「なあ、弾。お前が真夢に謝りゃいいじゃねえか」
源三の野郎があっけらかんと口を開く。
「お前……何簡単に言ってくれてんだよ」
俺が呆れながらため息混じりに返すと
「どっちが悪いかとかはこの際置いといて、お前が折れてやりゃいいじゃねえかよ。オイラはお前らが喧嘩別れして、やりにくい方が嫌だっての!お前が謝れば済む話じゃねえか!」
もっともらしいことを言われるが
「だから……そういうんじゃねえって。それに喧嘩別れって、そもそも付き合ってもないだろうがよ」
自分で言ってて悲しくなるぜ。
「どういうのか知らんが、そんなんで真夢と会えなくていいのか?お前が謝るまで、あいつはずっとおあずけ食らってるんだぞ」
「何だそれ。俺はともかく何で真夢がおあずけ食らってんだ?」
言われた事に返事をしていただけだったが、ついに源三が怒り出した。
「おい、弾。てめぇいつまでウジウジやってやがんだ!!真夢も可哀想だろうが!!」
「うるせえな!お前、本当にもう生涯コイツだけでいいと思う位惚れてる女泣かして簡単に謝って済むと思うか!?」
「んなもん、なら尚更謝らなきゃダメじゃねえか」
「……そうだよな、お前はそういう男だよな」
俺は大きくハーーーッとため息を吐いた。
「あのな。謝ったけど許して貰えなかった、ならしょうがねえまあいいや、って言えるような相手じゃねえんだよ。……自分で言ってて情けねえけど、本当に惚れちまった相手にはこういう時どうしていいかわかんねえもんなんだよ」
源三はまだ納得していないようだ。
源三ならこんなこと考えてる間に、何度でも謝るんだろう。許して貰えるまで。許して貰えなくても。そんで、結局そいつの心ごと持ってっちまうんだよな。
「……そう言うお前は決まった相手は居ないのかよ?俺が知ってるだけでも4.5人はお前に惚れてるぜ」
「オイラに!?本当かよ、そんなん気にしたこともなかったぜ」
「じゃあやっぱり俺の気持ちなんてわかんねえだろうが」
「まあ、気にならないとは言えない奴もいるっちゃいるが……」
「マジかよ、どいつだ」
あんま名前出してやっちゃまずいからな。でも俺の妹含めてコイツに関わった女は皆コイツに惚れてくんだよな。
真夢は……どうなんだろう。考えただけでもムカつくぜ。
「言わねえよ今は。でもまあ、確かにそういった面ではお前には敵わねえよ、弾」
「言わねえのかよ!……モテモテでいいこって」
「何だ、お前モテてえのか?」
言われて考える。今までならYES一択だったろうが、あいつと出会ってからは……
「じゃあよ、オイラの事好き?だっていう4.5人全部お前にやるから真夢くれって言ったら、お前どうする」
源三が馬鹿みたいな事を言ってきやがる。
「ふざけろ。誰がお前に、いや誰にも真夢をやる気なんかあるか。それにお前に惚れてる奴らのことも考えろ」
答えは決まってる。真夢以外の女は欲しくねえ。モテまくったって、真夢にモテなくちゃ意味がねえんだ。
「分かってんじゃねえか。お前の言う通りだ。オイラが悪かった。じゃあやっぱ、お前は真夢に謝らなくちゃいけねえよ」
「なんなんだ一体」
「さっきから何度も言ってるだろ。お前が真夢に謝って、それでお前も真夢もスッキリすんだよ」
俺が源三みたいだったら……ああ大嫌いなコイツみたいになりてえなんて俺も詰んだな。
「大体、あいつは俺となんて仲違いしたとこで痛くも痒くもねえんじゃねえか」
痛いし痒いのは、真夢に狂ってる俺だけで、真夢は……
「かーーーっ、お前いつからそんな女々しくなったんだ!?お前、最近の真夢ちゃんと見てるか?酷いもんだぞ」
「何だと!!?真夢はいつだってすげえ可愛いんだよ!!!」
「だからそういう事じゃねえんだよ。真夢が可愛いのは知ってる……」
「殺すぞお前!!」
「だから違えって!!ったく、それを本人に言えよ!!!あ、言ってるか。で、真夢も嬉しそうにして……何でお前ら付き合ってないんだ??」
「知らねえよ!!やっぱ殺す!!」
なんなんだコイツは。何が言いてえんだよ。そんで俺もどうしたいんだよ。
「じゃあな、仲直りするヒントをやろう。内緒だぞ。あのな……真夢は何ですし源に行きたがらなかったんだと思う?」
急に源三がそんな事を言い出した。
何で?そういえば何でだろう。
「……あいつ、寿司好きだよな。回転寿司なら20皿以上食うんだぜ。すし源の寿司美味いのに」
弁当があるっつーからそれをもらう代わりに奢るとまで言ったのに。いつもなら飛び跳ねて喜ぶのに……
難しい顔のままの俺を見て源三は
「……まだわかんねえか。そうだよな、真夢は寿司好きだよな。つーか何でもうまそうに食ってるよな。いい女だな。お前に勿体ねえ」
「お前いい加減にしろよ!!?」
おちょくってんのかコイツは!?
