弾と真夢が、それぞれお互いに同じことを隠している。
それは、真夢が妊娠しているということ。
勿論真夢のお腹に宿っている命のもう一人の宿し主は弾に他ならない。しかし、真夢が弾に妊娠していることを隠しているのは、弾への愛情と様々な不安な気持ちに板挟みになり、素直に喜べなくなっているからだった。
対して弾もまた、真夢が妊娠したこと、またそれを隠していたことに対しマイナスな感情を持つどころか、むしろその逆で喜びを露にしたい……のだが。真夢が話してこない以上、まずはそれを待つべきだと、弾は話すタイミングを慎重に見計らっていた。
弾と真夢がお互いに妊娠を秘密に……。
お互いがお互いを唯一無二の必要不可欠なパートナーとして、そしてかけがえのない存在として認め合っている二人にとって、この妊娠はまさにその絆の証。
さっさと言ってしまえばすむことを、根が真面目な真夢にとっては人生を変えてしまいかねない大きな出来事。勿論、弾にとっても。だからこそ、中々言い出せない。
しかし、妊娠した事実は変えようがなく、遅かれ早かれいずれ言わなくてはならなくなる。
ではいつ?
答えは弾も真夢もわかっているのに、どちらかが先に口火を切るのを待っている。
そして。
「ねえ、弾。あのさ……真夢、妊娠してるんじゃないかい?」
「ああ、最近何となく調子悪そうな感じしてたけど、そういうことか」
「真夢ちゃん……デスクでもすっごく眠そうで辛そうなの。こんなこと今までなかったから」
同僚のミカ、源三、カンナもまた真夢の変化に気付いていた。弾ははーっとため息をつく。
「お前らが見てもやっぱそう思うのか。多分な。検査薬見たわけじゃねえから絶対、とは言えねえけど、いやでも、やっぱ絶対そうだと思うぜ」
「真夢……きっと弾に心配かけまいと黙ってるんだね。でも、弾、ちゃんとわかってたんだね」
「まあ、な。でも、真夢が言いたくないなら、俺から言うのはやめとこうかなって」
「うーん……それはそうかもしれないけど」
ミカも源三もカンナもそれ以上何も言えなくなった。しかし同僚の三人とも、真夢が妊娠していることを確信するのだった。
「何で隠すんだ?お前しかいないだろ相手?」
「当たり前だろ!?他にいてたまるか!!」
源三の疑問に弾は息巻いて答える。
「じゃあ何で黙ってるんでい?」
「真夢ちゃん……真面目だから色々考えちゃってるんじゃないかな……」
「あ~……」
確かに妊娠初期は体調が不安定で、パフォーマンスも低下しがちになる。弾と同棲をしているがまだ籍までは入れていない真夢はそれを気に病んで打ち明けられないのかもしれない。
しかし隠し通せるわけもないし、ストレスを溜め込んでしまい、それがお腹の子にも悪影響を与えかねない。
「弾の負担になるとか思ってんのかな……ったくあの子は!」
妊娠なんて一人でするもんじゃないだろ!とミカが焦れる。源三も頷き、弾の方を向く。
「この際、お前から聞いてやったらどうだ?」
「そうだな……あいつ、余計な心配ばっかするから、俺から言ってやらねえとな」
「でも弾。もし違ったら、余計傷つけちゃうかも……」
ミカが心配そうに言う。しかし弾は笑って答えた。
「大丈夫だ。隠れてウェブ診断してみたら、確率は九十パーセントだった。それに身に覚えしかねえ!」
明るく笑う弾に皆呆れるが。
「まあ、そんだけ分かっててその態度なら、前向きな考えしかねえって事だろ」
「あたりめーだ。遅かれ早かれこうなる運命なんだ。真夢が言うまではと思って黙って待ってたけど、そろそろ限界だ」
真夢が何を考えてどう言おうが、俺は俺のしたいようにする!と弾は宣言した。弾のしたいようにすることは、真夢の為になること以外には考えられないことは皆わかっている。
「ったく。心配するのはいいけど、考えすぎなんだよあの子は!」
ミカはやれやれと肩を竦めたが、その目は笑っていた。と、そこへ。
「あれ?みんな揃って休憩中?」
弾くん達も現場から戻ってたんだ、と笑顔で現れたのは、もう一人の渦中である真夢だった。
「おう、真夢!おつかれ!」
「ふふ、源さん今日も元気だね」
「何だ真夢、俺より源三に先に声をかけるとはどういうこった」
