sweet jealousy 前編

 ──ああ、腹が立つ。
 ──もう、何なのよ。

 カツカツとヒールの音も強めにドスドスと廊下を歩きながら、私は休憩所に向かった。
部屋に入るとすぐに自販機でアイスティーを買う。ガタンと音を立てて落ちてきたとほぼ同時にそれを取り出し口から拾い上げ、力一杯キャップを捻る。プシュッと空気の抜ける音がしたと同時に蓋を開けると、勢いよくぐーーっっと中身を飲み込んだ。
「……っはぁ、もう、ムカつく!!!」
バン!!と缶を机に叩きつけるように置くと、その衝撃で残っていた紅茶が少し零れた。
「……ホント、ムカつく……」
 何やってんだろ、私。モノに当たるなんて。おかげで紅茶まで減っちゃったじゃない。
泣きそうになりながら机を拭いていると
「おーー、真夢、やってるねえ。珍しく派手にやってるじゃないか」
後ろから声をかけられた。振り向くとそこにはミカちゃんが立っていた。
「ミカちゃん……」
「なんて顔してんだい。せっかくの美人が台無し……でもないか。これはこれで十分アリだね!」
べそをかく私に冗談で返してくれるミカちゃん。こういうところが彼女の良さだと思う。
※因みにミカは冗談ではなく本当にべそっかきも可愛いと言っているが、真夢は気付いていない※

「まあ、アレを見たら腹も立つよね」
「ううっ、ミカちゃーーん……」
私は堪らず抱きついた。
「よしよし、いい子だから泣かないんだよ」
ミカちゃんは笑いながら私の頭を優しく撫でてくれる。そしてそのまま抱きしめてくれた。
「大丈夫だよ、真夢。あんたが泣くようなことは起こり得ないから」
「ううっ、本当かなぁ……」
「本当本当!それにしても珍しいよね。源の字だけじゃなく弾までモテモテだなんて」
「うっ!!!うぐ……くそぉーーー!!」
思い出したくないところを突かれて、私はまた紅茶を勢いよく飲み干す。
「ちょっと!そんなに飲んだら無くなっちゃうでしょ?」
「だってぇ~~~!」
「ほれ、これでも飲んで落ち着きなさい」
ミカちゃんはそう言って自分の分のココアを差し出した。それを素直に受け取り、ちびりちびり飲みながら話す。
「ミカちゃんは平気なの?源さんが女の子達に囲まれてて……」
「だって、そんなのしょっちゅうだからさ。源の字がモテまくるのなんて」
ミカちゃんがサラッと答えてケラケラ笑う。
「……そうでした」
 そうだった。源さんは部乱目町でも有名なモテ男で、所謂ヒロインクラスの女の子たちも、彼に関わった子は軒並み源さんにメロメロになる。
でも、私には全然分からない。もちろん私がヒロインクラスではないのは置いておいて。
源さんはとってもいい人で、男気があって情に厚くて、大工の腕もよくて、寿司やらそばやらも出来て、漁にだって出ちゃうような人。顔だって整ってるし、筋肉だってすごい。
でも、私には分からない。だって、だって、私には……
「アンタは弾しか見えてないもんね」
「ぶふぅーーーー!!!」
突然核心を衝かれてしまい、盛大に吹き出す私。
「わっ!?汚いなあ、いくら可愛くてもこりゃひどいねアンタ」
「げほっごほっ……み、ミカちゃんが悪いんじゃんかぁ!!」
「まあまあ、落ち着いて。とりあえずハンカチ、ほら」
「いいよ、悪いから……自分の使うから大丈夫」
「……ホラ、いい女。ちゃんと自分を見なっての」
「え?なんか言った?」
あちこちを拭きながら尋ねると別に、とかわされる。
そう。私には弾くんしか見えてない。源さんはモテモテで、さっき言った通りのスーパーマンだけど、私にとっては弾くんこそがスーパーマンでハイパーイケメンで王子様なの!!!
「弾が王子ぃ……?」
ミカちゃんが訝しげに聞いてくる。あれ?声に出てたのかな??けど気にしない。
「そうだよ!弾くんはカッコ良くて優しくて思いやりもあって運動神経もいいし歌もうまいし料理も出来るしスポーツ万能だし筋肉も美しいしゲームも上手いし可愛いしとにかく凄いんだもの!!弾くん以上なんて考えられないんだもん!!」
「うわあ、何か色々脚色されてる気がするけどねえ」
「私にとってはどれもホントなの!私も源さんのことが好き、ってよりはいいでしょう?」
「まあそれもそうだね」
ミカちゃんは笑う。
ミカちゃんは源さんが。私は弾くんが。お互い好きだと知っている。だからこうして何でも話せるのだ。というか、私が弾くんを好きなことは本人以外ほぼ知っている。悲しいことに弾くん本人だけがわかってくれない。何でなの!!?
 
 そして、その二人が。源さんと弾くんが。
 今、ライトナウ、モッテモテにモテている。

「いつもなら源の字がちょっとキャーキャー言われて終わるのにね」
「そうなの……?あああああ弾くんが女の子に囲まれてるのなんて私見たくないよう……」
涙目の私を見てミカちゃんが苦笑しながら言う。
「まあ確かに。でも大丈夫だよ、真夢。だって……」
「……うん」
「……内緒」
「うっ、何それ!!?」
ミカちゃんは危ない危ない、あんまりアンタが自然なもんだから口を滑らすとこだった、と笑っている。何なの!?何が大丈夫なの??
「今年は鬼頭組も渋々参加してるからね。何かイケメン大会みたいになっちゃって、若い女の子達が集まりすぎちゃったみたいだよ。ていうか鬼頭組引き込んだのアンタだろ真夢」
「え?私誘ってないよ?ちょっと凪ちゃんや愛梨沙ちゃんとお祭りの話した時に手伝うって言っただけ」
「それが颯や大龍に伝わったんだろ?アイツら動かしてるなんてどうかしてるよ」
ミカちゃんは呆れているけど、大袈裟だよ。昔ちょっとお世話になった派遣先の社長さんである大龍さんたちが、一派遣の私なんかを気にかけるわけないのに。
「まあいいや。それにしてもこの一週間、毎日人が増えてるねえ……女の子の手伝いが」
「うわーーーん!!」
私は持っていた缶をゴミ箱に投げたが、盛大に外れた。泣きながら拾いに行く。もう、何なのよ。
「ま、明日明後日には祭りも終わるからさ。あとちょっとの辛抱だよ真夢。弾は珍しくモテてるけど、源の字ほどじゃないし気にしなさんな。弾は大丈夫」
「何で?」
「内緒!」
 くうっ!やっぱり教えてくれなかった!
「ミカちゃんのいけず」
「真夢、アンタたまに歳が疑問に感じるよ」
「弾くんと同じ21歳だよお!!」
「あはは、分かってるって、おねえちゃん。さ、戻ろ。アンタは堂々と正妻の顔してればいいのさ」
「え?せいさい??張飛の娘さん?」
「何国無双だい!?ホラ行くよ!」
二つ歳下のミカちゃんに背中を押されて、渋々一緒に戻る。

