◆◆◆◆◆◆◆①弾side
昼休み。
今日は真夢、飯に来なかったな。
皆んなで一緒に食うようになってから、ほぼ毎日一緒だったのに。
午前中、俺と一緒に現場にいた源三とミカは分からないと言うし、真夢と同じ事務のカンナは何だか具合が悪そうだった、誘っても今日は無理かもしれないと言われた、と心配な事を言っている。
昼休み時間はまだ残っている。医務室か休憩室で休んでいるのかも、見て来てあげてと皆に言われて、何で俺が(勿論悪い意味じゃねえ。俺は真夢に死ぬほど惚れてるからな)……そう思いつつも、心配だし勿論そうしたいと思いまずは休憩室へと向かった。
どうしたのかな、ここにいるかな、そう思って事務所の休憩室を覗くと、そこには先客がいた。
真夢だ。
椅子に座って机に突っ伏している。
「おい、真夢?」
声を掛けるとピクッとしてゆっくり顔を上げる。
「……だんくん」
いつものキラキラツヤツヤの笑顔とは違い、いや肌は相変わらずキレーでツヤツヤしているが、目に見えてどんよりしている。顔色も優れない。
「大丈夫か?何かあったのか?」
「ううん……違うよ」
「具合でも悪いのか?」
「うん、ちょっとね……」
「そっか……あー、なんか飲むもん買って来るぞ」
「ううんいい……大丈夫だから……」
と言いながらまた机に突っ伏す。
これは重症っぽいな……。
暫く待った方がいいかも、と思って座っていた椅子の隣に腰掛ける。
「どう具合が悪いんだ?」
「えっとね……そのぉ〜……」
何か言いづらそうだな。
「言いたくないなら無理に言わなくてもいいぞ」
「ううん、それは別に大丈夫だよ。あのね……お腹と、腰が痛くてちょっと貧血気味なんだ」
うん?それって、もしかして……。
「生理なのか?」
「そうなの」
突っ伏したまま答える真夢。やっぱりか。てことは、
「そうか……初日?」
「うん、そう……初に……?」
俺の問いかけに素直に答えていたが、一瞬固まる真夢。
そしてゆっくりと顔を上げると、俺の顔をじーっと見つめてくる。
「何だよ?」
「ううん、何でもない。ただびっくりしてるだけ」
「何がだよ?」
「だって私、男の子にそんな事聞かれたの初めてだから……」
そんなもんか?そう思っていると、真夢の大きな瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
俺はそれを見て盛大にギョッとする。
「わっ!?真夢!?どうした!!?」
もしかして、俺なんかにカラダの女子事情がバレたのがそんなに嫌だったのか!?
だとしたらちょっと、いや結構ショックなんだけど俺!!
真夢はぶるぶると震えながら声を絞り出す
「……だね」
「え??」
何だ?聞こえねえ。聞き返すと
「……弾くん、彼女、いたんだね……」
と言った。そして更に涙をこぼしている。
はぁ!?
俺は呆れ返ってしまう。
何を言ってんだよコイツは。
「いねぇよ!そんなもん!」
いるわけねえだろ!!
自分で言うのも何だけど、生まれてこのかたそんなもんはいたことがねえし、なんなら初めてのそれになって欲しいのがお前なのに、何でそのお前がこんな事になってんだ!!
「えぇ?なら何で分かるの……こんなこと……」
ぐすぐすと泣きながら聞いてくる。
「そりゃ分かるだろ」
「どうして?」
「いや、普通に考えれば……」
と言いかけて言葉を止める。
あーダメだ。これ以上言ったら恥ずかし過ぎる。
でも、これだけは伝えないと。
「好きな女の事は、全部分かってやりたいじゃん」
そう伝えると、真夢はキョトンとした。
それから少し間を置いて、ボッと真っ赤になる。
あれ?俺今なんて?
ハッと我に帰ると、真夢の潤んだ大きな瞳と目が合う。
可愛い……あれ、俺!??!?
その瞬間、自分の発言の意味を理解して一気に顔に熱が集まってきた。
「あ、いや、その、今のは違くて!!」
慌てて否定しようとすると、真夢は少しむくれた様子で
「何だ……違うんだ……そうだよね」
と呟くと、また机に突っ伏してしまった。
俺はその様子を見ていて思わず苦笑する。
全くもう。困った奴だな。可愛すぎて。
「いや、違くもねえんだけどよ。ほらあの、俺妹いるし、そいつがそういうのもオープンに言うから、慣れてるってだけだ」
「アザミちゃん?ふぅん、そうなんだ……でも確かにうちのお兄もそうかもしれないね」
「そうだろ。だから気にすんなって」
真夢は納得したのかしていないのか、よく分からない返事をすると突っ伏したまま黙ってしまった。
拗ねてんのか?……もしかして、押せばイケたのか?俺、たった今、大きなチャンス逃した!?
