だんまく the First①

「弾くん好き!」
「おう、俺も好きだぜ!」

 今日も繰り返されるその言葉に、私は焦れる。

 この鈍感なイケメンは、何度好きだと言っても同じ答えを返してくる。
 本当に、鈍感男!
 それともわかっててはぐらかしているの?
「ねぇ、弾くんって好きな人いるの?」
「え? なんでそんなこと聞くんだよ」
「私ね、気になる人いるんだ」
嘘はついていない。私の気になる人は目の前にいるのだから。私だけの超絶素敵な王子様、出会った時からずっと大好き。
だけど弾くんには届かない。私の恋はどこへ向いているのだろう……。
「へぇ……誰なんだよ」
そんな王子様の若干声が引く、顔が険しくなることに気づいてない私もまた、相当な鈍感女だったと知るのは、もう少し後の話。
「あれ、気になる?」
「まあな」
『まあな』の三文字、それで喜ぶ私はこんなにも分かりやすいのに、どうしてなの??
それは弾くんも冒頭通りに超絶鈍い鈍感男だから。これもまたちゃんとわかるのはもう少し後の話。
「でもな」
「ん?」
私の頭にポン、と手を置いて、弾くんは言った。
「俺は、お前が好きだぜ?」
「え?」
「お前が俺のことを好きでも嫌いでも」
「え?え??」
「俺はお前が好きだよ」
そう言って笑った彼は、私が今まで見た中で一番カッコ良かった。
「弾くんって……本当に鈍感だよね……」
「は?なんだよそれ!」
「もう知らない!」
私は彼の手を振り払って、走って逃げた。
 だって顔が熱いんだもん!こんなの私、隠せる自信ないよ!!

逃げてる足が止まって、少し離れてから。

「あ……そか、好きって、いつもの好き、か……なのに私ったら勘違いして……」

「……好きな奴がいるなら、俺みたいな奴に好きだなんて軽々しく言うなよな。勘違いしちまうだろ……まあ俺は分かってっから大丈夫だけど」

二人してこんなことを呟いているのを。
私と弾くんだけが分かっていなかったのを知るのは、もう少し後の話。

-—*-—*-—*-—*

(あれ………?)
 ここどこ?

