『キャーーーーーッッ!!』
ドターン!! という音と悲鳴が、書庫の方から聞こえて来た。
「何だ今の音!?」
「書庫の方だよね……それに今の声……」
「だよな……真夢の声に似てた……よな……」
現場作業を終え、たまたま事務所に戻って来ていた俺、源三、ミカの三人が廊下で物凄い音を聞いた。すると、事務所からカンナが血相を変えて飛び出してくる。
「今の音何!?書庫の方からした!?今真夢ちゃん、書庫に資料探しに行ってて……!」
その言葉に俺たち四人は青ざめ、走って書庫の方へ急ぐ。
「真夢っっ!?」
バァン!!と勢いよく書庫の扉を開けるとそこには……、本や資料が散らばっており、倒れた脚立がある。そしてその脚立の横には、その本や書類にまみれた真夢が倒れている。
「真夢ーーーっっ!!」
俺は物凄い勢いで書庫に入り、倒れている真夢に駆け寄る。源三、ミカ、カンナも慌てて書庫に入る。
「おい!しっかりしろ!」
俺が大声で言うと真夢はうっすら目を開く。意識はあるみたいだ。
「う、うーん……あ、あれ?弾くん……何で……」
「現場からこっち来て……いや、そんな場合じゃねえ!!大丈夫か!?いや大丈夫じゃねえか……真夢、真夢……!!」
「弾、気持ちは分かるけど落ち着いて!いきなりあまり動かしたりしないで少しずつ……」
「分かってるけどよ!!こんなん見て冷静でいられっかよ!!」
そうだ。冷静でなんかいられるかよ。ここでぶっ倒れてる女は、俺が死ぬほど首ったけの、ガッチガチに惚れてる女なんだから。
「ま……真夢ちゃん!大丈夫!?」
カンナもパニックになりながらも、倒れている真夢の体を揺さぶらないように、ゆっくりと優しく触れる。
「ご……ごめんなさい……脚立に登って棚にあるファイルを取ろうとしたんだけど、無理矢理取ろうとしたらその周りの本とかが落ちて来て……」
「んな……!?そんな危ねえ事したのかよ……、気をつけろよ!そんなことで大事なお前が怪我でもしたらどうすんだ!」
テンパった俺が告白まがいな事を盛大に言ったが、渦中の真夢はそれどころじゃなくて気付いてねえ。周りは俺の告白と真夢への心配でニヤニヤヒヤヒヤだ。
「とりあえず、起きられるか?手貸すから……」
「ゆっくりね、弾!」
「おいらも手貸すか?」
「分かってる!そんで源三は真夢に触るんじゃねえ!!俺がやる!!」
源三、ミカ、カンナは真夢の事を心配しつつも俺の言葉に皆「あーあー」といった感じだが、俺は気にせず真夢の体をゆっくりと起こそうとする。が……
「うあっ!!?つっ……!!」
「真夢!!?どっか痛むのか!!?」
起き上がらせようとしただけで真夢の表情が歪む。
「真夢ちゃん!どこが痛いの!?」
カンナが青ざめて真夢に聞くと、真夢は辛さそうな顔で答える。
「ぜ、全身痛い……けど、腰が……!」
「腰!?そりゃ良くねえな……打ってぎっくり腰みたいになっちまってるのかも」
真夢の訴えを聞いて源三が冷静に言う。
「救急車呼ぶか!?」
慌てて俺がスマホを探すが、
「そうしたい所だけど、ぎっくりじゃ救急車は呼べないんじゃないかい……真夢、頭は?打ってない??」
ミカにそう言われる。続けてミカが真夢に聞くと、真夢はしんどそうにしつつもちゃんと答える。
「頭は打ってない……お尻の方から落ちたから……」
「なら、まだ良かった。それならとりあえず医務室に運ぼうか」
ミカは冷静にそう言うが、俺はそんな場合ではない。
「そんな悠長な事してられっかよ!頭打ってないかなんて、咄嗟のことで分からねえかも知れねえだろ!?」
「だからそれも含めて医務室に行こうって言ってんの!真夢が大事なら冷静になりな!」
頭に血が登って冷静でいられない俺にミカが冷静に叱咤し、俺は少し落ち着きを取り戻す。
そうだ。真夢の事が大事なのが全てだ。冷静になれ。
「……悪い、分かった。真夢、ゆっくりなら大丈夫か?」
「うん……」
