が強張る??
 何で弾が真夢を抱きしめるのに詫びを入れ、その上で抱きしめた身体が強張るんだ。そんなこと、あってたまるか。怒りが込み上げてわなわなと拳が震える。
ミカ達も悲しそうな顔でそれを見ていた。
本来なら誰よりも抱きしめてほしい相手にそうしてもらってるのに、それを今はそうは思う事が出来ない真夢も悲しみの涙を流す。
おいらはもうこれ以上見ていられなくて後ろを向き下唇を噛みながら涙した。
おいらが後ろを向いて俯いているところをミカには見られたが、何も言われなかったとこを見るとミカも相当辛かったんだろう。カンナちゃんもだ。
 おいら達は。
 この二人が幸せそうにしてるのを見てるのが大好きなんだよ。
 誰も壊してはいけないウルトラハッピーエンド不可避の奴らなんだ。終わりなんざねえがな?
 それをよくも……許せねえ……許さねえ……!
しかし今のおいら達は、それを噛み締めて、ただその場を見守るしかなかった……
 弾とのデートを終え真夢は皆んなの元へ帰って来ると、すぐに泣き始めてしまった。
おいらはそんな真夢の頭を撫でてやるくらいしかできなかった。弾も真夢の頭に手を当てたが、やはりぎこちないその仕草が見ていて辛かった。
 そうしているうちに無常にも48時間は過ぎ、残りは24時間を切る。二日前の昼飯終わりに薬を嗅がされたのだから、夜寝る事を考えると残りはかなり少ない。考えたくはないが最終手段が頭に浮かぶ……昼の13時ごろがリミットだとすると、朝っぱらそんな事をしなきゃいけなくなるのか……!?
 外では憚られる話もあるだろうと、全員で事務所にやって来た。休みなので誰もいなくて好都合でい。
中に入ると、見計らったかのように大龍から電話がかかってくる。
『どうだ、月野真夢の様子は』
「龍!それが……」
『ふん、言わんでいい。それだけで充分伝わった』
頭のキレる大龍はおいら達が言い淀むだけで状況を把握した。
『……だが、という事は、残された手段はそれだけだろう?』
認めたくないが五人とも口をつぐむ。
『だから言ったろう、そんな爆弾男などやめておけと』
「龍!今はそんな……」
『だがな。こんな形で終わるだ諦めるだするのは別だ。何よりお前の意思が何もないのに、だ。やはりそこのチェーンソー女の言う通りアメリカまで行ってぐうの音も出ない状態にしてやればよかったか?』
弾のことを馬鹿にするかと思えば、大龍は意外なことを言った。そんな大龍に真夢は首を振る。
「やめてください大龍さん、私はなにもそんなことは望んでません」
『ふん、だからお前は甘いんだ。あの時も散々泣かされて酷いブスになったというのに、今度は人生を狂わされかけているのだぞ』
確かに、弾と真夢は何もなければもうすぐにでも結婚するだろう状態だった。
『またその仕掛けられた相手が源三だったのが良くなかった。オレだったらすぐに抱いて元に戻してやったのにな』
大龍だって本当はカンナちゃんに惚れているのに、愛梨沙という婚約者にとても愛されているという複雑な状態なのに、そんな事を言ってのける。
それとも、本当に相手が真夢なら抱いてやれるんだろうか?いや、今はそんな事を考えてる場合じゃねえ。
「なあ、龍。それなんだけどよ、本当においらがその……抱かなきゃダメなのか?」
『しつこいぞ。そうだと言っている』
「仮によ、その、こう、弾と三人でとかで、あの、寸前?に真夢にバレないよう入れ替わるとかよ、えーとだな、道具?的?な何かを使って、とか……」
『3Pもディルドもバイブもダメだ。源三、お前が挿入しなければダメだ』
「っ!!」
散々歯切れ悪く、それでも一生懸命にオブラートにくるんだつもりのおいらの提案は、大龍のどストレートの熱湯で跡形もなく溶かされバッサリ切り捨てられる。
『鍵みたいなものなんだ。月野真夢が“今”愛している男に抱かれた時に術は解けるのだ。そこをフィーチャーするならまあ、挿れされすればよしとも言えるがな』
「大龍さん!私は何も源さんにそんなこと……」
『月野真夢、お前にはお前の幸せがあるだろう?それが少しでも早く叶うよう願っている。そして、こんな事を言いたくはないが、源三にも爆弾にもそれはあるだろう?そこにいる女二人もだ。しかしこのままではその願いも叶わないままだと知れ』