 ある朝目を覚ますと、見慣れない天井が近視の目に飛び込んでくる。
目が悪くても、ここが自宅や仲のいい女友達の家ではないことはすぐに分かった。
 んん!?どゆこと!!?
 まさか……まさか私、何かやらかし……
バッッ!!と自分の身体を見ると、大きめなTシャツを素肌に一枚、それにパンツというあられもない姿。
 え、私……まさか……
ダラダラと冷や汗が出そうな顔を両手で包むと。
「んん……!?メイク、落としてる……??」
こんなトンデモ状況なのに、自分がメイクを落としていることが感触で分かる。
 一体何なの??何でこんな中しっかりポリシー守ってメイク落としてから寝てんの???
 ていうか、ここどこなの!!?
見慣れない場所だけど、何か知ってる場所のような気もする。アパート?マンション?若い人が一人暮らしをしそうな部屋。ほんの少し物が雑に置かれていたりするけど、基本的には綺麗な部屋で、生活感もある。
 ただ、この部屋の感じ、若い女の子の部屋ではないような……近眼だからあまり見えてないけど、男の人の部屋って感じが……いやだから、どうしてそんな所にこんな格好で私はいるのよ!!?
 昨夜。昨夜は何してたんだっけ……えーと、えーと……確か……
昨夜は確か、いつもの皆んなで飲みに行ったはず。お酒にはそこまで弱くも、そして強くもないけど、記憶が無くなったことなんてないのに。
 それからどうしたっけ??
確か昨日はすごく私気合いが入ってて、それを皆んなも応援してくれて……
ぼんやり記憶を蘇らせながら、私は何とか状況も把握しようと務める。
「目見えない……しっかりコンタクトまで外してるって何なの……?メガネは……ていうか、私の服は……?」
ぶつぶつ小声で独り言をいいながら起き上がろうとすると。
「起きたのか」
「ひぃやッッ!?!?」
急に声をかけられて、思わず変な声が出てガバッ!!と飛び起きる。
「あっ、バカ!そんな急に起き上がったりしたら……」
 ズキンッッ!!!
「!!!?!」
鋭い刺激痛が下半身に走る。
「くぁ……ああ……っ、ううっ……」
「あああ、だから言わんこっちゃねえ……!」
そう言って声の主は慌てて駆け寄って来てくれる。
 メガネが無くても分かる。
 この声を、私が聞き間違えるはずがない。
近視の視力ではボヤけていたシルエットが、くっきり見えるまでに近づいてきて、私を優しく抱き起こしてくれる。
「大丈夫か?真夢」
「だ、弾くん……うっ!」
「大丈夫か?まだ痛むか?」
そりゃそうだよな、と申し訳なさそうにしながら、優しく私の身体を支える。
「ちょっと待ってろ、水持ってくる」
そう言って急いで出ていこうとする彼のシャツを思わず掴む。
「お?どした?」
「……行かないで」
「え?」
「……傍にいて……」
私がそう言うと、彼は少し笑って再び隣に座り直すと、私の肩を抱き寄せてくれた。暖かい体温がじんわりと伝わってきて安心する。そして私と同じボディーソープの匂いのする彼を感じ取り、自然と甘えるように擦り寄ると、彼の左腕が私を優しく包み込み、そして右手は頭にそっと添えられる。
 何なのこの状況??そしてこの痛み??
 全く分かってないけど、棚から油田が湧いたようなこの事象に全力で乗っかってみます、私。
 ああもしかして夢見てるのかな、なら一生覚めたくないなあちくしょおお!!……
とか思っていると、また座った部分がズキンと痛む。
「いった!うう、何でこんな痛いの……?」
「覚えてないのか?」
「え……何を……?」
「何を、って……そりゃ……」
「?」
「……いや、覚えてないならいいんだ」
「え、何なの?教えてよ!」
私が食い気味にそう言うと、彼は少し言いにくそうにして。そして私の耳元に口を寄せてそっと囁く。
「お前……昨日、俺に抱かれたんだよ」
「……は??」
私は思わず素っ頓狂な声を上げる。
 今なんて言った??このイケメンは何て????
「だ、抱くって……その……」
慌ててジタジタすると、また例の痛みがズキンと襲う。お尻周りが痛いと思ってたけど、痛むのはまさか……そう思っていると、痛みとはまた別の感覚が同じ箇所から伝わってくる。
 じゅわ……
「!!!?」
(この感覚、この感覚……まさか!!?生理来ちゃった!!?)
月一で付き合っているその感覚に、私は思わず顔を真っ青にして布団を覗き込む。