でもまあ、こんなに弱った時にグイグイ行くのもアレだしな。
今は少しでも楽にしてやりてえ。って言っても俺に出来ることなんてねえけど。
「まあ、とにかく今日は出来るだけゆっくりしろよ、仕事するにしても。それとも、医務室行くか?」
「ううん、いい。薬飲んだし大丈夫だと思うから……今は効くの待ち」
「そっか。じゃあやっぱりせめてあったけえのでも飲んだ方がいいんじゃね?」
「うん、そうしようかな」
と言って立ちあがろうとするのを制止する。
「え?」
「そんくらい奢ってやるよ。お前コーヒー飲めないもんな。紅茶でいいのか?微糖のストレートだっけ?」
「うん、そう……」
俺は真夢を待たせて自販機へと向かった。
「ほらよ」
「ありがとう」
真夢は両手で缶を受け取ると、大事そうに抱えた。チキショー、いちいち可愛いんだよ!!
温かい飲み物を飲むとほっと一息つく。
「おいしい……少し楽になったかも」
「そりゃ良かったぜ。あと、戻ったら膝掛け忘れんなよ」
「うん、ありがとう」
「あんまりしんどいなら無理せず医務室行けよ。俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ」
「弾くん……もぉ、結婚してよぉ……」
「は?」
唐突過ぎて訳が分からずポカンとしていると、真夢はゆっくりと立ち上がり、デスクに戻ろうとする。
「おい、真夢?」
「弾くんがスパダリ過ぎてつらいから結婚してって言ったの!」
「おう、いいぜ。お前と結婚できりゃ俺の人生悔いはねえぜ」
「……だんくんのばか……。ちっとも分かってないんだから。もう休憩終わっちゃうよね。ありがとう、色々心配してくれて。好きだよ」
そう言い残し事務所に戻って行った。
「俺も好きだぜ」
いつもの台詞を真夢の背中に投げると真夢はジト目で俺を見て「んもう」と言った。
何なんだ一体……。
俺にはさっぱり意味がわからない。
真夢と結婚……出来たらそりゃ嬉しいけど、そもそも付き合ってすらいないしなぁ。
俺の好きはそれは重い超ヘビー級の恋愛感情で、真夢の好きは友情だもんな。
「あの好き、が、俺の好き、と一緒だったら話は早えのにな」
俺はそうふーっと呟いて缶コーヒーを飲み干し、休憩室を後にするのだった。
……一応午後は外出じゃなくて事務所作業にしてもらうか。ああ頼まれてもないのにこんなこと、俺って本当バカだよな。
でも真夢のためだ。仕方ねえだろ。
俺はあいつのためなら何だってしてやりてえんだよ。
「あ~、クソッ!マジで何なんだよ!」
俺の頭の中には、真夢の辛そうな顔ばかり浮かんでくる。
「何でもしてやりてえとか言って、俺に出来ることなんてほとんどねえんだけどな」
俺は頭をガリガリと掻きながら、自分の持ち場に戻った。
◆◆◆◆◆◆◆②真夢side
「お疲れ様です」
「はい、おつかれさま」
17時になり、退勤する人もチラホラ出て来た。私も今日は早めに上がらせてもらおうかな……
あれから薬も効いて来て、無事に退勤時間まで働けた。弾くんのおかげ……そう思う。
デスクに置いてある紅茶の缶を眺める。中身は全部飲んじゃったけど、お花でも買って来て飾りたいくらい。捨てるのが惜しい。
弾くん、よく覚えててくれたな、私がコーヒー苦手なの。微糖のストレートが好きだって。甘くてあったかい紅茶飲んだら、少し痛みが和らいだんだよね。
帰り支度をしながら、先程の事を思い出す。
『好きな女の事は全部分かっていたい』
好きな女の事は全部……か。
弾くんらしいと言えば、弾くんらしいな。
私も、弾くんのことなら全部知っていたいと思う。大好きだから。たった1人の大好きな男の人。
弾くんが全部を知りたい女の子……
しまった!!って赤い顔して誤魔化してたけど、私のことだったらいいのに……
彼女はいないってムキになって否定してたけどかえって怪しいような……ううん、でも弾くんを信じたい!だってそんな人がいたら困るもん!!
