シャッフル・マイハート②

 中に入ると、真夢は中で泣いていた。
狭くて壁の薄い社宅の玄関先であれだけ派手に言い争えば部屋の中にも筒抜けだろう。

「源さん、本当に、本当にごめんなさい……!!」
真夢もまた弾と同じ顔をして同じ涙を流している。本当にこの期間でどれだけこの二人が泣けばいいんだろうか。
そう思うと同時に、こんな事さえも同じである二人を見て、本当に通い合っているのだと嬉しくなる自分がいて不思議だった。
「それ以上謝るな。ミカにもいい加減ぶん殴られるぞ?おいらも助けてやんねえぞ」
「ごめ……!」
尚も謝ろうとして真夢は言葉を飲み込み手を口に当て泣いた。
「最後に一つだけ聞かせてくれ」
おいらがそう言うと真夢は泣きながらもおいらの方を向いた。
「今、この瞬間、お前が好きなのは弾とおいら、どっちだ」
涙を溜めた目がこれでもかと大きく見開かれる。そして次の瞬間には悲しそうに眉根を下げ目を細め、消え入るような声で告げた。
「……源さんです……」
「お前はどうしたい?」
「私を……居るべき人の元へ返して下さい、お願いします」
そう言って土下座する真夢の姿に。隣に寄り添って土下座する弾の姿が見えた気がした。
「分かった。風呂に入ってくる。お前は?」
「私は……さっき入ってきた」
「そうか。じゃあゆっくり過ごしててくれ」
そう言うと真夢は素直に頷いた。
 時刻は午前九時を迎えようとしていた。

 おいらが風呂から上がると、真夢は暇だろうからとおいらが付けたテレビをぼーっと見ていた。内容は何も見ていなくて、ただ画面を何も感じずに見ているのがわかる。
「何もやってねえか?」
それでもおいらは普通を装って話しかける。真夢はおいらに声をかけられて初めてテレビを見たかのように振り向いた。
「ん……あんまり」
「そうか」
風呂上がりでペットボトルの水を飲みながら、真夢にも何か飲み物をと思って聞いてみる。
「真夢も何か飲むか?って言っても大したもんはねえけど」
「ありがと……何があるの?」
「えーと、冷たいのだと水か麦茶か牛乳、熱いのだと緑茶かコーヒーってところか」
真夢の表情が曇る。
「……紅茶はない?」
「紅茶?紅茶は……すまねえ、ねえな」
一応探してはみるが、ティーバッグも茶葉も、ペットボトルもない。普段おいらは紅茶なんて飲まねえからな。
「そっか……」
真夢が残念そうに呟く。
「私ね……コーヒーと牛乳、飲めないの。コーヒーは飲めるけど苦手で、牛乳は単体だと本当に飲めなくて。コーヒー牛乳は好きなのにね、変だよね。でもやっぱり体調によっては具合悪くなるんだ」
「そうだったか……そういや真夢がコーヒー飲んでるとこあんまり見ねえな」
すると、真夢の目にまた涙が浮かんでいく。
「でもね……昨日一昨日、弾くんの家には紅茶が沢山あったの」
「……弾の家に?」
「うん……普段飲む用のも、ちょっと贅沢する時のご褒美用も。たくさんストックがあった……あれは……私の為だよね……?弾くんが、私の為に……」
真夢の涙は止まることを知らず、また泣きじゃくり始めてしまった。おいらはそんな真夢の前に座って背中をさすり、頭を撫でた。
「ごめんね、私のせいでこんな目に遭わせて……」
ボロボロと泣きながらも謝ってくる。
「おいらこそごめんな。お前にこんな事させる理由なんてねえもんな」
もう何度謝ったんだろう。それでも誰も悪くなくても謝るんだ。
 言われれば真夢はいつもコーヒーを避けていた気もする。
弾が進んで紅茶を飲んでる所なんてあまり見たことない。紅茶よりコーヒーを飲んでるイメージが強い。
それでも弾がコーヒー以外の飲み物、特に紅茶を一生懸命探していた場面は何度かあったのを覚えている。あれは……コーヒーが飲めない紅茶好きの真夢の為に……
そして、真夢と一緒にいる時だけは弾も一緒に紅茶を飲んでいる時もあった。「たまには紅茶もいいな」と真夢に明るく笑いかけて。
「ここには紅茶がない。小さなことかもしれないけど、私の中では大きかった。もう、全部わかってるの。目玉焼きだって、源さんは醤油をかけないよね?ほんのちょっとだけ醤油をかけるのが好きなのは……弾くん……」
 気付いてたのか。最初の朝、相手に何かしてやりたい想いは入れ替えられていたからおいらに世話を焼いてくれたが、好みは弾のものだった。
「思い出は全部残ってるけど、それでも辻褄が合わないことが多いの。源さんならこんなこと言わないとか、好きじゃないとか。だから、全部分かってるの」
そう言って真夢は泣きじゃくる。おいらはそんな真夢の背中をずっとさすり続けた。
「ねえ、源さん……」
「ん?」
「……だから、あとは理屈ではどうにもならない部分だけを、どうか治してくれる?」
もう目も開かないくらいぐしゃぐしゃな泣き顔で真夢はおいらを見てくる。
「ああ。治してやるよ」
「……ごめん、ごめんね……!こんな事になって……全部私のせいだよね!!」
涙を堪えながらそう言い、おいらにしがみついてくる。
「それは違うって言ってんだろ。それ以上言うなら治してやんねえぞ?」
「ごめ……あり、ありがとう……!!何でも、何でもするから!!治してくれたら、私、何でも……出来ることは何でもする……!!」
もう涙でぐちゃぐちゃで何言ってるのかよく分からなかったが、それでも真夢の言葉の重みは伝わってくる。全て分かっていると泣きながら謝る真夢の両肩に手を置いてこちらを向かせてやる。
「真夢。そんな事は望んじゃいねえ」
「源、さ……」
「おいらが望んでるのは、お前を弾に返してやることだけだ。元に戻ったらまた弾とイチャイチャして、おいら達に元気をくれよ」
「………!」
もう、うん、とさえ言えない真夢は、何度も何度も頷いた。
「真夢。少し落ち着こう。紅茶じゃなくて悪いがお茶淹れてくるから、待っててくれい」
もうぐったりとした様子で首肯する真夢を居間に残し、台所へと茶を淹れにいく。
 何も、何も悪くねえ弾と真夢がここまで満身創痍の状態にさせられるなんて……本当に許せねえ……!
怒りのあまり手が震えるが、何とか深呼吸を繰り返し熱い茶を淹れる。
時計を横目で見るともう十時近い。本当に残りの時間は少ない。それでも……
テーブルに向かってぼんやりと座っている真夢に茶を出しながら話しかける。
「なあ、真夢」
「ん?」
真夢が力なくおいらに視線を移す。
「少し普通に過ごさないか?テレビ見ながらでも、普通の話をしてリラックスして過ごそうぜ。気分転換だ」
「うん……いいよ……」
どうせ残り一時間もないんだ。
色々な事を考えて十一時には腹を括って行動に移らないと厳しい。
窓を開けて外気を取り込むと、気持ちの良い風が入って来るような気がした。
「もう、言い間違いとか、記憶違いとか気にしなくていい。おいらに変わってる思い出はそのまま話せばいいし、無理矢理弾とおいらを入れ替えて話す必要ねえ。肩の力を抜いて、普通の真夢の状態に戻ろうぜ」
「うん……源さん、ありがとう」
真夢がまた涙を流し始める。おいらはそんな真夢の背中を撫でてやった。
 二人で茶を飲みながら、どうでもいい話をぽつりぽつり話し出す。
日常で起きたことやいつもの仲間との楽しかったことなんかを話しているうちに、真夢も少しは表情が柔らかくなっていって、それがすごく救いだった。
「そういやさ、大龍が言ってた豆になる、ってやつ何なんだ?」
「ああ、あれはね」
真夢がようやく笑顔を見せながら話し出す。夏祭りでの騒動の中の一コマだったらしいが、大龍の車の中での出来事だったので真夢と大龍の二人以外は知らなかった。
「他人の恋路を邪魔する奴は、豆腐にぶつかって大豆になっちまえ!!って叫んだの」
「ははは、何だそれ!?」
「ね、訳わかんないよね。でも昔漫画かなんかで読んで、楽しくて覚えててさ」
二人で笑うが、また真夢が寂しそうな顔になる。
「……今の私も、豆になるべきなのかな」
そんな真夢の背をポンと叩いてやる。
「いや、お前は豆にはならねえよ」
「どうして?」
「だってよ」
そう言っておいらは真夢にニッ!と笑いかけてやった。
「弾の所に帰るんだろ?ならお前はどっちかってーと豆腐ポジションだろ。邪魔なんて何もしてねえよ」
「うん……ありがとう……」
何を言ってるかおいらも訳がわからねえが、それでも何でもいいから真夢を楽にしてやりたくてそう言った。
もうすっかり涙も枯れた真夢が視線を落としながらも礼を言ってきたので頭をわしゃわしゃとしてやる。普段なら弾にぶっ飛ばされるだろうな。
「あ、ここ」
「ん?」
ふと真夢がテレビに映った場所を指さす。
「ここ、行った事ある」
そこはペンションだかホテルだかよくわからないが、小さな山の麓にある洒落た場所だった。
「初めて二人で旅行したの」
真夢は誰と、とは言わなかった。さっきのおいらの話をちゃんと聞いてくれたんだろう。勿論おいらは行った事ねえ場所だし、こんな所に行くのは間違いなく恋人同士だろう。弾との思い出だ。
下手に色々聞いたり行った事ねえと言えばまた真夢を苦しめることになるだろうし、相槌を打つのに徹することにする。
「楽しかった。また来ようって、でも違うところにも行ってみたいねって話したんだ」
真夢は幸せそうに話し続ける。
「そしたらね……次は同じ苗字で来ようって……そう言ってくれたの」
「そうか」
真夢はやはりどこか寂しそうな色を残しつつも、そう言って貰えた時心底幸せだった事を反芻し、そして今もその言葉の主の愛に包まれている。
「それでね。ここの近くに紅茶の美味しい店はあるわ、香水作れるところはあるわ、ジュエリーミュージアムはあるわでさ。まるで私のための場所みたいって笑ったの」
「本当だな」
きっと弾が真夢の好きなもので調べてここを見つけたんだろう。弾もさぞかし嬉しかったんだろうなと容易に想像できる。
「今は私の中で、ここに行った人は入れ違ってるんだと思う。でもね」
真夢は穏やかだが、真っ直ぐな瞳でおいらを見上げてきた。
「確かにここで買って貰った、一番美味しかった紅茶がね、弾くんの家にあった。二人で作った香水も、ミュージアムで買ってくれたアクセサリーも、全部」
「そうか」
「うん」
そう言い切った真夢の顔には迷いはなかった。もう覚悟が決まっているんだろう。最初の二日は記憶の入れ違いの一つ一つに悲しんでいたが、それがもうない。
「……時間だね」
真夢がテレビの時計を見て呟く。テレビの時間だから確実な時間だ。十一時スタートの番組が始まった。
「そうだな」
おいらも湯呑みを置き立ち上がる。真夢も黙って立ち上がってくれた。
「絶対治してやるからな」
「うん……お願いね、源さん」
もう涙も枯れ果てた真夢が穏やかな声でおいらにそう言ってくる。
弾の部屋と同じ間取りであろう、寝室に使っている隣の畳の部屋へと二人で移動した。