「…………はい」
いつもの大龍とは口調も違う、どこか諭すような言い方で大龍は真夢に言う。
『難しいのはわかる。仮に……もし術にかけられたのが爆弾なら、きっと解毒は無理だったろう』
大龍に言われてハッとする。
もし、弾があの時香水を嗅がされていたら。真夢以外の二人、ミカやカンナちゃんを抱かないと元に戻れないのだったら。
 弾はきっと、テコでも動かなかっただろう。恋の対象を動かされても、本来の相手がいるのなら絶対に他の女は抱かないはずだ。どんなに仮初の相手に恋焦がれても、本当の真夢以外には手を出すはずがねえ。
『だが、お前なら……源三になら元に戻せる可能性があるのだ。非常に無粋な言い方だが、女は無理矢理でも抱くことは出来るだろう。世ではそれを強姦と言うが、この場合はそうとは言わんだろう。男だったら今回の場合、勃たねば終いだ』
「でもよ……」
『時間だ。オレは忙しい身なんでな。あとはお前達でどうにかしろ。念の為、勃たねば終わり、を防ぐ薬だけは用意してやる。後で源三の家に届けておく。じゃあな』
「え、待てよ龍、待ってくれ……!」
『……次に会う時、そこのバカなおでこが本来の相手の横で間抜けな顔をして笑っている事を祈っている』
もう通話は切れていた。おいら達はもう大龍に何も言えなかった。いや、言える権利はもうなかった。大龍の言う通りだからだ。
「……大龍にさえ、弾には真夢、真夢には弾なんだね……」
「うん……どうしたらいいの……!」
ミカは心から悔しそうに、カンナちゃんは号泣している。
当事者のおいらと真夢、そして弾は何が正解なのかを必死に考えていた。
「もう、どうしようもないじゃん……」
ミカが思わずそう呟く。
「もう今からでもそうした方がいいんじゃないかい……?」
事務所の時計はもう夜八時を過ぎている。なんやかんやでもうそんな時間なのか……!?
「……もう一晩だけ、待って……!」
真夢が決心したようにそう切り出した。
「真夢?」
「私は、まだ諦めたくない!もう少しだけ考えさせて……!」
そう言って真夢はぐしゃぐしゃの顔でおいら達に懇願する。
「〜〜っ、畜生が!!」
憤りが頂点に達したおいらが事務所の壁を思い切り殴ると、それ相応の痛みが返って来る。そのまま膝を付いて壁を殴り続ける。やがて拳の皮膚が破れ、血が流れるがそれでもやめない。
「源の字!……もうやめて!」
ミカがおいらを止めてくれる。
「……クソッ!!」
今度は自分の太ももを強く殴る。そんなおいらを今度は弾が止める。
「源三、頼むからやめてくれ。お前がそんなになる必要はねえんだ」
「何でだよ!?そんなのお前も真夢もだろ!!?」
おいらを諌める弾に思わず逆ギレする。しかし、そんなおいらに弾は優しく微笑みかける。
「ああ……そうだな」
「……!?」
「だがよ、一番辛いのは俺じゃねえから」
弾は穏やかにそう言う。こんな状態のはずなのに。全てを覚悟したような顔をしやがって……!
 畜生!畜生!!!畜生!!!なんでだよ!!何で!!!!こんなのってありかよ!?!?!??
「分かった……」
おいらはゆっくりと顔を上げて了承する。
「どうにかなるかもしれない、なんて楽観的なことはもうやめだ。最終手段の覚悟ももう決めた。ただ……時間いっぱいまでは、真夢の言う通り足掻くぞ」
源さん、源三、源の字、それぞれの呼び名でおいらの名を呼んで顔を見る四人。
「分かった、ありがとな」
そう言って弾がおいらの肩に置いた手をバッと払う。驚いている弾をそのままガッと抱きしめる。
普段バトってばかりいるおいらと弾のこんな光景に、女子達は目を大きく開けて驚いている。
「もうよ、お前はお前以上に真夢のもんかもしれねえが、それでもおいらはお前の仲間で、親友なんだ。だからお前にも辛い思いはさせたくねえんだよ……」
それを聞いて、おいらの肩のあたりで弾はぼそりと呟くようにそう言う。
「馬鹿野郎……何言ってやがる……」
 こいつとはいつのまにこんなに仲良くなってたんだろうな。こういうのを親友と呼ぶんだろ?