ドサクサ紛れで結婚してとまで言っちゃったけど、そもそも付き合ってもいないのに。
「私の好きと弾くんの好きが一緒ならいいのに……」
ぽつりと呟くと、目頭が熱くなる。やだ、生理中だから感情的になっちゃう……。
私の好きは1000パーセント愛情、弾くんの好きは友情。1パーセントでも恋愛相手として見てくれないかな……涙が溢れるのをグッと我慢する。
生理中だから……
「弾くんに、その事知られちゃったんだよね……」
そう呟くと、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。
はぐらかせばいいのに、変に真面目に正直に答えてしまった。
そりゃ弾くんの言う通り女兄妹がいれば少なからず知ってるだろうし、21歳なら基礎知識くらいはあるよね。
彼氏なら深い仲にもなって、その、あの、深い仲のエトセトラの中には生理周期だって大切になってくるだろう。
でも、私はただの友達。余計な心配かけちゃって申し訳ないな。
(でももし、さっきのが同じ友達である源さんだったら私は話してたかな?)
答えは分かってる。
弾くんだから、話してしまった。
友達だけど、私は弾くんが好きだから、特別。
大好きな弾くんなら、と、話してしまった。
「弾くん……」
そう小さく彼の名前を呼ぶと、胸がキュッとする。
会いたい。今すぐ会いたくて仕方がない。
「まだ、弾くんいるのかな……」
でも、もう遅いし迷惑になるよね。それに仕事で疲れてるのにこれ以上疲れさせたくない。
……一緒に帰るくらいは許される??
今日はあれから事務所の中で時折彼の姿を見た。
午後は現場じゃないんだ、事務所にいてくれるんだ、そう思うだけで心強かった。
源さんとミカちゃんは午後も現場だったみたいだけど、もしかし……ううんだめ、自惚れたらダメ。傷つくのが怖い。私って、ずるいよね……
でも、お礼くらいちゃんと言って帰りたい!
そう思った私はデスクの上を片付けて、荷物を纏めて立ちあがろうとした。いや、実際には立ち上がりかけたその時。
お尻が椅子から離れた時、やけにひんやりとした感覚がした。
嫌な予感。
まだ周りには人も結構いる。おかしいと思われないように、もう一度ゆっくり座り直して、手をスカートと椅子の間にそっと差し込んでみる。
「あ……」
指先には乾き切っていない血が付いた。
嘘でしょ……漏れちゃってるの!?
手には両側に血液が付いていた。てことは、スカートもだけど、椅子にまで……?
「ひぇ……」
思わず声が出てしまい、慌てて反対の手で口を押さえる。周りの人達は気づいてない様子。よかった……
どうしよう……このままじゃ帰れないよぉ……!
周りには男の人もいる。こんな所誰にも見られたくない。
バカだった。
ちょっと痛みが和らいだからって、午前中仕事にならなかった分も取り戻そうと夢中になって、こまめにトイレに行かなかった。
黒とか濃い色のボトムスならまだよかったのに、まさか今日から始まるなんて思ってなかったから淡いピンク色のスカートを履いている。
保険で下着にはナプキンを付けてたから助かったけど……重ねばき用の下着まで通り抜けちゃったんだ。
どうしよう。どうしよう。。どうしよう……!!
スマホで誰か女の子を呼ぼうにも、スマホは今日に限ってロッカーにある。
ギリギリ席からコンタクトが取れそうなカンナちゃんは、今日は用事があると言って定時すぐに帰ってしまった。
ミカちゃんは現場。スマホはロッカー。周りには、みんないい人だけどとてもこんなことは言えないような人たち。
どうしよう。どうしよう……
座ったまま固まっている。
じきに誰かに「あれ?月野ちゃん帰らないの?」と言われてしまうだろう。手も汚れたままだ。
泣いたって仕方ないしますます首を締めるのに涙が滲んでくる。
弾くん……
弾くんのことが真っ先に浮かぶ。
助けて欲しいけど、弾くんも男の人。しかも彼氏じゃない。
きっと、困らせちゃう……よね。
でも……やっぱり、弾くんに傍にいてほしい……
弾くん……弾くん助けて……!