源三にジェラシー全開で不貞腐れる弾に、皆は呆れ返るが真夢は笑って答える。
「何言ってんの。弾くん達も現場から、って一番はじめに弾くんの名前言ったでしょ?」
「達とはなんだ!?ひとまとめをカウントすんな!」
億兆パーセント真夢に首っ丈の弾は、源三にまで嫉妬する始末。そんな弾の態度に、真夢はおかしそうに笑い出す。
「もう何それ!ヤキモチ妬く必要ないじゃん。私と弾くんはいつでも一緒でしょ?」
「それはそうだけどよ……」
急にトーンダウンする弾に、真夢はどうしたんだろうと首を捻りながら周りに助けを求めると、周りはやれやれと肩を竦める。
「真夢。こいつはバカだけど、世界一、いや宇宙一、いや概念一アンタのことを大切に思ってる」
「えっ!!?概念!?」
ミカの言葉に真夢はあたふたと動揺する。
「何!?突然!?どういうこと??」
「だからな。弾は何があったって真夢の味方だってことだ」
キョロキョロする真夢に源三がそうたしなめる。
「え……」
真夢が弾の方を向くと、弾は真っ直ぐ真夢を見据えて頷くが。
「源三!真夢に馴れ馴れしくアドバイスすんな!!」
またしてもジェラって噛みついてくる弾をやれやれ、とかわして源三は真夢に口を開く。
「ほらな。おいらがちょっとお前に喋っただけでこれなんだコイツは。だからまあ、たまには言いたいこと言ってやれ」
源三が真夢の背中をポンと押してやる。
「う……うん……」
弾の気持ちは嬉しいけど、やっぱりまだ言いにくいなと思いながらも、弾の真剣な眼差しに射抜かれて、真夢はとうとう口を開いた。
「あの……あのね、私ね……」
「おう!何だ!?」
「……その……実はね……」
真夢は顔を赤らめながら、もじもじとお腹に手をやる。
「あ、あはっ、ちょっと食べすぎちゃったのか、お腹の調子が悪いんだ……」
顔には一面「ウソです」と書いてあるし、その目には明らかに涙が浮かぶ。
真夢はウソが下手なのだ。あまりに下手なはぐらかしに一同はズッコケるが、
「真夢……お前……」
弾は真夢のウソに気付かない。いや、気付いているのかもしれないが、敢えて気付いていないフリをしているのだ。そして。
「そうか!なら俺がいいもん持ってきてやる!」
そう言って弾はダッシュでその場を立ち去った。残された一同は呆然とその後ろ姿を見送りながら、やれやれと肩を撫で下ろすのだった。
「真夢……アンタね」
「真夢ちゃん……嘘下手なの皆んな知ってるからね?」
「えぇ!!?」
ミカとカンナの指摘に真夢は慌てふためく。
「真夢、お前、妊娠してんじゃねえのか」
ズバッ!!と確信を突いたのは、曲がったことは大嫌いな生粋の正義漢、田村源三だ。
「え……」
「源の字……」
「源さん……!」
三人は源三のあまりにも直球すぎる言葉に絶句するが、当の真夢は。
「う……うん……実は……」
案の定あっさり認めてしまった。「やっぱりな」と頷く三人に、真夢は堰を切ったようにパラパラと涙を溢し。
「ごめんね……私、皆に迷惑かけて……」と謝った。
「おいおい、何だよ真夢」
「何で謝るんだい」
「そうだよ、何も悪いことなんてないよ?真夢ちゃん」
三人は真夢を嗜めるが、真夢は自分のお腹にそっと手をあて、ゆっくりと口を開く。
「……未婚なのに、だらしないでしょ?」
その言葉に一同はさらに絶句する。
未婚なのに?
今のご時世にそんなことを気にする時代錯誤な人間は殆どいない。真夢もそんなことは百も承知だろうが、それでも謝らずにはいられないのだろう。
「世間の目が気になるのか」
「うん……だって……」
「だっても何もアンタね。確かにまあ未婚っちゃ未婚だけど、真夢と弾はもう夫婦みたいなもんだろ?!みんなそう思ってるよ」
「ミカちゃん……」
「どうせ結婚することも皆んなわかってらあ」
「源さん……」
「そうだよ真夢ちゃん!私たちも二人の赤ちゃん、見たいな。ダメかな?」
「カンナちゃん……」
三人のフォローに真夢は顔をくしゃくしゃにして泣き出す。
「でも……でも私、弾くんに、何て言ったらいいか……」
三人は音を立ててズッコケたいところを踏ん張る。
(おいコレマジなのか!?)
(多分大マジなんだよ源の字!!)
(真夢ちゃん……仕事できるのに何でこういうとここうなんだろう!?)
