Gravity of Love② (24K)

 そんなこんなで俺は今、真夢の家に来ている。
何度か皆んなで宅飲みなんかでお邪魔したことはあるが、俺個人でしかも泊まりは勿論初めてだ。こんな形であれ、惚れている女の家で明日の夜まで二人きりだなんて、正直、その……嬉しくないわけがねえ。
とはいえ真夢はそんな状態だから、変な気を起こすのはダメだ。俺は真夢の体調を早く戻してやる為だけに来たんだからな。
そんな事を自分に言い聞かせながら真夢と二人、手洗いなんかを済ませリビングに落ち着く。
 いつ来ても綺麗な家だな。母ちゃんや真夢がいつも綺麗にしてるんだろう。父ちゃんもサッサしたりコロコロしたりしてるって真夢言ってたっけ。
「どうする?部屋に行って横になるか?それとも飯済ませちまう?……とはいえまだちっと早えか……」
時間はまだ16時を過ぎた所だ。夕飯には早すぎるかもしれねえ。
「どうしようかな……部屋にもテレビとかはあるけど、ここの方が広いし弾くんも居やすいよね?」
「俺はどっちだって大丈夫だぜ。真夢が楽な方でいいよ。でも色々あって疲れてるだろうから、ベッドで横になりながら冷やしたらどうだ?寝れるなら晩飯まで寝ちまえ」
 ベッド……真夢がいつも寝てるであろうベッドに、真夢の部屋……って、俺は何考えてんだ!!そんな下心があるからそんな事言った訳じゃねえぞ。
普段のピンピンしてる真夢と二人きりで部屋でベッドなら多少、いや結構まずいかもしれねえが、今はそんな気を起こす気があるわけねえ。俺は大丈夫なはずだ。
「そうだね……じゃあそうしようかな」
「おう。飯もベッドまで運んでやっから、今日くらいそこで食べればいいぜ。お前んちトイレも洗面台も二階にもあるからそんなに上り下りしなくてすみそうだしな」
俺の言葉に真夢はじっと俺の顔を見る。
「? どした?」
「ふふ、弾くん、詳しいね。よく覚えてるね、うちの間取り」
「あっ!!?そうか!!?まがりなりにも大工だしな……気味悪かったらすまねえ……」
「ううん……覚えててくれて嬉しいよ。弾くん……いつも優しいけど、今日はもっと優しくて頼り甲斐あって……すごく心強い。ありがとう」
真夢が顔を赤らめて言う。
 そんなに俺って優しいか?まあ他よりは優しいのかもしれねえな。だって俺、お前に惚れてるし。その上その惚れた女が弱ってんだ。普通は優しくするだろ?
「そうかな……?あんま自覚はねえけど……」
「本当は一人でどうしよう、って思ってた。不安だった。書庫で荷物が降って来た時も怖かった……」
真夢は安心して緊張の糸が切れたのか、本心を吐露しべそをかき始めた。
「そうだよな……。辛かったよな……」
俺が言うと真夢は鼻を啜りながら答える。
「皆んな忙しい時間だったから、つい一人でやらなきゃ!ってムキになっちゃって。本当は一人じゃ取れないような位置にあった書類を無理矢理取ろうとして……」
肩を震わせる真夢の頭を優しく撫でる。今はこれくらい許されるはずだ。
 怖かったろう。不安だっただろう。痛かっただろう。
真夢はよく気が回って優しいが故、頑張り過ぎる所がある。今回だって、誰かに脚立を押さえてもらうとか、何かしら手伝ってもらえばこんなことにはならなかったはずだ。
「ごめんな。事務所帰って来るのがもう少し早かったら俺が着いてったのに」
「ううん、そんなことない……」
そして一拍置いてから続ける。
「怖かったし不安だったけど……でも今は、すごく幸せだよ」
そう言って、少し照れくさいといった風に笑う真夢のその顔は、俺が今まで見た中でも最高に可愛く見えた。
「倒れて行く時も、周りがスローモーションに見えて。その時も思ったの……弾くん助けて、って」
「真夢……」
「そしたら本当に弾くんが来てくれた。嬉しかった……今も、一緒にいてくれて本当に嬉しい、ありがとう」
 いや待てやべえだろこれ!二人きりだぞ!!俺こんな可愛い子と一晩中二人きりだぞ!?!?
 いやいやダメだ落ち着け……真夢は怪我人、大怪我してるんだ。すげえ可愛いけどすげえ怪我してて大変で、すげえ可愛くて弱っちまってる、何としてでも良くしてやりたい可愛くて超絶愛しい女で……ってダメだこりゃ!!!
 俺はもう、完全に真夢の可愛さにやられちまってる。でも、その相手が弱ってるんだ。俺が優しくしてやらねえでどうする!?
「……弾くん?」
俺の顔を覗き込む真夢にハッとする。
 そうだ。テンパるのは自由だが、まずは真夢を回復させるのが今の全てだ。当たって砕けるのはその後だ。いや砕けたくはねえけどよ!?
「よし、じゃあ氷嚢作って上行くか。氷もらうぞ」
「早速すみません……氷、冷凍庫に沢山あるはず。あああ……本当は今日は一人で飲んだくれ祭りしようと思ってお酒用とかにも沢山作っておいたのに氷……」
「ははは。まあ一人だから好き勝手出来た大チャンスだったもんな。治ったらまたやればいいぜ」
「沢山食べ物も用意してたのに……治ったら弾くん、一緒に食べよう?」
「そうだな。じゃあその時はご馳走になっかな。……? ……! ここで……?」
「!! ……えっと、その……弾くんが嫌じゃ、なければ……」
俺と真夢は真っ赤になる。
「嫌なわけねえ、けど」
「けど……?」
真夢が上目遣いで恐る恐る聞く。
「……いや!何でもねえ!嫌なわけあるかよ!!」
 そうだ!嫌なわけがねえ!!そしてそんな食いもんより真夢の方を食いてえな、なんてちっとも思っちゃいねえはずだ!多分!!
そんなこんなで氷嚢を準備する為に俺は冷凍庫を開ける。本当に真夢は一人パーティをしようとしてたのか、中には氷がどっさり作ってあった。思わずククッと笑いが溢れる。
「そんなに笑えるほどおかしい……?」
「いや、可愛いなって思ってよ」
俺が素直にそう言うと、真夢はまた照れたように赤くなって口を尖らせる。そしてぷいっとそっぽを向きたくても首が痛くて向けずに視線だけでぷいっとする真夢を、俺はまたニヤニヤして眺めていた。
「どんだけ飲むつもりだったんだお前」
「いーでしょ!!もしかしたら、誰か呼ぼうかな、とか思ったりも……してたん……だから……」
そう言いながら真夢は更に赤くなって視線を斜め下に落とす。
 誰かを呼ぼうとしてた?誰もいないこの夜にわざわざ??おい聞いてねえぞ、いやたった今聞いたけど、それ誰だよ。
何とも言えない顔になっている俺に、今度は真夢がククッと笑う。
「ふふ。冗談だよ……もし、本当に呼ぼうかなって思った時は、きっと真っ先に弾くんを呼ぼうって思ったと思う」
そんな可愛い事を言って恥ずかしそうにする真夢を見て俺はまた悶絶しそうになる。
 いやこれ俺やべえよ!? 真夢ってこんな可愛かったっけ!? いや可愛いよ、可愛いけど、ずっと前から可愛いかったけど、今日の可愛さはまた格別にヤバい気がするんだが……!?
