愛し君と恋熱

「真〜夢、ランチ行かないかい?聞きたい事もあ……」

桐島組にお昼休憩を告げるチャイムが鳴ってすぐ、ミカと源三が現場から事務所にやって来て、カンナと合流し真夢のデスクへとやって来た。
「…………、」
真夢はゆっくりと頭を三人の方へ上げる。その顔を見て三人は息を呑む。
「「……真夢?」」
「真夢ちゃん??」
三人は訳が分からず思わず声が出た。
顔を上げた真夢のそれは、絶望感に苛まれている。そしてみるみるうちにその目に涙が溜まっていく。
「……、」
「真夢っ!?どうしたの??」
ミカは真夢の肩に手を置き問いかける。すると真夢は堰を切ったようように泣き始めた。
「う……うぇ……、っごめ……」
「ここじゃなんだな、とりあえず休憩室行くか」
周りの目を気にした源三らに連れられ、真夢は休憩室へと移動することにした。

「何でい、何があったんでい?」
「ごめん……急にこんな……」
真夢は泣き止まず、ただ謝り続けている。
「なに、謝る事はないよ。そりゃあんな顔見たら心配するって」
「そうだよ!それに心配な時はいつでも相談してって言ったでしょ?」
ミカとカンナが優しく声をかけるも、真夢は一向に泣き止まない。
「うぇ……っ、ごめん……」
「もういいよ〜、大丈夫大丈夫!」
そんな真夢をカンナが抱きしめ頭を撫でる。すると真夢の涙腺はさらに崩壊し、カンナのシャツが真夢の涙で濡れる。
「うぅ……」
真夢はカンナにしがみつき泣き続ける。カンナはそんな真夢を優しく抱きしめ、頭を撫で続けた。
「ごめんね……汚しちゃって……」
少し落ち着いた真夢がカンナに謝りハンカチを渡すと、カンナは気にしないでと首を振る。
真夢はびしょ濡れになったメガネを取り、予備のハンカチで気力なく拭き始めた。
「それにその格好は何だい?まるで出会った頃の真夢じゃないか、充分可愛いけどさ」
隠したがってただろ、とミカが問いかける。
いつも綺麗におでこを出し、下ろした髪はやはり綺麗に巻いて、オフィスカジュアルは守りつつも華やかなOLルックである真夢だが、今日は……
引っ詰め髪にメガネ、リクルートスーツという出会った頃の地味な真夢に逆戻りしている。
「うん……」
ミカの問いかけに、真夢はハンカチを握りしめながら答える。
「これはね、……もう、綺麗にする気力がなくて……意味もないのかもって……」
また真夢の目に涙が溜まっていくが、三人は真夢の言葉を静かに待ってやる。
「昨日、……何もなかったの……」
「え?」
「昨日、ホワイトデー……だった、でしょ……」
「うん、そうだよね?何もって……」
真夢の言葉に三人は少しずつ相槌を打ちながら続きを促す。
「だけど……、、弾くんから、何も、……連絡さえなかったの……!」
「「「えっ!?」」」
真夢のその言葉に三人は目を見開き、驚く。
「ごめんね、こんな事で……別にそんなの、当たり前……って、思うんだけど……」
真夢はまた泣きそうになり、それをこらえる様にハンカチを握りしめている。そんな真夢をミカが背中をさすりながら慰める。
(どうなってんだ!?ありえねえだろそんな事!?)
(だよね!?弾のやつあんなに張り切ってたのに何で……)
(そもそも真夢ちゃん、何で出社してるの?弾くんから月曜お休みの許可お願いされて出してるのに……!)