「じゃあ、始めるぞ?」
「うん」
真夢がゆっくりと布団に座る。
真昼間で明るい部屋のカーテンを閉め、せめてものというくらいだがわずかに部屋を暗くしてやり、おいらも真夢の正面に座った。
「あ、ちょっと待ってくれよ」
「うん?」
おいらは隣の部屋に戻り、弾から渡された物と、大龍からの封筒と水を持ってくる。
「それは……?」
「これは……おいらのダチ二人から託されたもんだ」
真夢は黙っておいらの様子を見守っている。
「念の為、コイツも飲ませてもらう」
大龍との電話を真夢も聞いていたので、すぐにピンと来たようだ。
「大龍さんが言ってたやつだね」
「そうだ。ただな……これ、ほんの僅かに媚薬効果もあるらしくてよ。もし、おいらが暴走することがあったらぶん殴ってくれな」
何それ、と言って真夢はくすくすと笑う。
「いいか、真夢。途中でも、最中でも、思い出したらすぐ教えてくれ。何かあったり嫌だったりした時も」
「分かった」
真夢は素直に頷いてくれる。
それから、弾と話したことを真夢とも確認する。
これは手段でありセックスではないこと、だからといって乱暴にぶち込んで終わりには出来ないから多少の労りの行為は許して欲しいこと。
「それから……一番大事なことだ。もし、これからのことで全てが元に戻った時、真夢、絶対に自分を責めるなよ」
手段ではあるが、事実としては挿入が必要になる。元に戻った時、自分が弾以外に抱かれたことを絶対に後悔して欲しくない。抱かせた弾のことも、抱いたおいらのことも、でも何よりやはり真夢自身のことを責めることはあっちゃならねえ。
「分かった……ありがとう、源さん」
「おうよ……しかしおいらに上手く出来んのか?こんなこと初めてのおいらによ」
「大丈夫、今の私の中では源さん相当えっちだから何しても多分驚かないよ」
こんな時でもいたずらっぽくにししと笑ってくれる真夢に少し救われる。
 本当にいい女だ。
 もしも、本当にもしもの話で、真夢の相手が弾でなかったら。
 その時はこのまま真夢を受け入れてしまう選択肢もあったんじゃないか、そんな事を思っちまう。
 だが、ダメだ。
その唯一の相手である弾が真夢の相手なんだ。そして、おいらもこの二人のようになりたい相手を本当に選ぶ時がもうそこまで来ているんだ。
深呼吸をして、大龍から貰った薬を水で流し込む。真夢は飲み込まれていくおいらの喉仏をじっと見ていた。
「んじゃ、そろそろ始めるぞ?」
「うん……」
始めるも何も、童貞のおいらにゃ何からしていいかもよくわからねえ。でも、今の真夢からしてみれば、いつも通りおいらに抱かれるだけなんだ。そして気持ちの上ではそうでも、もう事実としてはそうではないと理解している真夢がおいらの意を汲んでか口を開く。
「少しだけ脱ぐね……自分でやるから」
「そうか……すまねえな」
一応着衣でも済むようになのか、真夢はシャツワンピースを着ている。それでもそれではあまりにも、ということで、おいらは真夢に背中を向ける。
「脱ぐね」
しゅるりと衣擦れの音がする。真夢も緊張しているのか、手つきがどこかぎこちない気がする。いや、これはおいらがそう思ってるだけかもしれねえな……
「いいよ……」
その声で振り向くと、そこには下着姿になった真夢が布団の上に座っていた。顔は紅潮して少し息が荒い。
 普通に考えたら絶対にありえない光景。
 今からこの真夢を、おいらの事を好きな状態のダチの女を抱くんだ。
薬のせいなのか、体の奥からゾクゾクとしたものが溢れてくる。
真夢は、所謂パンツとブラジャーの上に長くてツルツルしたキャミソール?みたいたものを着ている。綺麗な脚を覗かせ、恥ずかしそうに視線を逸らしている真夢の色気に当てられて、おいらも下半身が痛くなってきた。
 流石超即効性の媚薬、効きが早いしテキメンすぎるぜい……!
「源さん……来て」
そう真夢に誘われるままに、ふらふらと近づいて行く。息が上がりそうになるのを必死で堪える。布団の傍まで来ちまうと、薬の効果が覿面でもう本当に一線を越えちまいたいと思っちまう。
 でもな……それじゃダメなんだ。
 これは作業で、この感情は媚薬によるもので、そしてこの女はかけがえのないダチの女なんだ。
流石にこの状態になった真夢も、雰囲気と感情にのまれているようだった。
理屈では分かっているが、好きという感情は今はおいらに向かっているんだ。その相手とこんなふうになっていたら、そりゃあそうなるだろう。
しかし、いつもの弾との愛の行為ならいざ知らず、今からのこれは違う。
 それでも、この真夢の破壊力はすごいな。相手が弾なら勿論この何倍もなんだろうが、それでも媚薬なんて飲まなくて良かったんじゃねえかと思うくらいだぜ。
「真夢……」
「源さん……」
こんなことになることなんて夢にも思っていなかった夏祭りの頃、弾がそれは幸せそうに言っていた。
「好きな女を抱けるほどの幸せはない」と。セックスとはどんなもんなのか聞いてみたかったおいらに、しぶりながらも話せる範囲で色々教えてくれた。
 その中で、真夢は着痩せする方だと言っていた。普段は弾の手前もあるしおいらの惚れている女は別なわけでじっくりは見たことはねえが、それでも真夢の胸は十分な大きさがあるとは何となくでも分かっていた。
 それが下着姿になった今、弾が言ってた通り「着痩せする」ってのがよくわかった。おいらの想い人の一人である露出の多いミカが胸が大きいのは分かっていたが、本当にそれと並ぶかそれ以上に大きいんじゃねえかと思うくらいだった。
そしてここまで大きくしたのは他でもない弾だろう。
「すげえ……」
絶対に見るはずのないものを見ている背徳感からか思わず声に出る。それを聞いた真夢は恥ずかしそうに視線を逸らした。
おいらは真夢の正面に座る。そして、その下着姿をじっと見つめる。
「……少しは楽しんでもらえそう……?」
「馬鹿野郎、正気を保つのに必死だぜい。くそっ、媚薬なんて飲むんじゃなかったぜい」
恥ずかしそうに聞いてくる真夢にはーはーと息を荒げておいらは答える。
 本当だ。媚薬なんて飲むんじゃなかった。
 目の前の女をどうにかしたい衝動が腹の奥から込み上げてきて、暴走しないように必死だぜい。
「ううん、飲んでよかったんだよ」
「え?何でだ?」
「だって……もし源さんが暴走しちゃったとしても、薬のせいだもんね?」
「……っ」
 お前は。こんな時でも自分より周りのことを考えちまうんだな。
「真夢……お前ってやつは……」
思わず目の前の女を抱きしめそうになる。しかし、今のこの姿で抱きしめてはいけない気がしてなんとか耐える。
「いいんだよ、今は……全部媚薬のせいだから」
そう言うと、真夢はゆっくりと布団の上に寝転んだ。おいらもハッピを脱ぎ、上半身だけ脱いだ状態で真夢の顔の横に手を付く。
「最後に確認させて?」
「おうよ、何だ?」
「源さん、ごめんね……なんだよね……?」
「ああ……でも、お前が悪いわけじゃねえんだ。勿論弾も。でも……クソッッ」
真夢は背けたおいらの顔をじっと見ている。
 ……綺麗だな。弾の奴が骨抜きになるのもわかるぜ。惚れている相手ではなくたってそう思うんだ。万人が見たって真夢は美人だ。
 その真夢が下着姿で横たわっているとなれば、おいらでなくたって理性を保つのが大変だろう。
普段は特に気にしちゃいねえが、服の上からだってわかる抜群のプロポーション、大きな胸と細い腰、もち感のあるきめ細かな白い肌……今一度言うが意中の相手でなくたって十分抱ける。
 真夢は潤んだ瞳でおいらを見る。
「好きでもないのに、ごめん……」
 だから違うんだ。お前は何も悪かねえんだ。ただ、お前が見ているのは、おいらではなく……弾なんだ。本来ここは弾のポジションなんだ。お前が心底惚れてて、抱かれてえのは弾だけなんだ。
それを今一度心の中で整理する。理性では十分分かっている。そして逆に本能は媚薬により増強され、今すぐに目の前の女を組み敷けと騒いでいる。
「真夢……ごめん」
 おいらももう限界だ。心で何を思おうと、理性ではダメとわかっていても、本能が許してくれない。今からお前を抱けるのは大歓迎だと訴えている。
おいらは本能に身を委ねて真夢の上へと覆い被さった。
「……あっ」
真夢の声が耳に入ってくる。いつもよりもっとずっと甘くて鼻から抜けるようなその声に、おいらの身体も疼いてきちまう。
