真夢と同棲して三ヶ月。
今日は土日で俺だけがたまの仕事で出ていたが、すぐに帰れることになった。
いつものように帰るメッセージを送り、何か買って帰るものはないか真夢に聞くと、すぐ返事が返って来た。
『じゃあね~、アイス』
「……」
アイスかよ! 俺は心の中でツッコんだ。
でも、まあいいか。どうせ俺も食うだろうしな。
『他は?』
そう聞くと、ちょっと待ってねまとめるから、と返事が来たのでとりあえずスーパー方面に向かう。
すると追加のメモが送られてきた。
『人参
ジャガイモ
キャベツ…』
何か重いモンばっかだな。分かってんなアイツ(笑)
笑いながら続きを読む。
『野菜ジュース
ハンドソープのつめかえ
弾くんのシャンプーも残り少ないよね!
〜………
妊娠検査薬(何でもいいよ!)』
バゴン!!!
文面を見た俺は買い物カゴごと落としちまった。やべえやべえ!
…………は? はああぁ!?
えっちょ、何だよコレ!? えっとつまりアレか? これってそういう事なのか? マジかよ!! ヤベェ超嬉しい……つーか、テンション上がりまくりなんだけども!?
買い物なんてもうどうだって良くなった俺は、それでも頼まれたものは忘れずに会計し、大急ぎで家に帰った。
***
「ただいまー」
玄関を開けて声をかける。するとパタパタとスリッパの音を立てながら、エプロン姿の真夢が出てきた。
「おかえりなさーい!」
満面の笑顔で言う真夢。
可愛いが過ぎるわこの野郎。
俺はその愛しい彼女の腰を抱き寄せた。そしてそのままキスをする。最初は触れるだけの軽いものだったが、だんだんと深いものに変わっていく。
唇を離すと、蕩けた表情になった真夢の瞳が潤んでて、それがまた色っぽくて、思わず抱きしめてしまった。
「あー、好きだ。すげぇ好き。大好き」
そう言うと、真夢は俺の胸に顔をうずめてきた。
「どしたの?でも、私も……だいすきぃ……」
うおおぉ!可愛すぎるぜマイハニー!!
…………
って、そりゃそうには違いねえが、そうじゃねえだろ!今は!!
あの買い物メモだよ!!聞かねえと!!!
「ま、ままま真夢!!おおお前!!」
「なあに、どうしたの弾くんたら」
真夢はコロコロ笑っている。お前、自分が何頼んだか分かってんのか??!
「いやお前!!買い物メモ!!妊娠検査薬…ってどういうことだよ!!?」
「あれ?言ってなかった?」
キョトンとする真夢。
「聞いてねぇよ!!!」
「ごめんなさい、忘れてました~♪」
悪びれずにニコニコしている真夢。
おいコラテメェふざけんじゃねぇぞ!!……とはまったく思いもしなければ口にも出せねえ俺。くそぅ、惚れた弱みって奴かよ……。
「あ~、まあ良いや。許してやるよ」
わざとらしくそう言うと、真夢の顔がパッと輝いた。クソッ! やっぱり可愛いなコイツ!!
「ありがと弾くん♡ 大好きっ♡」
……だからそれ反則だっつーの!!!
その後、買ってきたものを冷蔵庫に入れて一息ついた俺たちは、さっきの話に戻った。
「で、どうなんだ?」
真剣な顔つきになって聞いた。すると真夢はモジモジしながら答えた。
「まだ分かんないよ。ちょっとだけ生理が遅れてて、少しだるい感じがするから念のため検査してみよっかなと思って。言ったつもりでいたよ、ごめんね」
「いやいいよ…、そうだったのか。気づかなくてごめんな」
「いや気付かないでしょ!こんなわずかな事なんて、私だって念の為ってレベルだし」
真夢はコロコロ笑う。
「じゃあ、早く検査してみようぜ」
俺がそう言うと真夢はしれっと言う。
「え、でも今はトイレ行きたくないから…こういうのって意識すると引っ込んじゃうよね尿意」
美人のくせして尿意とかフツーに言いやがる。
ま、それがいいとこでもあんだけどよ。それにその気持ちもわかる。
「じゃああとでやってみようぜ。やるとき教えてくれよな」
「わかったよ」
その後、俺は夕食を作る彼女を手伝いつつ眺めていたのだが、どうしても我慢出来なくなって後ろから抱きついた。
「きゃあっ!?ちょっと危ないじゃん!」
振り返った彼女は頬を膨らませている。そんな顔しても可愛いだけだぞコノヤロウ。
「悪ィ悪ィ」
謝ると、今度は正面に来てくれた。
「料理中なんだから大人しくしててよ?邪魔するならあっちいってなさーい!」
「分かったよ……真面目にやりますやります」
そう言って軽くキスをしてやる。
「これで良いだろ?」
と言うと、真っ赤になって俯く彼女。本当に可愛い。
それからしばらくして出来上がった夕飯を食べながら、今日の出来事を話す。もちろん、さっきの事も含めてだ。
「そっかぁ。良かったねぇ」
「おうよ」
「それで、どうだったの?」
「ん?そりゃ勿論──」
楽しく話しながら夕飯を進めるが、検査の事を思い出す。
「そういやまだ検査してねえな」
「ん?ああそうだね」
真夢はあまり話にのってこない。
「どうした?具合悪いのか?」
「んーん、大丈夫だよ」
そうは言うものの、やはりあまり元気がないように見える。
心配になった俺は、後でもう一度ちゃんと聞こうと思いつつ、食後のコーヒーを飲んだ(真夢は紅茶派)。
***
夜になり、風呂でも入るかと思いトイレに行こうとして思い出す。
……そうだ、検査!すっかり忘れてたぜ!
