付かない印は幸せへの報せ-type A

「何だお前カリカリして……あ、生理か?」
「な………!?」

 弾のセリフに真夢は絶句する。
確かに生理前は前に変わりないし、生理周期を共有して衝突を避けるようにするくらい、二人の間柄はオープンで、ラブラブでもお釣りが来るくらいの仲良しなのだが……
「そんなこと堂々と言う!?!?」
真夢が顔を真っ赤にしながら叫ぶと、弾はキョトンとして首を傾げる。
「だってもうすぐ生理だろ?」
「……そうだけど!」
生理前になると気分にムラが出来やすい真夢はそれを気に病んでおり、一方の弾は全く気にしていない。
生身の人間がホルモン相手に敵うわけはないのだから、寧ろ好きなだけ自分に当たればいいと公言しているくらい、弾は真夢を全面的に受け入れているし愛している。
しかし、真夢はそんな弾に甘えっぱなしではいけないと常々思っていた。
そんな中、真夢がついカリカリしていた時に、冒頭のセリフが向けられた。
普段ならそう指摘されれば「ああそうかもしれない」と真夢は反省するし、弾は弾で全く気にしていないのでその心持ちそのままに「気にするな」と笑顔で真夢を受け止める。のだが。
今回は少しばかり勝手が違うのだ。
いつものように返せない。いつもと決定的に違う事象がある。
ぐぬぬぬぬ、と真夢は歯噛みをしながら、弾を睨む。
「それが……来ないからこうやって気が気じゃないんでしょおぉ!!!」
涙目でぐああっ!とそう叫ぶ真夢に、弾は目を丸くする。
「え……来ない?生理が?」
その言葉に真夢は返事をしないまま部屋を飛び出す。同時にその0コンマ数秒の間、その後ろ姿をぼーっと見ながら弾はこれまでのやりとりを反芻する。
(生理前のイライラだけど、生理が来てなくて、イライラしてる?それって……)
ハッとした弾は、真夢の後を追って走り出す。
「おい!待てよ!」
しかし真夢は。もしかしたら走ってはいけないかもしれない状態、そうでなくても走ったとて簡単に追いつかれてしまう足の遅い真夢は、ちょっとした小細工をした。

家を飛び出すと、下の階ではなく上の階へとバレないように登って行った。まもなく家を飛び出してきた弾がものすごいスピードで下の階へと降りていき、道へ走り出したのを階段から確認すると、そっと自分も階段を降りて弾とは逆方向に歩いて行った。

-—*-—*-—*-—*

「はあ……どうしよう……」
公園の隅のベンチで一人、ぼんやりする真夢。
「またやっちゃった……」
そう呟いて顔を手で覆う。
別に弾に悪意があったわけではないことなんて、わかっている。もしかしたら本当にただの生理前でカリカリしてるだけなのかもしれない。
だけど、それが十日も遅れているのだ。
加えて怠いし眠いし、まあそれもいつもの生理前にもある症状だが、心持ちが全く違う。
「身に覚えが……ありすぎて……」
心当たりがありすぎて、不安で仕方ないのだ。生理が来ていないという確かな事実が真夢の心に重くのしかかっている。
「もしかして……私……」
もう夕方近い公園だが、日も長くなって来たので、まだ子供たちやベビーカー連れのママたちの声で賑わっている。真夢はそんな明るい声を聴きながら、自分の暗い思考に沈んでいく……
「やっぱり……」
「……やっぱり?」
一人だったはずの公園で突然後ろから話しかけられ、思わずギクッとしたが、聞き慣れたその声にホッとする。
「弾くん」
「よお」
と二人は軽く挨拶を交わすと、弾は真夢の隣のベンチに腰掛けた。
「お前なあ!こんな所で何してんだよ?探しただろ!」
そう言って真夢の頬をむにっと引っ張る。
「痛い!……って、何で弾くんが探すのよ」
「そりゃ探すだろ……ったく!変な小細工しやがって!お前、上の階に逃げたな?」
お前の遅い足でそんな遠くまで行けるはずがねえんだ、そう言って頭をかしかしとかいてそっぽを向く弾に、真夢はむうと頬を膨らせた顔になるが。弾の顔や髪がじんわり汗で濡れているのを見て、本当は心配してあちこちを走り回って探してくれたのだということはわかる。