「真夢ー!」
その声にハッとする。弾くん。弾くんの声。
「弾くん……」
顔を上げると、向こうから弾くんがやって来るのが見えた。本当に弾くんが来てくれた。
でも、こんな状況。弾くんだって引くかもしれない、いや引くだろう。
それでも、状況なんて何一つ変わらないのに、泣きそうなほど嬉しい。
「まだいて良かったぜ、真夢」
「弾くん……」
「送ってこうと思って。帰り支度してんのか、だったら早く行こうぜ」
呆然と弾くんを見たままの私に弾くんは少し怪訝な顔をする。
「……どうした?お前、顔真っ青だぞ。まさかまた無理して仕事しすぎたんじゃ……」
私の事を心配してくれる。優しいな。確かにちょっと無理はしたんだけど。
「違うの……」
そう言った私に
「違う?じゃあ何で……」
弾くんは言いかけた所で私の手が視界に入ったようだ。
「あれ、お前それ……?」
と目を見開いた。
弾くんの目線を追うように自分の手を見ると、そこにはさっきと変わらず血がついている。
私は、何も言えずただ黙っていた。
「もしかして、その手が理由で立てないのか」
弾くんの問いかけに黙って頷く。
すると、
「早く買いすぎてぬるくなっちまったが、丁度良かったぜ。悪い、真夢ちょっと我慢してくれよ」
「え?」
弾くんは周りには気付かれないように私を椅子から少し立たせるとほぼ同時に、椅子とスカートの汚れた部分に向かって持って来てくれていた飲み物をかけた。
甘い匂い……これはコーヒー……じゃなくてココア?
「きゃっ……」
思わず悲鳴を上げてしまった。
「悪い!熱かったか!?」
「ううん、そんなことない……」
弾くんは大声ではなく、ごく自然なトーンで続けてくれる。
「ワリ!!手が滑っちまった!ごめんな、ホラ、こんなんで悪いけどこれ巻いてトイレで待ってろ」
そう言って私に着てたタンクトップを脱いで差し出してくれる。
「え……でも、これも汚れちゃう……」
戸惑っている私に小声で
「そんな事気にすんじゃねえ。あんま長くはごまかせねえから早くトイレ行け。ミカなら話してもいいか?」
「うん、勿論……」
「じゃあスマホだけもって個室で待っててくれ。寒くて悪いけど少しだけ我慢してくれよ、すぐミカ向かわすから」
そう耳打ちすると、
「ここは俺が片付けるから早く行け」
と他の人が疑問に思わない様子で話してくれる。
周りは「何だ?どうした?」とか言ってる人もいるけど「何か弾が下手こいたみたい」「何かこぼしちゃったみたいだよ」とか、私のことは皆気にしていない。
弾くん、ありがとう……!
私は言われた通り弾くんのタンクトップを腰に巻いて、急いでスマホだけ取ってトイレへ向かう。幸い誰にも会わず、遠目で見てた人もさっきのやり取りをわかってたようで誰も不審な目で見てこなかった。
トイレの個室でへたり込む。
タンクトップを見ると、私の汚れ……はついてないみたいだけど、ココアはあちこちについてしまっていた。
私の大好きな弾くんの、大好きな炎柄のタンクトップ……汚してしまった罪悪感と申し訳なさ、そしてそれ以上に、自分が弾くんのモノになったような、弾くんに包まれているような安心感があった。
弾くんが買ってくれたコーヒーなら飲めるけど、やっぱりコーヒーじゃなくてココアにしてくれたんだね。
もう、どうしようもないくらい好きになっているのだと改めて思う。
来てくれて、助けてくれて本当にありがとう。
弾くん……大好き……!!
◆◆◆◆◆◆◆③真夢side
しばらくしてミカちゃんからメッセージが届いた。
『真夢、いるかい?』
ミカちゃんもすごく早く来てくれた……本当にありがとう……!
『うん、一番端っこの個室にいるよ』
そう返信すると、カツカツと聞き慣れた足跡が近づいて来て、私のいる個室をノックする。
「真夢、ここかい?」
私は鍵を開けてドアを開けると、ミカちゃんは心配そうな顔をして私を見る。
「大丈夫かい、真夢……!」
「……う、うん……なんとか……」
「本当かい……?災難だったね。ホラこれ、必要なものまとめてきたよ。この紙袋は汚れちゃったものを持って帰るのに使って。中にビニールも入ってるから」
「ごめんね、ミカちゃん……こんなこと……」
「何言ってんの!こんな事くらいなんてことないよ。それに嫌なら引き受けないしね」
ミカちゃんは明るく笑いながら言ってくれる。
「今はコンビニで下着も買えるもんね、便利になったもんだ」
「……ミカちゃん私より年下だよね??」
すごく姉御肌でしっかりしてるから年下なのにお姉さんみたい。
「あはは!そうだよ!だからそんな大変なことはなかったから心配しないで、って話。ボトムは私のを持って来ちゃったけど、洗ってあるからいいだろ?ウェットティッシュみたいなのも入れといたから使ってね。ナプキンも入れといたから」
本当何から何まで……
「ありがとう、本当に助かるよ……私一人だったらどうしていいかわかんなかった……」
「アタシのことはいいんだよ。それより早く着替えて弾のとこに行ってやんな」
「え……弾くん?」
ミカちゃんがすぐ来てくれたとはいえ、あれからそこそこ時間は経ってる。
弾くん、もう帰ったんじゃないの……?