「……どうかな?」
そんな照れながら少し不安そうにそう聞く真夢に俺は何とか平静を装って答える。
「そんな冗談をこんな時に言うもんじゃねえよ。モテまくりの源三にならまだしも、モテ耐性のない俺なんかにそんな事言って本気にしたらどうすんだ。家族のいない夜に二人で宅飲みしようなんてよ……」
「何よ、やなの?それに図らずとも泊まり込むことにまでなっちゃったじゃん」
「それは不可抗力だろ。怪我人を放ってはおけねえよ」
真夢は口を尖らせて言うが、その顔は嬉しそうにも見える。
「そっか。じゃあ怪我までした甲斐あったかな、弾くんが来てくれたから」
「そんな冗談も言うもんじゃねえ!」
ちょっと声を荒らげてしまった俺に、真夢はビクッとしてその弾みで「痛っ!」と顔を歪ませる。しまった、驚かせ過ぎちまったか。
「わり……!大丈夫か?ごめんな、別にそこまで怒ったってわけじゃなくて……でもほらみろ。ちょっと驚いた弾みでさえ痛むのに、怪我して良かったなんて言うな」
「ごめん、冗談だよ……弾くんの手も煩わせてるのにごめんね。ふざけ過ぎたよ」
申し訳無さそうに謝る真夢に、俺は
「そうじゃねえよ。どんな理由だろうと、俺はお前が苦しむのなんて嫌なんだよ。なのに怪我して良かっただなんて、もうそんなこと言うなよな。そんな事言うようなやつには……こうだ!!」
そう言って真夢の額に氷嚢を怪我が痛まない程度にグリグリ押し当てた。
「ひゃああ!!冷たい!!ちょっと弾くん!?やめてよ!!」
目を白黒させる真夢を嬉しそうに笑う俺を見て、真夢は呆れたように笑う。
「……怪我なんてしなくたって、お前が呼んでくれりゃ俺なんていくらでも来ちまうよ」
「もうそんなこと言って……どうだかね」
 信じてねえなこいつ。でも、ああ……やっぱり可愛いな。俺もう絶対、真夢のいない生活なんて考えられねえや。
「ホラ、とりあえず二階行くか。立てるか?」
「うん……」
そう言って真夢は俺の手を取り恐る恐る立ち上がろうとする。
「いたた……ごめん、ゆっくりしてもらってもいい……?」
そう言って声を震わせる真夢に、俺は……
 不謹慎なのは分かってる。それでもこの表情、図らずともこんなセリフ、吐息混じりの声……いやエロくないのにエロ可愛すぎるだろ、限界突破ものだぜクソ童貞の俺なんて!!!
そんな俺の心拍数は徐々に上がっていく。
「ゆっくりでいいからな、俺に体重預けろ……よし」
「ありがと……ごめん……は、んんっ……!」
細くて軽い身体を預けてもらうと、何故そこにだけという豊満な肉付きの良い胸の感触が伝わってくる。細くてもしっかり女の体型だ。柔らかくてハリがあって……男の身体にはない極上の感触に俺の童貞ハートがどんどん破裂へと導かれる。耐えろ、耐えるんだ俺……!
そして何とか立ち上がった真夢だが、腰を打っている為痛みと怖さでまだ全身に力が入らないらしく、プルプルと足が震えていて危なっかしい。
「よし、ゆっくり行くから……そうだ真夢、俺の手首に掴まれるか?それでちょっとはバランス取れるだろ」
「うん……そうだね……」
そう言いながら俺の腕に抱きつきながら体重をかけてくる真夢に俺はまた悶絶しそうになる。
 いやこれ何だよ!落ち着け俺!!童貞丸出しじゃねえか!!いや確かに俺は童貞だけど、でもこんなエロ可愛すぎる真夢をぶちかまされてよく平静を保ってんな!?偉いぞ俺!
「ごめんね弾くん……重いよね……」
「いや全然。軽いくらいだぜ。もっと食えよ……ってお前、俺くらい食うもんな」
ひどーい!とぶちぶち文句を言う真夢だが、そうだ、こいつはすげー食うんだ。なのに何でこんな細くて、そしてそれ以上に何で胸はそんなにパツパツな訳??尻だってパツンとハリがあるし、痩せてるのにむちむちと身体は気持ちいいし、何な訳???
 ……っていけねえ!!!またやべえ事考えそうになったじゃねえか!多分まだギリギリセーフな筈だ!!
「とにかく全然重くねえ!!何なら治ったら筋トレして筋肉つけろ!俺が筋トレ教えてやっから!!」
俺が煩悩を振り払うようにそう言うと、真夢は嬉しそうな顔をした。可愛いかよ!!
 何とか二階に辿り着いた俺は真夢をベッドにゆっくり座らせようとするが……
「あ、あのね……」
「ん?何だ?」
 ここが真夢の部屋……甘い匂いに綺麗な部屋。真夢が確かにここで暮らしているという形跡が当然のようにあちこちにある。少しだけ散らかった机の上やメイク道具なんかがよりそれにリアリティを持たせる。
 何度か入ったことはあるが、二人きりでいるのは初めてだぜ……と、既にいっぱいいっぱいの俺に対して、真夢は更にとんでもない事を言う。
「私、パジャマ、というか部屋着に着替えたい……んだけど……」
「え!?!?」
真夢の衝撃発言に俺は変な声を出してしまう。
 いや何でだよ!?いや当然か、出勤していたそのクソ可愛いおしゃれな服じゃ寝辛いもんな……
しかし、しかしだ、俺は一体どうしたら……いやでも俺さえ部屋を出たら着替えられるんだよな?そうか、なら早く出て行かねえとな。でも残念だよな〜まさか着替えを手伝って♡みたいなラブコメ展開なんてそりゃねえよな〜?
そんな俺のテンパりMAXの妄想葛藤も虚しく、真夢が更に衝撃的な発言をする。
「あの……非常に申し訳ないんだけど……その……て、手伝ってもらっても……いい……?」
「てっ!!?てつっ!!?がふっ!げほっ!ゴホゴホッ!!」
俺はあまりの衝撃にむせこんでしまう。
「ごめんね……なんか変な事言って……」
そう言って俯く真夢の耳は真っ赤になっていた。
 え?つまり、そういう事なのか!?こういう展開ありなのか!?いいのかよこれ!?いいんだな!?いいんだよな!!?いや待てまだ慌てるような時間じゃない。いや時間って何だわけわかんねえ!!落ち着け俺!こういう時にこそクールに行かねばだな!?
「お、おう……じゃあちょっと後ろ向いとくから、着替え終わったら言ってくれ……」
そう言って後ろを向こうとするが、真夢は……
「いや、違くて……後ろ向いて待ってて、じゃなくて、着脱を手伝って欲しいの……」
「!?!!?」
テンパりMAXの俺と真夢の時間は、加速した。
 いやなんだよこれ!?どうなってんだよ!?俺は本当に今日死ぬんじゃねえのか……!?いや生きろ俺!!
「だ、だってよ、それじゃ真夢、おま、えと、お前のした、下、下着とかが……」
 丸見えちまうよな!!?そこんところどうなのよ真夢さん!!?
「そ、そう……だけど……」
 いやそんなあっさり肯定すんなよ!!いやいやいや何でそんな当たり前みたいに普通に言ってんだよ!?
「お、お前なあ……!!」
「だって!!ぎっくり状態の腰が怖くて、うまく一人で脱ぎ着出来ないんだもん!!手伝ってよ弾くん!」
真夢はそう言って俺から顔をそらす。その頰は真っ赤に染まっていた。
 何だその顔!?さっきから真夢の可愛さに殺されそうだった俺はもう限界だぜ。これ以上我慢なんて出来るはずがねえ……!
俺はゴクリと固唾を呑むが、真夢は意外なことを口にする。
「……ごめんね、好きでもない女の下着姿なんて見たくもないのは分かってるんだけど……でも……」
『馬鹿野郎!!好きな女の下着姿だっつーの!?見ない男がこの世にいるわけねえだろバーカ!!』
俺は勢いでそう言ってしまいそうなのを必死に我慢する。
「お、お前の方だって、好きでもねえ男に下着姿を晒すのは……嫌じゃねえのか」
「私は……!!」
真夢は真っ赤な顔のまま、少し唇をぐぬぬ……と噛んでからぽそりと呟く。
「弾くんになら……見られてもいいから頼んでるの……」
 え………何だそりゃ……え……?
あまりの事に思考がついていかない。
 ん?あれ?俺今もしかして告白された?え?いや、違えよな?んん?どういうこった??
「それにっ!!安心して、今日なんて、色気もクソもない下着だから全然えっちじゃないし!!私なんかの下着だし!!?」
ボーゼンとする俺に真夢もテンパってきたのか早口で言ってくる。
 いや真夢今クソって言ったし、でもそんな真夢もいいな、それにそれってどんな下着よ?ますます見てえじゃねえか、それにどんな下着とて真夢の下着姿となれば全俺にとって紛れもなく千兆パーセント性的なクソエロ案件なんですがどうすれば………???