 だめだ、必要以上の感情をもっちまったらこの行為はできねえんだ、しかし感情を手放したら今度は本能に喰われちまう……!
弾と話をした中で。弾は悔しそうに教えてくれた。
「……真夢しか抱いたことねえから分かんねえけど、多分真夢は感じやすい。身体をどっかしらぺたぺた触ってやったらそれだけで……、クソッッ!」
そう言って悔しそうに顔を背けたが、すぐにおいらに向き直って。
「中でも……首が弱いんだ。首を可愛がってやりゃ、多分すぐ挿れられるようになると思うぜ」
そう教えてくれた。
 ごめん、ごめんな弾。ごめんな真夢。
一度真夢から身体を離すと、それは色っぽい顔が見える。あと一欠片でも理性が欠けてしまったら、唇に引き込まれてしまいそうだ。
「キスはやめとこうな」
必死に自分を奮い立たせてそう告げる。
 キスはダメだ。ただ挿入するだけよりも決定的に違ってきてしまう。それだけは媚薬だろうが絶対に跳ね返さなきゃならねえ……!!
「うん……ごめんね」
真夢は切なそうにまた謝ってくる。謝らなきゃいけねえのはこっちだってのによ。
 首筋へと目を向ける。申し訳ないと思いながら、白くて細い首筋においらは口を近づけていく。いい匂いが鼻腔を掠め、更に理性をぶっ壊そうとしてくる。
 だめだ、しっかり、しっかりするんだ、田村源三……!!
恐る恐る、ちゅ、と極力音を立てずに唇を押しつける。すると……
「あぁっ!?はっ、ひゃあああんっっ!!!」
真夢がビクンッッ!!と大きく身体を跳ねさせる。
予想以上の反応に驚いて反射的に首元から少し離れると、真夢は顔を紅潮させて、身体を軽く痙攣させるように荒い呼吸と嬌声を漏らし続ける。
 これは……まさか……
「真夢、お前……」
「はぁっ……はぁ……ん……ごめっ……」
「いや、謝るこたぁねえけどよ」
真夢は涙目で肩で息をしている。白い柔肌がほんのりと赤くなっていて、じんわりと湿らせている。
 男なら射精してるよな、多分これ……てことは、これが女の……?
意識しちゃならねえ、そう思っているのに、おいらの目線は真夢の身体に釘付けだった。
「源さん……ごめんね……」
「だからお前が悪いわけじゃねえって。ああもう、そんな顔すんな!いいか真夢、全て薬のせいだ、だから今のこの状況に罪悪感を感じなくて良いんだ」
 これは全て弾のものだ。声も、空気感も何もかも全て。おいらだってそれを望んでこの役を買っているんだ。
全て解っちゃいるし、おいらの惚れている女は真夢ではないのも事実なのに、それでも目の前に広がる光景はおいらの興奮を駆り立てる。
「それもそうなんだけどね……?」
「うん?じゃあ何だ?」
すると真夢は更に顔を紅潮させて、恥じらいながら目を背け呟く。
「久しぶりに……って言っても、二、三日ぶりなんだけどね?出来ない時以外はその……ほぼこういう事してるからさ……」
 分かっちゃいたが、すげえなあいつ。それってほぼ毎日真夢抱いてるってことだよな?
ずっと強烈に想い合ってる二人にとっちゃ、その数日もまるで数ヶ月くらい経っちまったように感じちまうんだろうな。弾だってそれくらい真夢を欲しいのかもしれねえが……にしても、だ。
まずい事にまた意識が向いちまいそうになる。できればその先は言わないで欲しい……
「それで、だから……久しぶりだから……私……」
真夢は涙目でおいらの目を射抜いた。
 ああ、真夢。そりゃ言っちゃいけねえよ。だってそれは……
「さっき私はイキました」って言ってるようなもんだろ??
媚薬の力とはいえ、おいらはそれに釣られるように顔が熱くなっていくのを感じていた。
「そ、そっか……気にすんな」
「うん……」
何とかそう言ってやると、真夢は少し落ち着いてきたようだった。
しかし、もし真夢がイッたというのなら、もう侵入してもいいものなのだろうか?
真夢に聞くのも変だが、直に触るのも憚られるので恥を忍んで聞いてみる。
「真夢……その、いけそうか?」
真夢も顔を赤くして考えて、正直に答えてくれる。
「うん……でも、もう少しだけ、その、えーと……触ったりしてくれたら、だいぶ楽かな……こんなこと言うの申し訳ないけど、源さんてその、物凄く、えーと……ビッグシティ、なんでしょ??」
弾がおいらと温泉や銭湯で一緒に風呂に入った時なんかによく悔しがってたから、と真夢は恥ずかしそうに爆弾発言をする。
 何言ってくれてやがんだあの野郎!!?男としてまあ褒められりゃ嬉しいが、そんなこと女に吹き込むんじゃねえよ!!
「へーそんなにすごいなら見てみたいなあ、なんてふざけてたんだけどさ。まさか、こんなことになるなんて……」
そう悲しそうに呟く真夢を見て、おいらも憤りをおさめた。
「弾の言う事だけを真に受けるんじゃねえよ。あいつだって膨張したとこなんて見てねえんだから」
「あはは、それもそうだよね。そんな事あったら困るよお」
自分でも何を言ってんだと思ったが、真夢が少しでも笑ってくれるならいいか。
「じゃあ、もう少しだけ触らせてもらうな」
「うん、お願い……」
おいらは真夢の身体に手を這わせてみる。
「あっ……はぁん……」
すると真夢は身体をピクッと反応させて、艶っぽい声を漏らす。
妹がいるとはいえ、女の身体についてなんてからっきしだが、こいつの身体はまさに極上だ。
すべすべとしていて柔らかくて、細いくせに手に吸い付くようなモチ肌。どこを触っても極上だ。
少し躊躇した手の動きも、いざ触ると止まらなくなってきちまう。
露出した細くて長い手足、キャミソールに守られた腰や腹、そしてキャミソールをパツパツに押し上げる胸にも手が伸びそうだが、それは全ての残っている理性を総動員して回避する。
「ふっ……んんっ……」
真夢は手の動きに合わせて声を出す。さっきよりもだいぶ良いようだ。少し安心する。
そのまま腰のくびれの辺りに指を当てると、真夢はビクッと反応して腰を反らせる。
「あっ!はっ……ぅん!!」
真夢はまたビクンッビクンッと身体を跳ねさせて、まるで全身が性感帯になっちまってるみてえだ。
「あっ……はっ……んっ!!」
「……大丈夫か?」
「うんっ……!続けて……!」
真夢は泣きそうな顔でそう告げる。その顔も仕草も煽情的過ぎて、おいらの受ける刺激も本当に媚薬の効果なのかと疑いたくなる。
 それにしてもすげえよなあ、弾の野郎は毎日こんな女を抱いてるのか……やっぱりすげえよ、お前は。
そんな事を考えつつもおいらの手は次第に一番弱いという首元に再度到着する。
「……は、はぁ、はぁ……源さん」
 だめだ、これ以上この声を聞いたらおいらもおかしくなっちまいそうだ。
もう一度首にキスしてくれたらもう大丈夫な気がする、と真夢が教えてくれるので、その通りに首元にまた軽く口付けをすると、その言葉通り真夢は身体を弓なりにして達した。
「はあっ!はあっ、はっ、ふぅん……っ」
眉間にものすごい皺が寄っている。それでも甘さを孕んだその顔を見ると。
「真夢……」
おいらは罪悪感を感じつつも、自分ももうギリギリなんだということに気付かされる。
下腹部がちぎれそうなほど痛えし、そこで自分のブツが血管ビキビキのガチガチに硬くなって血が集まっているのを感じる。
 挿れたい、早く、早くナカに挿れてえ。
 でも本当にいいんだろうか。やっぱり何度考えても怖え。
 ミカでもねえ。カンナちゃんでもねえ。目の前にいるのは、弾の女である真夢だ。
全部わかっちゃいるのにそれを凌駕するくらい、この身体に触れたくて、侵入したくて仕方がない。
おいらはまだ下は履いているとはいえ、自分のモノなのに初めてかもとレベルまで、グロテスクに膨張し反り返っているのがわかる。
「源さん……」
真夢は上気した顔のままだったが、瞳には決意の色が見えた気がした。
 やめてくれ、そんな表情で見るな。理性の崩壊が抑えられなくなっちまう。
「………」
 これ以上。これ以上続けたらもう、いくらお互い薬のせいとはいえまずいと判断したおいらは、黙ったまま弾に渡された箱の方を見る。
興奮で歯がカチカチするのを、荒い呼吸で手が震えるのを何とか抑えながらその箱を手に取り、中身を取り出す。
真夢のお気に入りの銘柄だと弾が持たせてくれたものなので、真夢もそれを見て全てを悟ったようだった。
 初めて手に取るもんだが、やっぱりよくはわからねえ。
でも、そんなことも全てどうでも良くなってくる。
ミシン目にそって一つを取り外し、その包装を破ろうと手をかけた所で、それは起こった。