「じゃあ何でだろうな。前に一度、皆んなですし源に行った時も最初は美味そうに食ってたけど、その時も途中から様子がおかしくなったんだよな」
そうだっけか。美味そうに食ってた姿しか思い出せない。
「一気に食わなくなってよ。残すのはダメだからって全部食ってたけど、砂を噛むってこう言う事なんだなってわかったぜ。まだわかんねえ?」
「わかんねえよ!ハッキリ言え!!」
「……あいつが店に来てからだ。お前が前に可愛いって言ってた看板娘のあいつが帰って来てから、真夢は一気に元気がなくなったんだよ」
「は……!?」
嘘だろ!?何だそれ。また源三の野郎が適当言ってんのか?
だって、それじゃあまるで……
「信じられねえ……それに可愛いっつったのだってほんの一瞬だけだろ?だってあいつはお前……あ、ヤベ、何でもねえ」
その看板娘ってやつだって、やっぱり源三に惚れてるんだ、という俺の出かけた失言に源三は一瞬怪訝な顔をしたが、気にせず続ける。
「あれから真夢がすし源に行ったことはない。オイラ達もお前らがいつもイチャイチャしてやがるからすっかり忘れてたし、今となっちゃ全く関係ない事だと思うが、真夢にはそうじゃないんだろ。やっぱり、いくら過去でも、お前が可愛いって言ってた女の店に行くのは嫌なんだよ」
そんな……じゃあ真夢が泣いてたのは……
「あ、真夢」
「え!!!?」
俺が勢いよく振り返ると
「嘘だぜぃ」
「てめええええええ!!!!」
俺は源三に食ってかかる。
「な、これで分かったろ。謝ってやれ。な。あ、今度は本当に真夢が来たぞ」
「バカ言え!!もう騙されるもんかよ!!!」
「いや、本と……」
「うるせえ!!真夢が来るわけねえだ……」
「どうしたの、2人とも。差し入れに来たよ」
カンナの声がして振り返ると、そこには差し入れを持ったカンナと……真夢がいた。
まだ俯いて、バツが悪そうにしているが、真夢が来てくれた。
「ミカちゃんは?他の皆んなの分もあるから呼んできて!」
「あっちにいるぜ。おーい、ミカー!!」
源三が声をかけると、皆んながこっちに集まってきた。
カンナと真夢が皆んなに差し入れを配り始める。
俺はさっきの源三の言葉がまだ信じられず、例え本当だとして、そしてとても都合良く解釈したとして、事実は変わらねえ。
俺たちは喧嘩をしているし、それは俺のせいだ。例え、その、好意があったとしたって今はもう嫌いかもしれない。
そうこうしてるうちに他の奴らには配り終えちまったらしい。まだ踏ん切りがつかない俺がもたついてると、周りに促されるようにして真夢が俺のところに近づいて来た。
やばい。まだ頭の中がごちゃごちゃしてて顔が見れねえ……
「あの……これ……」
真夢が差し出してくれようとした時に、つい顔を背けてしまった。
これがいけなかった。
自分でもやべえ!!と思ったし、周りからも「あのバカ!!!」という心の声が聞こえてくるようだった。
慌てて俺は振り返って真夢を見るが、俺に差し入れを渡そうとして背を向けられた真夢は、それは大きな拒絶と受け取ったようだった。
ぶるぶると震えて、目に涙を浮かべている。
「あの……違うんだ。これは」
俺が弁解しようとすると、真夢は涙を堪えながら
「これどうぞ。八波さん」
そう言って荷物を下に置いた。
周りの空気が凍りついて、俺の思考は停止した。
だって、そうだろ。
まさかこんな事になるなんて思わなかった。
……八波さん?だと??