「……ごめん、心配かけて」
「別に?こんなのは心配のうちに入んねえよ」
そう言って弾は真夢の頭をわしわしと撫でる。
「お前、あったけえな。熱あんのか」
「わかんない……けどまあ、高い時期は時期だよ」
二人でぼんやり公園の様子を見ていると、ふいにそばを通りかかったベビーカーから、ポーンとボールが転がってきた。
「あっ!」
弾も真夢も慌てて立ち上がってボールを取りにいく。そしてすぐにベビーカーを押す夫婦に話しかける。
「あの、これ落とされました?」
「え?あっ!そうです、うちの子のです!」
真夢はボールを手でさっさと汚れを落とすと、笑顔でその奥さんに渡してやる。すると彼女も笑顔で真夢に礼を言う。
「ありがとうございます、この子のお気に入りなので助かりました」
奥さんがボールを赤ちゃんに渡してやると、赤ちゃんは嬉しそうにまたボールを放り投げた。
「あっ!」
「おっと!」
それをナイスキャッチした弾に、真夢も夫婦もおおー!と拍手する。
「お兄さんすごいですねー!」
「お上手ですねぇ」
「いや、そんな……ほらよ、ってまた投げたら困るよな」
そう言って弾は赤ちゃんではなく旦那さんの方にボールを渡すと、笑顔でお礼を言われている。
「僕もこの子が投げたら取れるようにならないと」
「やっぱり持ってきちゃうと投げちゃうのよね。でもこれがないと泣くんです」
おそらくは弾と真夢よりは少しだけ年上だろう、感じのいいご夫婦とそんなやり取りをしているうちに、真夢は心に巣食っていた不安がいつの間にか小さくなっているのを感じる。
「……弾くんてさ、いつもそうだよね」
ボール遊びに夢中な赤ちゃんに手を振ってからベンチに戻ると、真夢はポツリと呟く。その呟きを耳聡く聞きつけた弾は、ん?と首を傾げる。
「私が悩んでたりイライラしてたりすると助けてくれる。小細工なんて通用しない」
「俺はそんな出来た人間じゃねえよ。お前にしかやりたくもねえし。でも、お前が俺にそうさせてるのかもな」
「え?」
弾は真夢の肩に手を回して抱き寄せた。
「お前、俺にはって安心してんだろ?だから俺の前でならイライラも出来るしカリカリもする。俺はそれが嬉しいんだ。お前は俺の前じゃ気張らなくていいってことだろ?」
「……うん」
「俺もそうだ。お前には気を遣わなくていいんだよ。だからつい、お前のそういう姿を茶化しちまったんだよな」
悪かった、と真夢の髪を優しく撫でる。
「赤ちゃん、可愛かったね。ボール遊びに夢中になってた」
「な、放り投げるのが楽しくて仕方ねえんだな」
弾は優しい口調で返してくれる。それがさっきよりも何倍も心地よく感じられて、真夢はなんだか泣きたい気分になった。
「……怒らないで聞いてくれる?」
「当たり前だろ。あ、別れようとかだったらクソほど怒るけどな。いや、泣くかな?」
そう言って笑う弾のその言葉に勇気づけられた真夢は、打ち明けることにした。
「私……生理が来ないの」
「おう、知ってる」
「うん、さっき言ったもんね」
「いや、その前から知ってる」
「……え?」
弾の言葉に真夢は驚いて顔を上げる。
「何驚いてんだよ」
「え、だって……」
「一週間以上……だよな?」
「!」
弾はそっと真夢の腕をさすりながら、続ける。
「お前の体調の変化なんてお見通しだっつーの!あのな、ちゃんとその辺もフォローしてるっつーの!何のための管理アプリ共有してると思ってんだ?」
「……そっか」
やっぱり敵わないな、と真夢は苦笑する。
「でもさ……私……」
「ん?」
「生理が来ないってことは……そういうことかも知れないんだよ?」
そう問う真夢の不安げな顔を見ながら、弾は笑って言う。
「そういうことって何だお前。更年期か?」
「はい??」
真夢は弾のそのあっけらかんとした言葉に思わずぽかんとする。