「待って!!!!!」

 真夢が泣きそうな顔で叫び、おいらの動きを制止してくる。おいらは驚いてその手を止めた。
「お、おい真夢……」
「ごめん源さん、ごめんなさい!!!でも、でも……!!」
枯れたはずの真夢の涙がまた瞳を覆い尽くしてバラバラと落ちていく。
「源さん……やっぱりやめよう」
「真夢?何言って……」
「やっぱり、こんなこと源さんにやらせたくない!!」
そう言うと真夢は横たわったままおいらの目を真っ直ぐ見た。その瞳からはまたボロボロと涙が落ちていく。
「真夢、気持ちはわかる。ありがとな、気遣ってくれて。だけどもう時間がねえ!早くしねえと……」
時計はもう十一時半を回っている。誤差も含めて正午を過ぎるともう取り返しが付かなくなる。
予想外の展開に、戻ってきた僅かな理性をありがたいと思いつつ、必死に真夢を説得する。
「もういいから」
「え!?」
「もういいの、源さん」
 何だ!?どうしちまったんだ真夢は……だってそれじゃ真夢はこのまま……
「いいわけねえだろ!!」
焦ったおいらが大きな声を出すが、真夢は怯えたりする様子もなく、泣いてはいるが強い信念みたいなものをその目に宿らせてこちらをしっかりと見る。
「もう、いいの」
「どういうことだよ……」
真夢の真意がわからずに、おいらは困惑する。
 もう、いいって……?じゃあ真夢は……
「私ね。自分でまた弾くんの事を好きになるように頑張るよ。だから、源さんは私の事を気にしなくていいから」
真夢が真剣な眼差しでおいらを見つめて言う。その瞳からは涙がとめどなく溢れているのに、痛々しいはずなのに、それをはるかに超えるくらいとても綺麗だった。
「真夢……お前……そんなこと……」
 出来るわけねえ。出来るわけねえんだ。
 だってそれは……普通の状態の真夢が、弾を諦めておいらを好きになるという事だ。そんなことは……
「そんなこと……出来るわけねえだろ!!!」
思わずまた大声を出すが、真夢はそれにも動じずに落ち着いたまま静かに語る。
「そうかもしれないね」
「なら何でだよ!?お前だけじゃねえぞ、弾もだぞ!?何でお前ら二人だけがそんなに苦しまなきゃならねえんだ!!」
おいらは真夢を組み敷いたまま捲し立てる。
「おいらは知ってる、お前らがどんな覚悟で二人で暮らしてきたか、どれだけお互いを好きなのか!それをそんな……こんなことくらいで壊したくねえ!このまま乗り越えてくれよ!!その為の協力なら何だってするから!!」
だからおいらだって、弾だって、ミカやカンナちゃんだって、真夢本人だって……
「もう十分協力してくれた。一緒に苦しんでくれた。私達だけじゃないよ」
真夢の言葉に思わず口をつぐむ。
「本当に感謝してるよ、ありがとう」
真夢は涙をいっぱいに溜めた瞳で真っ直ぐにおいらを見る。
「だけど……もう辛いのも苦しいのも悲しいのも嫌なんだ。だから、私と弾くんの為に、源さんに決定打を打つのは諦めてもらうことにする」
「……」
 そんな真夢を見て、もう何も言えなかった。
こいつがこんな覚悟をしてしまった以上、おいらに止めることは出来ない。止める権利もないんだろう。
 でも……だとしてもだ!!
「ダメだ。弾とも約束した」
「源さん」
「お前を弾の元に戻すって、そう約束したんだ!!」
「だからって!!こんなのは、やっぱりダメだよ!!源さんが好きな子達にも、源さんを好きな子達にも、もう顔向け出来なくなる!!!」
「……っっ」
 どうしよう。
 どうしよう……このままじゃ、真夢は……
「ねえ、源さん」
真夢が静かにおいらの名を呼ぶ。そしておいらの目をしっかりと見て話し出す。
「私と弾くんのこと、私達以上に考えてくれてありがとう。だけどね、もういいんだよ」
「いいんだって!?何言っ……」
「もう私大丈夫だから。ここまでだって、本当は十分アウトだった。でも今ならまだ、きっと傷は最小限に留められる」
「まく……」
「私の為に、私達の為に、私達以外の人達がこれ以上傷つくのはダメ」
 真夢は普段はにこやかで明るく、人誑しの天然カマトト娘だ。ごく自然に周りの人間をいとも簡単に籠絡し、皆んなを人間的に惚れさせてしまう。
それも天性のものだ。計算されたものじゃねえ。真夢の誠実さが、明るさが、可愛らしさが、真面目さが人を引き込んでいくんだ。
その裏で、実はそんな彼女にも勿論闇や弱さがあり、それを唯一どうにかしてやれるのが、弾だ。
こうなった真夢はテコでも動かず、弾でさえ中々どうにか出来るものではないという。
 どうする。どうする……!?
 もう時間がない。まだ決定打は打ててねえ。なのに……
「お、おい真夢!!冷静になれ!!」
「冷静だよ」
「冷静じゃねえよ!お前こんなの、絶対ダメだ!」
「大丈夫」
真夢はそう言っておいらの頰にそっと手を添える。
「大丈夫。私は大丈夫だよ、源さん」
「何でそんな……」
 そんな穏やかに笑っていられんだよ!馬鹿野郎!!てめえ一人が、いや二人が犠牲になってどうする!!
 それはつまり、おそらく弾と真夢がそれぞれの恋心を諦めるということだ。
元々の真夢がおいらに限らず、弾以外を好きになるとは到底思えねえ。そしてそれは弾も。
だとしたら弾はずっと、おいらの事を想い続ける真夢と一緒になるか、それとも……
 やっぱりダメだ!!そんなのは絶対にダメだ!!
 だけどどうする、どうしたらこの現状を打破出来る!?
おいらが頭をフル回転させているその時……
玄関のドアがけたたましくドンドンドン!!!と叩かれる音が部屋に響き渡る。
おいらも真夢も驚いてドアの方を見やると、その音と共に聞こえてきたのは……

「源三!!!!!」

 弾だ。弾の声だ。
返事も出来ずに玄関の方を見ていると、弾はドンドンとドアを叩きながら大声で叫ぶ。
「源三!!真夢!!いるか!?」
「……」
おいらは何も答えない。いや、答えられなかった。真夢も同じだった。
「源三!!!真夢!!!どうなった!?全部終わった後ならいいんだ、でも、もし、もしな!?もしもまだなら、やっぱり……やっぱりやめてくれねえか!!?」
弾は必死な声でおいらに懇願するのだ。
その弾の言葉においらは息を呑む。
「勝手言ってすまねえ!!何度も意見変えて本当にすまねえ!!!」
弾は開かないドアを叩きながら懸命に訴えかける。
「でもな、でもやっぱり……!どうしても、何があっても、真夢を他の奴に……ってのは、どうしても無理なんだ!!!」
弾は嗚咽混じりに叫ぶ。おいらは弾の必死の叫びを、黙って聞くしかなかった。
「俺さ、頑張るから。また真夢に好きになってもらえるよう、頑張っから!!だから、まだならそのまま真夢と出てきてくれ!!おい、聞いてんだろ源三!いるんだろ!?なあ!!返事してくれよ!!」
弾はダァン!!とドアを強く叩いてそのまま膝から崩れ落ちたようだった。まだ悲痛な慟哭が聞こえてくる。
 何て事だ。もう少しだったのに。もう少しで、全て元通りだったのに。
全てがしこりなく、とはいかねえまでも、皆んな納得していた事だったのに。
 ここに来て、あと一歩のところで。
 弾と真夢が同じ事を言ってきた。
治してやれるのは、おいらだけ。ここで判断できるのは、おいらだけだ。
無理矢理真夢を抱くことも出来るは出来る。力じゃ絶対おいらの方が上だ。
だけど、ここに来て弾と真夢がそれを望まなくなった。
 おいらはどうしたらいい?
 おいらはどうするのが正しいんだ?
抱くならこのまま進むしかもう時間的にも無理だ。弾をこの部屋に入れたら、または真夢をこの部屋から出したら多分それはもう叶わない。
 おいらはどうしたらいい?
 おいらは……

 ………………

 おいらは……どうしたい?

自分の心に聞いてみる。

 おいらは……
 …………。

「真夢」
ドアの方を見ていた顔を真夢の方に戻す。真夢もまた同じ動きをして、二人で見つめ合う。
「頼む。頼むよ……」
封を開け損ねた避妊具を握りしめたまま、真夢を組み敷いたまま。
「頼む、真夢。頼むから……弾を好きだった自分を思い出してくれ……!」
真夢はおいらの言葉を聞き、静かに一度目を閉じてまた開くと、涙に濡れた綺麗な瞳でおいらを見る。
「お願いだ、真夢……おいらじゃなくて、弾を、弾だけを好きだったお前に戻ってくれ……!」
外では弾が泣き崩れている。おいらの下では真夢が涙を溜めている。そんな二人を見て、おいらは叫ぶ。
「なあ!頼むよ!!」
 おいらだけは悲観しちゃならねえ。明るく強くいてやらねえと。
そう思って我慢していたが、ついにおいらの目にも涙が浮かび始める。嬉し涙の為にとっておいたはずの涙がどんどん溢れて頬を伝う。
「真夢、お前には弾しか!弾には真夢しかいねえんだよおおおおお!!!頼む、頼むから元に戻ってくれええええええ!!!」
その言葉と共に、頬を伝うだけでは止まらず、組み敷いた真夢の上に涙がパラパラと落ちていった。
 何度も何度も。
 何粒も何粒も。
散々泣き腫らしても綺麗な真夢の顔に、おいらの涙が雨のように降り注ぐ。

 すると……

「……………」

 それは一瞬、スローモーションのようだった。

真夢が目を大きく見開いたかと思うとほんの刹那に呼吸を止め、そして静かに口を開いた。
「……ここ……どこ……?」
 おいらの涙が、止まった。
「……え?」
真夢が目を見開いて天井を見つめている。おいらも真夢の発した一言に思わず驚きで声が出た。すると……真夢の目尻からも一粒の涙が溢れていった。
「違う………」
 違う?何がだ?
 まあ何から何まで全部違うんだけどよ。
「真夢……?」
「違う……声が。匂いが。感触が。全部違う……」
 まさか。
 まさか、まさか……これは……
「おい、真夢?」
「青じゃない……赤だった……それに、茶色じゃなくて、緑」
 おいらは青い髪に茶色の瞳。
 赤い髪に緑色の瞳なのは……弾だ。
「真夢、お前……」
「ここは、私がこんな状態でいていい場所じゃない。私の家は違う所……」
真夢はおいらの顔をじっと見ながら涙をはらはらと零す。
「だから……だから、私は、私……」
「真夢!」
続けて絶え間なく次々と涙が溢れては真夢の頬を伝っていく。
そして、決定的な言葉が真夢の唇から放たれた。