俺が真夢に聞くと真夢は小さく頷き、みんなでゆっくりと真夢を起こすのを手伝う。俺とミカで真夢を両方から肩を組む。
「弾くん、ミカちゃん……ありがと……」
「お礼なんていいよ。それより早く医務室に向かおう」
こうして、真夢は俺とミカで体を支えられながらゆっくり書庫を出て医務室に向かうのだった。
—-*—-*—-*—-*
「全身打撲だね」
「全身打撲……ですか……」
医務室に運び診察の結果骨折は無く、頭も打っていないようだ。が、全身が強く打ちつけられており、全身が痛むとの事だった。
「打撲っつっても骨にヒビ入ってたりしないか心配だな……」
俺が言うと、医務室の先生が言う。
「うん、まあ今見る限り骨に異常は無さそうだけど……でも動かすと痛むはずだからなるべく安静にしてね」
「……そうですか……」
とりあえず目に見える範囲の怪我は大した事は無いらしい。それは一安心だが……。
「打ってすぐだから、今は驚きや興奮状態でアドレナリンが大放出してる所って感じかな。全身を打ってるような転び方するってことは、交通事故にあったみたいなもんだから」
「交通事故!!!?」
青い顔で大声を上げる俺に先生が言う。
「交通事故みたいなもん、って言ったの。本当の事故じゃなくて良かったよ、だからそっちにもちゃんと気をつけるんだよ」
「そ、そうか……でもやっぱ心配だ……」
「まあね。でも今回はこれで済んだだけ不幸中の幸いと考えよう。重いものが頭にでも当たったり打ったりしてたらもっと大変だったんだから。月野さんも一人でこんな無理はダメだよ。無理なら他の人の力も借りないと」
「分かりました、ごめんなさい……」
先生に嗜められ俺は冷静になり、真夢も素直にあやまる。
「うん。少し休んで落ち着いたらもう今日は家に帰った方がいいよ」
「そうだね、真夢ちゃんそれがいいよ。早退で大丈夫だから、仕事も勤怠も」
先生とカンナからそう言われて、真夢は顔色を変える。
「あの……すごくありがたいんだけど、その……」
「うん?どうしたんだ真夢」
何かを言い淀んでいる真夢に俺が聞くと、真夢は意を決したように言う。
「今日明日、うち、誰も居ないの……」
「ええっ!!!?」
皆んなが驚きの声を上げる。
真夢は実家暮らしで、お兄さんは既に家を出ていてご両親と三人で暮らしている。それが誰もいないとはどういう事だろう。
「両親は今、ちょうど旅行に行っていて……久しぶりの旅行で、遠方まで行ってるの。だから連絡してもすぐには帰って来られないし、お兄も今は地方で……」
真夢の話を聞いて皆んな顔を曇らせる。
「先生、この状態で一人ってのはどうなんでい?」
源三が先生に聞くと、先生も少し考えてから答える。
「うん……外傷は大丈夫そうなんだけど、打撲があるし、今日は無理しない方がいいからねえ……家に一人はちょっと心配かなあ……そもそも君、一人じゃ起き上がるのもしんどいだろ」
先生の言葉に真夢は俯く。
そんなに痛えのか……それなのに家に一人だなんて……
「待ってて。とりあえず知り合いの整骨院の先生に、ここで診てもらえないか聞いてみるから。それからまた考えよう」
「ありがとうございます……本当にすみません……」
泣きそうな顔で謝る真夢を見ると、俺たちも辛くなる。
「真夢、そんな顔しないで。真夢は悪くないんだから」
「でも……」
ミカがそう言うが、真夢は気まずそうに言い淀む。
「そうだぜい。ちょーっと無理しちまったのはアレだけどよ、これで分かったろ。頑張りすぎないで周りを頼れってことでい。事故なのに真夢が悪いわけあるか」
「ミカちゃん……源さん……」
源三にも笑顔でそう言われると、真夢はミカと源三に泣きそうな笑顔を向ける。
「ありがとう……二人とも……」
「よしよし、泣かないの」
ミカが優しく頭を撫でて慰める。
そうだ。俺ももっとしっかりしねえといけねえんだ……惚れた女一人守ってやれなくてどうする……!!