そんな呼ばれ方したの初対面以来だろ。弾でいい、そう言った時からずっと笑顔で名前を読んでくれてたのに。
色んな事が起こり過ぎてまた俺は間違える。
ほらな。やっぱりそんなわけねえじゃねえか。源三のバカ野郎が。
でも俺はもっとバカ野郎だけどな。
真夢は俺の事なんか……そう思った俺は。
「ありがとうございます、月野さん」
そう返した。
周りの空気はますます凍りついた。
するといつもは垂れ気味で大きな真夢の目がキッと吊り上がり俺を睨む。
「弾くん!!!」
涙を堪えながら俺に怒鳴った。
「何だよ!!お前がそう言ったんじゃねえか!!」
俺が言い返すと真夢は唇を噛んで我慢していたが、涙が頬を伝っていった。
源三達が慌てて間に入ってくる。
「おい、弾!お前、何言ってんだよ!?」
「何だよ。何かおかしかったか!?」
「おかしいも何も、今のはお前が悪いだろ!?」
「何でだよ!!間違ってねえだろ!?苗字で呼ばれたから苗字で呼び返しただけだ!!」
「ああ、間違いだらけだぜ!お前は何もわかっちゃいねえ!何でそうなったんだよ、お前が真夢に背を向けたからだろうが!!あれじゃ避けてると思うだろ!?」
確かにそれはそうかもしれない……真夢の顔を見ると、その通りだと言わんばかりに怖い顔と涙目で俺を睨んでいる。しかし源三は
「それにな、真夢も真夢だぜ。いくら頭に来たからってあんな事言ったら弾が傷つくに決まってるだろ!?八波さん、なんてよそよそしい呼び方したらよ」
珍しく俺のフォローをしてくれる。言われた真夢も黙って聞いている。
「なあ、お前らもそう思うだろ?」
源三が周りに声をかけると、皆んなが口々に「うん」「まあな」と言い始めた。
「あーーーもうお前ら見ててまどろっこしいったらねえぜ!いつまでも好き同士が仲違いなんてしてるんじゃねえ!!今ここで謝って仲直りしたらどうでい!!」
「「!!??!」」
す、好き、好き同士!!?
その言葉にそこに居た全員がギョッとした……が、やはり当人である俺と真夢は一際ギョッとして面食らった。
何を突然言いやがるんだ源三の野郎は!!?
見るからに動揺してるだろう俺が真夢をチラリと見ると、同じように真夢もあたふたとしている。
「え、源さん!?」
「源の字、それは……!」
カンナとミカも慌てている。この2人も慌ててるって事はまさか、マジなのか……!?
「うるせえ!いつまでもぐずぐずやってるコイツらが悪いんでい!もうこれくらいの荒療治が必要だろ!!」
荒療治にも程がある。俺はまだしも、真夢は絶対嫌だと思うぞ。
そう思って真夢を見てみたら、真夢も俺を見たのか目が合う。お互い一瞬固まったが、顔を真っ赤にして目を逸らす。
そんな……まさか……!?
「そっ、そんなわけ、あるか!!?だ、だって、好き、惚れてる相手にあんな事言うか!?」
テンパった俺はまた突っかかっちまった。
それを聞いた真夢がムッとする。
あ、やべ……何度目だこれ……
「弾、お前、ホントバカなんじゃねえのか。謝って告って終わりだったろ今のは」
「照れるのも大概におしよアンタ……」
「う……」
ホントだよな。何やってんだ俺は。すると
「そうだよね。弾くんは私に鬼頭組に行って欲しいんだもんね?好きな相手にはそんな事言わないもんね。きっと違うんだよ」
真夢がむくれてそっぽを向きながらそう言った。
「は??弾……お前、そんな事言ったのかよ……そりゃ真夢も怒る訳だ」
「ああ言ってた言ってた。アレは酷かったよね」
「弾くん…それはちょっと……」
源三もミカもカンナまで俺を非難の目で見てくる。確かにあれは俺が悪かったし、あれが今回のきっかけになったようなもんだけど……!
「可愛い看板娘さんとお昼食べ損ねて怒ってたのかしら、私が台無しにしたから」
ぷいと横を向いたまま今度は真夢が俺に突っかかる。
「何だと!?」
「ちょっと、真夢、アンタもこれ以上吹っかけんじゃないよ。バカがまた怒るだろ」
ミカが俺をサゲながら真夢に釘を刺す。何だこの言われようは!?