「私に、こんな体勢で涙を溢してくれるのは………世界でただ一人、弾くんだけ……!!」

真夢の表情が大きく崩れる。くしゃくしゃになってボロボロに泣いている姿は、いつもの整った真夢の顔からは考えられないようなそれなのに、それでもこの数日間で一番活き活きとして正気に満ちた綺麗な顔だと心から思った。
「真夢……真夢!!よか、よかったぜえええ!!!」
おいらは真夢の上半身を起こすとそのまま力一杯抱きしめる。おいらの媚薬はまだ切れちゃいないが、それでも劣情感は一切なかった。
すると真夢は堰を切ったようにわんわんと泣き始める。
「うううう……うええええぇ………!!」
「戻った……のか……?戻ったんだな!?」
真夢はそのまま泣き続けたまま答える。
「うん……うん、全部思い出した……!」
その様子にもうダメだった。おいらも感極まって涙が止まらねえ。
「真夢!本当に、本当によかったぜえ!!」
「ありがとう……!ありがとう、源さん!!」
二人で抱き合いながら泣いた。おいらも真夢も涙が止まらねえ。嬉し涙で感情が振り切れちまってる。
しかし、外からはまだ弾の嗚咽が聞こえてきていた。自分の声でおいら達の様子に気付いてないらしい。
「いけねえ、おいらがこんなことしてる場合じゃねえ。弾に教えてやらねえと!」
「弾くん……!」
弾の名前を呟いてドアの方を見る目が、さっきまでの解毒前のおいらを見ていた甘い恋の目になり、おいらを見る目はいつもの友情愛に溢れた目に戻っている。
 良かった、本当に、本当に良かったぜい……!!
「弾!!鍵は空いてる、入って来い!!」
ドアの向こうで泣いている弾に向かって大声でそう告げる。
 そうだ。もしも、何かの時に備えて、鍵は開けっぱなしにしていたんだ。
それを弾も知っていたはずなのに、あそこまで追い詰められても押し入ってこなかったのは、弾がそれだけいい男だという更なる証明になる。
「弾くん……!!」
真夢もドアを見て弾の名を呼ぶ。すると、バァン!!と勢いよくドアが開いた。
「真夢!!!」
「……弾くん!!」
部屋に入って来た弾もまたぐしゃぐしゃの顔だが、それでも最高に男前なツラでいやがる。
「弾くん……!!」
おいらに上体を支えてもらっている下着姿の真夢を見て、まだ事態を掴めていない弾は何とも言えない表情をしている。それでも真夢が自分を見る目を見て、何かを感じ取ったようだ。
「真夢……元に戻ったの……か……?」
「うん……!」
真夢の返事を聞いた弾は、嬉しさが込み上げる一方で、ということは……という絶望感にも襲われているようだ。
 だけどな、弾、違うんだぜい!
 お前達はこの悍ましい状況から一発大逆転したんだ!!
そうとは知らない弾は、おいらの手に握られたままの避妊具を見て呼吸を止める。しかし、必死に思い直した様子でおいらに向かって言葉を絞り出す。
「源三……本当にすまなかった。真夢を治してくれてありが……」
「弾、見ろ」
「?」
おいらは握っていた手のひらを広げて弾に見せる。出てきた避妊具を見て弾は唇を噛み締めて顔を背けるが、おいらは続ける。
「よく見ろ。封、開いちゃいねえだろ」
おいらの言葉を聞いた弾が「!?」という様子でその避妊具を凝視する。
「え……どういう事だ?」
「お前、何個入り買ってきた?箱ん中も見てみろ」
言われた弾は訝しげに箱の中も見てみる。そこには一つだけミシン目から取り外された形跡と、その取り外されたものが未開封でおいらの手の中にあるのだった。
弾はそれをぼんやりと確認すると、
「……使う余裕が無かった、ってことか。まあ仕方ねえ……」
などと自虐的に呟く。
おいらは驚いたが、まあこの状況じゃそう思われても仕方ねえか。
「仕方ねえわけねえだろうが」
おいらは弾に向き直って強く宣言する。
「使う必要が無くなったんだよ!!」
そのおいらの剣幕に弾は目を丸くして、たじろぎながらも言い返す。
「何言ってんだお前……!?じゃあどうやって……」
弾はハッとして真夢の方を見る。まだおいらの前でもあられもない姿でいるが、それでも弾と同じようにぐしゃぐしゃな泣き顔のまま微笑む真夢の眼差しを見て、まさかという様子でおいらを見る。
「真夢……源三、お前……まさか……!?」
おいらは弾に力強く頷いてみせる。
「ああ!やったんだ!!お前らの愛の力で、真夢は自力で元に戻ったんだ!!!」
おいらは涙を流しながら拳を高く突き上げた。
その様子を見た弾も、そして真夢も、もう限界とばかりに再び大きな声で泣き始めた。泣き叫びながら弾と真夢は互いに手を伸ばして駆け寄ると、二人で力一杯抱き合った。
「真夢!!!」
「弾くん!!!」
「おま、お前……源三に……抱かれなくても……元に……!!?」
嗚咽で声にならない声で弾が言うと、真夢も嗚咽混じりで答える。
「うん………!!」
「おい!マジか!?!?」
「うん!!」
二人は抱き合いながら喜びに噎び泣く。そんな二人を見ておいらも嬉し涙を堪えられない。
数時間前までは、弾が抱きしめようとしても身体を強張らせていた真夢は今、弾の胸の中でリラックスして心から嬉しそうに甘えている。
弾もそんな真夢の身体を抱き止めて、愛おしそうに髪を撫でている。
「マジか……!?そんな事ってあるのか!?」
「あるんだよ。お前らの愛の力が勝ったんでい!!」
弾がまだ信じられないぜ、と驚きながら真夢を見ると、真夢は泣き笑いの顔を弾に向けた。
「うん!私たちの愛と友情の力が……勝ったんだよ」
その言葉を聞いた弾は、いよいよ我慢出来なくなったようでそのまま噎び泣きながら「本当に、本当に良がっだ……マジで良がっだぜえええぇ……」と言い、真夢を抱きしめる。おいらも泣きながらそれを見ていたが、そのうち弾が口を開く。
「しかし、本当に何もしちゃいないのか?源三、お前、大龍の薬飲んだんだろ?」
「うぐっ!?それは……」
全く何もしなかったかと言われたらかなり怪しい所ではある、気持ちや劣情も含めて。
若干険しくなる顔の弾に、天然カマトトの真夢がおいらを庇おうとして、逆に火に油をこれでもかとブチ注ぐ。
「違うの!!源さんは媚薬の効果でそうなっただけで、私が勝手に、その、イッ……ちゃっただけで……!」
「何!!?」
弾が般若のような顔でおいらを見る。真夢、そりゃねえよ!!
「源さんを責めないで!!源さんはちょっと首にキスしてくれて身体を触ってくれたくらいで、服は私が自分で脱いだし、キャミソールで隠れた部分は直に触らないでくれたの!キスも首に少ししてくれただけで唇同士ではしてないし、その、性的な部分には触れないでくれたから!!」
弾が不動明王様の様な形相でおいらをわなわなと睨みながら言う。
「お前が……真夢をイかせ……て……??」
「弾!!落ち着け、落ち着いてくれい!!?真夢、お前一気に緊張解れすぎてバカになっちまったのか!?」
「ええ!?私、何かまずかった!!?」
 まずいもまずい、それならぶっ込んで終いの方が良かったわ!!とか言って、この部屋爆破してくんじゃねえか弾の奴!!?
慌てるおいら達を阿修羅像の様な顔で凝視していた弾だが、ふっと元の男前な顔に戻ると、
「……そうだな……それだけで済んだなら、万々歳でもお釣りがくるな」
「そう!そうだよ!私、源さんには何も、えーーと、ちょっとはしてもらったけど、されてはない!」
真夢が弾を励ますように必死な様子で言う。
 それで弾が落ちつくんか!?と思ったが、当の弾は真夢のその言葉にふうと息を吐いて冷静になると、少し申し訳なさそうにおいらを見た。
「……それで済んだにせよ、悪かったな、源三」
「いいって事よ。普通に生きてちゃあり得なかった事として、冥土の土産にしとくぜい。まあまだ全然死なねえけど」
おいらが冗談混じりでそう言うと、弾は「視覚も聴覚も感覚も、一刻も早く全て忘れろ馬鹿野郎」と心から安堵した顔でぶちぶちと文句を言いながら小さく笑う。
おいら達がすっかり安堵して笑い合っていると、またもドアをけたたましく叩く音がする。
「源の字!!源の字、いるかい!?」
そんな呼び方をする奴ぁミカしかいねえ。そうだ、ミカやカンナちゃんにもこの事を伝えてやらねえと……!
「おう、ミカ!開いてるから入ってきていいぜい!」
そう言うとミカはカンナちゃんと一緒に血相を変えて飛び込んで来た。
「源の字!!真夢、真夢は!?」
「どうなったの!?あ、弾くんもいる!!って当たり前か……」
二人が部屋の時計とおいら達を忙しなく見ながら、真夢の安否を気にしている。
「安心しろよ二人とも。真夢は戻ったぜ」
おいらが言うと二人とも凄い勢いで駆け寄ってきて真夢の手を取り、良かったあ……と安堵の表情を浮かべる。
「真夢……治ったんだね!良かった、本当に良かった……!」
「良かったよお、真夢ちゃん……!」
「うん、うん……!ありがとう、二人とも……!」
三人を見てるだけでこっちまで心がじんわりしてくるし何より嬉しいぜ。真夢と喜びを分かち合った後、二人は少し複雑な表情をする。
「間に合って本当に良かった……」
「うん。でも……」
まだ敷かれた布団に下着キャミソール姿の真夢、半裸のおいらに避妊具の箱が転がっているというトンデモ状態を見て、ミカとカンナちゃんは喜んでいいものかどうなのか、という顔をしてる。
そんな二人に、先にその進路を辿ってきた弾が話しかける。
「おう、気持ちはものすんげえ分かるぞ。でもな、心配すんなって。源三は何もしてねえから」
同じ心持ちであるはずの弾にそう言われて、二人は驚いた顔をする。
「え!?……それって」
ミカが何か言いかけるのを、おいらはそれを遮るようにミカの肩を叩く。
「聞いて驚け。真夢はな、自力で思い出したんだ。おいらと真夢は、普通の友達のまんまだ!」
女子二人には真夢も余計な油を注いでこず、黙って感涙に咽んでいる。それを聞いたミカとカンナちゃんも、ますます喜びと安堵に満ちた表情になり、顔を赤らめて涙を流す。
「ウソ……そんなことって……!!そうなんだ!!良かったね真夢!よく頑張ってくれたね!!」
「うん!本当に、本当に良かったよお……!すごいよ、真夢ちゃん!!」
感極まったように抱き合って喜ぶ三人を見ていて、おいらもいよいよ嬉しくてまた涙が出るぜ。弾もまた同じようだった。
 そんな時だ。
おいら達五人の後ろ、玄関の方からまた別の声が聞こえてくる。
「ウソでしょ……こんなことってあるの……?」
「すごい……でも良かった……!」
どっかで聞いた事のある声だ。
声のする方を見てみると、そこには……女子二人組がいた。やっぱりどこかで見た顔のような気がする。
おいら、真夢、弾が「?」という顔でそいつらを見ていると、そいつらは申し訳なさそうにおいらたち三人に深々と頭を下げてくる。
何なんだ?そう思っていると、ミカとカンナちゃんが説明してくれる。
「この二人はね……夏祭りの時の三人組の二人なんだ」
「え!?あ!?本当だ!!?」
真夢が目を丸くして二人を交互に見つめる。そうか、あの夏祭りの日前後に、散々真夢を泣かせた三人組の二人か……!
「お前らが何でここにいる……、!!」
そう言ったおいらと弾は同時にある事が脳裏に浮かぶ。そしてわなわなと震えて怒りで顔を歪める。
「そうだ、てめえら……真夢にあの日、香水嗅がせやがったって……!?」
弾が額に青筋を立てながら低い声でそう呟くと、二人はビクッとして身体を強張らせる。そして何度も「ごめんなさい!」と頭を下げて謝ってくる。
「ごめんで済むことか!!!」
弾よりも大きな声を出したおいらに、その場にいた全員が驚いておいらを見る。弾と真夢さえも。
「お前ら、何をしたか分かってんのか!?人の人生を狂わそうとしたんだぞ!!?」
周りがおいらを落ち着かせようとするが、知ったこっちゃねえ。
「そうですよね……本当にごめんなさい……!」
「だからごめんじゃ済まねえんだ!!いいか、お前ら……ここにいる二人がこの数日間、どれだけ泣いたか、どれほどの地獄を見たか分かってんのか!!こんなのは人の所業じゃねえぞ!!!」
人生でもこれだけ怒ったことはないんじゃないかと思うくらい、しかも女相手に大声を張り上げる。男だったらぶっ飛ばしてるところだ。
「げ、源さん、落ち着いて……」
こともあろうに真夢がおいらを宥めてくれるが、それが更においらの怒りを加速させていく。
「お前と弾を地獄に叩き落とそうとした奴らだぞ!!?いくらなんでもお人好しが過ぎるぞ!!祭りでも散々お前は泣かされたじゃねえか!!!」
「うん、ありがとう。あの時も源さん達が助けてくれたよね。今回だってそう。私と弾くんの為にって、一番辛かったのは源さんだったかもしれない」
ブチギレまくって真夢にさえ大声を上げたおいらに、真夢は優しくそう言って微笑んでくれた。
「そうだ。源三は俺たちよりずっと辛い選択を迫られてた。ありがとな」
弾もそう言っておいらの肩に手を置いて労ってくれる。その二人の優しさで、おいらの怒りは少しずつ萎んでいく。それでもおいらは二人に言い放つ。
「いいか、お前らが地獄に落とそうとした奴らは、こういう奴らだ」
それを聞いた二人は身を震わせて嗚咽を漏らす。
「源さん、皆さん……ごめんなさい……本当に……!」
「ごめんなさい……すみませんでした……」
ひたすら謝る二人をよく見ると、その顔は涙でぐちゃぐちゃだ。そんな二人を見て、ミカとカンナちゃんは口を開く。
「まあ、源の字。気持ちは痛いほどよく分かる。アタシらも同じ気持ちだからね。こいつらのした事は許されることじゃないよ。それでも、この二人がここにいるのはね……実は、解毒薬を持ってきてくれたんだ」
「「「え!!!!?」」」
おいら、真夢、弾の三人が驚いて声を上げる。BとCの二人組のBの方が手に何か持っている。
「解毒薬って……だってそんなものはないって……!」
「それがね。この二人はAに内緒で、Aが惚れ薬を頼んだ時に一緒に解毒薬も頼んでいたらしいんだよ」
 何が何だかさっぱり分からねえ。
どうやらおいら達が地獄の数時間を過ごしているうちに、事務所ではおいら達の知らない事が起こっていたようだ。