それから30分くらいして、医務室の先生が知り合いの整骨院の先生を連れてきてくれた。幸いにもそこの先生の手が空いていたらしく、来てくれる事になったそうだ。
「うーん、あまり体を動かさなくてもいいように、ベッドで楽な姿勢で出来る治療と衝撃による身体のズレは整えてみたんだけど。やっぱりこの状態で一晩一人は辛いんじゃないかなあ」
整骨院の先生もそう言って頭を捻る。
「そうですか……」
「とはいえ入院ってわけにはいかないだろうし……どうしたもんかね……」
皆んな頭を抱える。それを見ていた真夢が口を開く。
「あの、大丈夫です!明日の夜には両親も帰って来るので、それまで何とか家で大人しくしてますから」
無理矢理笑顔を作って明るい声を出す真夢。
「真夢、本当にいいのか?それで……」
源三が聞くと、真夢は辛そうな顔で頷く。
「うん……だってこれ以上みんなに迷惑かけたくないし……死にゃしないよ!」
「迷惑なんかじゃねえよ」と俺は言いたいが、どう言えば適切か分からないので黙ってしまう。するとミカが口を開く。
「バカだねえ……あんた一人を家に残して帰るなんて出来るわけないだろ?」
ミカの言葉に一同が頷く。
「うん、今晩こそしんどいと思うよ。他に親族はいないのかい?来てくれる友達とか……」
先生にそう言われて真夢は考えるが。
「突然今から来られる、って親族は……友達も急に泊まりで面倒見てって子はそんなに近くにはいない……かなぁ……」
まあそうだろう。親族や友達だってそれぞれ予定がある。誰も悪くねえ。
「まあ、それほど大それた看病は必要ないんだよ。ただ打ったところを氷で冷やしたり、トイレや食事の時に起こしてあげたりって手助け位で。一人だと全部自分でやらなきゃならないだろ。痛みも明日の夜には少しマシにはなるだろうから、それこそ今晩から明日一日って位なんだよね」
先生は真夢の状態をわかりやすく説明してくれる。
「アタシがついててやりたいんだけど……今日はどうしても外せない実家の予定があるんだよ……」
「ミカちゃんも!?私もなの……でも掛け合ってみようかな……」
ミカとカンナが申し訳無さそうに言う。すると真夢は、
「ううん!ミカちゃんもカンナちゃんもありがとう!大丈夫!」
笑顔でそう言うが、どう見ても空元気だ。本当は痛いだろうし不安だし心細いだろう。
「ミカちゃん、カンナちゃん……みんなもごめんね」
「いや、そんな……」
真夢の謝罪にミカとカンナはそれ以上何も言えないようだった。すると突然源三が声を上げる。
「あっ!!そうでい!!!」
そして俺の方を見てニヤニヤする。嫌な予感しかしないぜ……俺は顔を押さえる。
「ねえ!弾!!あんた今日暇!?いや、暇だよね!?」
ミカが俺に叫ぶ。
「え……いや、まあ一応空いてはいるけどよ……」
「ならいいじゃん!あんた真夢の家に行ってきてよ!!」
「ええっ!?俺ぇ!?」
嫌な予感的中!! ……いや別に真夢の家に行く事や看病することは全く嫌じゃねえし、寧ろしてやりたいけど、それじゃまずいだろ!?という考えを顔全体で表現して言う。
急な展開に俺が驚きの声を上げると、源三がそれに追随するように言う。
「何だ、ならおいらが行ってもいいのかよ。おいらも今日は暇だし、こんな真夢をほっとく気にはなれねえしな」
(それはダメエエエエエエエ!!!!!)
女三人の心の声が聞こえて来る。真夢はそうじゃねえと願いてえが、ミカとカンナは源三の野郎に惚れてるんだ。そしてそれを真夢も知っている。そりゃ嫌だろう。それにそれより何より……
「お前が真夢と一晩中二人っきりで真夢を看病するなんて、ふざけんな!!!」
真夢は俺の女だ、真夢は俺だけの女なんだ!!!