俺もトイレに行きたいんだから真夢だってそろそろ行きたいはずだ。
……と思ったら真夢がトイレから出て来た。
「あれ、弾くん。ごめんね先入っちゃった」
「あれ?真夢!?検査してたのか?!」
「あ、ごめん忘れちゃった」
真夢はニコっと微笑むと洗面台に向かっていった。
……忘れてた?そんなもんなのか??
その時は深く考えず、風呂に入ることにした。
いつも通り真夢と一緒に風呂に入って楽しいイチャイチャタイムを過ごし、上がった後も二人でくつろぐ。
「真夢、俺トイレ行くわ」
「うん、行ってらっしゃい」
「お前は?」
「まだいい」
……おかしいな。こんなやりとり、もう三回目くらいだぞ?
どっちかっつーと真夢はよく飲む分トイレは近い方なんだがな。俺の方が行ってるぞ?今日は。
と思えば知らぬまに真夢もトイレに行っていて、聞くとまた忘れちゃった!と笑っている……という感じだ。うーむ……
用を足し終えて手を洗いに行くと、真夢が何かを手に持っている事に気づいた。
何だあれ……?
近寄って見ると、それは妊娠検査薬の箱だった。
そして、それをじっと見つめている真夢の姿があった。
え……まさか……!!
慌てて真夢の肩を掴むと、ビクッと震えた。
「真夢!もう検査してたのか?!」
焦りすぎて声が大きくなってしまった。
すると真夢は、困ったような顔をこちらに向けてきた。
しまった。ちょっと大きな声出しすぎちまった。
「……してない」
真夢は小さく呟いた。
してないって……じゃあなんで持ってんだよ……ていうか何でしないんだよ…?
俺は無い頭なりに考えてみる。
……もしかして、してみたけど結果が出なかったから落ち込んでたとか、か……?
だとしたら俺が邪魔した事になる。でも真夢は検査してないと言っているし、箱も開いていないように見える。じゃあ何なんだ?クソっ……。
俺は焦れて思わず険しい顔つきになる。
すると、真夢が泣きそうな顔でこちらを見て来た。俺はそれを見て、何も言えなくなった。
何だ?どうして買って来て、って頼んだのにしないんだ。……やっぱり一人でうだうだ考えてみてもわかんねえ。
「……なあ、真夢。何か思ってることがあるんなら、教えてくれねえか。考えてみたんだけど、ごめん、俺じゃよくわかんなくてよ」
正直に打ち明けると、彼女は静かに話し出した。
最初は、ただ単純に嬉しかった。弾くんとの子供が出来たかもしれないって思うだけで幸せだった。でも、それと同時に不安にもなった。
もし子供が出来ていたとしても、私は産めるだろうか。仕事は続けられるだろうか。家事もちゃんと出来るかな。
そんな事ばかり考えていたら怖くなって、なかなか出来なかった。実はちょっと前に検査はしてみたのだけれど、結果は陰性だった。
それがわかった時、ほっとしたと同時に、悲しくもあった。きっと、これで良かったんだと思う反面、どこかで期待している自分がいるのだろう……。
でも、検査するには少し早すぎた事を知り、もう一度検査してみようと思ったが、どうしても勇気が出せなくて、弾くんに検査薬を買って来てもらうことで状況をわかってもらおうと思った。でもやっぱりいざ検査をしようとすると、どちらの結果にしても普通じゃいられくなりそうで怖かった……
弾くんには悪い事をしてしまったと思っている。本当に申し訳ない。
「本当は忘れてなんかなかったの…ごめんね」
真夢は涙声でそう言った。
……ああ、俺がバカだったんだ。こんなに苦しんでいたなんて。
俺は真夢の肩を抱き寄せた。
そっか、だから様子がおかしかったのか。
そっと抱きしめると真夢は俺の胸に静かにおさまっていた。
「話してくれてありがとな」
「ううん……はぐらかしててごめんね」
「いいさ。それより、その検査薬見せてくれるか?」
「……え?今からするの?」
「おう」
真夢はおずおずと箱を差し出す。俺もよく説明書を読んでみる。
「よくこんなんでわかるようになってんなあ」
「ね……すごいよね」
「これで人生が変わるかもって思ったら、そりゃ嬉しいだけじゃいられねえよな」