真夢を宥めながら三人はヒソヒソと話し合う。
「バレンタイン……告白はできなかった……けど、弾くんすごく喜んでくれて……ホワイトデーは楽しみにしてろ!って言ってくれてたのに……」
真夢はまた泣き出してしまう。
「彼女でもないからっ……仕方ないって……でも、金曜も土曜も連絡くれて明日は楽しみしてろって……だから、メッセージくらいはくれるかなって……!」
「真夢……」
「私が欲張りすぎてたのかな……みんなも応援してくれてたのに、ごめんね……!」
「ま、真夢ちゃん落ち着いて!」
カンナが慌てて宥めようとするが真夢の涙は止まらない。いつもは綺麗にナチュラルメイクされている顔が、肌こそ今日も綺麗だがほぼすっぴんに近い状態だ。
三人はいよいよどうした事かと顔を見合わせる。
この三人に限らず、桐島組、ひいては鬼頭組の面々まで弾と真夢が熱烈な両片想いであることは知っている。
弾がどんなに真夢を大事に想っているか、またその逆もその態度や言葉からいやというほど見せつけられていた。
「皆んなごめん……こんなことでお昼休みまで無駄にしちゃって……」
「真夢ちゃん……」
「真夢、それは大丈夫だから気にしないで。それに弾のことも大丈夫だから」
「おうよ!真夢が泣くようなことはあり得ないぜい」
真夢を宥めつつ、源三は腕を組みながら考えている。ミカもそんな源三を見て少し考え事をしているようだった。
そしてカンナも合わせ三人はうんと頷くと、真夢に向き直る。
「真夢、今だからもう言うけどさ。弾、ホワイトデーにアンタ誘うつもりでずっと準備してたんだよ」
「え……?」
真夢は泣きながらもぴたりと動きを止め、目を見開く。源三は三人の顔を順番に見てから口を開く。
「でも連絡はなかったんだな?」
「……うん……え?どういうことなの?」
真夢は頷きつつもまだ不安そうな顔だ。
「バレンタインからあいつの浮かれようはすごかったぜい。ホワイトデーにかける意気込みったらまーー暑苦しさに拍車かかってよ。今日だって弾の奴有休取ってんだからな」
「真夢ちゃんも今日はお休みのはずなの、弾くんから話すって言われてたんだけど……」
源三とカンナの話を聞いて、真夢は「そんな……」と呟く。
「だから、弾がアンタに何も言わないなんてあり得ないの」
ミカの言葉に源三もカンナも頷く。
「でも……、私何も聞いてないよ?」
そんな三人の様子に真夢はまた泣きそうになる。
「それはきっと何か事情があったんだよ!ね?源さん!」
「おうよ!あの弾が真夢に連絡一つよこさないなんてことありえんぜ!」
真夢の涙腺崩壊を食い止めようと三人は必死に事実を伝えるが、それにしても弾がそれだけ意気込んでいたホワイトデーを自ら棒にふるなんてどういうことなのか。
「ちょっくら弾に電話でもしてみっか」
「え!?怖いな……」
源三の提案に真夢は不安そうな顔をする。
「大丈夫!源の字、とりあえずアンタがかけてやってくれないかい」
ミカの言葉に源三も頷き、素早く弾のスマホへ電話をかける。
「「「「………」」」」
四人は緊張した面持ちで弾が出るのを待つ。
「出ねえな」
源三はそう呟くと何回か同じ番号にかける。
「出ないのかい……?」
ミカが源三に相槌を打つと、源三は頷き最後にもう一回だけ電話をかける。
 プルルルル……
「ダメだ、出ねえな」
「何でだろ、昨日は日曜だし真夢さえ連絡取ってないし変だね」
「何かあったのかな?」
カンナの発言に三人はハッとする。
「ミカ、お前昨日弾と連絡取ったか?」
源三がミカに問いかけるが、ミカは首をブンブンと振って否定する。
「何でアタシが!?休みだし、ホワイトデーだよ!?どうなったかな、とは思ってたけど連絡するのも野暮だしなって……」
「俺もだ。上手くやれよ!とは送ったけど、そういや返事来てねえな……既読にもなってねえぞ」