 時刻は遡り、午前十一時を十五分ほど過ぎた頃。
事務所でおいら達の連絡を待っていてくれた弾、カンナちゃん、ミカの三人だったが、弾がやっぱりこんなのは無理だと言っておいらの部屋へと事務所を飛び出してしまった。
残された女子二人は弾を止める事もできず、追いかけようかどうしようか迷っていたその時。
「すみません」と二人組が事務所に入ってきた。誰かと思ってよく見れば、それは祭りの時の三人組のBとCだった。
「アンタ達!!!?どのツラ下げてここにやって来たんだい!!?」
チェーンソーを振り翳したミカを何とか抑えながらも、カンナちゃんも険しい顔で二人を睨みつける。
「あなた達のせいで私達は今……!!」
カンナちゃんが叫ぶと、BとCはそれを遮って声を上げる。
「ごめんなさい!!」
「私達を煮るなり焼くなりするのは後にしてもらって、今は急いでこれを源さん達の所に!!!」
そう言って必死に手元にある解毒薬を見せ説明する。
「信じられるかそんな事!!!更に毒だったらどうしてくれる!?」
ミカが今のおいらの代わりにここで盛大にブチギレていてくれたらしい。
「本当なんです、信じて下さい!!」
「これ、黒木組のサインです!!」
そう言って黒木組に薬を依頼した誓約書をミカに見せる。黒木組に在籍していたミカはその誓約書をぶんどると、穴の開くほど確認するがどうやらそれは本物らしい。
「……本当みたいだね。でも何でアンタ達が!?」
「それも後で話します!!今はこれをとにかく渡しに行かないと……!!」
納得しかねるミカとカンナちゃんだったが、背に腹は変えられない。急いでおいらの部屋へと直行したそうだ。

「俺が出て行った後、そんな事があったのか……」
「アンタ出てて正解だよ。いたら話が拗れてたろうからね」
ミカにdisられる弾だったが、珍しく応戦しない。余程安堵しているのだろう。
「今回の事は、私達もあまりに酷過ぎるって思ったんです」
BとCはぽつぽつと経緯を話し出す。
 Aがこの薬を依頼すると知って、BもCも止めたそうだ。それでもAは聞かなかった。
「お祭りの時はああやって言ってましたけど。Aちゃん、本当に弾くんの事が諦められなかったみたいで……」
「だからって!!」
カンナちゃんが叫ぶと、二人は恐縮しながら涙を流す。
「何度説得しても聞き入れて貰えなくて。Aちゃんのお父さんが黒木組とツテがあるとかで、薬を依頼してしまったんです」
 もう止められない。そう思った二人は薬の説明を聞き更にゾッとする。
祭りの直後に頼んだが、開発には時間がかかるであろうほどの薬。同時に頼まないときっと解毒薬も間に合わないだろうと思った二人は、何とかAのお父さんの方を説得してAには内緒で解毒薬を頼んでくれたそうだ。
「外国に長期で行くのも本当で、これで最後にするからって。本来ならAちゃん、本当に引く手数多で男の人にも困ったことはないんです」
「それが、弾くんにだけは本当に本気だったみたいで。正攻法じゃどうしてもおでこさん相手じゃ勝てないからって、こんな事を……本当に申し訳ありません」
二人は深々と頭を下げる。
あの日、散々おでことバカにされた真夢はおでこさん、と多少の敬称がついたことに動揺しているような顔をしている。そりゃそうだ。
「私達もこれが最後だからって。あの日ムエットを配ったのも私達です」
「渋々とは言え加担したのは事実です。私達、古くからの友達で……Aちゃんはああいう所もあるけど、やっぱりほっとけなくて。だからって、こんな事はダメですよね。本当にごめんなさい」
BとC、二人の言葉を聞いて、おいら達は。
「理解はできた。が、納得は出来ねえ」
「バカなことして、アンタ達」
「でも見たでしょ。これが弾くんと真夢ちゃんなの。解毒薬なんて無くても解毒しちゃうくらい、スーパーウルトラダイナミックハイパーエクセレントラブなの!!」
おいら、ミカ、特にカンナちゃんの言葉を聞いて弾と真夢は顔を赤らめた。
「罰は何でも受けます。さっきも言った通り煮るなり焼くなり……」
「時代劇じゃないんだから!?」
思わず真夢が突っ込むと、BとCは驚いたように顔を上げ、そして顔を緩ませる。
「おでこさんには、誰も敵わないと思います」
「ごめんなさい、おでこさん。お祭りの時も、今回も」
「ええ!!!?」
更におでこさんと連呼され真夢は目を白黒させている。キッカリ今回もこいつらを無自覚に籠絡してやがる。
「さてと。どうするよ、弾」
おいらが弾に問うと、弾は目を細めて二人を睨みつける。
「本来なら、気持ちの上では今すぐボコボコにしてえが……主犯こいつらじゃねえし。それに女相手にそんなマネは出来ねえ。しかも真夢がしっかり籠絡してやがるしな」
おいらは思わず吹き出す。女相手とはいえ本当にお人好しだなお前は。真夢も嬉しそうに微笑んでいる。
「真夢はどうだ?」
真夢にも問うてみる。皆んなも張本人の真夢の好きなように、という雰囲気になっている。
真夢はうーん、と腕組みをして考えて、二人に聞く。
「解毒してしまえば、自力だろうが解毒薬を使おうが、後遺症とかはないの?」
聞かれた二人は正直に答える。
「ありません。戻った後は本当に何も。今まで通りです」
「本当にこれでこういうことは最後にしてくれる?約束できる?」
「勿論です!!」
それを二人に確認した真夢は。ニコッと笑って
「仕方ない。じゃあいいでしょう!」
と声高らかに宣言した。
「いいんかい!!?」
おいら達が総ツッコミしてズッコケると、BとCもポカンとしたあと思わず吹き出してしまう。が、すぐにそんな立場ではないと顔を引き締める。
「信じるけど、もし次があったらその時は本当に怒るよ!?私、怒ったら怖いよ!?」
「し、知ってます!」
「もうしません!!」
「それに、どんなことされたって、私と弾くんは離れないよ。ねっ、弾くん?」
真夢は弾を振り返ってぱあっと花が咲く様な笑顔を向ける。
「ああ、そうだな」
弾も頭を掻きながらそれを受け止める。お前にゃ敵わねえよと言いながら。
「というわけで、それでいいんでしょ?源さん」
「お、おお……本当にいいのか真夢?」
「うん。この子達もきっと辛かったんだと思うしね」
真夢はそう言っておいらに聞こえないよう二人に話しかける。
(特にBちゃん。源さんがお気に入りだったよね、お祭りの時も今回も……辛かったでしょ)
真夢が心配そうにそう語りかけると、二人は顔を歪ませ声をあげて泣いた。
「ごめんなさい……!本当に……!」
「ありがとう、私の事まで……!」
特にBの方は真夢に縋りついて嗚咽をしている。
「もう無事に済んだからいいよ。でもね、こんなのはダメだよ。自分の為にもAちゃんの為にも断ってあげて」
真夢の言葉に二人はもう立っていられないでしゃがみ込んで泣いているが、真夢にものすごく感謝しているように見える。
「おい……真夢の奴は一体何を言ったんでい??72時間前までは諸悪の片棒担いでた奴らだろ??」
「うーーん、真夢だからねえ……」
「そうだねえ……真夢ちゃん、つよいからなぁ……」
「しょうがねえ!俺の女はそういう奴だ!仇さえも籠絡しちまうトンデモカマトト女なんだからな!!」
満足そうに言う弾の言葉に真夢はぐりっ!と首を回して、
「こらあ!!それ、褒めてないでしょ!?」
と言って怒っていたが、その顔は楽しそうに笑っていた。
おいらは二人の前に行き、頭をぼりぼりと掻きながら。
「まあ、真夢はああ言っちゃいるが。やっぱりおいらはこれを全て水に流す気にはなれねえ」
二人は大きく頷く。
「でもな……その真夢がああだからな。気にしないことにはする。でも忘れることは出来ねえ。次何かあったらその時は……分かってるな?」
その時があってくれるなよ、と釘を刺すと、二人は
「ありがとう……本当にありがとう……」
BとCは何度も何度も頭を下げてお礼を言い続けていた。
「別にお前らのダチに限ったことじゃねえ」
おいらの後ろから弾が話しかける。
「女だろうが、男だろうが。俺は真夢以外の気持ちを受け入れることはできねえ。今世はおろか、来世以降もだ。真夢と出会った以上、真夢以外を愛するこたあねえ。真夢しか見えねえ」
そう言って弾はまた二人の前にしゃがむと、「だから、もうお前らもこんな思いも行動もするんじゃねえぞ」と窘める。
二人は泣きながらうん、うんと頷いた。
弾の言葉は重く、しかし何よりも説得力があり、真夢もおいらも、ミカやカンナちゃんも、二人さえもが涙を流して頷いていた。
「そして、真夢!!」
弾は今度は真夢の前に行く。そして額を手で軽く小突き、また指で髪を梳き上げて額を出してやり、そこにチュっと音を立ててキスをした。
「!!!!!!」
BとCは突然の事に言葉を失っていたが、おいら達や真夢も息を呑んでそれを見守る。
弾は唇を離した後、ポンポンと頭を優しく叩くように撫でつけながら……
「よく戻って来てくれたな。でもな、いいか、あんまり無茶なことはするんじゃねえぞ。お前は強い女かもしれねえが、お前の事を心底心配してる男がいる事を忘れんな」
「弾くん……」
おいらもミカもカンナちゃんも、二人を暖かく見守ってしまう。
「うん……うん……私は弾くんじゃなきゃダメだし。弾くんも私じゃなきゃダメだよ。でしょ?」
「……ああ。そうだな」
二人でベタベタし始めたのを見て、おいら達は心の底からホッとする。
「ああ……いつもの二人だぁ……」
「暑苦しいバカップルだね……暑苦しいのは弾だけだけどね?」
「この光景がおいら達の当たり前で、なきゃならないもんになってたとはな」
 しかし、そんな二人を見ていると下半身が何だか妙な感じがしてくる。
 ……そうだ、媚薬!!!
「おおおおめーら!!しばらく事務所で待っててくれぃ!!」
「どうしたんだい?源の字?」
「源さん、前屈みでお腹痛いの?」
ミカとカンナちゃんは心配そうに言ってくれるし、弾と真夢も心配そうにしながらもイチャイチャちゅっちゅしてやがる……コイツはいけねえ!!!
「……媚薬だよ!!!真夢、今すぐ服着ろ!!そんで効果が切れるまでおいらを一人にしてくれーーーい!!!祝杯はその後だあああ!!」
おいらの言葉がこだまのように響き渡る中、ミカとカンナちゃん、弾と真夢は慌てて着替えて事務所にかけ込んだ。