「??? えと、源三にも頼むのか?」
「そんな訳ないでしょ!!!弾くんだから頼んでるの!!」
「あ、俺のことは男として見てないから安心とかそういうことか?」
「何言ってんの弾くん!!?弾くんはどう見たってイケメンでしかないでしょ!!!?」
 ええ!?俺ってイケメンなのか!!?いやそんな訳ねえよ、源三やミカに聞かれたら笑い死なれるわ!!!
「……俺はどうすれば……」
「だから!!着替えを手伝って!! ……!? いたーーーい!!」
興奮してわたわたした真夢が痛みを訴えて俺も我にかえる。
「だ、大丈夫か真夢……」
「だいじょばない!!!から、机の椅子の上にあるスウェットの上下、とってきてっ……」
真夢は涙目で俺に言う。俺はそんな真夢に申し訳なさと懲りずに超絶な可愛さを感じつつ、机の所にあるスウェットの上下とやらを手に取り真夢に渡そうとする。
「ほら、持ってきたぞ……」
「あ……ありがと……」
「分かったよ……手伝うから、もう暴れんな。これ以上痛い思いしてほしくねえ」
「分かった……ありがとう……」
「あんま見ねえようにするから……」
「別に減るものじゃないから気にしないで……?」
 いやそれは無理よ真夢!?惚れた女の下着姿だぞ??常々見たいと思ってる下着姿だぞ???オカズにしかなりえねえじゃねえかよ!!?
またそんな考えで頭がパンクしそうな俺に、真夢はまたもとんでもないことを言ってくれる。
「それに、もう一度言うけど、私は弾くんなら別に良いかなって……」
「!?!?!?」
今度ばかりは俺はもう、完全限界突破した。俺の真夢への想いが今この瞬間に大爆発したのを確かに感じた。そう、ダイナマイトダンとは俺のことだぜ……!
 いやでも好きな女が目の前でこんな格好してたら無理だって……なあ?
そして俺はもう頭が完全にぶっ壊れたまま、真夢の着替えを手伝い始めたのだった。
真夢は赤い顔のままカーディガンのボタンを外し、それは何とか自分で脱ぐ。しかしその中はTシャツのように被るニットの半袖を着ており、これがピチッとしていて脱ぎにくそうだ。
 いや……ていうかこれだけで俺、充分抜け……いや!!そんなこと考えちゃならねえ!!
ピチッとした半袖ニットの胸が真夢が動く度たゆんたゆんと揺れるのが気になって仕方ないが、俺は必死に煩悩と決闘していた。
「これは……どう脱ぐのが楽なんだ……?」
「うーん……万歳するから、脱がしてもらっていい……?」
 あっごめんなさいもうなんかいろいろ限界突破して思考回路がヤバいんです俺。
「お、おう……悪いな……?」
「何が……?弾くん何も悪くないよ?」
おかしな返答の俺に真夢はくすくす笑う。それでほんの一ナノグラムだけ俺は冷静になれた気がした。
そして俺は言われた通り、万歳した真夢からニットの半袖をゆっくり脱がせると……当然真夢の真っ白な生肌が視界に入ってくる。
細い腰から順に、大きな胸へとニットが上がっていく。いや、これ思った以上にゆっくり脱がさねえと、真夢もツラいんじゃねえの? そう思ってゆっくり脱がせる俺の耳元を真夢の吐息が擽る。
「痛くねえ?首とか……」
「うん、平気……」
真夢はブラジャーではなく、なんかこう、シャツみたいなものを着ていたようだ。
「カップ付きシャツなんて色気もへったくれもないでしょ……」
「いえ……そんなことは全く……」
俺も真夢もこれでもかと赤くなって変な問答を繰り返す。
 いやもう無理だわ俺、いろんな意味で限界だわ……
着せるのは脱がせるよりは簡単で、気をつけてスウェットを頭に被せてやると、何とか自分でゆっくりと腕を通して着ることができた。さっき見えたクソエロい身体が隠れていくのは残念至極だが、それはそれで何かエロいなと思う俺はもう重症だ。
「よし……じゃああとはズボン……だな……」
「うん……♡」
真夢はまるでこれからそういうことをするんじゃねえかと勘違いしちまいそうな声でそう言うと、俺の手を借りてまたゆっくりとベッドから立ち上がる。俺はその生々しい動きに目が眩みそうになるのを必死で抑える。
「腰が痛くて丸まれないの……弾くん、申し訳ないんだけど、このスカートをぬがせてズボン履かせてくれる……?」
「わ、分かった……」
そして真夢は俺の方にお尻を向けつつスカートのファスナーを下げる。
「……、本当ごめん、パンストも少し下げるから一緒に脱がせて……」
 パンストだと!!!?そんな難易度高えモン俺に脱がせられるのか!!?
「やってみる……けど、破いちまったらゴメン……!」
「あ、いっそ破く?それでもいいよ今日は脱げれば何でも」
「破かねーよ!!善処はするよ!!」
そっか、と真夢はますます赤くなり、俺に至っては鎖骨まで赤え。
真夢は手の届く範囲までパンストをずらし、スカートから手を離すとそのままストンと下に落とす。
なので俺の目の前にはズリ下げたパンストとむちっと肉感のけしからん尻、白い太ももが眩しく広がっており、その間にある薄い黒の布地のパンツもまた視界に入ってきてしまう。
そんなあまりにも刺激的な光景に俺は一瞬目の前がチカチカとしたが、ここでぶっ倒れる訳にはいかないと必死に踏ん張る。しかし真夢の今の格好は俺の理性を確実に刈り取ろうとするものだった。
 頼むから真夢、下は見てくれるなよ!!?俺はいつものスキニーを履いてんだからよ!!!こんなもん童貞に勃起すんなという方が無理な話だぜ!!!
意を決し、パンストと太ももの間に震える指をぐ、と入れると、真夢は「んん♡」と悩ましげな声をあげる。
 だからそれやめろって!! 勃起どころか射精までしちまうよこのままじゃ!!
「へ、変な声出すな……!」
「ご、ごめん……くすぐったくて……!」
俺は泣きそうになりながらも、真夢の太もものパンストを少しずつ下ろしていき、やっとのことで膝の辺りまで下ろした。細いのにムチムチとした感触が指から伝わり、俺は自分の理性が今にも切れそうになる。
しかし、真夢はもっと酷かった。
「弾くん……一気にズリ下げていいよ……?」
「おまっ!?!?何言ってんのか分かってんのかよ!?!?」
「だって!!くすぐったいし恥ずかしいし申し訳なくておかしくなっちゃいそうなんだもん!!頼んどいて申し訳ないんだけど!!」
 こいつは俺に一体何回新手の拷問をすれば気が済むのだろうか!?もう俺死ぬんじゃねえのこれ……
「ほ、ほら脱げたぞ……!」
「じゃあズボン履かせて……」
「分かってるよ!!!煽んな!!!」
「ええっっ!!!?」
今度は立っている真夢にズボンを足に通してもらい、それを引き上げるだけだからいくらか楽なはずだ。そうであってくれ!!でないと俺はもう死ぬ!!!
脱がすのとは逆に、今度はふくらはぎから太ももへ舐め上げていくような、そんな背徳的なエロスを感じて、俺は頭が沸騰寸前になる。今すぐどうにかしてえ尻を隠しちまえばこの作業も終わる。クソッッ!!残念なのか嬉しいのか分かんねえよもう!!!
「はい……終わり……と」
「ありがと……」
俺は呼吸を整えつつ、真夢にズボンを履かせてやった。
 つ、疲れた……!!童貞には百年早い作業だったぜ……!!