「更年期は流石にないでしょ!?」
「なら何だ」
ぐっ、と言葉に詰まる真夢に、弾は目を細めて笑う。
「更年期じゃないとしたら生理が来ないってどんな理由があるんだ?」
「いや……だから……あの……」
言葉に詰まった真夢は俯いてしまう。それを見て弾はふう、とため息をつく。
「……お前さ」
「はい」
「もしかして俺のこと信用してない?もしくは全然愛してくれてないのか?」
「そんなわけない!!」
ガバッと顔を上げて弾に食ってかかるように叫ぶ真夢を、弾はじっと見つめている。
「そんなわけないじゃん!私は弾くんが大好きだよ、いつも本当に感謝してるし愛して……」
そこまで言って真夢は我に返り、口を噤む。
「俺もだぜ」
「えっ」
「いつもありがとう。俺、お前に感謝してるんだぜ」
「いや……そんな……」
「俺はさ、お前が俺の側にいてくれたら、笑ってたって怒ってたって、元気でいてくれたらそれだけでいいんだ」
その言葉に、真夢は弾に釘付けになる。
「だからさ、理由なんて一つだろ」
弾はそう言って真夢に笑いかける。
「お前、妊娠してんだよ」
「!!」
弾の言葉に、真夢は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「なん……」
「いや、そうとしか思えねえって。だって俺、お前が生理来てないのも知ってたし。それに」
目を見開いたまま固まっている真夢の頬を、弾は指でするりと撫でる。
「俺には身に覚えも、心当たりもあるからな。今までどれだけお前を抱いてると思ってる?子作りしてるとまでは思ってなかったけど、出来てたって全然おかしくねえよ。避妊だって万能じゃねえだろうし」
「………」
弾は真夢と見つめ合いながら続ける。
「俺はお前をすげえ大切に思ってるし、それはわかってるだろ?」
「う……うん……」
「でさ、もしお前が妊娠してたらって考えた時にな」
「……うん」
「俺、すっげえ嬉しかったんだ」
そう言って笑う弾に真夢は胸がいっぱいになる。
「……弾くん」
「俺、馬鹿だからさ。能天気に、やったぜ!超絶嬉しいこんちくしょう!くらいにしか思ってなくてよ。お前が言うのを躊躇うくらい悩んでるだなんて、思ってなかったんだ」
悪い、と謝る弾に真夢はブンブン首を横に振る。
「私は……」
「ん?」
「私……今すごくびっくりしてて」
「ああ」
「えと……あの……何て言ったらいいのかな……」
口元を押さえながら言葉を探そうとする真夢を見て、弾は少し寂しげに笑う。
「ならなんでもっと早く言わなかったかっていうとだな。お前から言ってくれるのを待ってたんだよ」
「えっ!?」
弾の言葉に真夢は驚く。そんな真夢を優しい目で見ながら、弾は続ける。
「生理が来ないのに悩んでるってことはさ」
「……うん」
「お前は真面目な奴だし、俺と違って何でも考えちまうからさ。俺に言ったら俺が喜ぶとか喜ぶかとか思うよりも前に、自分の中で色々考えてんじゃねえかって思ったんだ」
「……」
「だから俺からは言いたくなかったんだよ。お前から言ってくれるのを待ってた。でも中々言ってこないから、カマかけたんだ」
だから、生理か?なんて聞いてきたんだと、真夢は理解する。
「そっか……」
「悪かったな」
そう言って弾が謝るのを見て、真夢は慌てて首を振る。
「ううん!謝らないで!」
それから弾は公園を出て近くのカフェに入る。真夢を気遣ってノンカフェインの飲み物をオーダーし、弾も同じものを頼み公園のベンチへと戻る。そして本題であるところの話に戻った。
「でも、本当に妊娠してるかはまだ分かんないよ」
そう真夢の言葉に弾は呆れた様子で答える。
「何だ?まだそんな事言ってんのか……もしかして一周回って俺なんかの子は欲しく無いとか思ってんのか?」
「え?違う違う!そんなんじゃ無いよ!」
弾の言葉に慌てて首を横に振りながら、真夢は続ける。