「ああ、まだいるよ。真夢のことを待ってる。あ、これ言うなって言われてたんだった」
ごめん、黙っといて、とミカちゃんが笑う。待ってると言うと私にプレッシャーがかかるだろうから黙っとけ、と言われていたそうだ。
「う………」
情けないやらありがたいやらで泣けてくる。
嬉しい方が勝ってしまうのは私が単純なのか、それともそれだけ弾くんが好きなのか。そんなの決まってる。
「よしよし、泣くんじゃないよ」
「うん、ありがとう……」
ミカちゃんが慰めてくれる。色々我慢してた分が堰を切る。
「うえーー〜……ぐすっ」
「大変だったよね。でもダメじゃないか、薬飲んでよくなったからって根詰めたりしたら。生理中なんて特にさ」
そう言いながらもミカちゃんは私の頭を撫でて優しくしてくれる。
「うぅ……ごめんなさい……」
「謝んなくていいよ。ほら、とりあえず早く着換えちゃいな」
そう言ってくれたミカちゃんの言葉に甘えて、私は服を脱いで新しい下着をつける。
汚れ物をビニール袋に入れて、飲み物だけで汚れた弾くんのタンクトップは紙袋の中に入れる。
そして個室から出るとミカちゃんが待っててくれた。
「サイズ大丈夫?アンタ細いから」
「全然大丈夫だよ!ミカちゃんの方が細いでしょ」
「そうかな?まあ、お互いナイスバディってことで」
「……ミカちゃんのおっぱいには負けるけど……」
そう言うと「なんだいこの子は!」と言って頭をくしゃくしゃされる。そして少しは元気になって良かった、と笑ってくれる。
手を洗おうとすると、紙袋から弾くんのタンクトップがチラリと見えて……また涙が出そうになる。
手を洗いながら涙ぐむ私の肩をポン、と叩いてくれて
「ホラ、さっさと行く!あんまり弾を待たせちゃ悪いよ。あんなんでもさ」
と揶揄いながら背中を押してくれる。
「うん、でも、でもね……」
申し訳なさすぎて、そう言って泣くとミカちゃんは
「真夢の気持ちはまあわかるよ。でも弾は自分の意思でやってくれたんだから気にしなくていいんだよ」
そう言ってくれる。でも……
「でも、でもね……それだけじゃなくて、こんなに優しいと私、勘違いしちゃう」
「勘違い?」
「こんなに色々してくれて、もしかしたら弾くんも私のこと……って……バカみたいだよね。弾くんはただ優しいだけなのに、迷惑かけて勝手に勘違いまでして……」
「勘違い、ねえ……」
ミカちゃんは私を慰めながら、何か考えているようだった。そして決心したように
「あのね、真夢。勘違いかどうかはアタシからは言えないけどさ。本当にただ優しいだけで弾がここまでやると思う?」
そう聞いてくる。
え?どういうこと?違うの?
何も言えずミカちゃんの顔を見つめていると、ミカちゃんはふーっと息を吐いて話す。
「これも言うなって言われてんだけどね。あのね、真夢の椅子を掃除したのも弾なんだよ」
「え!!?」
椅子って……私が汚しちゃったあの椅子?上からココアもかけてくれたあの椅子だよね……?
「掃除の人に頼んで、もし飲み物の汚れだけじゃないってバレたりしたら真夢が可哀想だからって。しかも男の人が来るかもわからないからって。掃除用具借りて来て弾が全部綺麗にしたんだよ」
「そんな……何で……」
「何でだと思う?ただの友達にここまでするかな。いくら優しくても。これが例えば源の字だったらここまでしてくれると思う?」
「それは……」
源さんが助けてくれたとしたら。もし助けてくれたとしても、掃除まではしてくれたかな……
「これでもまだ勘違いかもって思うかい?」
「でも、でも、……」
煮え切らない私にミカちゃんは
「もう全て言っちゃったようなもんだけど、これ以上はアタシからは言えない。弾に直接聞いてみな」
そう言って私を送り出してくれる。
「うん……あのね……」
「うん?まだ何かある?」
「フラれたら、慰めてくれる……?」
そう言うとミカちゃんは心底呆れたと言うような顔をして
「まだそんな事言ってんのかい!?分かったからさっさとお行き!!」
怒るもんだから私は慌てて
「わわわ分かった!!ありがとうミカちゃん!!本当にありがとね!!」
そう言ってトイレから飛び出した。
残されたミカちゃんは。
トイレで1人はーーーっとため息を吐く。
「何でだって?そんなの……好きだからに決まってるからじゃないのさ。本当に2人して鈍くてやんなっちゃう!」
そう言って呆れているのを私は知るはずもなかった。
◆◆◆◆◆◆◆④弾side