 今、桐島組は有志で部乱目町のお祭りの準備の手伝いをしているのだ。
昼間はいつも通りそれぞれ仕事をし、退勤してから毎日ちょっとだけ手伝いに参加する。
大工の源さんや弾くん、ミカちゃんに比べて一派遣社員事務員の私になんて出来ることは限られているけど、同じ事務員のカンナちゃん(とはいえカンナちゃんは社長令嬢だけど)も参加するっていうし、みんなと、特に弾くんと一緒にいたいし楽しそうだから参加したんだけど……
 これが、どういうわけだかイケメンパラダイスになってしまったようで、毎日のように手伝いの女の子達が増えていった。
最初はミカちゃんの言う通り源さんがキャーキャー言われてただけだったのが、だんだんと弾くんも囲まれ始め、鬼頭組も参入してからはあれよあれよと言う間に増えてしまったのだ。
 部屋に戻ると、やはり源さんがぶっち切りとはいえ弾くんも女の子たちに囲まれている。
「ううっ……弾くん……!私、倒れそう」
「はいはい」
ミカちゃんはまたべそをかき始めた私の頭をポンと撫でると、よし!と言って私の手を握る。
「弾は大丈夫だからさ、安心おし」
「え?だからなんで?」
「それは秘密。それより行くよ真夢」
「え、う、うん……」
ミカちゃんに手を引かれるまま、私は弾くんたちのところへ歩いていった。

「弾くぅ~ん!これ出来なあい」
「源さあん、これ教えてえ」
「颯くうん!こっち見てぇ!」
 私達が弾くんたちの所へ行くと、そこはイケメン⭐︎パラダイスがすっかり出来上がっていた。いや、これぞハーレム、かな……?って、どっちでもいいわそんなもん(暴言)!!最後の颯くんこっち見てぇ!なんて作業に関係ないじゃん!!
私が怒りや嫉妬で打ち震えているのをよそにミカちゃんが周りの女の子達を掻き分けて声をかける。
「源の字!弾!あら、颯までいるじゃないか」
「おう、ミカか。どうした?」
源さん達がこちらを振り返る。本当だ、颯くんまでいる。大龍さんは危機(?)を察知して静かな方に避難してるみたい。
「三人そろっておモテになる事で」
ミカちゃんが冷やかすと
「???」という感じの源さん、同じく「???」という感じだけど「まあな!俺様モテモテだからな普段から!」なんて言われたことにノリノリな弾くん……ああもう悔やしい!!!
そんな気持ちでぶんむくれる寸前な私に颯くんの声が聞こえてくる。
「何がモテや!!どないなっとるん、この状況……常に取り巻かれて鬱陶……いや、それはさすがに言い過ぎか……」
流石颯くん、周りの子達に配慮も忘れない。
「大龍さんはどっか避難してまうし、何のために俺は……あ、真夢やん!」
感心している私に颯くんが気づく。
「何!!?真夢!!?」
弾くんが驚いてこっちを見る。
「うん。お疲れ様、颯くん、弾くん。でもモテモテな所お邪魔だったみたい?」
「ええ!?」
弾くんは慌てた様子で「そんな事ねえよ!!」と言ってるけど、どうかなあ。
「ホラ見ろ、普段モテ慣れねえ奴がモテたフリなんてすっから痛い目見るんでぃ」
源さんがニヤリとして言う。
「うるせえ!!源三!!俺だって本当にそんな風に思ってるわけ……」
弾くんが源さんにくってかかっている間に
「真夢〜!俺はお前にモテればそれだけで十分なんや、兄役の俺の言葉は信じてくれるな?」
颯くんがそう言って私の肩に手をかける。
「そうだね、颯お兄ちゃんのことは信じよっかな」
実際には颯くんも私や弾くんと同じ21歳で兄弟ではないけれど、鬼頭組でお世話になっている間に自然と兄妹のような設定みたいなものが出来ていた。
「颯!!おま、真夢に触るんじゃねえ!!」
「弾くんはちょっと不安かも」
「真夢〜!!!」
「はいはい、もうその辺にしときな。アンタらみたいなのがイチャイチャすると暑苦しいんだよ」
あ、真夢は暑苦しくないよ、とミカちゃんが付け加えながら呆れて言うけど、
「「?? イチャイチャ??」」
私と弾くんは何のことだかわからない。颯くんは
「誰が暑苦しいねん、このチェーンソー女!!でもまあ、これは重症やなあ……まあ俺にとっては好都合?」
とニヤリとしている。
周りの女の子達は遠巻きに私たちを見てキャーキャー言っている。うう、こんなにたくさんの人の前で弾くん達と話してるの、何か気が引けるなあ……!
「まあいいや。アンタ達休憩行っておいでよ」
ミカちゃんが三人にそう告げると
「おお、そりゃいいや。じゃあ行こうぜ、弾」
源さんが弾くんを連れて休憩へ行こうとすると、
「えー!!イケメン三人がいなくなっちゃやだあ!!」
周りの女の子達が騒ぎ出す。
うぐぐぐぐ、憤りで下唇から血が出そうなほどかみしめていると
「ああそうか。一気に三人抜いたら怒られちゃうよね。じゃあ弾と真夢、行ってきて」
ミカちゃんがそう言った。
女の子達も納得したのか、「え〜、弾くん行っちゃうの!?でも源さんと颯くんが残るなら……」と言いながらしぶしぶ引き下がった。
「えっ!!真夢と一緒!?やったぜ!」
 弾くんは喜んでくれてるみたいだけど……
「でもミカちゃん、私今休憩行って来たばっむぐぐ!!?」
ミカちゃんは私の口を手で押さえて小声で告げる。
(いいんだよ!弾と一緒に引っ込んでな!一石三鳥だよ!)
(え?でも、弾くんといっしょ、私うれしい、あと一鳥足りない……)
さっさとお行き、とミカちゃんが鋭い眼光で言うので慌てて
「じゃあ、弾くん行こう!」
と部屋から出る。弾くんも
「やったぜ!ミカ、みんな、あんがとな〜♡」
なんて言ってついてくる。すると
「ああん待って〜、私達も行く〜!」
と女の子三人組がついてきた。
 何なのよ!!折角の弾くんとの二人きりの時間が……!!また足音をドカドカさせたい気分だけど、まあ、さっきみたいに皆んなに囲まれてるよりは三人だけ増える方がマシか……と思うようにした。