 そして真夢はその親友の嫁さんになる女だ。
「ありがとな源三……!」
「必ず真夢はお前に返す」
数日前のセリフをもう一度言う。真夢もそんなおいら達を見て涙を流していた。

 タイムリミットまで最後の夜は、本人達の希望で弾と真夢の二人は弾の部屋で過ごすことになった。
そして、どうしても無理なら翌朝、真夢をおいらの部屋へ連れてくることになった。
この悪夢が覚めた時、弾との部屋でおいらに抱かれてるなんてことはあまりにも酷だと判断したからだ。
「二日間ありがとう、皆んな。ミカちゃんカンナちゃん、付き合わせちゃってごめ……」
謝りかけてミカにキッ!と睨まれた真夢は慌てて言葉を止める。
「偉いね。よく止まった。謝るんじゃない」
「私達も朝一番に事務所で待ってるから。何かあったらすぐ教えて……!」
真夢は泣きそうな顔で頷き、女子三人は抱き合う。
いつもはきゃっきゃ楽しそうに寄り添って笑っている三人が泣いて抱き合う姿は、男として見たいもんじゃねえ。胸の抉られる思いで弾とそれを見ていた。
 そうして、この夜はそれぞれの所へ帰っていく。
弾と真夢は本当にそうあるべき弾の部屋に、おいら達三人はそれぞれの部屋に。
 二日ぶりに部屋で一人の夜を迎える。
何か連絡があればすぐ飛んでいけるよう寝るつもりはなかったが、もし明日に真夢を抱かねばならない事態になれば少しは仮眠した方がいいのかもしれない。
大龍からは電話口の通り、新聞受けに薬の封筒が入っていた。
完全無害の即効性のある薬だ、という薬の説明と共に『どうか元に戻してやってくれ』の文言があった。
 大龍までも。龍までもがあの二人を望んでいる。
「くそったれ……!!」
大きく舌打ちをして、その薬と封筒を持って居間に戻る。大龍がどんな思いでこれをよこしたのか知る術はないが、最後の頼みの綱だ、いざという時にはこれにも頼るかもしれない。
飲んですぐに効く超即効性らしく、ことに及ぶ直前でも大丈夫らしい。
 どうか。
 どうかこれを使う事が無いように。
 どうか、あの二人が明日ここにくる事が無いように。
 それを心から祈って。
おいらは一晩、畳に寝転んでいた。
しっかり眠り切らないように。
まさかの時にはいつでも起き上がれるように。
起きないで欲しいその時の為に、スマホの音量を最大にして。

✳︎✳︎✳︎

 願いも虚しく、無常にも朝七時頃、弾からの着信が殆ど寝てはいないおいらの目を覚ます。
「ごめんな、朝早く。起きてたか?」
向こうも多分同じような状況なんだろうというのが声色から分かる。
ワンチャン、全て丸く治ったぜ!という連絡であって欲しいと願ったが、そうじゃなかった。
「やっぱりな、ダメだった。そっちに行っていいか?何時ごろなら都合つく?」
「……分かった。待ってる。何時でもいいぜ」
おいらの覚悟はもう決まっている。
「すまねえな。まだ朝早えから、身支度整えてからそっち行くわ。一時間後くらいでいいか?また出る時連絡する」
わかった、と了承して電話を切る。
 願ったがダメだった。
まだタイムリミットまで数時間は残されているが、おそらくもう真夢の心はおいらに託されていると言っても過言じゃねえ状況だ。
「……シャワー浴びたりしといた方がいいのか?……っは、んなの、浮かれて待ってるみてえじゃねえか。飯でも食うか」
 全く食欲なんて湧かないが、それでも無理矢理にでも食うんだ。
 おいらだけは元気で万全で居てやらないと。
 弾も真夢ももう身も心もズタボロなんだ。
「……ぐっ」
 涙が出そうになるが、やめだ。
 泣くのは、全てが万事うまく行った後の嬉し涙にとっとくんでい!