「よし、こんなもんか」
真夢の汚れちまった椅子を綺麗にして、床もついでに拭いた。ココアなんてぶちまけたもんだからコイツが取れないの何の。おかげで真夢の汚れは全然わかんなくなってたからまあ良かったぜ。
定時推奨デーなのが幸いして、周りはもうみんな退勤して俺しか残っていない。不審に思う奴もいなかった。半裸のままでいるのは流石にまずいだろうから、ロッカーから予備のタンクトップも出して来て着替えた。
「弾、ドジだな」とか「可愛い子の可愛い服を汚すなよ〜」とか、中には「手伝おうか?」と言ってくれる奴もいたけど、それは感謝だけして遠慮した。
真夢の、しかもこんな事をするのは、俺だけでいい。
「真夢……大丈夫かな……」
俺がここに来た時。真っ青な顔をしてた。きっとどうしたらいいかわかんねえを通り越して泣きたかったんだろう。
「もっと早く来てやれば良かった……」
退勤してすぐに来たんだけどな。飲み物なんて買わずにすぐ来れば良かったかな。
でもあれがあったから付け焼き刃的に誤魔化せたわけだし……とか色々考えてもしょうがねえか。
俺に見られた、知られたこともショックだったろうな。初めからミカに頼めばよかったかな……いや、だからもう過ぎたことだっつの。
でも。ショックと恐怖で呆然としていた真夢が俺を見た時。
少し、ほんの少し、ホッとしたように見えたんだよな。
それを見て俺は思った。
ああ、良かった。俺で少しでも安心させてあげられるなら、良かったって。
「はあ……我ながら女々しいな……」
そう言いながらも、真夢のことを考えると顔が綻ぶ。
あいつのことを考えると、胸の奥の方がキュッとなる。
俺が彼氏だったら、何から何まで全部俺がやってやれるのに。そう出来ない事がもどかしい。
……なら何で俺は言わねえんだろう。
お前が好きだ。って。
情けねえ。もうそろそろ潮時かもな。
告白か……出来っかな、俺に。
好き過ぎると何も出来ないもんなんだな。
「…………はあ」
ため息をついたその時。
「弾くん」
胸をキュッとさせる声が背後から聞こえる。振り返るとそこには
「真夢……」
「ごめんね、遅くなって」
俺のただ1人愛する女がいた。
「大丈夫なのか?」
「うん、もう平気。心配かけて本当にごめんなさい」
真夢が頭を下げる。
「いや、謝るのはこっちの方だ。変なことさせちまって本当に悪かった。服は弁償すっから」
「ううん、そんなの全然いいの!元はと言えば私が汚しちゃったせいだもの。それに……その、嬉しかった……」
嬉しい?そんな風に思ってくれるのか?
いらんお節介しちまったかな、とさえ思ってたのに。
真夢は潤んだ目で俺を見てくる。その目はヤベェだろ……!
「弾くん、私ね。さっき、本当にどうしようかと思った。恥ずかしくて、悲しくて、何も出来なかった」
今にも泣き出しそうな顔で真夢は言う。そりゃそうだよな。
「その時思ったの。弾くん、助けて、って」
「え……」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「そしたらね、本当に弾くんが来てくれたの。それまで泣きたいくらい恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しくて泣きそうだった。弾くんが助けに来てくれたことがすごく嬉しかった。だから、だからね……」
真夢の顔が赤く染まっていく。
「だから……勘違いじゃなければいいなって思っちゃった……」
「勘違い?」
何のことだよ。勘違いって。
「弾くん。こんなことさせちゃってごめんね。……こんなの掃除するの、気持ち悪かったでしょう」
何だ?俺が掃除したのがバレてんのか?ミカの奴が言ったのか?あのヤロー、黙ってろって言ったのに……!!
それより何だ、気持ち悪いって。
「気持ち悪くなんかねえよ」
そんな事を思うならこんな事しねえ。
そもそも他の奴なら、ここまで……そう思っていると
「ありがとう、弾くん。そんな風に言ってくれて。あのね……教えてほしいの。もし、他の女の子が同じように困ってたら、弾くんは同じようにしてた?」
そう聞かれた。真夢は祈るような表情で俺を見つめている。
同じようにする?助けるか、ってことか?
まあ……それは……
「そうだな。助けるは助ける、かも知んねーけど……」
俺そこまで言うと一度言葉を止めた。
真夢の表情が一瞬翳りを見せる。
誰にでもこうするって思ったのか?