 私と弾くん、女の子三人組が部屋から出たあと。みんながこんな話をしていたなんて、私も弾くんも知るはずもなかった。

◇◇◇◇◇◇◇
 こちらは皆んなが残った作業部屋。

「……ふう、行った?」
弾と真夢が部屋を出ていくのを確認してからミカが言うと
「おう、行ったぞ」
源三が答えた。
「颯、アンタまで巻き込んじゃって悪かったね。休憩行きたかったろ?」
ミカに言われた颯が答える。
「全くや。休憩はせんでもええけど、何で可愛い真夢をあの野郎と二人にさせなあかんねん!……まあ二人きり、にはようならんかったけどな」
颯の答えに二人は顔を曇らせる。
「……三人ついて行ったね。追い払いたかったけど不自然になると思って……しぶといねあの子ら、無粋な奴らめ……!」
ミカが悔しそうに言うと
「まあ仕方ないわ。でも大丈夫やろ、バンダナ野郎が真夢しか見てへんのは誰の目から見ても明らかやし」
颯がそう言って作業を続けるフリをする。源三とミカも作業をするフリをしつつ話を続ける。
「そうだね。でも休憩室での真夢、見てらんなくてさ。ま〜、荒れてたよ。あれはあれで貴重な真夢で可愛かったけどさ」
ミカが笑うと
「そうやろうなあ。何で真夢あんな爆弾野郎がええんやろ!?俺にしといたらええのに」
ブツブツ颯が愚痴をこぼす。
「で、源の字、どうなの最近のモテ貴公子たちの様子はさ」
言われた源三は目を丸くして笑う。
「何だそりゃ!?まあ桐島組と鬼頭組が共同作業してんだしな、珍しいんだろうよ。目を引く派手な男どもだし。嵐は囲まれても気にしてなさそうだし、大龍には愛梨沙が目を光らして近くにいるし、大龍自体が上手くやり過ごすからアレだけどよ」
「当たり前やろ!?大龍社長はすごいんやからな!」
颯が源三に自慢げに言う。
「弾は?デレデレしてんの?さっき俺様モテモテ〜、とかば◯きんまんみたいな事言ってたけど」
「してねえよ!アレはさっき言われて咄嗟にいい顔しただけだろ。弾は真夢に声かけようとしてる男どもに睨み効かせるのに必死で周りの女も何も見ちゃいねえよ」
だよね……とミカも颯も呆れつつ納得する。
そう。真夢もまた、集まった若い男からそうでもない男まで結構な人数に目をつけられているのだ。皆んな話しかけようと機会を狙っているのだが、その度に視線だけで「爆破すんぞコラ」という弾からの眼光に皆しぶしぶ退散していたのだ。
本当は真夢も大龍に付き添う愛梨沙のように弾についていたいのだが、色々気配りをする真夢はアレコレと雑用で走り回っているためそれは叶わなかった。と同時に、真夢をそばに置いておきたい弾の願望も叶わずにいた。
「ただな……さっきの三人だけはいっつも弾に張り付いてんだよ」
「そやな。基本的にはネーちゃん共はその場にいるやつにキャーキャー言うて楽しんでるように見えるけど、アイツらはいつもバンダナの所にいるな」
「いわゆるガチ勢ってやつか。ちょっと厄介だね……」
ミカが心配そうに言うと
「まあ、颯のとこにもいるけどな?」
「え?マジか?お前のとこにもいるの見るでハチマキ」
源三と颯が言い合って驚いている。
(全員気づいてないんだね……これはこれでまた厄介……だけどまあ平和か)
ミカは頭を抱えて思う。
「でもまあ、弾のとこにいるのが一番多いかな」
「そうやな」
男二人の話を聞いてミカがまとめる。
「なるほど……三人のお目当ての男のとこに順繰りについてんだね。そんでリーダー格?の子の目当てが弾だと」
「そういうことだな」
「弾が靡く可能性は……」
「「「ないな・ないね・ないやろな」」」
三人ユニゾンで答える。
「まあ、それなら問題ないんとちゃう?真夢はまあ、気を揉んで可哀想だけど、そんなら俺んとこ来たらええ話や」
颯がそう言うと
「そうだね、様子見でいいかな?」
「とりあえず休憩室でなんも起こらねえといいがな」
三人は休憩室の方を見つめて心からそう思うのだった。