「うん……」
俺はノーテンキすぎたかもしんねえな。ただ喜んでただけだった…先のことまで深く考えられてなかったのかもしれねえ。ましてや真夢自身の身体のことをもっと考えてやるべきだった。
「自分の中に、もう一人人間がいるかも……って思ったら……そりゃ弾くんとの子なら嬉しいんだけど、盛大にビビっちゃって…」
「だよな」
真夢は苦笑いをしながら話していた。
俺は彼女の頭を撫でながら、優しく言葉をかけた。
俺だって同じだ。そんなもん、考えたら怖いに決まってる。でも、お前がそこまで思い詰めてる事に気づいてやれなかった。
「これからは、二人でしっかり話し合っていこうぜ」
そう言うと、真夢は大きく首を縦に振った。
俺は箱の中から小袋を取り出し、検査薬を一本取り出して彼女に手渡した。
緊張の面持ちでトイレに入っていく真夢を見送ると、なんだか急に落ち着かない気持ちになった。
よく考えると、すげえ人生の重大な場面だよなこれって……
違ってもこの先を考えるいい機会だし…っていうかもうこの先なんて一つしかねえんだけど。もしそうでも答えは一つに決まってる。
おおお何か考えれば考えるほど俺こそ吐きそうになってきたぜ……!!!!
いかん、俺がしっかりしないといけねえのに、今度は俺が盛大にビビってどうする……!!
と一人であれこれ考えていたら、真夢がトイレからすっ飛んできた。
あれ??!随分早くねえ??!
「何だ!?もう結果でたのか!?」
俺が聞くと真夢は
「う、ううん……やったはやったんだけど、怖くて置いて出て来ちゃった…!」
と、真っ赤になりながら言い放った。
「ええ!!?気持ちは分かっけど、見ないとよ……ホラ俺も行くから」
何とか真夢を促すが、真夢は
「こ、怖い……!吐きそう……!弾くん見て来て……!」
「俺だって吐きそうだよ!一緒に行こうぜ!!ていうか、妊娠してるかもしんねえなら無闇に走ったらダメだろが!」
結局、二人してあたふたしながらトイレに行く羽目になってしまったのであった。
恐る恐る検査薬を覗くと………
結果は陰性だった。
俺もほっとしたが、何となく残念な気もする。まあそんな簡単に出来るわけねえよな。
すると、真夢は放心状態になっていた。
「お、おい、大丈夫か?」
声をかけると俺にもたれてへたり込んだ。
「き、緊張した………何か、ごめん」
ポソと謝られた。……いや、何も悪くないのに。
「いや、わかるぜ。緊張したな。でも謝ることなんてねえじゃんかよ」
「そうだけど……なんか一人で騒いでバカみたい……ごめんね」
「そんなことねえよ……そもそもこういう心配するような状況をつくっちまったのが悪かった……ごめんな」
「そんな……別に避妊してないってわけじゃなかったんだから……」
そうだ。俺たちは行為の際に避妊はしてる…んだが、偶に失敗しちまうことがあって…
この間は、ゴムを引き抜くと漏れていて、それがちょうど真夢の危険日だったのだ。
「真夢は陽性が良かったのか?」
泣きそうなような、ほっとしたような様子の真夢に聞いてみると、
「……わかんない……ほっとしたような、でもやっぱり残念かもしれない……」
「そうだよな。俺も同じ」
俺も同じような顔をしてんのかな。
「でもよ……これからの事を考えるいい機会になったよな」
俺が言うと真夢は小さく微笑んでくれた。
「……そうだね」
それからしばらく沈黙が続いた。
俺はそっと真夢の手を握り、真夢もそれに応えるように強く握ってきた。
その手の温もりを感じながら、ふと思った。
俺は、俺の人生で、一番大事な存在を見つけたんだな。
今まで、こんな風に大事だと思える相手に出会った事はなかった。
これからもずっと、俺の隣にはお前がいてほしい。
そんな思いを込めて、俺は真夢を強く抱きしめた。
ああ、幸せだ。
俺は今、最高に幸せな気分だ。
そして、これからもっと、もっともっと、お前との未来を想像したらワクワクしてくるぜ。
「……籍、入れないか」
「え、ホント……?」
真夢が驚いて顔を上げた。