違えよ。誰にでもやるかよこんな事。
俺はお前だったから、大好きな真夢だったから……
「他の女だったらここまではしねえよ」
ハッキリと伝えると真夢の表情から翳りが消える。
「本当?」
「ああ、本当だ」
「じゃあ何で?私にここまでしてくれ──」
決まってんじゃねえか。そんなこと。
真夢の言葉を遮るようにして
「お前が好きだから!!」
言ってしまった。とうとう。
今までずっと抑えていたものを。
それを聞いた真夢は目を丸くして驚いたような顔をしている。
俺はその丸くなった真夢の目を見て続ける。
「俺は……真夢だからここまでしたんだ。お前だから、お前にだけ、してやりたかったんだ。お前のことならしたい、苦じゃない、そう思った。だから気持ち悪いわけねえだろ」
そう言ってやった。
「好きは好きでも友達じゃねえ、愛してる、の方だぞ!俺が好きなのは真夢、お前だけだ!!」
ああ、言っちまった。もう後戻りはできねえな。
それを聞いた真夢が
「弾くん……!」
泣きそうな顔で俺の名を呼びながら……
俺に抱きついてきた。
「わっ!?」
俺は慌てて抱き留める。
何が起こってる!?真夢が、真夢が俺の胸にしがみついてる!?!
嬉しいに決まってるがそれ以上に驚きの方が先に来てどうしていいかわかんねえ!!
「ごめんね、弾くん、急に、こんな」
真夢は途切れ途切れになりながら俺の胸に顔を埋めて話す。心拍数が上がる……どころか心臓がはち切れそうだ。
「でも、でも私……もう、我慢できなかったの……!」
我慢できない?
何を……まさか、俺に抱きつくのをか!?
真夢の肩が震えている。泣いているのだろうか。
「真夢……?」
俺は真夢の頭を撫でてやる。するとより強く俺にしがみついてきた。
「弾くん、好き……!」
「え……」
「私も、弾くんのことが、男の人として、恋愛感情で大好きなの……!!」
そして真夢はゆっくりと顔を上げ俺の目を見る。涙で濡れた瞳に吸い込まれそうになる。
俺の事が好き?そう言ったのか??本当に!!?
「他の女の子なら助けても、掃除まではしなかった?」
俺にしがみついたまま、真っ直ぐな目で言う真夢。
「しない。絶対に」
「本当?ミカちゃんやカンナちゃんでも?」
「あたりめーだろ!!掃除してんのバレてるみたいだから言っちまうけど、他の奴なら助けを呼ぶまではするけど、自ら進んで掃除なんてしねえよ。しかも、その……こんな案件だろ!?ミカやカンナなら源三に任せるぜ。そもそも何度も差し入れしたり、現場の予定を変えたり……あ、やべ」
「やっぱり本当は午後も現場だったんだね」
ダセェ、勢い余って言っちまった。
「そうだよ……でも、どうしてもお前の近くにいたくて無理言って事務所にいたし、何度も様子見に来てた」
「何で?」
何で??そんなの決まってるだろうがよ!!!
「真夢が好きだからだよ!!」
俺がそう答えると真夢はまた俺の胸の中により強くしがみ付く。
か、可愛い……!つか、堪んねえ……!
すげえ好き、いやそれ以上だ。
これが愛しいってやつなのか?
我慢できなかった、そう言って俺に抱きついて来たよな。
俺ももう我慢できねえ……!
動けないくらい強く抱き返そうとすると、
「良かった。私と同じだ」
そう言いながら真夢が笑う。
「同じ?」
まだ動ける真夢は俺を見上げて
「うん。私も同じだよ。弾くんだから、弾くんにしか助けてもらいたくなかった。こんな恥ずかしい事、見られたくないはずなのに、弾くんにだけ助けて欲しかったの……だからね、助けてくれてありがとう……!」
「真夢……」
「弾くんの事が、好きだから」
「真夢!!」
もう無理だ。
俺も強く真夢を抱きしめ返す。真夢が小さく呻く。
「苦しいだろ」
「うん、ちょっと」
「だけど離す気にはなれねえ」
「離れたくないからいいよ」
そんなこと言われたらますます離せねえだろ。離さねえけど。
やっと、やっと手に入れたんだから。
「弾くん。私の、あんなことを見ても嫌いにならないでくれてありがとう」
「なるわけねえだろ。こんな事くらいで冷めるような気持ちじゃねえ」
「嬉しい……」
そう言って俺の胸に擦り寄る。
「俺の方こそ、お前に嫌がられてなくて安心した」
「嫌がる?どうして?私は弾くんのこと大好きなのに」
「ちょっと、出過ぎたマネしたかなって……」
生理だって分かった時も動揺してたのに、それに加えて掃除までしちまって。
「汚いって思わなかったの?嫌だって」
「全然」
「何で?言ったって血だよ、しかもさ……その……」
「大丈夫。真夢だから」
それを聞いた真夢は一瞬驚いた顔をした後すぐに笑顔になった。
「んふふっ、本当かなぁ」
真夢は笑っているけど俺はマジなんだぞ。他の奴ならここまでは出来ないけど、それがお前なら別なんだよ!