「い、一分だけ休ませてくれ……」
「え?う、うん、分かった……、!!!」
へなへなと座り込み真夢のベッドにずむ……と顔を沈み込ませて仮死状態になっていると、真夢のいい匂いが肺いっぱいに広がってますます色々大変な事態になりそうだ。そんなもうどうしようもねえお手上げ状態の俺の視界に、真夢がゆっくりとデスクの方に歩いていくのが見えた。
「んん……?真夢、手ぇ貸さねえで大丈夫か?」
そう声をかけると真夢はギクっ!!として足を止めるが、
「う、うん……まっすぐ、ゆっくりなら一人でも歩けるみたい……」
そう言って机に到着すると何かをカチャカチャと移動させているようだった。
「何してんだ?」
他意なくそう聞く俺に真夢は笑いながら答える。
「ん?んー、ちょっと机散らかってたから、恥ずかしいなって……片付けてた」
「十分綺麗じゃねえか。そんなんあちこち痛え今無理してやらなくていいだろ。ほら、こっち来い」
手を貸そうと真夢の方へ行くと、真夢は「うん、そうだね」と言って素直に俺の手を借りてベッドへと移動する。
「押さえててやるから体重かけていいぞ。ゆっくり寝かせてやるから」
「ありがとう弾くん……すごく楽……」
そう言って真夢は無事ベッドインした。
 ああ真夢がベッドに寝てやがるよ……しかも部屋着じゃねえかよ……
露出は減ったが、黒の少しダボっとした上下のスウェット姿で横たわる真夢は、普段は見られない姿でまた新鮮かつ何故かエロい。俺の童貞心は暴走寸前である。
「ねえ弾くん……」
「ん?どうした」
俺が真夢のベッドの縁に腰掛け、真夢の顔の近くに手をついていると、真夢は横になったまま話しかけてくる。
「私ね……自分で思ってたよりずっとえっち……なのかなあ……」
「っ!?!?」
「……今日だってそんなつもり全然なかったのに、弾くんがいっぱい甘やかしてくれるから……もっとくっつきたいとか触れ合いたいとか、思って……、………」
真夢はとんでもない爆弾をセットしながら眠っちまった。色々な事が起こって疲れているんだろう。
俺はといえば、そんな真夢を見てボーゼンとしていたが。真夢の最後の言葉を聞いて、自分の股間を見下ろしつつ大きな溜息をついた。
「あー……やっぱそうなるよなあ……」
もう誤魔化しようもねえぐらい俺の股間はギンギンである。
「俺は今……何を聞かされたんだ??真夢、お前アレ、どういう意味だよ……」
眠る真夢にボソっと呟く。あーもう本当にコイツは……俺がどんだけ我慢したと、いや現在進行形でしてると思ってんだよ……
「あ、いけね氷嚢……寝ててもいいのかな、とりあえず30分くらい冷やせって言ってたよな……」
俺は持ってきて置きっぱなしになっいた氷嚢を手に取り、真夢の首元に置いてやる。
「ひやあ……!!」
突然の冷たさに真夢は寝ぼけながらもそんな声を出す。いちいちエロいんだよ!もう何がエロいんだか分かんねえよ!!
「冷えな、ごめん。ゆっくり横向きになれるか?首と腰に氷嚢置いとくから」
「んん……分かったあ……ありがとう弾くん……すき……」
「!!! ……ああ、俺も好きだぜ、真夢」
 この好きの違いが悲しい。真夢の言うのはライクで、俺のはラブだ。
それでも十分嬉しくていつもはそのやり取りでも満足していたが、今日で俺のフラストレーションは溜まりに溜まっている。
真夢が無防備な格好でそこにいてベッドに入ってて、そして「もっとくっつきたい」とか「触れ合いたい」なんてことを思ってくれてて。そんなこと言われて平気でいられる程俺は出来ちゃいねえし、そんな事を言われて大人しくしていられる程出来た人間じゃねえんだよ……
真夢は可愛いけどそれ以上にエロ可愛いのだということももう嫌という程思い知らされた俺は、いよいよ友達のままでいることに焦れてくる。
「治ったら、好きだってちゃんと言うかな……」
そう呟くと、俺のスマホが着信を報せる。
「誰だ……ん?幸夢さん?」
通知された名前を確認すると、俺は素早く通話ボタンを押す。
「もしもし」
『もしもし、弾くん?いま大丈夫?』
「勿論大丈夫っすよ。ちわっす幸夢さん」
声の主、幸夢さんとは真夢の実の兄、月野幸夢さんだ。真夢の三つ上で、大工のエリートである宮大工をしている。これが真夢そっくりなのだが、男で真夢そっくりとなれば誰もが振り向くイケメンで、常に周りの視線を独り占めしている。加えて頭の回転も早く、空気も読めて外さない。完璧超人のような人だ。更に背まで高くて細マッチョだ。辛いぜ!!!
『話は聞いたよ。真夢、どう?』
「今は部屋で寝てます。すみません、お宅にお邪魔してます。そんで、その……」
付き合ってもいないのに夜通し真夢と一緒にいるなんて言ったら、いくら看病のためとはいえ兄である幸夢さんは気に入らないんじゃないだろうか。俺にも妹がいるから気持ちは何となく分かる。しかも幸夢さんは家族思いでとりわけシスコンで真夢を溺愛している。
どう説明しようか内心ドキドキしていると、空気の読めて外さない男、月野幸夢さんはやはり先に言ってくる。
『それも聞いてる。弾くん、ほんっっっとごめんな。迷惑かけて……』
「あっ、いやっ、大丈夫っす!俺が好きでやってるだけなんで!」
『うーん……そうかあ……ほらなあ、弾くんはそう言ってくれるんだもんなあ。いくら真夢の事好きでもさ、いきなり泊まり込みの看病はなかなか大変でしょ?』
「がふっ!?」
そう。幸夢さんは更に俺が真夢に惚れていることを知っている。そしてどういうわけだかそれをすごく応援してくれる。
「だ、誰に聞いたんすか……?」
『真夢診てくれた整骨院の先生いるでしょ。あの人俺の知り合いだから、俺に知らせてくれたんだよ。怪我の具合と、なんとなくの経緯聞いたんだ。で、源さんからも連絡来て、今はほぼ把握済みってわけ』
 イケメンこっっっわ!ハイパーイケメン兄貴こっっっわ!!
『ごめんな、弾くんに面倒かけて。聞いてると思うけど俺、今ちょっと遠方でさ。父さん母さんもこっちいるんだよ』
「え?そうなんすか?」
『両親結婚25周年でさ。久しぶりの旅行で、たまたま俺の今の勤務してるとこの近くに来るっていう事になって。だから俺達は今こっちで三人でいるんだよ。そんで三人ともすぐには帰れないってわけ』
 そういう旅行だったのか。だから真夢は親やお兄さんを無理矢理家に帰したくなかったのか。
『それでも真夢がひとりぼっちになっちゃうんなら、明日になってでも徹夜でも帰るつもりだったんだけど。弾くんが看てくれるって聞いたから、それならお願い出来るかな、と思って。勿論無理なら今から俺だけでも帰るから、それまでだけ真夢をお願いしてもいいかな?』
「大丈夫です。折角の機会なんです、三人は予定通り楽しんでください。真夢は俺がしっかり看ますから」
俺の言葉を聞いて幸夢さんはほっと安心する。
『ありがとう。ほんとごめんな、今度なんかお礼させてくれな?』
「そんなの別にいいっすよ!でもいいんですか?俺で……」
『当たり前だろ。弾くんじゃなきゃ頼まないよ。すごく信頼はしてるけど、これが源さんだったら俺はこうはしてない。両親を置いてでも帰る。何でか分かる?』
「……分かんねっす……」
 何でそこまで俺に信頼を寄せてくれるのか。あの源三でも断るのに何で俺なんだ?
『はーーー、これだもんなぁ。まあいいや。弾くん、マジで家のモンなら何使っていいから。薬でも、食べ物でも何でも。真夢は無理でも弾くんは風呂も入って、俺の部屋に新品の下着も何枚かあるから使って。パジャマになる部屋着も好きなの着ていいから。あ、真夢、また黒い部屋着着てた?』
もう非の打ちようのない幸夢さんからの言葉を俺はもう黙って聞いているしかなかったが、真夢の部屋着を聞かれて答える。
「ああ、着てましたね。少しデカい上下ですよね?」
『あーーーーっははははは!!やっぱり!!まーたあれ着てんのかあいつ!!!』
幸夢さんは爆笑する。何が何だかわからねえが俺はそのまま幸夢さんの言葉を待つ。
『おおかた全身動かねえからって着替え手伝わされたんじゃないの?』
「がふっ!!!?」
 何だ!!?この部屋カメラでもあるのか!!?