と、そこまでは声には出せねえが心の中で叫ぶ。するとそれを見透かしているであろうミカが言う。俺の真夢への好意もまた、真夢以外には筒抜けなんだ。
「じゃあ、弾がみてやるのが一番だろ」
「うっ……いや……それは……」
痛い所を突かれた俺が何も言えずにいると、真夢は言う。
「みんなやめて……!弾くんだって嫌に決まってる」
「えっ!!?いや俺はそんなこと……」
俺としては真夢と一緒に過ごせるならそうしたいし、真夢のことを看病してやりてえ。少しでも楽になるように、苦しくないようにしてやりてえ。俺は真夢のことが心底好きで好きで仕方ねえんだ。
だが、俺は……恋人でも何でもねえ訳だし……そんな男が一人で上がり込んで世話焼いてやったらかえって……
そんな事を考えながら真夢の顔を見ると……泣きそうな顔で俯いている。そんな真夢を見て、胸が締め付けられる。
「……弾とおいらも無理なら、あとは大龍を頼るしかねえな」
源三の言葉に「!?」と声ならぬ声を上げて驚く俺と真夢。
「大龍?何でだよ!」
俺が言うと、源三はさも当然というように言う。
「だって仕方ねえだろ。鬼頭組も丸っと籠絡してる真夢の為なら、龍だって病院の一部屋くらい用意してくれるかもしれねえ。それが無理でも幹部の奴らなりが家に来てくれるかもな」
「ああ、兄役?のつもりの颯なんて飛んでくるだろうね」
源三とミカがうんうんと頷きながらそう言って来る。
「まあそうなったら真夢は無事だし安心だろうが、今度こそ鬼頭組に力ずくで引き抜かれちまうかもな。プライベートでは友達の凪に頼らないのも、真夢なりに考えての事なんだろ」
源三が言うと真夢は答える。
「んん……でも、だからって弾くんに迷惑かけるわけには……それなら私が一人で我慢するよ……」
真夢がそう言うと、源三がトドメをさすかのように言う。
「真夢、弾は迷惑がってるわけじゃねえんじゃねえのか?」
ミカとカンナもそれを聞いてうんうんと頷く。
「そうだよ!弾がそんな事思うわけないよ」
「うん……私もそう思う」
他の三人にそう言われて、俺はもう何も言えなくなってしまう。だってその通りだからな。本当は行きてえし、真夢の為ならなんだってしてやりてえ。それを好機とばかりにミカが言う。
「ほら!本人もこう言ってん(※言ってはいないけど言ってるのと同じ)だし、後は弾がどうするかだけだよ!」
(((いけ!!)))
三人の圧がすげえ……ここまで言われるってことは、行ってもいいんだろうか。本当に?俺が?真夢の家に、一晩中……?
煮え切らない俺に、源三が口を開く。
「弾、お前は真夢が鬼頭組に行っちまってもいいのか」
その言葉に俺は即答する。
「いいわけねえだろ!!」
鬼頭組に?冗談じゃねえ!真夢のいないここなんて、もう考えられない。
「それともやっぱりおいらが看病しに行くか?」
「ふざけんな!!真夢がここからいなくなるのも、源三、お前に行かせるのもまっぴらだ!!俺が行くに決まってんだろ!!」
俺のその言葉に源三は満足そうに頷き、ミカとカンナも嬉しそうにして、そして真夢は恥ずかしそうに布団で顔を隠した。
とうとう言った。言っちまったぜ!!
「じゃあ決まりだ!!弾が真夢の家に行ってくれるってよ!」
「でも……弾くん……嫌なんじゃ……」
源三のその言葉に戸惑う真夢に、ミカが言う。
「もうそんな事言って……真夢は弾が看病しに来るのは嫌なの?」
えっ!!!?今更そんなのってアリか!!!?
そんな思いでバッ!と真夢の方を見ると、
「そっ!そんなことない!!!」
真夢が秒で、真っ赤な顔をして叫ぶ。
「じゃ決まりだね!!」
ミカが嬉しそうに言う。その声や表情からは、真夢も嬉しそうに見える……気がする。そうであってくれたら嬉しい。
「それじゃあ弾、真夢を頼むぜい」
源三が俺にそう釘を刺し、カンナもミカも、真夢ですら満場一致で俺に看病を任せてくれた。
そんな流れになっちまったし……こうなったら腹括って俺がやるしかねえ……!
「じゃ、じゃあ俺が真夢の看病するからよ……」
俺が照れながらそう言うと、源三とミカとカンナはニヤニヤしながら言う。
「ん?何だって??」
「聞こえないね〜?」
何だコイツら冷やかしやがって!!俺が真夢に惚れちぎってるの知っててわざわざ看病役なんてやらせやがって……ありがてえよ!!!何なら始めっから立候補してでも俺が行きたかったよ!!!
「分かったよ!!俺が明日までしっかり真夢の看病するぜ!!!やるからにはしっかり世話するからな、真夢も遠慮すんなよ!!」
ヤケクソ気味に俺が言うと、真夢は真っ赤な顔のままコクリと頷く。そして何故か源三、ミカとカンナの三人に背中をバシバシ叩かれる。痛えよ!!
「んじゃ弾!しっかり頼んだぜ!!」
「真夢、さっき弾も言った通り、遠慮すんじゃないよ。どんな雑用でもやらせちゃいなこの際!」
「真夢ちゃん、弾くんも、明日はお休みしていいからね。有休も減らないようにしておくから!しっかり休んで」
「弾くん……皆んな……ごめんね……」
皆んなの声に混じって、真夢の消え入りそうな声が聞こえる。それに俺は大きな声で答える。
「任せろ!!!」
俺のその言葉に、医務室の先生達も微笑んで俺を見た。いやなんか恥ずいなこれ……