「でもやっぱりそればっかりは私一人では決められないし、だからちゃんと調べなきゃなって思って」
「まあそりゃそうだけどよ……」
二人はしばらく黙り込んでしまうが、そこで真夢がおずおずと切り出す。
「あの……弾くん」
「ん?」
「私、検査が怖いの」
「おま……!」
「違う!だからそうじゃなくて!!」
弾が思わず立ち上がりかけたのを慌てて制し、真夢は続ける。
「私、もし妊娠してたら……嬉しい」
「……ああ」
真夢のその言葉に、弾は優しい顔で頷く。
「でも……やっぱり怖い。自分の中に、自分以外の人間が、命があるかもしれないなんて」
「まあ、そりゃそうだよな」
言い淀む真夢を急かすことなく、弾はじっと待っている。そんな弾に勇気づけられた真夢は、意を決して言った。
「一緒に、結果を見てくれる?」
「勿論だぜ!」
真夢の言葉に、弾はとびきりの笑顔で力強く頷いた。しかし次の
「陽性だったら……弾くん、どうする?」
の言葉に盛大にズッコケそうにはなったが。
「おいっ!何だそりゃ!」
「だってもし陽性だったら……私、弾くんの赤ちゃんを妊娠してるってことでしょ?だから」
真夢の言葉に弾は思わず天を仰ぐ。
「お前なあ……」
そしてふう、とため息をつくと、優しい目で真夢を見る。
「あのな、俺は嬉しいぜ?」
「え?」
弾の言葉に真夢は驚く。そんな真夢を真っ直ぐ見つめて弾は言う。
「お前が俺なんかの子どもを身籠ってくれた。そんな嬉しいことがあるかよ!」
「俺なんかって何よ!?」
「だぁーーーうっせーな!!突っかかるとこそこかよ!?お前こそ俺の今までの話聞いてた!!?お前の生理が遅れた頃からこっちは万歳三唱で大喜びしてんだよ!!!」
「結婚もしてないのに!!」
「それは……」
真夢の言葉に弾は言い合いをやめて、真っ直ぐに真夢を見据える。
「俺が悪かった。形式なんて度外視して喜んでた俺の心は決まってたとはいえ、ちゃんと言葉にして伝えて、いやお願いしてなかった俺が悪い。すまなかった」
そう言って頭を下げる弾に、真夢は慌てる。
「いや違う!そんな謝って欲しいわけじゃないの!そうじゃなくて!」
「俺は!!」
真夢の叫び声に負けないくらい大きな声で、弾は言う。
「お前が妊娠してるならすっげえ嬉しいよ!!嬉しくて堪んねえよ!!」
その言葉に真夢はハッとして弾を見る。その目は潤んでいて、今にも泣きそうだった。そしてその表情には今までのどんな時よりも強い喜びが見てとれた。そんな弾が、はっきりとした口調で真夢に伝える。
「真夢。俺はお前を、心の底から、誰よりも、この世の中存在全ての中で一番愛してる。お前が何よりも大切で、何よりも愛してるんだ。だからお前との子どもをこの腕に抱けるなんて俺は世界一幸せ者だ」
「弾くん……!」
真夢はポロポロと涙を流しながら弾を見つめる。そんな真夢に微笑んでから、弾は言う。
「まどろっこしい言い方しちまったけどさ……でも俺はそう思ってるからよ、だから、だから……俺と結婚してくれねえか」
「……」
「何の用意もまだ出来てなくて、本当に申し訳ないんだけどよ。それでも、俺に、真夢とこの子を幸せにする立場をくれないか」
弾はそう言ってポケットから小さな箱を取り出し、真夢に差し出す。それは所謂婚約指輪のケースで、開いたその中からはダイヤモンドが美しく輝くエンゲージリングがあった。
「! うそ……」
それを見た真夢は大きな目をさらに見開いて固まってしまう。そんな真夢を優しい目で見つめながら、弾は言う。
「俺はさ、お前とずっと一緒にいたいんだよ」
そんな弾の言葉に、真夢の目からはさらに涙が零れ落ちる。
「……私……私なんかでいいの?」
「なんかってなんだ。あ、さっきのお前はこんな気分だったのか?」
弾はそう言って真夢の涙を優しく拭う。
「私、すっごく面倒くさいよ」
「そうでもねえよ」
「弾くんみたいに頭良くないし」
「ふざけてんのか!?どう考えたってお前の方が頭いいだろ!」