「どうした?」
「え、いや……なんか、その、ちょっと、じわってして……」
しどろもどろになりながらオブラートにも包めないでそんなことを言うと、弾くんの顔が赤くなる。
「そっか……申し訳ねえ……どれ」
そう言って布団をめくろうとするので、私は慌ててそれを静止する。
「ええっっ!?見ちゃだめ!!!」
「いや、だって気持ち悪いだろ?」
「んええっ!?そりゃそうだけど……なら尚更だめ……あっ!!?」
ぶぁふ、と布団をめくられた私は、血の付いた敷布団を想像していたのだけれど。
「あ、あれ?血じゃない……?」
そこには思い描いていたような血だまりはなく、私は何が何だか分からないで呆然とする。そして血ではないけど、確かに私の座っている所が少し濡れていて、どちらにせよ弾くんの布団を汚してしまっている。
「弾くん、ごめ……」
泣きそうな声で弾くんを見ると、弾くんは顔を赤くして私を見ていた。
「何で真夢が謝るんだよ。お前何も悪くねえし」
「え??でも……布団汚れて……」
「そうさせたの俺だし。それに、やっぱり少し血も混じってんな。申し訳ねえ……」
今度は弾くんが泣きそうな顔で私を見る。
どういうこと??と身を動かすと、更にゴプッと血が出る感覚がして、私は慌てて内股にした。そして恐る恐るその箇所を見る。
血が出る感覚があるけど、血じゃない。いや、弾くんの言う通り、少し血の混じった白濁液がドロッと垂れてくる。
「う、わ……何これ……」
全く覚えのない光景に呆然としていると、弾くんが私の腰を支えて引き寄せる。
「どんだけ出したんだ……申し訳ねえ」
「だっ!?えっ!!?」
「何回かは辛うじて外で出したんだ。でも、最後の何回かはお前、足で俺の腰にしがみついて離れなくて……その、一回も外で出せなくて……」
「な、なな、そっとっ!?!?」
衝撃の事実に私が絶叫すると、弾くんは本当に申し訳なさそうに私を見た。
「覚えて……ねえよな」
「え、と………」
 何なの私、何でそんな人生においての大肝心なことを覚えてないの??ばかなの???
 何度も言いますがお酒で記憶を無くしたことなんてないのに、何で今回に限って記憶ゼロなの???
でもこの状況、弾くんが嘘を言ってるようにも思えない。そんなことしたって何の得にもならないし、弾くんがそんな嘘つくはずない。
この素肌に一枚着てるTシャツは、おそらく弾くんの……ぐああああ何でよ、彼シャツに至ったまでの経緯を教えてよ私ぃ!!?
それに、やっぱり私には少し大きいシャツの首元から覗く胸元やふと見た二の腕に、何か所も軽い噛み跡やキスマークがある。
 これは確実に弾くんが私に付けた痕……だよね??
「あ……弾くん……あの……」
私は恐る恐る口を開くと、弾くんは少しバツが悪そうに私を見る。
「……ごめん、俺、お前を抱いた」
「う……うん……」
「お前、昨夜は珍しくかなり酔ってたのに……それなのに、お前の言葉を真に受けちまって……俺は……」
そう言って弾くんは悔しそうに目を伏せる。
 あれ?何これ、弾くんが自分を責めてる??
 何でそんな事になるんだろう。少なくても、弾くんが私を傷つけるようなことはなるはずない。だって……
(あれ……)
ほんの少し、昨夜のことが頭に戻ってきた。弾くんは苦しそうに口を開く。
「俺は……真夢をただ抱くだけじゃなくて……」
「待って、弾くん何も悪いことしてないよ」
私は弾くんのシャツの肩口をぎゅっと掴んで彼を覗き込む。
「何も悪くないよ」
そう言うと、彼は驚いたように私を見る。
そんな彼の表情にもきゅんとくるけど、今はそんな場合じゃないよね。
「ごめん、私だけ全部忘れてて……」
「真夢が悪いわけじゃねえよ……俺が勝手に暴走して……」
「ううん、私きっと嬉しかったんだと思う」
「え?」
「だって、ずっと好きだった人に抱いてもらえたんだもん。嬉しいに決まってるよ」
私がそう言うと、弾くんは今にも泣きそうな顔で私に訴えた。
「俺は……ただ抱いたんじゃなくて……っ、お前のナカにぶち撒けたんだ。何度も……」
「だからそれは、私が脚で絡みついたからって……」
「それでも!本気出せば俺の方が力は上だろ!?なのに……俺は……」
弾くんの綺麗な瞳から綺麗な涙がぽたっと溢れた。
「泥酔してるお前の言葉を……真に受けて……」