◇◇◇◇◇◇◇
 一方の休憩室。

「ねえ、弾くん。何飲む?」
休憩室のソファに座って一息ついた私は弾くんに尋ねる。
「ああ、俺はどうしよっかな……じゃあそのサイダーにすっか!真夢は?紅茶……」
「きゃあ〜、弾くん、サイダーなんてかわいい〜♡私もそうする〜♡」
弾くんが私に折角!!声をかけてくれたのを遮ってAちゃん(仮名)が弾くんに奢って〜♡とすり寄っている。
「えっ!?あ、いや、まあ、わかった……そんで真夢は?」
弾くんが再度聞き直してくれた所に
「「私も〜、弾くーん!」」
とBちゃんとCちゃん(同じく仮名)が言う。
 ウフフ、私、もうブチギレて暴れちゃってもいいですかね……??
「分かった分かった!!そんで、真夢は?」
「ありがとう、私、さっき紅茶とココア飲んだから大丈夫」
そう答えると
「え!?紅茶とココア!?どんなチャンポンだよそれ!?」
あ、コーヒーは飲めねえからか、と言って弾くんがケラケラと笑っている。
 幸せ。変わり身の速さは認めます。でも、弾くんとのこういう何気ないやりとりが幸せなの。コーヒーが苦手で紅茶が好きなのを覚えてくれてる。
その愛しの弾くんを見ていると、仕方なしに(と思いたい)サイダーを四本ちゃんと買って皆んなに渡している。
 やっぱムカつく!!!変わり身の速さは認めます!!!
「ありがとう弾くん!それで……」
サイダーを受け取ったAちゃんが弾くんに声をかけようとした所で
「な、真夢。さっきの話だけどよ」
弾くんが私に話しかけてくる。
「うん、何?弾くん」
「だからよ、さっきの話。俺のことも信じてくれるだろ?」
何だっけ。ああ、颯くんの言う事は信じる〜ってやつかな。
「どうだろうなあ……ここでも女の子達にしっかり奢ってあげてるし……」
私がジト目で弾くんを見ると
「そりゃねえぜ真夢ぁ〜!!俺の事も、いや俺だけは信じてくれよ〜!!」
そう言って弾くんは両手で私の肩を掴む。側から見ればどう見てもいちゃついてることに私と弾くんだけが気づいてなかったと知るのはもうちょっと後の話。
 くそぉぉドキドキする!!!弾くんの手大きい!でもあったかくてしっかりしてて落ち着く!!(変わり身の以下省略)
折角の弾くんとのラブタイム(自称)に
「ちょっと、弾くん!私が先に話しかけたんだから無視しないでくれる?」
Aちゃんが盛大にカットインしてくれる。
「だって、弾くん。モテモテだね」
私がちょっと拗ねながら弾くんの手を外そうとするとその手をギュッと握ってくれる。嬉しいけど、でも、あの子達の視線が痛い。
「すまねえな。無視したつもりはなかった。でも、真夢との時間を減らす選択肢だけは俺にはねえんだ」
そう言うと弾くんは手を握ったまま少し照れたように笑う。
 キュン!!!いやもう、ギュン!!!だよ!!
(ダメだ……この笑顔には勝てないわ……ホントずるいんだから!!)
私はそう思いながらも、弾くんに微笑み返す。
「えへへ……ありがとう、弾くん」
三人娘達はぐぬぬ……と悔しそうな顔をしながら見ている。相変わらず視線が痛いけど、さっきより気にならなくなっていた。
「ほら、座ろうぜ真夢」
「う、うん……」
弾くんは全く気にする事なく私だけを見て話し始める。嬉しさと居た堪れなさとを混ぜ合わせたような気持ちになりつつ私は弾くんの隣に腰掛ける。
「どうする?颯くんの方に行く?」
「えーでも、あっちにもリボンの子いるし……源さんとこに紛れる??」
「それじゃダメだよね?Aちゃん」
弾くんと話しながらも三人娘の声が聞こえてくる。ふむふむ。何となくぼしょぼしょと話が聞こえて来て、状況が飲み込めた。リーダー格のAちゃんのお気に入りなんですね?弾くんは。ダメじゃん!!!
「おい真夢、聞いてんのか?」
「ふえっ!?」
頭を抱えたくなっていた私に弾くんが声をかけてくる。
「お前、ちゃんと休んでんの?疲れてんじゃねえの?」
弾くんはそう言いながら心配そうに私の顔を覗き込む。
「え?大丈夫だよ?」
「嘘つけ。ここ最近ずっと忙しく走り回ってるじゃねえか」
「そんな事ないよ。事務の私にできる事なんて限られてるし、出来る事やってるだけだよ」
「それを忙しいって言うんだよ」
弾くんの手が優しく私の頬を撫でてくれる。
「俺の前では無理すんな。頼れる男でいたいし、頼りになるって思われたいんだけどよ、俺じゃまだそんなに信用できねえか?」
「そんなことないよ!弾くんの事、信頼してるよ!」
「にしし、ならヨシ!」
撫でていた頬をむにっと摘んで弾くんがニッコリと笑う。
「弾くん……」
「ん?」
「大好き」
「ん、知ってる。俺も好きだぜ。大好きだ」
 だから違うの!!
 私の好きは恋愛の好き、弾くんの好きは友情の好き!!
 自分で言ってて泣けてくる!!
のちにお互いがそう勘違いしてて、周りからは盛大に両想いを炸裂させていただなんて知らない私達はほんわかした幸せな空気感に包まれる。
「あーー!そうだ、わっすれてたぁ!」
そんなパステルカラーの空気をニュートラルにしてくれたのは勿論Aちゃんでした。
 もう!人の恋路を邪魔する奴は豆腐に当たって豆になるのよ!?あれ?じゃあ私も豆になる?!もうわかんない!!
「あの……まくら……さん?」
 え?私?
Aちゃんが私に話しかける。
「はい?」
「さっき、何でしたっけ、鬼頭組の社長さん……」
「え?大龍さん?」
「そうです!大龍さんが探してましたよ」
「えっ、本当ですか??」
「大龍の野郎が?」
Aちゃんの言葉に驚くと、弾くんは不機嫌そうな声を出す。
「何か急いだ感じで、皆んなに聞いて回ってましたよ。今も探してるんじゃないかなあ」
Aちゃんは心配そうに私を見る。
 ……このタイミング。嘘かもしれない。でも、本当かもしれない。そうだったら大変。
「そうなんですね。ありがとうございます。ちょっと行ってきますね」
私はそう言って弾くんを見ると、弾くんは無言のまま私の手を引いて立ち止まらせる。
「弾くん、私ちょっと行ってくるから……」
「行かなくていい。真夢。大龍がお前に何の用があんだよ」
 確かに、そう思う。でも本当だったら申し訳ない。
「わからないけど、でも……」
「わからないなら行かなくてもいい」
弾くんが真剣な表情で言う。
「でも、もし本当に困ってたら……」
「じゃあ俺が代わりに聞いてきてやる」
弾くんが行かないでくれって言ってくれてる。俺が行くとまで。嬉しい。期待してしまいそうになる。
「お前ら、本当なのか?大龍が真夢を探してるって。もし嘘なら……」
女の子達はさっきよりも怖い顔で低いトーンの声になった弾くんの様子に圧倒されて黙り込んでしまう。
「えっと……本当なんですよ……だから、」
「……分かった」
それでもなお引き下がらない彼女達に、弾くんはそう言うと私の頭をぽんと軽く叩いて立ち上がる。
「行ってこい、真夢」
にこっと笑って弾くんが言う。
「うん……ありがとう、弾くん。すぐに戻るからね」
『戻ってこなくていい』、女の子達の心の声が聞こえる。でも、絶対戻ってくる。弾くんにお礼を言うと、弾くんは優しい笑顔で私を見つめる。
「大丈夫だ。俺はここで待ってる」
「うん。じゃあ、行ってくるね。教えてくれてありがとうございます」
女の子達に会釈して出ていくと、彼女達は何だかバツが悪そうな顔で会釈してくる。やっぱり嘘なのかもしれない。私、バカなのかな。でも、間違ったことはしてないはず。そう信じて部屋を出て行った。