「……本当にいいの?」
「いいに決まってるだろ」
「でも……」
それでもなお言い募ろうとする真夢を、弾はそっと抱き締める。そして耳元で囁く。
「俺はな……お前じゃなきゃ嫌なんだよ。お前がいいんだ。他の誰でもない、お前と家族になりたいんだ。だから頼むから頷いてくれ」
「うん……うん……!」
「はは、ありがとな。さて、そんじゃついでに薬局行くか」

-—*-—*-—*-—*

  そうして、検査をしてみると、やはり紛うことなく陽性が出て。病院でも正常な妊娠の診断がおりた。
「本当に良かったの?私なんかで」
家でエコー写真を見ながら、ふと不安になることがあってそう尋ねてしまう真夢に、弾は言う。
「なんかって言うな。お前はすげえいい女だし、俺には勿体なさすぎるくらいだぜ」
そんな弾の言葉に真夢は照れるより驚いてしまう。そして慌てて言う。
「いやそんな……だって私は今まで散々迷惑かけてきたんだよ?」
「迷惑かけられた覚えなんてねえ」
「もう……」
前向きな弾に、不安定な状態の真夢の心も穏やかになっていく。
「さてと。俺たちの心は決まったとして、あとは……真夢、体調は?」
「え?今のところ少しだるくて眠い位で驚くほど何もないんだよね」
「そうか。じゃあ今から出られるか?」
「え??」

 そうして、弾と真夢は二人、弾の実家である八波家へとやって来た。
「え?どういうこと??」
「まあ、見てりゃ分かるよ」
そう言って弾はインターフォンを押す。すると玄関から明るい声が聞こえてきた。
「はいはーい!どちら様……あらっ?」
玄関から顔を出したのは、弾の母親だった。
「よう、母ちゃん!」
そんな弾に母親は明るく笑いかける。
「どうしたの?真夢ちゃんまで連れて」
「いやあちょっとな。あ、これ土産。親父は?」
そう言ってケーキの箱を渡すと「いるわよ」の母親の返事より先に、奥から父親が転がり出てくる。
「何!?真夢ちゃんだと!!!?」
「うるさいよあんた!ごめんね真夢ちゃん」
「あー!真夢ちゃんがいる!やっほー!」
転げ出てきた父親に、母親から冷静なツッコミが飛ぶ。後ろでは妹のアザミも真夢に喜んでいる。
「お前ら何なんだ!?俺の家族だろ!!?俺より真夢なのか!?」
自分より真夢の来訪を喜ぶ家族に弾はそう噛み付くが、その顔は嬉しそうだ。
そんな光景を嬉しそうに見ている真夢に、母親が話しかける。
「まあまあ上がりなさいな!ほら上がって!!」
そんな母親に急かされて、二人は家の中へと入っていく。リビングに通されるとすぐにお茶の用意がされて、弾の父親がそわそわしながら座っていた。そして弾は単刀直入に言う。
「親父、母ちゃん、俺さ……こいつと結婚するわ」
「こいつとは何だ!!」
「痛え!!!」
秒で弾の頭をはたく弾の父と弾のやりとりを見て、真夢はコロコロと笑う。
「まあまあ、そうなの?というかそうでないと困るわ。真夢ちゃんみたいないい子が弾なんかと結婚するのは申し訳ないけれど」
「そうそう、こんな馬鹿息子に真夢ちゃんはもったいないし、いい人なら他にいくらでもいるだろうからな」
と口々に言う父親たちに、真夢はおずおずと尋ねる。
「あの……そんな、本当に私でいいんですか?」
その言葉に父母妹は
「勿論!!!話聞いてた!?」
と弾と同じツッコミをして笑う。嬉し涙を浮かべる真夢だが、弾が続けて本題を切り出す。
「そんでな。こい……いや真夢、妊娠してる」
「ええ!!!!?!?」
弾の言葉に、父親たちは驚く。その反応に真夢の表情が曇るより先に、
「何いいいいいいいぃぃいい!!!!?」
父親の叫び声と共に、弾が隣の部屋まで吹き飛ばされる。
「ちょっと!!あんた達!?」
「ぎゃああ!!」
母親とアザミがそう叫び、真夢はあまりの展開に呆然とする。
「あ、あの……すみません私」
真夢がそう言って謝ろうとするのを遮り、父親は弾に掴みかかりながら言う。