源三もメッセージ画面を確認すると、昨日のメッセージに既読マークがついていない。
「弾くんに……何かあったっていうの……?」
真夢はサーーッと青ざめると、今度は別の涙を溜め始める。
「いや、そんなまさか……あんな頑丈な男がなんかあるわけねえよ、安心しろ!」
「でも……!」
「まあ一人暮らしだしね、今日は普通に有休で休みだと思ってたから……タイミング悪かったね」
「私、社宅の鍵取ってくる!!」
社長令嬢のカンナが慌てて社宅の鍵を取りに行く。
「よし、皆んなで弾の部屋行ってみっか」
「弾くん……、無事でいて……!」
源三は真夢を落ち着かせるように肩を叩く。
「だから大丈夫だっつってんだろ!!心配しすぎだっての!」
源三はまた泣きそうな真夢に明るくツッコんだ。
真夢は自分を気遣ってくれる皆の気持ちを汲んで、弾の無事を祈りつつ涙ながらに頷いた。

社宅の鍵を取りに行ったカンナが戻り、四人で弾の部屋へ向かう。
弾の部屋の前まで来て電話してみても、相変わらず反応はない。チャイムを押しても同じだった。
「弾!いるのか?弾!!」
源三がバンバンと扉を叩いてみてもシーンとしている。
「ダメだな、もう仕方ねえ、鍵開けて中見てみようぜ」
「どうしよう……!」
「真夢、落ち着いて。弾のバカがアンタ残してどうにかなるわけない」
「中にいるのかな?」
四人はスペアキーでドアを開ける。
「……靴あんな、やっぱ中か?」
「ひい……!」
「まま真夢、大丈夫。絶対大丈夫……!」
自分を落ち着かせるようにミカも真夢の手を握る。
「入ってみっか」
四人は慎重に中へ入っていく。
源三を先頭に、玄関をこえて、ゆっくり中へと入っていくと……
「弾!!?」
「「「……!!!」」」
源三は声を上げ、女子三人は声すら出ず絶句した。
ソファに何とか横たわった、という格好の弾がそこにいたのだ。
四人は一瞬時が止まったかのようだったが、ここは男の自分が先頭に、と源三が
行動を起こそうとするが……
「弾くん!!!!!!」
真っ先に動いたのは、真夢だった。
あれだけ不安で怯えていたのに、弾の事になると男の源三よりも行動を起こす真夢の弾への愛情深さに、一同は驚き感心すらする。
「わああああ弾くん!!やだあ!!何で!?どうしたの!!?ねえ!!?」
真夢は弾に縋りつき、半泣き状態で彼に触れる。
「弾くん!!大丈夫??どうし……??熱い……弾くん、すごく熱い!!?」
「えっ!!?どれ……、こりゃ、すげえ熱だぜ!?」
弾に抱きついたような真夢が弾の熱に気付き、源三も慌てて弾に触れ熱を確認する。
とりあえず熱い、ということは生きていると安心するが、それにしてもこの熱は見過ごせない。
「わああああ!!弾くん、何でこんな、どうしたの……!」
真夢が涙をぽろぽろ流し、弾の手を握り抱きしめる。
すると。
「……うーん……」
「!!!弾くん!!?」
「お!弾、大丈夫か!?」
「……んん?……あれ……、真夢……?」
弾がうっすらと目を開ける。熱と寝起きでぼんやりしてはいるが、比較的口調や意識はしっかりしている。
「弾くん!!!分かる?私のこと分かる!?」
「分かるも何も……真夢のことが分からねえ訳ねえだろ?」
しんどそうではあるものの微笑む弾の言葉に、真夢は泣きながらもその答えにひとまず安堵する。源三もミカもカンナもホッと息を吐いた。
「よお、心配させやがって」
源三はやっといつもの調子で弾の頭を小突いてやる。が、やはりおでこが熱い。
「それにしてもすげえ熱だな。お前どうした?」
「え……?どうしたもこうしたも……お前らこそ何で……今日日曜だろ?」
弾の言葉に四人は顔を見合わせる。
「弾くん、今日、月曜日だよ」
カンナの言葉に弾は目を見開いた。