 八時過ぎ頃、二人はやって来た。二人共泣いたのか目が腫れているように見える。
「少しだけ源三と話がしたい。源三、真夢を先に家にあげてもいいか?」
「分かった、勿論いいぜい。中でゆっくりしててくれ」
「分かった。……お邪魔します」
弾の申し出においらも真夢も素直に従う。バタンとドアが閉まると、おいらと弾はその前で並んで立ち尽くす。
「すまねえ源三……」
弾はおいらの言葉より先に謝った。
「お前のせいじゃねえよ。勿論真夢のせいでも。だったら、謝るんじゃねえよ」
「……ああ」
それでも弾は自分を責めているように見える。そしてそれは多分、おいらも同じだからなんだろうな。
 もっと出来ることはなかったのか。
 あの時、香水を配っている時に少しでもおかしいと気付けていれば。
 自分の無力さに腹が立つし、情けなくてしょうがねえよ。
「昨夜な、本当は真夢とセックスしようとした。勿論真夢と話し合った上で」
「そうか」
本来二人がセックスするのは何の問題もねえ。だが置かれた状況的にそれが難しかったが、そうも言ってられなくなったのでそうしてみようという流れになったんだそうだ。
「でもな、出来なかった」
「え……」
それぞれ手すりに身を預けて前を見て話している、その弾の横顔を見るとみるみるうちに涙が浮かんでいくのが分かる。
「昨日のデートの時もそうだったが、抱きしめただけでまた身体を強張らせてた。それでも仕方ねえと、キスしようとしたんだ……でも」
弾は真夢とのキスを、涙を隠すようにしながらおいらに伝える。
「震えてんだ、真夢、ずっと……やっぱりキスも出来ねえんだなって分かった。これ以上無理矢理進んだら、解毒どころか真夢の心が潰れるんじゃ無いかと思った。だから……何も出来なかった……すまねえ、源三……!」
「謝るんじゃねえと言ったろが……!」
つい声が荒くなる。そんな弾を見てられなくて視線を外す。
何も悪い事をしてねえこいつらを、責める理由なんてどこにも無いんだから。
「分かった。弾も真夢も十分頑張ったよ。あとはおいらに任せろ……ってのも変な話だけどよ」
「その事なんだけどな、その事も……無理すんな、源三」
「え?」
弾の意外な言葉においらは弾に視線を移し、ようやくこいつの顔と正面から対峙する。
「お前の力を借りねえと、真夢はもう元に戻らないかもしれねえって覚悟はしてる。それでも、お前にそれを背負わせてまでってのはどうしても出来ねえし、したくねえんだよ」
「弾……」
「昨日な、色々考えた。真夢とも話した。昨日、大龍との電話で、もし毒を盛られたのが俺だったら、って話したろ」
「ああ、したな」
もし毒を喰らったのが弾なら、解毒は不可能だったろうという話をしていた。
「あれな……っっ、……っく」
嗚咽で先に進めなくなった弾の背中を、おいらはさすってやる。
「ゆっくりでいいぜい」
「……っ、すまね……、……っっ、…………俺はよ、もし、もしも、毒を盛られたのがミカやカンナだったら、多分……いや。俺は、絶対に解毒してやれない」
「………っっ!!」
 そうだ。
 弾が毒を盛られた場合と同じで、もしもそれが……おいらが想っている女達に盛られていたら。
「俺は、お前の状況になったら、お前の好きな女を救ってやる事が出来ねえんだ」
弾は涙を溢しながらおいらの顔を見てハッキリとそう告げた。
「弾……」
おいらには出来ねえ事を、こいつはこんなに堂々と言ってのける。
今から自分が頼もうとしていることを、自分ならやらないとハッキリと宣言しやがった。
 やっぱりこいつになら、こいつらのためならおいらは……
「だからな、真夢とも話して、源三には無理強いするのはやめようって話に……」
「弾んんんんん!!!」
おいらは話の途中で思いっきり右ストレートを弾の顔面に喰らわせた。弾が外廊下に吹っ飛ぶ。
「源三てめえ……何しやがっ」
「見くびるんじゃねええええ馬鹿野郎!!!おいらが、お前らにそんな事言われて喜ぶと思ってんのか!??!?そりゃ助かったって、喜んでると思うのか!!?」
弾は目を見開いておいらの顔を見る。
「お前がおいらの立場ならやらねえって?そんなの分かってらあ!!!」
「!! なら何で……」
「状況が違うだろ!!!結婚まで誓い合ってるお前らと、まだ答えを出さないでいるおいらと一緒にすんじゃねえ!!!!!」
「!!!」
弾は吹っ飛ばされたまま立ち上がらずにこちらを見る。
「だからって、別においらだってミカやカンナちゃんを中途半端に想ってるわけでもねえし、真夢を抱くことを正直大手を振って喜ぶことも出来ねえよ。でもな、お前が出来ないだろうことを責める気も、やると決めた自分を恥じる気もねえよ」