「弾くんになにかお礼をしなくちゃいけないな……」
「別にいらねえよそんなもん」
「なんでよお、こういう時には素直にありがとなって貰うもんだよ?」
「真夢に限って俺の愛は無償だからな」
我ながら恥ずかしい事を言っている自覚はあるけれど、真夢は笑ってくれた。
「ありがと」
そう言って俺の胸に顔を寄せる。そして上目遣いで俺を見つめる。
またそんなことしやがって。俺の理性が持たなくなるだろ!
あ、じゃあ……
「一つ思いついた」
「えっ?!なになに?」
パッと明るい表情になった真夢に内心ドキドキしながらも平静を装って聞いてみる。
「……キスしていいか?」
「だめ」
だっ!!?!だめ!!!!?
この流れでだめなんてことあるのかよ!!?
ウッソだろ、両想いって分かってお互い好きだって言って抱き合って上目遣いで見つめ合った挙句ダメなのかよ!!
「……何で?」
ショックを隠しきれず思わず声が低くなった。
すると真夢はふわりと微笑み
「……私がするから」
は……?
真夢の唇が俺の唇に触れる。柔らかくて温かい感触が伝わってくる。
「え……」
俺が驚いている間に真夢は俺から離れた。
「どうだった?」
「え、あ、ああ……柔かったです……」
「感想それだけ??もっとなんかないの?」
「あったかも知んねーけど、頭真っ白になって何も思い浮かばなかったわ!」
正直なところを言うと真夢は少し不満げな顔をしていた。
「じゃあ、もう1回する?」
「します」
今度は俺からする。真夢を座らせていた椅子に2人分の体重がかかってギイ、と音を立てる。
「うおっ、あぶね……痛くないか?」
「大丈夫だよ。弾くん、私、今すごく幸せ」
「俺もだよ」
「ずっと一緒にいてね」
「当たり前だろ。死ぬまで一緒だ」
「死んじゃったら?」
「天国でも地獄でも追いかける」
「そっか」
そう言って真夢は笑う。
「真夢は俺の事好き?」
「うん、大好き」
「俺も好きだよ」
「知ってるよ」
「恋愛で?」
「もちろん。性的な目でしか見てません」
「おま……言い方……」
「んふふ、間違えた」
その間もずっとキスをし続ける。
ちゅっ、んちゅっ、ちゅぱっ、キスの音が真夢のデスクを中心に10分以上鳴り続けている。
「もう、明日からここで平常心で仕事できないじゃん……思い出しちゃう……」
「俺も、ここに来たらそれだけで勃っちまいそう」
「もう!そんなこと言って!!」
「はい、すいませんでした」
怒られた。かわいい。怒った顔もかわいい。
「なあ、もう一回したい」
「いいよ」
真夢は目を閉じて唇を尖らせる。俺はその唇に自分の唇を重ねる。
「んぅ……」
「んむ……」
「ぷはぁ……」
「はぁ……」
「ねえ、弾くん」
「何だ?」
「私、やっぱり弾くんのことが大好きみたい」
「奇遇だな、俺もだよ。真夢、俺と付き合ってくれ」
「これだけキスした後に??まあもちろんだけど。これからもよろしくね、弾くん」
「こちらこそ」
そんなふざけたやりとりもすぐにお互いの唇に飲み込まれていく。
「真夢」
「なに?」
「愛してる」
「うん、知ってる。ありがとう」
そう言って俺たちは笑い合う。
俺は真夢が好きだ。
だから、俺はどんな時だって真夢の味方だし、真夢を守る。
例えそれが、この世の終わりだったとしても、俺は真夢を守り抜く。
俺は、真夢を愛しているんだから。
真夢を抱き寄せて耳元で囁く。
「この生理が終わったら100回抱くから覚悟しとけ」
「だめ」
まただめなのかよ!!?
あれ、でも待てよ……いやこれは……
「1000回ならいいよ」
「!!!!!!」
そう言って俺を煽った真夢に首筋を強く吸ってやった。一応人から見えない所に、薄目に痕をつける。
「ひゃあっ!?」
「そんな事言う奴にはお仕置きだ」
「ちょ、ちょっと弾くん?!」
「今日はこれで我慢する。終わったら1000回、頑張って耐えてくれよ?」
「ひえぇ……!」
こうして、弾と真夢は恋人同士になったのだった。

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