『あははは、ないよ〜カメラはないない。そして俺はエスパーでもない』
 怖え!!!エスパーより怖え!!
『はあ、笑った笑った。ごめんね、本当、何から何まで。そんな裸まがいまで見せられて、災難だったね。怪我してなきゃいつでも凸していいけど、今は我慢してやって』
「とつ!!!!?」
 ダメだ天才のイケメンに凡人の俺はもうついていけねえ!!!この兄妹にはマジで敵わねえ俺!!
『じゃあ、明日の夕方には三人とも帰るから。父さん達には流石に弾くんが泊まりで看病、ってのはまだ早いかもだから、明日弾くんから引き渡す時には当日見舞いに来た事にしてやってくれるかな。それまで申し訳ないけど真夢を頼みます。そうだ、真夢の状態はどんな感じ?今は寝てるみたいだけど』
 ほらな〜、悪ふざけだけじゃなくて全ての手筈や気配りも完璧なんだもんよ。
「分かりました。書類とか、一人じゃ取れねえ分まで頑張って取ろうとして脚立から落ちたみたいです。上からも色々降ってきたみたいで、幸い傷や頭打ったりはないですけど、痛そうでしんどそうです。代わってやりたいです」
『そう……ありがとね。そう言ってくれて。もう、本当に真夢を貰ってやってくれよ。あれには弾くんの嫁はつとまらない?』
「よっ!!?」
 嫁!!?真夢が俺の……嫁!!!?
 そんなのって、そんなのって……超最高じゃねえか!!今すぐ欲しいよ俺だってお義兄さん(暴走)!!!
『ははは!まあそれはのちのち。今真夢の部屋だっけ?』
「あ、はい、そうっすね」
 のちのちって何だ!?と思いつつ俺は返事をする。
『もしさ。これから弾くんが、もう一押し何か……っていうようなタイミングがあったら、真夢の机にある写真立てを見てみて』
「写真立て?」
『うん。まだ見てないなら今すぐはやめてやって、多分必死に隠したと思うから。じゃあ、本当にありがとう。また連絡するし、何か困ったらいつでも連絡して。本当に困ったら飛んで帰るから』
「分かりました」
色々褒められ労われ揶揄われ掻き回して、声までイケメンの幸夢さんは電話を切った。
 写真立て……さっきゴソゴソ机いじってたな。その時に隠したんだろうか。でも今は見ちゃいけねえよな。何が映っているのだろう。
 ……好きな男とかの写真だったら……俺は……
「ああもう!分かんねえし今は見れねえんだから!なんか腹減ったし飯でも作るかな」
そう言って俺は自分でも作れそうなものをスマホで調べ、キッチンへと向かった。

—-*—-*—-*—-*

「ん、うーん……?」
「あ、起きたか真夢」
「んん……ごめ……弾くん……寝ちゃってた……」
真夢は目を擦りながら起き、ぼーッとした表情で言う。
「いやいいよ。まだ寝ててもいいぜ」
「ううん……起きる……」
「そうか。痛みは?」
「じっとしてればだいぶいい……ありがと弾くん」
そう言って真夢はゆっくりと俺を見てにこりと笑う。何なんだ?寝起きゼロ秒で俺を昇天させる気か?
そんなことには多分気付いていない真夢は、ぼーっとした顔のまま俺に言った。
「弾くん……ごめんね……?」
「謝んなよ、真夢は何も悪くねえよ」
「……でも……私なんかの世話させて……看病してくれるのに……それなのに寝ちゃってさ……本当ごめん」
 ああもう!マジで可愛いなあこいつは!!愛おしさしかないじゃねえか!!
「だからそんなの気にすんなって。それよりメシは?食えそう?」
「うん……でも何食べる?何かうちにいいのあった?」
「ん?えーと、幸夢さんから電話貰って、好きなもの使っていいっていうから雑炊作ってみたんだけど……食う?」
「えっ!!!?弾くんの手作りの雑炊!!!?」
眠そうにしていた真夢は俺の言葉にカッ!!と目を見開いて大声を上げた。多分ガバッ!!と起き上がりたかったんだろうが、痛みで思い出し顔を顰める。忙しいやっちゃ、可愛いかよ。
「大袈裟だな。期待すんな、そんな美味くねえぞ」
「そそそそんなことないよ!はわあ……弾くんの手作り料理なんて初めて……!夢みたい……私、いぬの?」
「いなねーよ!いぬなよ!だから美味くねえから期待すんなって!」
あまりに真夢が期待?してくれるから、俺は少しむず痒くなってしまう。
「一応すぐ横になったり出来るように消化いいもんの方がいいかなって思って作っただけだからよ。あっためて持ってくるから待ってろ」
照れるのを必死に隠してキッチンへ向かおうとすると、真夢は尚も嬉しそうに笑う。
「何か……同棲してるみたい……具合の悪い相手のために料理してくれるスパダリの旦那さんみたいだあ……」
えへへえ、と目尻を下げデレたような顔を布団で隠す。
 おいやめろ。……そういうのは、ずるいだろ。ずるすぎるだろ。何だよその可愛い顔。何だって言うこと聞いちゃいそうになるじゃねえか。いやもう今更だけど!
 それに……俺が真夢のスパダリの旦那?もう何それ俺の残りHPは限りなくゼロよ?
「っざけんな。寝言は寝て言え。そんなこと言うなら本当に嫁に貰うぞ」
俺が真っ赤になりながら毒付きつつカマをかけてみると、真夢は目を丸くした後ふにゃんと破顔して言った。
「うん。貰って」
「は?」
 え?今なんて言った真夢?
「……なんちゃってね……」
俺がポカンとしていると、小さく呟いて布団の中に潜っちまった。
 もうこいつなんなの!?俺を悶え殺したいの!?もうぜっったい嫁に貰うからな!?いいってんなら本当に貰うからな!ていうかもういっそのこと今ここでジャストナウ結婚してください!!(錯乱)
 もう俺、真夢のいない人生とか考えられねえわ。絶対に嫌だわ。こんな可愛くて優しくて健気でちょっといやかなりズルくてエロくて、俺の側にいて欲しいと心から願う存在がいなくなるなんて絶対に嫌だ。
そんなことを無限ループで思いつつ、俺は雑炊を温めて真夢の部屋へと持っていく。
「ほらよ。あったかいうちに食え」
「わ〜いい匂い!」
「起きれるか?腰に手入れるぞ、ゆっくり起き上がってみるか」
「わかった……んっ」
俺が必死に煩悩を振り払いつつ真夢の腰元に手を差し込ませると、真夢はぴくんとして少し顔を顰め悩ましい声を漏らす。
「あっ、ごめん痛かったか」
「ううん、大丈夫……ごめん弾くん、もうちょっとだけ手を下に……」
「ん?こうか?」
真夢がそう言うので少しだけ手を下げてみる。すると真夢は満面の笑みで言った。
「そうそう!このくらい!」
そう言って嬉しそうに笑う真夢の破壊力ときたらもう恐ろしいまでだった。俺があまりの可愛さに言葉を失っていると、それを心配したのか真夢は聞いてくる。
「え?どうしたの?重すぎて持ち上がらない?」
「ちげーよ!!重くねえって!!軽すぎるくらいだぜ、ほらゆっくり……」
そうやって少しずつ真夢をベッドに座らせる事が出来た。
「ほら、じゃあ熱いからゆっくり食えよ、口開けろ」
「えっ」
「ほら、あーーしろ」
「ええっっ!!?!」
 ………………。
 し、しまった!!俺としたことが、俺なんかが、ついこの状況に浮かれたのか、高等テク(?)の『あーん』なんてしちまった!お、俺はこんな自然にあーんをする男だったのか!?
 見ろ、真夢も驚き過ぎて言葉を失ってるじゃねえか……
「あ、あー……いや……」
俺が赤面しつつ慌てて取り下げようとすると、真夢は顔を真っ赤に染めて俯く。そしてぼそりと言った。
「……やって……欲しい……」
「へ?」
 もう俺のHPはレッドゾーンどころかほぼデッドゾーンだぜ!!こんな可愛い最愛の女のおねだりに逆らえるやつなんてこの世にいんのか!?いたらそれは人類じゃねえよ!!