「バカとは何だ!!ほらな、あれのどこが好きなんだよ俺のこと」
「バカだろ!!こんなのただのヤキモチじゃないか。顔見てみな、真っ赤じゃないか。アンタもだけど」
俺が真夢をキッと見ると真夢は慌てて顔をさっと背けた。
「何だ、お前ら仲直りしたくねえのか!?もう勝手にしろ!」
源三が怒ったように言い、周りもやれやれといった感じだった。
「何よ!じゃあ今からでも行ってきたらいいじゃないすし源に!一目惚れしたって子に会いに行けば!?邪魔者は言われた通り消えてあげるから!!」
「何……!?」
真夢の言葉に俺がカチンと来て立ち上がると真夢も立ち上がって俺を睨みつける。
「まあ確かに可愛いよな、あいつは!お前ほどじゃねえけどな!!誰かさんが挨拶もなしに前の職場から居なくなったから、傷心の俺には余計そう見えたわけだ!!」
「何それ、私のこと!?派遣最終日現場に行って戻ってこなかった誰かの方が間が悪いんじゃないの!?私だってちゃんと挨拶したかったのに!!」
「おーい、2人とも、お互いの話をよく聞いてみろ〜」
周りは面白がっているようだが、熱くなっている俺達は聞こえていないしよく分かっていない。
「あーー!こんなことならホントにお前なんて放って寿司食いに行きゃ良かったぜ!!言われた通り今から行ってくっかな!?」
俺の挑発に真夢が反応する。ぐぬぬ、といった表情で
「好きにすれば!!私は次の更新で消えてあげる!!!」
真夢は大声で言った。
「何だと……真夢てめえ!!」
俺が怒りに任せて怒鳴ると
「なによ!!」
と負けじと真夢も叫び返す。
「バカなこと言ってんじゃねえよ。本当に怒るぞ」
「弾くんが言ったんでしょ!?」
「俺が本当にそんな事思うと思ってんのか!?」
「何それ!?」
「もういい加減にしなさい!」
カンナとミカの2人がヒートアップし続ける俺達の間に割って入って来た。
「あんたら2人は一体何を揉めてんだい?どっちの気持ちもよく考えなっての」
「真夢ちゃんに辞められちゃったらウチは困っちゃうよ……そんなこと言わないで?弾くんもだよ!?」
2人に嗜められ俺と真夢はう……と一瞬怯む。が、
「そうだよね、社長令嬢の前で何てこと……ごめんなさい、カンナちゃん。とりあえず私、事務所に戻るね。ここにも折角誘ってくれたのに、お邪魔だったみたい」
俺をジロリとひと睨みして真夢は言う。
「ふん!バカ言え、勝手にしろ!」
俺も捨て台詞を残してそっぽを向いた。
「全く……世話の焼ける連中だよ……」
「どうしよう……こんな状態のまま真夢ちゃんに抜けられたら……」
真夢もフン!とそっぽを向いて現場を出て行った。
その時だった。
ビュン!!
突風が吹いて、立てかけてあった資材が風に煽られ、大きく揺れているのが見えた。
「何だありゃ、危ねえじゃねえか、雑に置きやがった奴がいんな」
「本当だな、くくるなりしねえと。倒れたりしたら危ねえから直そうぜ、……?」
俺と源三がそう話している、まさにその時。
一本の資材が耐えられずぐらりと向きを変えたのを皮切りに、残りの資材も向きを変え、倒れて行くのが見える……その先に居るのは……
「危ね……!!!」
俺は叫ぶより早く走り出した。
「真夢……っっ!!!」
そこから先の事はよく覚えていない。
でも、見ていた景色がスローモーションだった事は覚えている。
資材がゆっくり倒れ先に選んだ場所には、俺が……
俺が、どうしようもなく惚れている女が居た。
そいつは自分に倒れてくる資材の方をゆっくりと見上げ、自分の危機を理解して、避けられないと悟ったようだった。
そして資材がその女を押し潰す直前───
ドスンッガラガラガラ……!!!
「きゃああああ!!!」
「真夢!!!!」
「弾!!!大丈夫か!!?」
源三たち三人が駆け寄ってくるのが聞こえた……気がする。
カラン、カラン、遅れて数本の資材が順番に俺の身体に衝撃を伝えてくるが、最初の一撃に比べたら何でもねえ。
クソ……流石にイッテえな……!!でも、これを受けるのが真夢じゃなくて良かったぜ……!
「真夢!!!」
覆い被さっていた真夢を腕から解放して無事を確認する。ギリギリ間に合った……と思いてえ。あちこち汚れちゃいるが、真夢は無事なのか!?
「あ……弾く……ん?」
真夢は俺を見上げて呆然としている。
「大丈夫か!!?……怪我はねえか!?」
俺がそう聞くと、真夢はまだ呆然としながらもこくりと小さく首を縦に振った。
よかった。間に合って。
「そっか、お前が無事で良かった……ぜ……」
「弾くん!!?弾くん!!!!!」
真夢の無事を確認すると、俺は意識を手放した。
薄れゆく意識の中、消えて行く視界に真夢が泣いているのが見えて、また泣かせちまった、でも真夢が無事で本当に良かった、そう思った。