「えーと、大龍さん、今どこにいるんだろう?」
さっき大部屋にはいなかったよね。もう事務所に戻ったか帰っちゃったかな?
とりあえず大部屋までの部屋は覗きながら行ってみたけど、いない。仕方ない、大部屋に戻ってみよう、誰か知ってるかもしれない。
そう思って大部屋に戻ってみると
「あれ?真夢?何でアンタ1人……」
ミカちゃんが怪訝な顔でそばに来てくれる。
「えーと、何か大龍さんが私探してるって聞いて……見てない?」
「大龍が?見てないよ……ねえ、ちょっと颯ー!」
また女の子達に囲まれてた颯くんもこちらに来てくれる。
「社長なら屋上にいてると思うねんけど……聞いてへんでそんな話」
「そっか……」
2人とも心配そうに私を見てくれる。
「ねえ真夢、弾のところに戻ったら?」
「癪やけど、俺もそれがええと思うで。一緒に行こか?」
ミカちゃんと颯くんがそう言ってくれる。
「ううん、大丈夫。じゃあ屋上の方だけ見て休憩室戻ってみるね」
「気をつけてよ」
「無理せんようにな」
「ありがと。じゃあ、行ってきます」
そう言って2人に手を振って別れた。
「あれ?今真夢いなかったか?」
私が出ていってすぐ源さんも異変に気付いたみたい。
「あ、源の字……そうなんだよ、あの子1人で大龍に呼ばれたからって探してるんだよ」
「大龍が?何でまた……弾は?」
「おらへんかったな、真夢1人やった」
「あいつ……人がいいから騙されたんじゃねえか?」
「やっぱりそう思う??どうしよう?」
「まだ何とも言えねえし、もう少し経っても真夢も弾も戻らなかったら探しに行こう」
三人がそんなことを言ってくれてたことも。私は知るはずもなかった。

 屋上に続く通路を歩いていると、見覚えのある姿が正面から見えてくる。見間違えるはずがない。あの派手な胸元はだけた衣装のイケメンは……
「大龍さん!」
私が声をかけると大龍さんも私に気付いて立ち止まる。
「月野真夢」
相変わらずフルネームで呼んでくれる。
「お疲れ様です。社長にまでこんな事をして頂いて申し訳ないです」
そう言って頭を下げると、大龍さんはため息を吐く。
「全くだ。敵対会社と共同作業なんて有り得ん。まあ弱点を探るいい機会だと思うことにしている。颯や嵐なんかもあれで楽しんでるみたいだからな」
「皆さん喜んでますよ。大龍さんみたいなすごい方と一緒にお祭りの準備が出来るなんて、って」
笑顔で答えると、大龍さんは少し顔をしかめる。
「お前はどうなんだ」
「私ですか?もちろん楽しいですよ!大龍さんの事、もっと知れますから」
そう言うと大龍さんはさらに眉間にシワを寄せて難しい顔になる。
「お前は、そういうところが良くないんだ。この人誑しめ」
「ええっ!?」
急に大龍さんが言い出した事に驚いて変な声が出てしまう。
「何でですか、私はただ正直に言ってるだけで……」
「それが良くないと言ってるんだ。そんな様子でうちの幹部どもを篭絡しやがって」
「そんなぁ、たかだか一派遣である私にそんな力あるわけないじゃないですか」
そう言うと大龍さんは鼻で笑う。
「はっ、よく言う。さっきだって若い奴らがお前の噂をしていたぞ。男を手玉に取る小悪魔だとな」
「ええー!!酷い!」
「ふん、自業自得だ。そしてその一派遣がこのオレに意見した事だってあるだろう」
「うっ」
確かに……前に愛梨沙ちゃんのことでちょっと熱くなったり、勤務の事で断ったりすることもあったけど……後から聞いたら大龍さんに逆らう(?)事自体タブーなのにそれで首を刎ねられなかったのは奇跡だったらしい。しかも……
「どうだ。ウチの戦力も加担したんだ。今度こそ鬼頭組に戻る気になったか」
今でもこうして鬼頭組への再雇用を勧めてくれる。でも、
「いいえ、私はもう少しこのまま働きたいんです。桐島組で……」
そう言って微笑むと、大龍さんは舌打ちをする。
「全く、本当に食えん女だな。どうせあの爆弾男が一番の理由だろう。なんなら奴ごと引き抜いてもいいんだぞ、天然カマトトめ」
「ええーー!?酷い!!?でも、そこまでして頂かなくて大丈夫ですよ、私なんかよりもよっぽど優秀な方は山ほどいるでしょう?」
「そうだ。お前より優秀なやつなんて山ほどいる」
「うっっ」
大龍さんは腕を組んでフンッと鼻を鳴らす。
「だが、このオレに意見してくる奴は中々いない。愛梨沙も凪も早くお前を戻せとうるさいしな」
「わあ、嬉しいです!愛梨沙ちゃんも凪ちゃんも今日はいないんですか?」
「ああ、今日は社内に残って見てもらってる。そしてたまには早く帰れと言っておいた」
「ふふ、実は社員さん想いですよね」
「実はとは何だ、失礼な奴め」
そう言ってまた睨まれる。
「重ね重ねすみません……!それで、忘れる所でした。大龍さん、私に用事って何でしょう?」
私がそう聞くと、大龍さんは怪訝な顔で私を見つめる。
「何の話だ」
「え……」
胸がドクンと高鳴った。じんわりと汗が滲む。
 まさか、あれ、違う?
「あの、私を探してたんじゃないんですか?」
「オレが?引き抜きの話はまあ会えばするつもりでいたが、わざわざ呼び出してせずともいつも言っているだろう」
一気に体中の力が抜けていくような感覚に襲われる。
 違うんだ。やっぱり違ったんだ。
 じゃあ、私何のためにここまで来たの?
青ざめる私を見て大龍さんが眉根を上げる。
「オレがお前を探していると、誰かにそう言われたのか」
大龍さんが真剣な眼差しで聞いてくる。
「はい……あの、お手伝いで来てくれてる女の子たちから……」
「手伝いの女……?」
大龍さんは顎に手を当てながら何か考え込んでいる。
「そんな女にオレがお前を呼び出すよう伝えると思うか?」
そう言われて、自分の愚かさに気付く。
「呼び出さずとも、探してる姿を見たのかと……」
そう言ってたし、と少しでも、騙されたんじゃないと思いたくて。
「このオレが声高にお前の事を探すことなんてあったか」
「……私の派遣期間が終わる時……」
大龍さんは「月野真夢!月野真夢はいるか!!」とデスクに飛んで来てくれた事があった。
「そんなことあるわけあるか。夢でも見たんだろう」
「そ、そうですよね……ごめんなさい……!」
恥ずかしくて涙が出そうになる。大龍さんは咳払いをして付け加える。
「仮にそんな事があったとして、それは社内での話だろう。ここは社外だぞ」
そして私をまっすぐ見て、言う。
「月野真夢。お前、謀られたな」
「………っ」
そう言われてハッとする。
 そんな、あの子達、やっぱり私を……弾くん、弾くんは……!?
「しかし……その女たち、誰だ。何故お前を嵌めた」
大龍さんの目が鋭く光る。
「いえ、あの、私を嵌めるつもりはなかったと思います。それに、その子達には本当にそう見えたのかもしれないし……」
「お前、騙された相手を庇うのか」
そんなことない。けど、それでもやっぱり、騙されたとは思いたくなくて。
「そんな風に甘いとあの爆弾男もくすねられるぞ」
「!!!」
顔色が変わったのが自分でもわかる。それを見た大龍さんの顔色も変わる。
「……まさか、あの男が絡んでるのか」
「……っ」
 言葉が出てこない。どうしよう。
「お前、バカか?いくらあの男がお前にぞっ……いや、何でもない」
「??」
大龍さんはしまった、と口に手を当て一度言葉を止めるけど、すぐに続ける。
「お人好しがすぎるぞ。人誑しやお人好しもいいが、人を選べ。何だ?その謀った女達に爆弾男といた所を追い出されたのか?オレの名を使われて」
「……」
何も言えない。図星だったから。
「話は後だ。お前、どこから来た」
「え……」
大龍さんの言葉に驚く。
「どこにいたんだと聞いている。どこから追い出されたんだ?」
「休憩室です」
「あそこか……。わかった。行くぞ」
「え……」
大龍さんはそう言うと踵を返して歩き始める。
「ちょ、ちょっと待って下さい、社長まで付き合っていただくほどの事では」
「ふん、構わん。お前が気にするなんて百年早いわ。オレの名を勝手に使うなんていい度胸じゃないか」
「でも……」
大龍さんを巻き込んでいいものだろうか。確かに助けてほしいけれど、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。
「あの、大丈夫です。あの子達の目的は分かってますし、一人でなんとかします」
大龍さんはツカツカと歩きながらこちらを振り返る。
「まずお前を騙して男を奪ろうという考えが気に食わん。欲しいなら力ずくで奪えばいいものを姑息な事をしやがって」
「お!?男……って、別に私と弾くんは付き合ってる訳では……ないので……」
ごにょごにょと歯切れ悪く言いながら追いかける。
弾くんは私の恋人ではない。私が勝手に好きなだけ、すごく。
「何だ。カンナか愛梨沙かどっちかにちゃんとしろ!と啖呵切った女とは思えんな」
「それは……!その、その節は大変な失礼を致しまして……」
本当、私、派遣先の社長になんて事言ったんだろう。歳は私の方が一つ上だけども、立場は目の眩むほど大龍さんの方が上なのに。
「それに、お前の泣き顔なんて見るに堪えん」
「なっ……泣いてません!……よ……?」
思わず大きな声で反論してしまった。すると大龍さんは少し微笑んで、「よし」と言うとまた前を向いて歩いていく。
そしてまた振り返るとこう告げた。
「さあ、行くぞ。月野真夢」
その背中がとても大きく見えて、私は一瞬、自分が小さな子供になった気がした。