✳︎✳︎✳︎

「はあ……疲れた〜」
「ほんとね……」
BとCは帰っていき、おいら抜きの皆んなが事務所で安堵のため息を漏らす。
「皆んなありがとう……ごめ……」
謝りかけた真夢がまた皆んなからキッ!と睨まれて慌てて口を押さえる。
「そうだ、謝んな!」
「本当に良かったよ……真夢ちゃん……」
女子達は目に涙を浮かべ寄り添いあって喜んでいる。
「しかし……本当にもう完全に治ったのかい?」
ミカが少し不安そうに、怪しんで聞く。しかし弾にピッタリと寄り添う真夢を見て、
「真夢でもなければ弾にこんなにべったり引っ付くやつもいないか」
と安堵の声を漏らす。
「おい!お前どういう意味だ!?……でもまあそれでいいぜ。真夢さえ俺にベタベタしてくれればなー〜♡」
「んふふ、ねー〜♡」
「遅れたな……あ!?おい、お前ら、大変めでてえが、今のおいらの前であまりそういう刺激的なことはすんじゃねえぇ!」
おいらが遅れて事務所に入ると、弾と真夢はこの72時間を取り戻すかのようにいつも以上にベタベタしていて、ミカとカンナちゃんは呆れつつも微笑ましくそれを見ていた。
「あ、源三。媚薬は切れたのか?」
「だからまだ完全じゃねえから目の前でちゅっちゅちゅっちゅしてくれるなよ!?ったく龍の奴、ほんの僅かに媚薬効果があるとか言っといてすげえ効果じゃねえか……」
ぶつぶつ言うおいらに弾は目を丸くする。
「そんなかよ……」
「ああ、千切れるかと思ったぜい」
「真夢!?アンタ本当に無事だったんだろうね!?」
「何!?真夢、真夢あああ!?」
ミカも参戦してやいやい大騒ぎになる。
「大丈夫。大きな意味では無事だよ」
真夢もまた含みのある言い方をするが、まあ完全に何もかもというわけではねえかもしれねえし、それを細かくここで話すのも憚られる。
「でも、どうして元に戻ったの?」
カンナちゃんが聞くと、おいらも含め皆んなうんうん、と真夢を見る。
「涙」
真夢はちょっと考えてそれだけ答えた。
「涙?」
「うん。源さんの涙が、私を元に戻してくれた」
「まっ、真夢、それは性的な涙ではなく、目から出るフツーの涙か!?」
慌てすぎてそんなことをほざいた弾が真夢にサイテーとジト目でdisられつつ、笑顔で頷かれてほっとしている。
 涙……
 あの時、組み敷いた真夢においらの涙が何滴も落ちた。その直後、真夢は全ての記憶を取り戻した。
 きっと……今までに何度となく、真夢はあの体勢で弾から涙を落とされていたのだろう。愛のかたまりであるそれを何度となく、何粒も何粒も浴びせられていたのだろう。
だから……あの時、真夢は全ての記憶を取り戻したのだ。
「しかし……不思議なこともあるもんだ」
おいらは窓の外を見て呟いた。そこには雲ひとつない晴天が広がっている。
「ほんとだよねぇ。そんなことで戻るなんて思ってもみなかったよ」
ミカも窓の外を見やり言う。カンナちゃんもうんうんと頷く。
「……それはね、私が今こうしている事が既に奇跡みたいなものだから」
真夢はそう言って弾を抱きしめる。弾は真夢が元に戻ってくれた事がよっぽど嬉しいのか、涙腺が崩壊したようでまた真夢に抱きついて滝のように涙を流して皆んなを呆れさせている。
「はあ……あんな悍ましい薬作ってでも手に入れたい男かねえコレが?」
「ふふっ、でもこの弾くんは真夢ちゃんだけの弾くんだからね」
「おべーら、ばがにじて……」
「いいのいいの!弾くんは私だけにベタベタして、されてれば!よしよーし♡」
「まぐらーー〜……!」
「ま、何でもいいぜ!お前らが元に戻ったならそれで!」
おいらの声でみんながかんぱーい!と祝杯の声をあげる。
窓の外はやっぱり雲ひとつない青空で、それを見ていたら、おいらも何だか嬉しくなってきて涙が止まらなくなってきた。
「おめーら!今日は飲むぜ!皆んなで祝杯だ!」
「わーい!でもアタシらはジュース!」
「弾くん!飲もう?」
「ううう……ビールくれぇ……」
 皆んな笑っている。本当に、心から良かったと、その日は楽しい宴を思いっきり楽しんだ。

✳︎✳︎✳︎

その後。アメリカのAの元に連絡が入る。

「そう……」
『Aちゃん。おでこさんは、自分で全部思い出したよ』
『その時の弾くんは、心の底から嬉しそうで人目も気にせず大泣きしておでこさんをずっと離さなかった』
「……」
『もう、私たちの出来ることは何もないね』
『これだけのことをしても、皆んな私達を見逃してくれた。二度と関わらないことを条件に』
「そ……」
『弾くんとおでこさん、近く結婚するみたい』
『私達もおめでとうって思っちゃった。あの二人をどうにか出来ることは何もないんだよ』
「……分かったわ」
『でもね、Aちゃん』
『私達は、ずっと友達だよ』
「…………」

 そんな会話が三人でなされていたそうだ。
 通話を終了させた後、Aは一人、ポツリと呟く。
「そっかぁ……思い出しちゃったかぁ……」
窓の外、続く空を見て何を思ったのかはおいら達には知る由もないが。
「……っ、ううっ、……っ、本当に、本当に好きだったの……、サヨナラ、弾くん……っ……!」