───弾くん、私ね……

 ああ、私、言ったな。
 何でそんな事言ったのかも、何で忘れてたのかも、何でそれだけ思い出したのかも分からないけど。確かなのはそれが私の本心だったってこと。
「真夢が……俺と結婚して、俺の子を生むから……って、だから大丈夫だって……そんなことを真に受けて俺は……」
「言ったね」
「え……?」
「私、そう言ったね。それは覚えてる」
弾くんは驚いたように私を見るけど、また悔しそうに視線を落とす。
「だとしても……あんな状況のお前を、あんな形での既成事実を作っちまった……俺は自分が許せねえ」
そう言って肩を震わせて俯く弾くんに、私はゆっくりと口を開いた。
「弾くんは、無かったことにしたい?」
「え……?」
弾くんは私を見る。
「私との昨夜の出来事……迷惑だった……かな」
「……それは……っ」
弾くんが言葉に詰まると私の喉も胸も詰まりそうになる。
けど、言わなくちゃ。私は必死に訴える。
「私は、無かったことにしたく無い!!」
そう言うと弾くんの目が大きく開く。
「弾くんに……負担かけちゃって……迷惑もかけちゃったけど……それでも……」
泣きそうになりながら、言葉に詰まりながら弾くんにそう訴えると、彼はまた泣きそうに顔を歪めて言う。
「何で俺がお前のことを……負担だったり迷惑がったりするんだよ!?」
「だって……」
「俺が……お前との昨夜を、無かったことにしたいわけないだろ!!」
そう言って弾くんは私を抱きしめた。
「でも……私は弾くんの未来に傷をつけちゃったから……」
「俺はそんな事思っちゃいねえよ!!!」
弾くんは私の肩を両手で掴みながら私を見る。
「お前はいいのか」
「え?」
「俺に傷物にされちまって」
そう言うと泣きそうな顔で私を切なげに見る。私は驚いて首をブンブン振って否定した。
「私、そんな風に思ってないよ!?」
「俺だってそうだ!!」
弾くんは私の肩を掴む手に力を入れて、私に訴える。
「俺は……今まで、お前からも自分からも逃げてたんだ」
「え?」
「でも、昨夜を境にそんな自分とは決別したつもりだ。ていうか、そんなこと出来るわけなかったんだ」
 何だろう、すごく重大なことに差し掛かったのは分かるんだけど……
「弾くん、あの……」
「何だ?」
「ごめん、ちょっと……トイレ……行ってもいい……かな」
昨夜寝てから、今朝起きてからもずっとトイレに行ってなかったからもう限界になっていた私は、こんな大事なタイミングで盛大に話の腰を折ってしまった。
弾くんは目を丸くしたあと、いつものような明るい笑顔でブハッと吹き出した。
「はは……そうだよな」
弾くんはそう言って笑い出すと、私の頭をポンポンと撫でる。
「いいぜ。ほら、手貸すから」
「あ、ありがと」
弾くんは私を抱えるようにしてゆっくり立たせてくれる。
「歩けるか?その……痛みは……」
「うん、患部?が圧迫?されなきゃ大丈夫っぽい……?」
二人で赤くなってぎくしゃくとする感じが何だか嬉しくて、とりあえずシリアスムードは一旦置いておきたくなる。何だか普通に付き合いたてのカップルみたいなんだもん。
 そのあたり、どうなってるんだろう……そういうことを思い出したいのに、何なのよ私の今回のお酒は……?
そんなことを考えながら、一歩踏み出した時だった。
今までとは比べものにならない、特大のじわっとした感じが下腹部を襲う。
「!?」
そう思った時には、もう遅かった。
 ぼたっ、ぱたたっ、びちゃっ……
私の脚を伝って、布団に液体が落ちる音がする。そしてそれは下着を貫通し、留まることを知らずにどんどん溢れて出てくる。
「〜〜っっ!?」
思わず声なく叫ぶと、弾くんが心配そうに私を覗き込む。
「どうした??大丈夫か?……あ」
そこには、私の秘部からとめどなく溢れ出る太腿を伝う白い液体。
「〜っ……っ……!」
私は恥ずかしくなって顔を手で覆うけど、弾くんも赤くなってそれを見つめている。
「……本当に申し訳ねえ……」
カーーーーと音が出そうなほど真っ赤になっている弾くんと、自分から放出されていく白濁液を見て、私は……

……きゃあああああああああーーーー!!!!

そうやって、私の大絶叫がこだました後。
トイレや諸々の後始末を終えて少し落ち着いた頃、弾くんは昨夜のことを少しずつ話してくれた。
私もその弾くんの話を聞きながら、少しずつ昨夜のことを思い出していったのだった。

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