「あそこだな」
「そうですね……」
程なくして休憩室に辿り着くと、途端に怖くなってくる。
弾くんはここで待ってる、と笑顔で送り出してくれた。人の気配も何となくする。でも、多分あの子達も居る。そしたら、私を追い出してまでやりたいことって多分……
「どうした。行かんのか」
足が止まった私に大龍さんが問いかけてくる。
 怖くて中に入れません。
そう言ったら大龍さんは呆れるだろうか。立ち尽くす私を見て大龍さんは言う。
「何も殴り込みに来たつもりはない」
「えっ!?そうなんですか!?」
私は驚いて聞き返す。
「何だ。要望なら暴れてやってもいいぞ」
「いえいえすみません!そんなつもりはありません」
てっきり突入!ガチンコ!とか思っていた自分が恥ずかしい。
「まず中を確認しろ。爆弾一人ならお前が戻って話をすればよし、誰もいないなら探すまでだ」
弾くんの呼び名が爆弾男から爆弾に変わっている。少しツッコミたい気もするけど我慢する。
「あの……女子三人と弾くんという、全員集合なら……」
「その時考えろ」
「はい……」
そう言って二人で扉の前に立つ。
 怖い。けど、もう逃げたくない。弾くんを諦めるのも絶対イヤ。
勇気を出して、一歩踏み出す。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。
開いた隙間から恐る恐る覗くと、そこには……

「弾くん、私、弾くんの事が本当に、本気で好きなの!」

 今まさに、告白しているAちゃんと、告白されている弾くんが居た。
BちゃんCちゃんは部屋の脇に居るのが何となく見える。
 私は呼吸をするのさえ忘れてしまう。
 どうしよう。間に合わなかった。
バカみたいに騙されて、ホイホイ出て行って、バタバタしているうちに、ずっと私がしたかった事を先にされてしまった。
悔しさと悲しさと情けなさと申し訳なさとで涙が出そうになる。
大龍さんは部屋を覗かずとも何となく分かっているみたいだった。
「何ら気にすることはないぞ。どうする?中に入っていくか?」
大龍さんはまるで他人事のように淡々と聞いてくる。
「……」
返事ができない。だって入ったところで何になるだろう。私に何ができる?邪魔しちゃうだけじゃない?
「お前、それでいいのか?」
大龍さんの言葉にハッとする。
「良くないです……けど、今は……あっ!?」
ガクッと身体から力が抜けて腰が抜けたみたいに床にへたり込む寸前に、大龍さんに助けられる。
「す、すみません……」
一人では立っていられない位ショックを受けている自分に気付く。
「無理しなくていい。お前は優しいからな。だが」
そう言うと私に肩を貸してくれながら真っ直ぐ目を見つめてきた。
「お前はどうしたいんだ」
「わ、わたし……」
私の、したい事。
「弾くんを取られたくないです……」
「誰に」
「誰にも」
一人じゃ立たないくせに、それだけは何よりも強い意志を持って大龍さんの目を見て伝える。
「ふん、お前らしいな。よく言った」
大龍さんは笑う。
「安心しろ。あの爆弾は別に前向きな返事をしてないように見えるぞ。というか結果は目に見えている」
「え?」
大龍さんは私の疑問をよそに私の手を取り、引っ張り上げるように立たせてくれる。
「今乗り込むか、場を改めるか。どっちだ。とはいっても、お前、その顔じゃな……」
「え?」
大龍さんは私の顔をぐいっと指でなぞって私に見せる。
「いくらナチュラルメイクとはいえど、マスカラさえこの有様だ」
大龍さんの指は私の落ちたマスカラで黒く染まっていた。
「これは酷い」
「う……」
きっと自分でも驚くほどに、今の私は見るに堪えないのが鏡を見なくても分かる。
「うえぇ……」
大龍さんの指を見てまた涙が溢れてくる。
「お前のこんな姿を見たところで、奴の気持ちは変わらんだろうがな。一応仕切り直すか。今日はお前帰れ」
そう言うと大龍さんは手早くスマホで連絡をし始める。
「車を付けてくれ。建物の前だ」とか「颯か。月野真夢の荷物をまとめて出入り口まで持って来てくれ」とか、てきぱきと指示を出している。
「あの、社長……いえ、大龍さん」
「何だ」
「ありがとうございます」
「ふん」
そう言うと大龍さんはまた前を向いて歩き始める。
「下らん事で騙されやがって。お前はもっと人を疑え。次騙されたら承知しないぞ」
「はい」
今は素直に付いて行こうと思った。
 