無意識のうちに言葉が出ていた。
でもそれは、嘘偽りのない本音だ。
俺の思い付きでしかないけれど、真夢さえ良ければそうしたいと思っている。
そして、俺の言葉に真夢がどんな反応をするのかを知りたいとも思った。
そう思って彼女の瞳を見つめると、真夢も俺の目を見て、静かにこくりと肯いた。
それを見た瞬間、愛おしさが溢れてきて思わずキスをした。
触れるだけの優しい口づけから、次第に深くなっていくそれに、お互いの息遣いが荒くなる。
そして、どちらからともなく唇を離すと、笑い合った。
「はは、じゃあ俺もついでに用足してくかな」
「あ、じゃあそれ捨てといてもらってもいい?」
「わかった。何か勿体ねえな」
「ふふ、そんな真っ白判定潔く捨てちゃって!ていうか私が捨てるよやっぱり」
「じゃあもう一度見てから捨てっか」
そんな風に笑いながら検査薬を見ると。
「……?」
「……あれ?」
さっきは無かった線が判定枠にもう一本浮かんでいる。
え、え?どういうことだ!?
俺が混乱していると真夢は慌ててスマホで検索し始めた。俺もその画面を見る。そこにはこう書かれていた。
“妊娠している可能性あり”と。
「ど、どゆこと?」
「また見るのが早すぎたのか??」
「うーん、でも置き過ぎたのも線出るかもしれないらしいし…」
「でもそれ、ここに書いてある蒸発線ってやつだろ?それは薄いって書いてあるじゃねえか。これは肉眼でしっかりわかるくらい濃いぞ」
「うん……確かに……」
話し合った結果、明日もう一度検査してみようということになった。二本入りの買っといて良かったぜ。
どっちが出るかな。
どっちでも大丈夫だよな。
俺たちの子なんだし。
とりあえず今は寝ようぜ。
二人で布団に入り、抱き合って眠りについた。今日結果がわからなかったのはモヤモヤするが、俺達の未来は変わらねえよ。
次の日。有効性の高いという朝イチ、改めて検査をすると。今度ははっきりとした一本の線が見えた。
結果は陽性だった。
間違いない。俺たちの子供ができたんだ!!
嬉しさと喜びで、俺は真夢を抱き締めた。
「やったな!!」
「うん……!」
俺達はしばらくそうやって抱き合っていた。
そして少し落ち着いた後、俺は真夢に言った。
「なぁ、結婚式挙げないか」
「……したい。私も」
「よし、じゃあ今度の休みの日にでも式場探すか」
「ドレス着てみたいな」
「ははっ、俺もタキシードとか着てみてぇな」
「弾くん似合いそうだね」
「お前も絶対可愛いぞ」
「ふふ、ありがとう。楽しみだね」
「おう。あと、子供の名前も考えないとな」
「そうだね。男の子だったらどうしよう?」
「……女の子なら真夢に似てほしいかも」
「私は弾くんに似た子が良いな」
「おい、そこは俺の意見を尊重してくれよ」
「んふふ、ごめん。でもほら、性別なんてわからないじゃない?」
「まあな」
「だから、両方考えておけば良いんじゃないかな」
「それもそうだな」
「ね?」
話は溢れて止まらない。
まずは病院に行かなきゃな。その次は籍だ。式も旅行も楽しみだけど、真夢の身体のこともあるし、全部後回しかもしんねえ。
でも何でもいいや。とにかく早く家族になりたい。
お前がいれば、お前達がいれば、もう俺は何も要らねえよ。
それから一週間後の日曜日。俺達二人は入籍をした。
婚姻届には既に俺の欄には記入してある。後は真夢が名前を書くだけだ。
……緊張するな。
真夢がペンを持ち、俺の書いた字の隣にそっと自分の名を置く。そしてゆっくりと俺の顔を見て、ふわりと微笑んでくれた。
ああ、幸せすぎてどうにかなりそうだよ。
これからは、この人と、大切な宝物と一緒に生きていくんだ。
そう思うだけで胸がいっぱいになって泣きそうになったけれど、なんとか堪えた。
これで、俺と真夢は夫婦になった。
ずっと一緒にいような。
愛してる。
俺が死ぬその瞬間まで、お前に感謝と愛を注ぐと誓うよ。

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