「おいこらどういうことだ!?お前ちゃんと責任とるんだろうな!?」
「だから結婚するんだっつってんだろ!!」
「うるせえ!!!嫁入り前のお嬢さんになんて事!!!」
その言葉に、今度は真夢の目に涙が浮かぶ。
「ごめんなさい!!私のせいでこんな……」
「何言ってんだ!!お前のせいじゃねえだろ真夢!!」
真夢の涙を見た弾がそう言うと父親も叫ぶ。
「そうだ!こういうことは昔から男の責任って相場が決まってる!!」
まるでここだけ昭和にトリップしたかのようなやり取りに真夢はオロオロとするが、弾の母妹は男たちと打って変わって冷静な様子だ。
「真夢ちゃん、本当なの?」
母親はそう言って真夢の方を見る。
「はい……申し訳ありま……」
「だから謝らないでちょうだい。真夢ちゃんが言うなら本当なのね」
そう言って優しく真夢に微笑むと、今度は取っ組み合う、というか主に一方的に噛みついている父親の方をキッ!と睨みつける。
「うるさいよあんた達!!身重の娘さんの前でみっともない!!」
「いやでも母さん!真夢ちゃんがこんな馬鹿息子と!」
「あんた達、ちょっとそこに直りなさい」
「え?」
「いいから直る!!正座!!!」
「はい!!!!」
そうして母親から説教を受け、すっかり大人しくなった父親たちに、今度は母親が優しく話しかける。
「いい?真夢ちゃんは弾のお嫁さんになるって言ってくれたのよ?それを反対する理由なんて無いでしょ?」
その言葉に父親は少し考えてから言う。
「だからそれは俺だって大賛成だが、この馬鹿野郎が……」
「うるさいわね!!それは分かってるわよ!!私だって申し訳ないと思ってるわよ!!だけど、それをギャーギャー言ったところで真夢ちゃんはどうなるの!?」
「え?あ、まあそれはそうだが……」
父親はゆっくり真夢の方を向き、
「真夢ちゃん、本当にいいのか?」
と尋ねる。
「あ、あのおとうさん……」
「ん!!?何だ!!?」
おずおずと真夢に名を呼ばれた父親は食い気味にテーブルをバァン!と叩いて身を乗り出し、母親に怒られている。
「この度は、本当に申し訳ありません。順序を間違えてしまって……」
そんな真夢に、父親はまたも食い気味に、
「とんでもねえ!!元はと言えばこのバカ息子が……!」
と弾の首根っこを掴むが、真夢は半泣きのまま父親に尋ねる。
「おとうさんの気持ちとしてはどうですか。やっぱり、迷惑でしょうか」
その真夢の問いに、父親は言葉を失う。
「順序とか、どっちの責任、とかそういうことは置いておいて、私の妊娠はご迷惑ですか?」
真夢のその言葉に、父親は弾を掴んでいるのとは逆の手で頭を掻きむしりながら叫ぶ。
「俺はなぁ!!真夢ちゃんみたいな出来た娘さんをこんな馬鹿息子に嫁がせるなんて、申し訳ねえと思ってるくらいだ!!その上嫁入り前にこんな……」
その言葉を聞くと真夢は悲しそうに俯く。
「だけどな……だけど、それでも……本当に申し訳ねえが、こんなクソ息子の子どもが……真夢ちゃんに……俺ぁ、うれ、嬉しくて仕方がねえんだ……!本当に申し訳ねえ!!!」
そう言って机に突っ伏して泣く父親に、弾が苦笑いで言う。
「だから言ったろ?許してくれるって」
その言葉に真夢は顔を上げる。その目には涙が溜まっている。
「おとうさん……」
そして、そんな真夢の肩を母親は優しく摩る。
「ごめんね真夢ちゃん。本当にごめんなさい。こんな馬鹿息子を好きになってくれて、ありがとう」
そう言って涙を流す母親とアザミに、真夢はまたも泣きそうになるが、それを堪えて尋ねる。
「あの……おかあさんは……あとアザミちゃんも」
「あのねえ、だから話聞いてた!?私だって弾の母親として本当に申し訳ないと思ってるけど、やっぱりすっごく嬉しいわ!」
「私も!!あ、でも叔母さんになっちゃうの私!?お姉ちゃんって呼んでくれるかなぁ……そっか、それに真夢ちゃんがお姉ちゃんになるんだね!?やったあ!!」