「やってほしいって……いいのか?」
俺はちょっと震えながら真夢に確認する。いや、やっといていいのかって聞くってどうよ??
「うん……もうバチ当たるくらい甘えてるけど、ついでに甘えちゃう」
そう言って真夢は恥ずかしそうにあーんと口を開いた。
俺が必死に平静を装いつつ実は震える手で雑炊をすくうと、真夢は困惑したように口を開ける。可愛い奴め、その小さな口に軽く乗せるように入れてやると真夢はハフハフして頬を紅くしながら言った。
「お……美味しい……」
「だろ?結構頑張ったんだぜ」
ふふん!とドヤ顔を見せるが、内心俺はもうドキドキ通り越して発狂しそうだ。いや、もうとっくにしてるけど!
「自分で作ったものに美味しいって言われるのは嬉しいな」
とちょっと自慢してみたが、真夢にめちゃくちゃ微笑ましい顔で微笑まれてしまう。
「ふふっ、そりゃそうだよ。本当に美味しいよ、弾くんが作ってくれたのなら尚更美味しい。ね、これ普通の出汁味じゃないよね?」
「お、さすがよくわかったな。中華味の素使うと美味いって書いてあったからそうしてみたぜ」
「そうなんだ!初めて食べたけど美味しい〜、こっちの方が全然好き!」
そう言ってまた幸せそうに笑う真夢が可愛くて俺は天を仰いでしまう。
 俺が幸せだ……じゃなくて!だからそうやって俺を悶えさせるんじゃない!! もっとしろ!!!

—-*—-*—-*—-*

「お、もうこんな時間か。寝るか?色々あったし早く寝た方がいいんじゃねえ?」
俺は真夢に聞く。真夢はふにゃっとした笑顔で頷いた。
「うん、そうしよっかな……なんか、眠くなってきたかも……ふぁ」
そう言って欠伸をする真夢が可愛くて俺は微笑む。すると真夢は遠慮がちに言ってくる。
「でも、弾くんは本当にお風呂入って。疲れたでしょ」
「何だよ、風呂入んねえと汗臭くて一緒にいるのも耐えらんねえか?」
俺が冗談でそう言うと、真夢はむーっと唇を尖らせる。
「そんなわけないじゃん!もう!知らない!」
「怒んなよ」
俺がくすくす笑いながらそう返すと、真夢はまたも爆弾を投下する。
「弾くんの匂いなら……大好きなんだから……」
俺は一瞬時が止まったように固まってしまう。そしてすぐに我に返り、慌てて言った。
「ば、バカかお前!!何言ってんだよ!!」
「だって本当のことだもん……」
そう言って真夢は少し潤んだ目でこちらを見てくる。だからやめてくれって!本当に勘違いしちまうから!もっとやれ!
「まあ、それはおいといて」
(おいとくんだ……)
ちょっとガッカリした俺を見逃さなかったのか、真夢はくすくす笑いながら話を続ける。
「さっきお兄からメッセージ来てたし、本当にお兄の部屋から部屋着とか一式持って行って?案内するよ」
「バカ、痛えだろ。そんなことしなくてもいいよ」
「ううん、私もお風呂は今日は無理……にしても歯磨きしたいから一度下に降りたいんだ。手伝ってくれる?」
そんなことはハイ喜んで!!に違えねえが、と思っていると。
「あとね……どうしても顔だけは洗いたいの」
「え!?まあそりゃそうだろうけど、洗面台で洗うの痛えんじゃねえのか?」
俺が驚いてそう聞くと、真夢はバツが悪そうに「うん」と答えた。
「でも、メイクしたまま寝るのはどうしても嫌なんだよね……シートだと汚れが取りきれないし……」
真夢は顔の創り自体が超絶な美人だが、本人のチャームポイントと自負しているのがその美肌だ。だから真夢はどんなに疲れていても、必ずクレンジングシートで化粧を落として洗顔だけはキッチリしてから寝るらしい。
「一日やそこらシートで済ませても大丈夫じゃねえか?こんなに綺麗なんだからよ」
「でも……肌が荒れたら唯一の取り柄が無くなっちゃうし……」
「お前俺の話きいてるか??顔面も肌も死ぬほど綺麗だから心配すんなっつってんだよ……あ」
 ……。
 またやってしまった……俺のバカ!!本音ダダ漏れじゃねえか!
真夢もあまりの恥ずかしさに顔を紅くして固まっている。
「あ、いや、今のは……」
俺が必死に言い訳しようとすると、真夢は真っ赤な顔で言った。
「あ、ありがと……」
そして恥ずかしそうに布団を顔まで被ってしまう。同じように真っ赤になった俺は、慌てて叫ぶ。
「わかったわかった!!洗面台でもお前が顔洗うの手伝ってやっから!!体勢支えてやるからよ!」
すると布団の中からひょこ、と目だけ出した真夢が恥ずかしそうに言った。
「う、うん……ありがと……」
「あ、いや」
「あ、そうだ!じゃあ弾くんも一緒に洗面台で歯磨きしよ?」
「は!?!?」
とんでもねえことを言い出した真夢に俺はもう完全に思考停止だ。
 何なんだ?俺にとっちゃもう誘ってるようにしか聞こえないんだが??え??むしろそうなんじゃないの???
俺が混乱していると真夢は続ける。
「歯ブラシもうちの使って。じゃ、お兄の部屋行って、下降りよ!」
何だかご満悦な真夢は甘んじて「手伝って♡」と俺にベッドから起こしてくれと頼んでくる。
俺はどうにでもなれと思いながら、真夢を布団から起こしてやるのだった。

—-*—-*—-*—-*

「うんと、そこの引き出しと、その下だね。下着はこっち?」
『そうそう。袋入ったままの新しいの何枚かあんだろ?上も下も』
「うん、あるね。パジャマ的な部屋着は?どれ着てもいいの?」
スピーカーホンにして幸夢さんと俺達は幸夢さんの部屋で俺が借りる服一式を調達する。
『いいよ。今お前何着てんのパジャマ?』
言われた真夢はギクっ!としたようだが、すぐに取り繕って「普通のTシャツと短パンだよ」と答える。
『へーーー?てっきりまたあの黒スウェットの上下かと思ったんだけどなお兄ちゃんは??』
幸夢さんは真夢の嘘を簡単に見抜きつつそう言った。そういやさっきそんな話を俺ともしてたな。何なんだ?まあいいか。
「い、いいでしょ!?楽で気に入ってるんだよコレ!!」
『ふふ、まあそうだよな?じゃあそれと同じやつの色違いのグレーがあるから、弾くんにはそれ着てもらえ』
「「!!!?」」
幸夢さんの言葉に俺と真夢はドキッとする。だってそれじゃ……
『ペアルックだな♡新婚気分で味っとけこの際!』
あははは、とまた色っぺー笑い声で幸夢さんは言う。
『弾くん』
「ひゃいっ!?」
俺は盛大に声を裏返しながら返事をすると、幸夢さんは更に上機嫌で笑いながら話を続ける。
『本来ならそこの俺のベッドで寝てくれて全然構わないんだけどさ。今日は事情が事情だろ。悪いんだけど、和室の押入れから客用布団持ってきて真夢の部屋で寝てやってくれる?』
「も、もちろんです……え!?あれ?でも、それじゃ……」
「何を言うのお兄!!!」
真夢が鬼の形相で幸夢さんにくってかかる。そんなに俺と同じ部屋で寝るのが嫌なのかよ……!? と内心泣きそうになっていると、幸夢さんは飄々と続ける。
『だってお前、今布団から出るのだって弾くんの助けいるだろ?』
「そうだけど!!同じ部屋で寝るなんて……」
『あーあ、真夢。お前そんな言い方したら、弾くんの顔見てみろ』
そう言われた真夢ははっとして俺の方を向く。そして泣きそうであろう俺の顔を見て慌てて首を振るが……
「ちっ!!ちがっ!!弾くん、いたたたたた!!」
「……無理すんな、首振ったら痛むだろ」
「痛いけど、違うよ!!弾くんと寝るのが嫌なんじゃないから!!迷惑だろうなって思って……」
『あーあ、真夢悪いんだ〜』
「だから違うってば!!弾くん、誤解しないで!!お願い!!」
涙目でそう言われたって、そりゃ無理だよ……色々勘違いして浮かれてたけどそうだよな……やっぱ違うよな……
『弾くーん、本当に違うよそれ』
「そうっすよね、違うっすよね……」
『違う違う。今弾くんが泣きたい思いの方が違うって言ってんの。ごめんね揶揄って。真夢だってそこまでバカじゃないだろうから信じてやって。そもそも家に二人きりなのに上げてる時点で……』
「あーーーーもう!じゃあねお兄、パンツとか勝手に貰うからね!!」
そう言って真夢はブヂン!!と通話を終了させる。そして呆気に取られている俺をキッ!と見ると、
「弾くん!そこの引き出し開けて、グレーの上下着て!?私と新婚ペアルックみたいだけど我慢してね!?」
そう勢いよく赤い顔で捲し立ててぷい! ……としたつもりで、実際はギギギ……とそっぽを向いた。俺は言われるままに幸夢さんの部屋からグレーの部屋着を取って、下に降りようと真夢に手を貸す。すると、真夢はさっきよりもギュッと俺の方に強く寄り添ってきた。
「弾くん……」
「ん?」
密着度合いに内心ドキドキの俺が真夢に聞き返すと。
「嫌なわけ……ないんだから……」
小さくそう呟く真夢の可愛さに、俺の理性はもう限界ギリギリだ。そしてそんな俺を試すかのように真夢は潤んだ瞳で上目遣いで俺を見たのだった。
「弾くん……」
そう言ってさらに強く俺に擦り寄ると、俺を見上げて目を閉じる。
 あ……もう無理……無理だわ俺。
理性の限界を感じた俺は最後の抵抗を試みるが……
「くしゅん!」
「え!?」
「痛ーい!!え、あれ?」
「!!?」
もうギリギリ触れ合いそうな顔の距離感で、二人真っ赤になって見つめ合う。
 ま、まさか、目を閉じたのはくしゃみのせい……!?