 出入り口に荷物を持った颯くんやミカちゃん、源さんが飛んで来てくれた。颯くんは大龍さんの電話口からも声が聞こえていて、落ち着け何も騒ぐな、と大龍さんに嗜められていた。
皆んなそれほど心配してくれてたんだ……と思うと申し訳なくなったのと同時に、ありがたくて涙がまた出てくる。
「真夢……!!ああ、やっぱりあの子らにやられたんだね……くそっ、騙すなんて卑怯なことして!!」
ミカちゃんが半泣きになりながら私を抱き締める。
「大丈夫だよ。ミカちゃん、ありがとう、泣かないで」と慰めながら、私も涙が止まらない。
「あん女共、締め上げたろか!!」
颯くんもブチ切れてくれている。
「騙すのは流石にいただけねえな」
源さんさえも顔を顰めている。
「皆んな、待って。騙すって言っても、それほどの事じゃないし。それにさ、それに……騙す……方がまあ、悪いに決まってるけど、騙される方も悪いって言うじゃん?」
私は無理矢理笑顔を作ってそう言った。
「そんな事あるかい!アホ!ホンマに……!ほんなら、何でこんなに泣いてるん?!」
颯くんが怒ってくれる。
「うわあああん、真夢……!!アンタって子は……!!」
ミカちゃんまでわんわん泣いてくれる。
起こったことは悲しかったけど、こんなに思い遣ってくれる仲間がいて私は幸せだよ。
大龍さんもため息をつく。
「ほらな。この有様だ。騙された側がこれなんだ」
源さんが大龍さんに言う。
「分かった。大龍、助かった。本当にありがとよ」
言われた大龍さんはフンと鼻を鳴らす。
「礼には及ばん。後処理は頼んだぞ。コイツにはいずれ鬼頭組でうんと恩を返してもらうからな」
「おう。任せとけ」
源さんは頷く。颯くんは軽く鼻を啜りながら「社長、ホンマにありがとうございました」と頭を下げる。「気にするな。それにお前のことじゃないだろ」と言って、大龍さんが私を車に乗せてくれようとしていた、その時。
「真夢」
源さんが私に近づいてくる。
「源さん……どしたの?」
私が聞くと、源さんは私の肩に手を置いて真っ直ぐ私を見る。
「災難だったな。でも、誰の事も恨まねえお前は流石だ。いい女だ」
「ええ!?源さんにそんな事言われるなんて、照れちゃうな……」
ボロボロの私がいい女なわけないし、そんな私が照れたところでイタいだけなんだけどね。
「オイラでも、そう思うんだ。だからな、弾の事も信じてやってくれ。弾は……弾は、絶対大丈夫だ。お前が心配することは何もねえよ」
「源さん」
涙がまたポロポロ出てくる。
「今日はゆっくり休め。そんで今日の事は、もう忘れちまえ。明日の祭りで会おうぜ!絶対来いよ!!」
「そうだよ!!真夢!!!心配なんて要らないから!!しっかり休んで、明日とびきり可愛くして来て!!」
ミカちゃんも源さんの後ろから泣きながら叫ぶ。
「うん……うん……!皆んなごめんね、こんな日に先帰っちゃって……」
「ばーか、ありがとうって言え!」
にしし、と笑って源さんが言う。
皆んなありがとう。でも……この後に及んで、本当私って馬鹿だなあ。
弾くんにも、一目会いたいなんて。
こんな状況で会ってもいい事なんて何もないし、何なら逃げて来たのに。
それでも、弾くんの声が聞きたかった。顔が見たかった。真夢!って呼んでほしかった。
「よし、行くか。出してくれ」
大龍さんが運転手さんに声をかけた時。