三人はヒソヒソとそんなやり取りをした後。
「とにかく、今弾が良いもん持ってきてくれるみたいだから!待ってな!!」
そう言って三人揃ってその場を去った。
残された真夢は呆然として佇む。
もう限界だった……
真夢のウソが下手すぎることに皆が気付いているから、皆優しい嘘をついてくれていたけど、もうこれ以上嘘を重ねたくなかった。
でも、どうしても言えなかった。
妊娠していることを打ち明けるタイミングはいくらでもあったはずなのに、結局言い出せないままここまできてしまったのは、自分の甘えのせい……
また涙が溢れるところで、愛しい声に呼ばれる。
「真夢」
「弾くん……」
真夢は涙を拭いながら弾に向き直る。
「ホラ、コレだ!」と弾が差し出したのは……可愛らしいピンクのお守り。
「これは……?」
「安産祈願のお守りだ!真夢、お前妊娠してるんだろ?だから、これ持ってろ」
弾はニカッと笑って真夢の頭を撫でる。
「……知ってたんだ……」
「おう!」
「……ごめんね……私、隠してて……」
「何で謝るんだよ?それに隠せてねえよ、ばーか」
弾は不思議そうに首を傾げ、軽口を叩いて来てくれる。その反応に、真夢は驚くが、すぐに笑顔になる。
「……ありがとう……嬉しい……!」
そんな二人の様子を影から見ていた三人はホッと胸を撫で下ろす。
弾が妊娠を疑いながらも何も言ってこないことにずっと不安を感じていた。それは迷惑だったのかと思っていたからだ。
しかしそうではなく、弾はただ真夢の体と気持ちを気遣って言い出せなかっただけだったのだ。それがわかった今、もう真夢には迷いはなかったし、むしろ弾の優しさに、ますます愛する気持ちが込み上げてきたのだった。
「産んでいいの……?」
不安そうに聞く真夢に弾は盛大にズッコケ、影の三人もひっくり返る。
「「「「真夢(ちゃん)!!!」」」」
「わっ!!?」
四人にぐおっ!と詰め寄られて、真夢は怯む。
「お前何言ってんだ!?産みたくないのか!?」
弾がさらに詰め寄ると、真夢は慌ててぶんぶんと首を振る。
「そんなわけないじゃない!!嬉しいにきまってるじゃん!!」
「なら何でそんなこと言うんだよ!」
今度は二人して睨み合いになるが。
「だって!未婚なのに子供を授かるなんて……」
そう俯いたところで、四人はまたもやズッコケそうになるが、ぐっと堪える。ここで引き下がる訳にはいかない。
「真夢!!お前、天然カマトトなのは百も千も承知だけど、これはあまりにもひでえぞ!!?」
「まあまあ源の字、妊婦さんは色々不安定だからさ……」
「天然がパワーアップしちゃってるねぇ……」
三人の様子を目を丸くして見ていた真夢に、源三がビシッ!!と指をさして宣言する。
「だあー!!おめーらめんどくせぇ!!!今から婚姻届貰ってきて提出しろ!!そしたらもう不安は何もねえな!!?」
その源三の手をガシッと掴んで弾が大声を出す。
「源三!!テメー、真夢を指差すんじゃねえ!!!……でも」
そして手の力を緩める。
「それはいい考えだ。カンナ、悪いが俺と真夢、早退してもいいか?」
社長令嬢のカンナに、一応お伺いを立ててみる。
「うん、いいよ~!まあ社長に確認くらいはいるだろうけど、うちの場合、社員さん第一だから!」
カンナは親指を立ててウインクする。それを聞くと弾と源三も笑顔で親指を立てて返す。
「よし!そうと決まれば行くぞ真夢!!」
そう言って弾が目を白黒させる真夢の手を引いて歩き出すのを、三人は微笑ましく見送るのだった。
そして二人は区役所で婚姻届を提出し、晴れて夫婦になった。
「見せてみろ。言わんこっちゃねえ、くっきり陽性じゃねえか!」
「……本当だね」
弾が真夢の陽性の検査薬を見て盛大にため息をつく。
「ごめん……検査するのも怖くて……」
「何が怖えんだよ!?ま、怖えか。自分の中にヒトがいるんだもんな」
頷く真夢のお腹にそっと手をあてる。
「ここにいるんだな、俺たちの子供が」
弾がそうしみじみ言うと、真夢は顔を赤らめて下を向く。そして囁くような小さな声で言う。
「ありがとう……嬉しいよ……」
その反応を見て弾も思わず赤くなるが。
(いかん!)
すぐに我に返って、慌てて顔を引き締めると、真夢の肩に手を置く。
「いいか?俺はこの子の父親としてお前に言っておきたいことが山ほどある!」
「……うん」
「まずは……ありがとう」
「え?」
弾の意外な言葉に真夢は顔を見上げる。すると弾は真面目な顔をして言う。
「俺はお前が妊娠したって気付いた時、嬉しかった。でも同時に責任も感じたんだ」
「責任……」
「ああ。お前の言う通り、世間的には結婚前に妊娠させちまったからな……でも、それでもやっぱり、俺は嬉しいんだ。俺と出会ってくれて、一緒になってくれて、子どもまで……」
ぱたたっ、と涙が溢れて弾の頰を濡らす。
「弾くん」
「っは、クソダセぇな……泣くなんて」
「そんなことない」
真夢は弾の涙を指で拭う。
「真夢……」
「ありがとう……私こそ、ありがとう」
「やっぱり、俺は幸せで嬉しいんだ!我慢しても泣いちまうくらいな!」
そう言って泣き笑う弾を見て、真夢は自分の中の不安や焦りが溶けていくのを感じる。
「俺に、真夢と子どもの事を幸せにさせてくれ」
「弾くんも一緒ならいいよ」
「俺は……お前たちと一緒なら……それだけで……ううっ、ちくしょー!!真夢てめー!!」
泣かせに来た真夢を思い切り、身体に障らないギリギリの力でギュッと抱きしめた弾は、これからの人生が幸せに包まれる予感で胸がいっぱいだった。
そして真夢も、弾の力強い腕に抱かれてその思いを実感し、幸せを噛み締めるのだった。

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