母親の言葉を継いでアザミもそう答える。その様子を見ていた弾は満足そうに笑い、真夢もついに涙を溢れさせた。
「おがあざん……アザミぢゃんっ……」
そう言って泣き続ける真夢の背中を、母親はずっと撫で続けた。
「だからね真夢ちゃん。これからは家族だから。どうか私たちを本当の家族だと思ってちょうだい。ほらそこのバカ二人!!早く部屋片してお茶淹れ直して!!」
我に返った父親と大人しく掴まれていた弾は、急いで部屋を片付けて母親の言う通りお茶の用意をするのだった。

 そして、後日。
弾の父親は母親と共に真夢の実家に正式に挨拶をしにやってきていた。
「この度は!!本当に申し訳御座いませんでも足りず!!!お宅の大変良く出来たお嬢様をうちのバカ息子が……!!」
そう言って土下座で頭を下げる父親に、真夢の両親は笑って答える。
「そんな、頭を上げて下さい。弾さんみたいないい息子さんになら、うちの娘だって安心して渡せるってもんです」
そんな言葉に弾の父と母も笑顔になる。
「息子のみならず父親までこんな体たらくで本当に申し訳ございません……うるさいし暑苦しいったらないわ……!」
そう言って頭を下げる弾の母親に真夢の両親が慌てて言う。
「何言ってるんですか!さ、お茶でも飲んで下さい」
「ありがとうございます……本当、真夢ちゃんがしっかりしたいいお嬢さんなのがよく分かる素敵なご両親だわ」
「まあ、勿体無いです!そんなかしこまらず、普通にお話ししませんか?」
母親同士はすっかり意気投合し、大盛り上がりでお茶会をしている。そして父親は父親同士、
「うちの娘をよろしくお願いします。真夢の兄とも仲良くしてやってください」
「はい、こちらこそよろしくお願いします……真夢さんもそうだが、どうやったらあんな綺麗でよくできたご子息になるんです?そこらの女優より綺麗な息子さんですよね??」
といった感じに二人で話し込んでいる。
その様子を見て弾が安心したように笑顔で真夢に言う。
「よかった……ウチは喜ぶことは目に見えてたけど、真夢の方も受け入れてくれて」
「うん……ありがとう、弾くん。お父さんお母さん」
そう言って笑う真夢に、両家の両親は優しく微笑んでいた。

—*—*—*—*

  それから、全て滞りなく進み、弾と真夢は正式に夫婦となった。
「じゃあ行くか、真夢」
そう言って弾がいつものように出勤しようとすると、玄関には愛しい妻の姿がある。
「うん!」
「体調大丈夫なのか?無理すんなよ?」
「大丈夫だよ。無理したらカンナちゃんやミカちゃんにも怒られるから」
そう言って真夢はにししと歯を見せて笑う。
「よし、じゃあ行くか」
「うん……あれ!?」
真夢がお腹を抑えて玄関で立ち止まる。
「どうした?!痛むのか!?」
「ううん……なんか……今、動いた……ような」
「何だと!!?」
そう言って弾は慌てて開けていた扉を閉め、真夢のお腹に耳を当てる弾。
「あ、また……やっぱり動いた!」
「マジか!?!?どこだ?うーん、俺にはまだわかんねえか!!?」
必死に真夢のお腹を撫でては耳をつけるが、弾には分からないようだ。
「あ、また……やっぱ動いてる!」
「マジか!?俺も触りてえ!!」
そう言って真夢のお腹に手を伸ばし、真夢がくすぐったさのあまり笑い出す。
「あはは!くすぐったいよ弾くん!」
そんな二人の様子を、祝福するかのように、腹の赤子がもう一度お腹の中で動く。
「さ、行こう?遅刻しちゃう!」
「え!?あ、そうだな!?チクショー、昼休みも確認しに事務所戻るからな!!?」
「はいはい、ありがとねパパ!」
そんな真夢の言葉に、弾は嬉しそうにニヤッと笑う。
「よし、じゃあ行くか?!俺の嫁さん♡」
「うん!!」
そう言って二人は仕事場へ向かうのだった。

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