「真夢ーーっっ!!」

 源さんじゃない。
 颯くんでもない。
 聞き間違えるはずがない。
皆んなが振り返る。そこには……
「真夢!?何だ、どうした!?」
息を切らした弾くんが立っていた。
「弾!!!」
源さんと颯くんとミカちゃんが驚いて声を上げる。
「休憩室でいくら待っても、真夢来ねえし連絡つかねえから。何かあったのかなと思ってたら外が騒がしくて、見てみたらこれじゃねえか。真夢!?どうしたんだ!?」
「どうしたんだ、じゃないよ!!」
ミカちゃんが半泣きで弾くんに詰め寄ろうとするのを源さんが嗜める。
「落ち着け、ミカ。気持ちは分かるが弾は何も悪くねえ。どっちかっていうと被害者側なんだからよ」
「だからって、うわあああん、こんなのってないじゃないか!!」
ミカちゃんに掴まれても弾くんは気にしていないといった様子でキョロキョロ周りを見ている。私を探してくれてるの……?
「真夢は!?真夢はどこにいんだ!!」
「出してくれ」
車がブォンと走り出す。と同時に弾くんと目が合った。
「真夢!!」
「弾くん!!」
車の中から叫ぶ。弾くんは走って追いかけてくるけど、すぐに車は角を曲がって見えなくなる。
「待ってくれ、真夢!!」
「弾!待ってくれ、今だけはそっとして置いてやってくれ!!」
車の窓を開けていた私はその叫びを聞いてしまう。
ごめんなさい、私には聞こえなかった事にはできない。
「うええええええん」
「出さない方が良かったか」
大龍さんが聞く。私は泣きながら首を振る。
「そうだ。それが正解だ。アツくなってる時はロクなことにならん。明日にでも少し落ち着いてから話せ」
私の顔を覗く。
「ブスだな」
「……知ってます」
「はは、ほらな、見当違いもいいとこだ。好きなだけ泣いておけ」
「……ありがとござ……うええええん」
「悪態もついたらどうだ?楽になるぞ」
そうだろうか。確かに今はちょっとくらい毒を吐いてもバチは当たらないかも……。
「ううう、あの三人娘!!可愛いからって何よ!!許さない!!!嘘ついて!!関係ない人巻き込んで!!巻き込んだのは私もだけど!!弾くんまで騙して!!!私より先に告白するなんて!!!くそおおおお豆になっちまえ!!」
感情のままに叫ぶと、ほんの少しだけスッキリする。
「ふん、上出来だ。さっきよりよっぽど美人だぞ。でも豆ってなんだ??」
大龍さんは満足そうに笑う。
「うう……ぐす……ひっく、人の恋路を踏み躙る奴の末路です」
「何だそれは?本当に食えない奴め」
そうこうしているうちに、あっという間に私の家に着く。
「本当にお世話になりました。何から何まで……変なことに巻き込んでしまって本当に申し訳ありません」
車を降りて、改めて頭を下げる。
「本当にな」
「うぐ……ありがとうございます……」
「じゃあな」
大龍さんはそれだけ言って、窓を閉める。と、またほんの少しだけ窓が開いた。
「月野真夢」
「? はい?」
「カンナでも愛梨沙でもなく、お前、だと言ったらどうする」
「……へえええ??」
「何だその間抜けな声は」
「いや、だって……有り得なさすぎて」
大龍さんはニヤッと笑った。
「その通りだ。100%有り得んな。また何かあったら連絡しろ。気が向いたら力になってやる。まあ、今日のところはもう忘れろ」
そう言って私の言葉も聞かず、窓を閉めて行ってしまった。
「ええ……?今のってどういう意味だったの……??大龍さんなりのジョーク、かなあ」
混乱したまま家の中に入る。

 鬼頭組の車の中。
「知ってるか、月野真夢。世の中、100%ってものはないんだぞ。まあ、この世の全てはオレのもの、だけどな」
大龍さんの独り言は誰にも聞こえなかった。

 家に入ると、ボロボロの私を見て家族が心配してくれて、迷ったけど正直に「ちょっと下手こいて弾くんを奪われそうな大ピンチ」と言ったら納得してくれた。そりゃそんなボロボロにもなると。そして、さっさと風呂入って今日は寝ろ、明日どうにかしろ!!とさっきのみんなとおんなじことを言ってくれる。やっぱり私は、恵まれている。
あまり食欲はなかったけど食べなきゃ戦にも勝てない(?)から、しっかり食べて、お風呂に入って早めに自分の部屋に向かった。
ほっときっぱなしだったスマホを見ると、皆んな、それに、弾くんから沢山の着信やメッセージが入っていた。まずは大龍さんへお礼のメッセージを送り、それから皆んなのメッセージを見る。
『弾には、ちょっと具合が悪くなって先に帰ったことにしてあるから。納得し切れてない感じだったけど、あまりアタシ達が余計なこと言えないし、それでも一応分かったとは言ってた。多分めちゃくちゃ連絡来るだろうから適当にいなしといて』
ミカちゃんはいつだって的確。本当に二つも年下なのかなぁ??ていうか、本当に私が二つも年上???
『弾が告白されたことも、真夢は何も知らないことになってる。でも、弾は隠さずにアタシらに説明してくれたよ。ちゃんと断ったって。かなりしつこくされたみたいで、真夢がその現場見てからも解放されるまで時間がかかったみたい。それでも真夢が戻らないから心配になって探してたんだって。アイツ、馬鹿だけど潔白だから。信じてやって』
涙がまた……もう、きっと明日まで顔ボロボロだよ。どこまでブスで登場しないといけないの??
『だからね。明日はうんと可愛くしてきて!!もしかしたら騙したアイツらもまとわりつくかもしれないけど、一切気にする必要なし!!絶対浴衣着てくるんだよ!?私も着るからね!』
「ーーー〜ミガぢゃ〜ん……」
思わず声が漏れてしまう。こんなに優しい友達を持てて、私は幸せ者だ。
そして最後に、弾くんからのメッセージを確認する。
メッセージも、留守電も、沢山。八波弾、の名前がずらっと並んでいる。最初のメッセージを見てみると、
「大丈夫か、真夢?俺、ずっと待ってるから」
たった一言。
それだけなのに。
それを見ただけで。涙が出てくる。
「あれ……これ……私がまだ、作業場にいる時間……?」
最初のメッセージは、私が部屋を出て大龍さんを探してる間の時間のものだった。歩き回ってたから気付かなかったんだ。
ここで待ってる、弾くんは笑って送り出してくれた。あの部屋で、あの子達といても、私の事を考えて、私の事を待っててくれてたんだ。
「……弾くんん……!」
嗚咽しながらメッセージを見て、録音を再生する。
「真夢?どこだ?」
「今どこにいる?」
「何してる?無事なら返事しろよ」
「もう帰ったのか?……あ?何だあの車……あそこにいんのか!?」
最後の留守電は私を探しながら入れてくれていたのか、慌ただしい口調とバタバタと走る音が入っていた。切り忘れたんだろう。
「ねえ、弾くん。好きだよ」
画面を見ながら呟く。
「私が先に言いたかった。でも、私の方が絶対弾くんのこと好きなんだから……!!」
もう我慢できなくて、ベッドの上で泣いた。
泣き疲れて、いつの間にか眠っていた。

「うう……頭痛い……」
目が覚めたら朝で、昨日泣いたことを思い出して恥ずかしくなる。腫れぼったい目でスマホを見ると、弾くんから新しく着信履歴とメッセージが入っていた。
『真夢、大丈夫か?今日来れるか?元気なら絶対来いよ、みんなで回ろうぜ!』
みんな、みんなかあ……
もちろんみんなでも回りたい。でも、ほんの少しでいいから、2人きりでも回りたい……そう思っているとポコンとメッセージが入る。
『言い忘れた。絶対浴衣だからな!!?絶対だぞ!!?』
それを見て私は吹き出して笑ってしまう。
「ぷっ……ふふ、はは」
ああ、やっぱり好き。
『どうしよっかなあ』
昨日以来の、私からのメッセージを送る。すると秒で
『そんなあ!!!!?頼むぜ真夢!!?』
と返ってきてまた笑えた。何事もなかったかのように接してくれる。
ミカちゃん達からも心配のメッセージが来ている。
行かないで腐るより、行って砕けた方がマシだよね。
腫れた目が少しでも引くといいなと思って、私はお風呂に向かった。