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 翌日。
怒涛の三連休の後の出勤だ。昨夜は久しぶりにゆっくり安心して眠れたぜい!
「おはようさん!」
そう明るく挨拶して事務所に入って行くと、同じように元気をチャージしたようなミカやカンナちゃんがいて、おはようと挨拶を返してくれる。
 うん、平和な朝だな!
そう思っていると弾と真夢が揃って出勤してくる。
「おう、おめーら!おは……うおっ!?」
二人の顔を見ておいら達三人は驚愕する。
「よう……」
「おはよ……」
そう控えめに、というかぐったりと挨拶する二人ときたら……
目は泣き腫らして腫れぼったくて、目の下には漆黒のようなクマが出来ていて、それなのに……肌やら髪やらはやたらとツヤツヤ、寝不足のはずの瞳はキラキラ、弾はやたらとスッキリして筋肉も瑞々しく、真夢は言ったら弾に殺されるが身体の特に凸の部分がパツンとハリがあって、二人して全身からフェロモンがダダ漏れているかのようだった。
「お、お前ら……そのツヤッツヤのピカピカは……」
おいらが言うと弾と真夢は顔を見合わせて照れ笑いする。
「いや〜、昨夜はちょっとハッスルし過ぎちゃったよな♡」
弾がシレっと抜かす。
 ハッスルって何だ!?ハッスルって……ハッスルって……やっぱり……
しかし真夢も赤くなるだけで何も言わない。その態度がかえって事の成り行きを如実に示していて、おいらは想像してしまう。
「野暮な事聞くんじゃないよ、源の字。こんなの、どう見たってそうに決まってるじゃないのさ。しかも真夢……これ寝てないんじゃないのかい??」
ミカが赤面しつつも的確にツッコみ、カンナちゃんはただただ真っ赤になっている。
「ね、寝たよ!えーと、その……数時間……くらいは……」
慌てて真っ赤な真夢が笑顔で話すが、
「なー?寝たよな?そりゃもう夜じゅう、明るくなるまで……もが!」
「ちょっと!?何を言うの弾くん!?」
弾の奴が余計な事を言い真夢は弾の口を慌てて押さえる。が、その押さえられた真夢の手をデレデレしてあぐあぐと甘噛みする弾に一同は絶句する。
「口直しセッ……、んん、ってわけじゃないだろうけど、一晩中すんじゃないよ!!真夢を潰すんじゃない、この野獣め!!」
ミカが弾をこづくが、弾はアオーンとか何とか鳴き真似してやがるからもうダメだなあれは。
「あとな、今日にでも俺たち結婚することにした」
「ああ、そうか。それがいいぜい」
弾の爆弾発言においらたちは二つ返事で頷いて祝福する。
「何だよ、驚かねえのか!?」
「ほんと、腰抜かすかと思ったのに……」
弾と真夢はおいら達の反応にかえって驚いているが、おいら達からしたらもう別に驚くことじゃない。
「いや、だってな、お前ら昨日より何倍にも増して仲良さオーラ振り撒いてるんだぜ?そりゃそういうことだって分かるって」
「えっ!?そうなのか!?」
弾が驚いて真夢を見る。真夢も目を丸くしているが、満更でもないようでにんまり笑って頷いた。
「へへへ……」
「えへへ……」
二人はそう言ってお互いを見つめ合って幸せそうに笑っている。
 ああ……本当に良かったな、良かったよ、弾、真夢、おめでとうな!!
「ほんじゃまた週末は祝杯だな!」
「いえーい!」
「ありがとうー!」
「とりあえず今日一日頑張っぞー!」
おいら達は笑いながらそれぞれの持ち場に向かっていった。

✳︎✳︎✳︎

 約一ヶ月後。

現場で休憩しているおいら達の近くに、見覚えのある豪華な車が止まる。あれは……
「大龍!」
車から大龍と愛梨沙とお付きのサングラス達が降りてくる。
「ふん、相変わらずシケた現場をやってやがる」
「大龍さん!その節は本当にありがとうございました!」
カンナちゃんと真夢もたまたま差し入れに来ており、大龍を見た真夢が立ち上がって駆け寄りかけた所で。
「走るな!全く、自分の状態を考えてみろ!」
と大龍に叱咤され飛び上がって足を止める。
「す、すみません……」
「何だ大龍!俺の真夢……いや、俺の妻の真夢に声を荒げるんじゃねえ!!」
すぐに弾が噛み付くが大龍はふんと鼻を鳴らし受け流す。
「ふん、わざわざ言い直す必要があるか?この爆弾め」
大龍はふてくされたように言うが、愛梨沙がすかさずフォローする。
「ふふ、大龍社長はこんなこと言ってるけど、本当はアナタの身体が気がかりなのよ」
「え?」
真夢が驚いて大龍を見つめると、大龍は顔を背け、
「勘違いするな!このオレがそんな心配するはずないだろうが。まあ、またオレの部下になるなら別だがな」
と冷静に吐き捨てる。
「龍、本当に世話んなったな。お前の協力がなけりゃ色々厳しかったぜい。ありがとな!」
「忙しいこのオレの手を煩わせやがって。しかも最終的には月野真夢、……いや、今は違うか」
大龍は意外にも律儀に言い直す。
「八波真夢が自力で戻ったというではないか。全くお人好しで二度も三度も謀られ毒まで盛られたのにも関わらず、最終的には全て欲しいものを手に入れおって。この強かカマトト女め」
「ええ!!?」
言われた真夢は目を白黒させて叫ぶ。
「大龍!てめーぶっ飛ばされてえのか!?」
弾が怖い顔で凄むと大龍は瞳を光らせニヤリと笑う。
「ふん、本当の事だろう。引き裂かれそうだった相手をちゃんと自力で取り戻した上、しっかりと結婚までしたどころか……」
大龍は真夢の腹を見て、
「ご懐妊ときた」
と言う。真夢が顔を赤らめると、弾は優しく真夢の腹に手を当てて言った。
「ああ……俺たちの子だ」
 そう。弾と真夢は宣言した日にすぐ夫婦となり、その数週間後には妊娠が分かった。
本来ならもっと安定期に入ってから知らせるべきだろうが、仕事上迷惑をかけるかもしれないということで早めにおいら達にも教えてくれたんだ。
「もう一ついいことを教えておいてやろう」
大龍が弾と真夢に向かってニヤリと笑う。
「実はな。あの惚れ薬には、抗受精効果があったんだ」
「え!?」
おいら達は驚いて声を上げる。
「つくづく下衆な薬だが、仮に避妊が出来ずとも妊娠しづらくするいらんお世話の作用があるらしい」
「え……!?でも……」
真夢はお腹を押さえて困惑したように言う。
「だって、その、ちゃんと病院でも妊娠は確認されましたよ?」
「そうだ!エコーも見たし、心臓もちゃんと動いてたぞ!!」
弾も真夢に続いてやいやいと騒ぎ立てるが、大龍はふんと鼻で笑い、
「当たり前だろうが。そんなこと疑っておらんわ」
と言うが、真夢はハッと青ざめて大龍に聞く。
「まさか、そんな時に妊娠してしまったら、何か赤ちゃんに影響があるとか……ですか!?」
「何!!?そんなこと……あってたまるか!!」
「やかましいわ!!結論から言うと大丈夫だ。あくまでも受精の成立を妨げる効果があるだけで、それ以外の毒性はない」
「よかったぁ……!」
「よかったぜぇ……!」
大龍の言葉に弾と真夢も胸を撫で下ろす。
「そんな作用が働いているにも関わらず、しっかりと息づいた凄まじい生命力と言える。母親に似て大層強かなんだろうよ」
「ええ!!!?」
「大龍てめーー!!……でも、まあ真夢と子どもが無事なら何でもいいか。本当にありがとよ、大龍」
「ありがとうございました、大龍さん」
弾と真夢が揃って頭を下げると大龍はフンと顔を背ける。
「はい、これ。お祝いのお菓子よ。身体のために和菓子にしておいたわ」
愛梨沙がにこやかに真夢に菓子折りを渡すと、真夢もそれは嬉しそうにそれを受け取って礼を言う。
「わーー!!ありがとう!もう最近甘いものが食べたくて食べたくて……しかも和菓子なんてさすが愛梨沙ちゃん!」
「ふふ、私が選んだには選んだけど、和菓子にしろって言ったのは大龍社長なのよ。洋菓子よりいいだろうって」
「ええ!?本当ですか大龍さ……」
「余計な事を言わんでいい!全く」
真夢のお礼をカットインして愛梨沙に愚痴を言うが、愛梨沙はくすくすと笑うだけだった。
「まだ初期も初期だろうにオレを見て走るだなんて。あと少し薄着がすぎるだろう、スカートならもっと丈が長くて厚手のものにしろ、中にレギンスなども忘れるな」
弾さながらの過保護ぶりを発揮する大龍に、真夢は呆れ笑いながらも、
「はーい」
と嬉しそうに言う。
「おい大龍!?真夢は俺の妻だからな!!?」
「やかましい!!夫なら妻の管理をもっとちゃんとしないかこの爆弾め!!」
噛みついた弾に大龍も言い返し、しかし大龍の言うことももっともな為ぐぬぬ……と歯ぎしりしている。
「流石、大龍社長。解毒役が自分ならさっさと真夢さんを戻してあげたのにと言うだけありますわね?」
秘書であり婚約者である愛梨沙がニッコリと、だけど瞳には若干の棘を含めて大龍に笑いかける。
「フン、そんなこと一言も言ってないだろう」
大龍は鼻を鳴らしてそっぽを向くが、図星なのは丸わかりだ。しっかりバレてんだな。
 全く素直じゃねえな、この男は……
おいらは苦笑してしまうが、弾と真夢は満面の笑みでお互いを労いあい、笑い合う姿は本当に幸せそうだった。
そんな二人を愛梨沙も穏やかな目で見ているし、大龍もあれで安心しているようだ。
ミカとカンナちゃんも嬉しそうに笑っている……その姿を見て、おいらは今度こそ弾と真夢のようになれるよう、しっかりと相手を決め恋してみようか、などと柄にもなく思ったのだった。
「おっ、もうこんな時間か!休憩は終わりだ、仕事に戻るぞ!」
弾が時計を見て言うと、全員がはーいと返事をする。
そして各々持ち場へ帰っていくが、真夢と弾が幸せそうに手を繋いで歩くのをすれ違う時に見ておいらはつい笑ってしまう。

 ほんの一ヶ月ほど前、皆んなが地獄を見た。
しかし弾と真夢の強い絆と愛がそれを乗り越えるところを見た。
そして二人は夫婦となり、新しい家族まで宿している。きっと無事に生まれてくるんだろう、皆んながそう直感していた。
 やれやれ……とりあえず一件落着かな?
 そして、次はおいらが続く番だ。
 お前達のようになれるよう、頑張るからよ。その時は力を貸してくれよな!
そんな気持ちで弾の肩を叩くと、守るものが増えてますます男前になった弾が明るく笑い、見た目は変わらなくても確かに母親になった真夢もとても優しく綺麗に笑う。

「さあ、今日も頑張ろうぜ!」
 おいらは皆んなに笑いかけて、五人は仕事場へと戻っていったのだった。