俺も真夢も、お互い見つめ合ったまま暫くポカンとしていたが……
「あは、あははははははは」
「あはっ、あはははははははは!!」
同時に笑い出した。あーーもう!!何なんだよ!!俺の理性が試されてるのか!?!?
「もーー!弾くんてば!」
真夢はそう言って笑う。そして俺も笑いながら言った。
「いやお前だろ!何だよ今の!」
もう完全にいつもの空気だ。俺は内心ホッとしながら真夢を支え直して二人で歩き出す。
 あと数センチ、顔を前に出してたらイケたのか?
今は考えるのはやめておいた。

—-*—-*—-*—-*

それから一階に降りて、俺はありがたく風呂を頂いた。風呂まで綺麗だな月野邸……マジでしっかりした一家だな。
真夢がちゃんと湯にも浸かれと何度も言ってくれるので湯船にも浸かる。
一人暮らしの俺は、めんどくせえとシャワーで済ませることも多い。けど、やっぱり湯船につかると気持ちいいし疲れも取れんな。湯船も俺の家よりずっと広くて綺麗で快適としか言いようがねえ。
「弾くーん!入浴剤入れたー!?」
真夢がリビングからどでかい声で聞いてくるので、「入れたぜー」と大声で返事をする。
そしてふー、と一息ついて湯船で一人考える。真夢の気持ちがまだよくわからない。
いや、本当はわかってる……と思いてえ、だから怖いんだ。俺の勘違いだとしたら……いや、勘違いじゃねえよな絶対……でも……
「あーー!もう!!考えるのはやめだ!」
俺はザバッと湯船から上がると、すぐに体を拭いて脱衣所に出た。そして置いてあるタオルをありがたく使わせてもらう。ふかふかのふわふわだ……月野家最高かよ……ってまた月野家最高になっちまうじゃねえか!もう嫁がせてくれよ逆に俺を!?わけわかんねえよ!!
「弾くん、出た?」
また聞きようによっちゃいかがわしく聞こえなくもない聞き方で、真夢がリビングで待っていた。
「お、おう。頂いたぜ」
そう言ってまた顔を赤くする俺を見て真夢は、「!!?」という顔をする。
「何だ?何か変かよ」
「ち、ちが……だ、だだ弾くん……それ……」
「それ?どれ??」
「か、髪……!何か、サラッて……!!」
真夢があわあわして言うので、俺も自分の髪を触ってみる。
「は?」
俺的にはいつも通りだし、特に変わったところは……あ。
「バンダナ取って、頭洗うとこんな感じになんだよ。ちょっと寝た感じに……」
「そうだ!バンダナもないもんね、なんかすごい感じ違う……(カッコいい……!!)」
何だ?最後がよく聞き取れなかったけど、何だか真夢が赤い顔で悶えてやがる。変なやつだな、でもしっかり可愛いな。
「さ、顔洗うんだろ?手伝うぜ」
「あ!?そ、そうだったね、ありがとう!」
真夢は我に返って、俺の手を取るが。
(はうあ!!湯上がりの弾くん、超絶いい匂い……!!髪も肌もツヤツヤしててセクシー、今すぐ飛びかかりたい……けど、こうやって抱き抱えてもらえるのなんて役満ラッキーだよね……!)
なんて気持ちで悶えているなんてことは全く知らない俺だった。
「どうだ?顔洗えそうか?」
洗面台に着いて真夢に聞いてみる。真夢はゆっくりと腰を直角に曲げていき、
「あ、大丈夫そう。ゆっくりなら」
「そうか。じゃあここで待ってるからゆっくり洗え」
「ありがとう」
そう言って真夢は洗顔を始める。「うーん、顔洗えるならメイクはシートで落とせばいいか」なんて一人言を言っている後ろ姿を俺は鏡越しに見ていた。
 もしも、もしももしも、真夢が嫁さんや彼女だったらこんな姿を毎日普通の風景として見られるのだろうか。今日一日で色んな真夢を見られた気がする。
突然こんな風に家に来て泊まることにまでなっちまったけど、緊張感はあるがそれでもこんなにも心地よい。真夢の実家が、真夢といる空気感が。
「弾くん……、弾くん?」
真夢が俺を呼んでいるのに気付いた俺は慌てて言った。
「悪い、なんかボーッとしてた」
「ううん!終わったから、タオル取ってもらっていい?持ってくるの忘れちゃった」
そう言って真夢は嬉しそうに笑うので、俺も笑って答える。
「おう!これか?ほらよ」
そう言って俺は真夢にタオルを手渡し、真夢は「ありがと」と笑顔を見せるが。今度は俺の方が「!?」という顔になる。
 え……何コレ……え?真夢今、化粧落としたんだよな??なのに、今俺の目の前に映る真夢のこの顔は……
「え??な、なに??」
真夢が思わずと言った感じで聞いてくるので、俺は慌てて答える。
「い、いや……」
俺が真夢のすっぴんを見て……固まっていると。
「……へ、変??」
少し潤んだ瞳でそう聞く真夢に俺はブンブン首を振る。
 え????所謂すっぴん、ノーメイクってやつだよな???なのに何この可愛さ???
「いやちげえ!!逆だ!その逆!!だってお前今化粧落とした、よな……?」
「え??落としたよ?あれ?そんなに落ちてない?」
不思議そうに言いながら真夢は鏡を見直す。
「コンタクトも取っちゃったからバッチリ見えるわけじゃないけど、化粧は落ちてるよ」
そう言う真夢に俺は思わずずい、と顔を近づける。
「わ!?弾くん!?」
「落ちてんのか?コレで?」
「落ちてるよ!だからあんま見ないで……」
「何でだよ、もっと見せろ」
「弾くん!?」
 だって、だってこんなの……可愛過ぎるだろ!?!?