おいらは弾の目をまっすぐ見つめてそう告げる。
「おいらだってミカとカンナちゃんのことを想ってんだ。半端じゃねえんだよ、あいつらのこと……でも、お前だったら助けられないことも分かってる。だからおいらもお前達を助けなくていいって、そう思ったのか?」
「別にお前を貶めてる訳じゃなくて、俺はただ……」
おいらは一つ深呼吸をして言葉を続ける。
「例えどんな状況でも、お前が真夢以外を抱かないのは皆んな分かってる。それ程までに真夢だけを愛してるってことも。おいらもミカもカンナちゃんも、大龍さえも分かってるんだ」
「……っ」
弾は顔を歪ませて、おいらを見据える。
「でもな、弾……お前はその真夢を、おいらに託してくれるんだろ」
その言葉で弾は堰を切ったようにまた嗚咽を漏らす。
「逆の立場だったらお前はやらねえだろうが、おいらはやると決めたんだ。今この状況に追い込まれたのはおいらじゃなくてお前達だ。助けられるのはおいらだけ」
弾の涙は止まることを知らないかのように、ぽたぽたと落ちていく。
「……だから、それでも俺ならやらねえんだよ!!そんな俺の為に何……」
「お前だけじゃねえからだ!!!」
「そんなのミカやカンナだって同じだろ!!?」
「逆ならどうとかもうどうでもいいだろ!!肝心なのは今だ!!真夢をどうするかだ!!ぐちゃぐちゃ言ってねえで、弾!!お前の正直な気持ちを言ってみろ!!!」
おいらがそう叫ぶと弾は歯を食いしばって、嗚咽をこらえるようにしながらどうにか言葉を紡ぎ出す。
「俺は……っ、真夢が……、真夢は……俺の全てだ!!!」
「ああ、分かってる」
「どうか……どうか、真夢を俺に返してくれ!!!」
弾は涙ながらにおいらに土下座をして叫んだ。
「それでいいんだ!!お前の気持ちは分かってるよ!!!」
おいらは涙を堪えながらその答えを受け止める。そしてもう一つ、確かめるべき事がある。
「おいらの事も信じてるんだな、弾」
「……ああ勿論だ。お前の事は大嫌いだが、誰よりも信頼できる。真夢を除いて」
「ははは、言ってくれるぜい」
「頼む!真夢を救ってくれ!!あいつを毒から解放してくれ!!」
「ああ、分かってる」
「頼む……っ」
おいらは弾が顔を上げるまでずっとその体勢のままでいた。こいつにこんなことを言われちゃあ、格好つけてる場合でもない。
「……弾、顔を上げろ」
弾が顔を上げて涙を拭う。
「おいらが誰にでもこんなことすると思うな。おいらだって、他でもねえお前達だからするんだ」
「………」
弾はまた下を向き地面を濡らす。
 それからもう二、三だけ話をした。
お互いに、真夢も含めこれを「セックス」とは定義しないこと。
とはいえ、ただ単に突然ぶち込んで終い、では真夢にもダメージが及ぶだろうから、感情移入はせずとも最小限には労わることは許容しようということ。
「お前みたいな巨根にブチ込まれて、今後俺じゃ満足できなくなったらどうしてくれる……」
「知らん、おいらが巨根だなんて比較したことねえからわからん」
「チッ!俺と何度も風呂入ったことあんだろ!?これだから余裕の奴は嫌なんだ……コレ、真夢のお気に入りの銘柄だ。余裕があったら使ってやってくれ」
そう言っておいらに避妊具を渡してくる。自分より上のサイズを買って渡す羽目になるなんて、とブチブチ文句を言っているのが聞こえる。
「弾、お前は本当にいい男だよ」
「はあ?意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ!!」
「いや、分かったんだよ。なんだかんだ、お前には感謝してもしきれねえってな」
「だから意味わかんねえよ!もういい!!いいか!?真夢に何かあったら許さねえからな!?……頼んだぞ」
「あ、待ってくれ!一つ言いそびれてた事があったぜい」
「これ以上何だよ!?」
渋る弾に、昨日のデート中真夢が言っていたことを伝える。本当に言うべき相手に伝えて欲しいと言っていた、真夢の愛の深さを、強さを。
それを聞いた弾は唇を噛み締めて涙を堪えて「ありがとな」、そう言って弾は振り返ることなく事務所へと向かっていった。そこでミカやカンナちゃんと待っていてくれるらしい。
おいらは一人、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「……ああ、これでもう後には引けねえな。引くつもりもねえけど!」
 そう呟いて玄関のドアを開け中へと入っていった。