俺は思わず真夢の両肩を怪我に障らないほどにがしっと掴む。
「だ、弾くん!?」
「お前……すっぴんでも超絶可愛いんだな」
「え……」
 あ、やべ。思わず本音が……
「いや、その……」
俺が慌てて言い訳しようとすると。
「……ありがと」
そう言って真夢はまた顔を赤くした。そして少し潤んだ瞳で俺を真っ直ぐ見て言ったのだ。
「弾くんがそう言ってくれるなら……私もう一生化粧しないよ?」
「おう、充分だろ!?だって、こんなに綺麗なんだからよ」
確かによーーーく見りゃ、眉毛が少し薄かったり目元や頬の化粧がねえなと思うけど、こんなの全然問題ねえだろ?
「眉毛とか薄いしマスカラもチークもないから味気ないでしょ?」
「マスカラもチークもよく分かんねえけどよ」
「あはは!まつ毛とほっぺだよ」
「あん?まつ毛なんて元々長いだろお前、そんでほっぺだって何も塗らなくてもピンクでキレーじゃねえか。極め付けに肌に至っては、素肌の方が綺麗じゃねえか!?ツヤツヤモチモチプルプルしてて、俺は……」
つい興奮して捲し立てたが俺ははっと我に返る。
「すっ、すまん!また俺……」
すると真夢はふるふるとゆっくり首を振って、俺が掴んでいる両肩に両手を置いて言ったのだ。
「ううん……すごく、すごく嬉しい」
そして俺を真っ直ぐに見て続ける。
「弾くんがすっぴんを綺麗だねって言ってくれるなら……私はずっとずっと私のままでいられるから」
 あ……やべえなコレは。
俺は真夢の両肩を掴んでいた手をゆっくりと離し、そのまま髪を撫でる。真夢はびく、とした後、気持ちよさそうに俺の手に擦り寄ってくる。
「弾くん……」
「ん?」
「……その……」
「おう」
俺は真夢の頭を撫でながら静かに返事を待っていると。真夢は意を決したように顔を上げた。そして言ったのだ。
「歯、磨こっか!?」
 ……え??今何て??
俺がポカンとしていると、真夢は真っ赤な顔で続ける。
「ほら!新婚さんごっこするんでしょ!?お揃いの歯ブラシで!はい、コレ!」
新婚さんごっことお揃いの歯ブラシというダブルキラーワードで俺の理性は一気に持っていかれる。
「お、おう!そうだな!」
「弾くん、歯磨き粉何味?」
「え?俺は……塩入ったやつとか……」
「あははは!ぽい、ぽいね!でも今日は私のやつで勘弁してね♡」
真夢はそう言って歯ブラシの包装を破くと歯磨き粉をつけたそれを俺の口に入れてくる。そして自分も歯磨き粉をつけて俺と同じように口に突っ込んできた。
 全方位待て、私の歯磨き粉って言ったか??真夢専用の歯磨き粉をペアで使ってんのか今???もうそれは夫婦と言っても過言では……あるが、ごっこでも俺はもう真夢と夫婦になった気分だ。
そしてお互い歯磨きを終わらせてリビングに行くと、真夢はソファーに座って再び頭を抱えた。
「うがー!何この幸せな新婚さんごっこ!?幸せ過ぎて死ぬよ!!」
「大丈夫だ、落ち着け。死んだら俺が超困るから俺と一緒に生きてくれよ」
幸夢さんが聞いたら腹を抱えて笑うだろう会話を、もう両方ともテンパっている俺たちは平然と交わす。
「じゃあ生きる」
「おう。そうしてくれ」
「好き」
 がふっ!!もう、だからよ。そう言う可愛いことをサラッと言うのやめろってのな!?!?俺の理性を試してんのかこいつは!!?(大正解)
「俺も好きだぜ。いつも言ってんだろ」
そう、いつも言ってる事なのに、今日は何だかやけに恥ずかしい。
「弾くんは、いつも私に好きって言ってくれてる」
真夢は赤い顔で俺を真っ直ぐ見て言った。
「だから私も……弾くんに好きって言ってるでしょ?」
「おう、言ってくれてるな」
「でも……違うんだよ……」
「うん、知ってる」
 そうだ。俺の好きはLOVE、真夢からの好きはLIKE。……って、あれ?でもこの真夢の感じ、まるで逆の立場で言ってるような……
「知ってるの?」
「え?あ、おう」
俺は慌てて返事をするが、それを聞いた真夢は悲しそうに俯いて言った。
「残酷」
 んんんんんんんん????ちょっと待て???
 えっとだな、俺の好きがLOVEで真夢がLIKEなら、振られてんのは俺の方だよな??なのに何で真夢の方がこんなに悲しそうにするんだ???
「残酷だよ」
真夢はもう一度そう呟くと、伏せてた顔を上げて俺を見る。俺は頭をフル回転させて考えていた。
 これはあれだ。俺にLIKEの私にLOVEの意味で好きなんて言わないで!ってやつか?そうか、やっぱそうだよな??なのにそれを俺が残酷だと???
「えっと……」
俺は頭を掻きながら必死に言う。
「あのな、真夢。俺の好きはLOVEでお前の好きはLIKEってことだよな?それで……」
もう俺は考えても分かんねえからストレートに聞くことにした。すると真夢は俺から視線を外して呟くように言う。
「……違うよ、逆でしょう」
「えっ!!!?」
「もう寝ようか。これ以上この話したら今はもう立ち直れない気がする」
 ちちちちちょっとまってくれよ、今この流れは好きの意味とお互いの気持ちを確かめ合って……じゃねえのか!?
でも今日一日で色々あって全身に怪我を負った真夢は弱り切ってる。だから俺は真夢の気持ちを最優先に考えて、
「お、おう!そうだな!もう寝るか!!」
そう言って真夢をまた部屋へと連れて行き横になるのを手伝い、布団をかけてやる。
「俺も下から布団持ってきてここに敷くから。って、本当にいいんだよな?」
「もちろん」
真夢の部屋で一緒に寝ていいか再確認すると、すぐに肯定の返事が返ってくる。
「いいか。トイレとか、氷とか、あと何でも、何があってもすぐ起こしてくれよ。何時でも起こしてくれていいから」
「弾くん……」
「おう」
「……ありがと」
そう言って真夢は微笑むと目を閉じた。よほど疲れたのかすぐに寝息が聞こえてくる。
俺はその寝顔を見ながら考える。
 俺の好きはLOVEで真夢の好きはLIKE……それは逆だと真夢は言っていて……でも俺の気持ちは逆じゃなくて……つまり??え??どういうことだ????
俺の中に有り得ない公式が浮かんでくる。
俺が真夢を好き。(億兆京垓LOVE一択)

真夢は俺をLIKEで好き。(LOVEではない)

それは逆だと真夢は言う。

……つまり、それは……真夢の好きがLOVEで、俺の好きがLIKEと真夢は言っているということで、俺の好きはLIKEではなくLOVEな訳で……
 俺の好き=LOVE=真夢の好き????
「え??俺、真夢の彼氏になれるってことか!?」
俺は思わず大声を出してしまったが、幸いにも真夢は起きなかったようだ。俺は慌てて自分の口を手で押さえる。そして改めて考える。
(逆だと思い込んでるところで真夢は止まっているから、あんな悲しそうな顔を?)
残酷だ、と言って泣きそうな顔をしてた。すっぴんを綺麗だと言ったら蕩けるような笑顔で笑っていた。この俺の事を信用して、頼ってこの役を頼んできた……
「マジか……」
手が震え、変な汗が滲み出てくる。鼓動はドッドッドッドッと喧しい。
 真夢が俺を信用している。そして俺の事を……
(LOVEの意味で好きってことだよな!?)
恋焦がれ続けている、この嘘みてえに綺麗で可愛い女が、俺の事を恋愛感情で好きと、そう言っているようだ。
「うっそだろ……」
俺は思わず声に出して呟く。
 だって俺だぞ?こんなイケメンでもなんでもねえし、無神経で無頓着なただの男だぞ?
真夢はそんな俺を好きらしい。そして俺は……その真夢のことが……
「……好きだ」
俺はそう呟いていたのだった。
俺は真夢の寝顔を見ながら、改めて思う。
 もう絶対に悲しませないし、傷つけないし、泣かせない。この笑顔を守ると誓う。
そして真夢が起きたら、俺も……真夢をLIKEではなくLOVEで好きだと言う。そう心に決めたのだった。