「はあ!?」
弾は勢いよく体を起こそうとするが、ふらついたのを源三が慌てて支える。
「いきなり起きんな!ほら、三月十五日、月曜だ」
源三が身体を支えつつ弾にスマホを見せてやる。弾はそれを呆然と眺め口を開く。
「マジかよ……どうなってんだ……」
「お前、大丈夫か?」
源三が心配そうに声をかける。
「大丈夫じゃねえよ!今日はホワイトデーで……真夢に……!」
弾はそう叫ぶように言うと、そのままソファから落ちてしまった。
「わああ!!ちょっとアンタ何やってんのさ!?」
「本当何やってんだ俺は……それに何でお前らここにいんだ、鍵は……あれ……?」
まだ休日だと思っている弾は、鍵をかけているはずの自分の家になぜ皆が揃っているのか理解ができていないようだ。
「いいから寝てて、弾くんすごい熱なんだよ!」
真夢はそう言うと、弾にとりあえず寝るよう促す。
「熱……?マジかよ……何でこんな熱が……」
「弾くん……!苦しくない?苦しいよね、何があったの……?何も知らないで、私……私……!」
真夢がボロボロと涙を流す。
「どうした?真夢」
弾が手を伸ばすも、力が入らずうまく涙を拭くことができない。それでも何とかしてやりたいと思い、真夢の頬をそっと撫でる。すると真夢はその手を握ってまた泣き始めてしまった。
「……っ、私、待ってばかりいないで連絡すれば良かった……こんなことになってるなんて思ってもなくて……ごめんね、ごめんね弾くん……!」
「真夢……、泣くな。俺は大丈夫だから……大事な日をぶち壊しちまってごめんな」
弾は優しくそう言ってやるが、それでも泣き続ける真夢の涙をミカがそっと拭ってやる。
「ホワイトデーだったから、弾からの連絡を待ってたんだもんね?仕方ないよ」
「そうだよ、そんな日に自分から何て連絡すればいいかなんてわかんないしね」
ミカとカンナで真夢を庇うように慰め、弾もその言葉に頷く。
「そうだぜ、俺が連絡するから待っててくれって言ったんだしな」
「でも……でも……!落ち込んでないで、何かあったの?って聞けば良かった……大丈夫なの……?」
真夢の言葉に源三もミカも頷いてやる。
「しかし本当だよな。お前どうしたんだ?飯とか食ってんのか?」
「あんたの中では今14日なんでしょ?いつからこうしてんの?」
二人の問いかけに弾はうーんと考え身体を起こそうとするが、やはり力が入らずまたふらついてしまう。
「弾くん!」
真夢が慌てて支えるが、それでも起き上がるのがやっとという感じだ。
「大変!!」
「弾、とりあえずお前病院いくぞ。真夢にゃ悪いがミカの方が力あんな、いいか?」
源三が弾、ミカ、真夢に声をかけると三人も頷く。
「ミカとおいらで支えりゃ歩けるか?」
「おう……悪いな、申し訳ねえ……」
「ったく、世話が焼けるね。アンタが倒れちゃ真夢が泣くから仕方ない」
軽口を叩くミカに、弾と源三は苦笑する。
「タクシー呼んだよ!すぐ来るって!」
カンナと真夢でタクシーを手配し、四人で支え合いながら病院へと向かった。

病院へ着くと受付をすませ、診察を待つ。
「金曜までは元気だったじゃないか。ウザいくらいに」
「な。現場でも明後日がどうのって鬱陶しさ大爆発だったんだからな。それで連絡なきゃそりゃ真夢も泣くぜい」
「……面目ねえ……」
「いいんだよ!大丈夫だよ弾くん、私は大丈夫だから……」
「災難だったね、二人とも……」
そうこうしていると順番が来て医師の診察を受けることができた。
大人数で入るのも憚られるが説明も必要だろうからと、源三と真夢が付き添って弾と診察室へと入る。
弾本人から症状の説明と、源三と真夢が倒れていた時の説明を伝えると、一応一通り検査をする事になった。
「お願い弾くん、何でもないでいて……!!」
「大丈夫だって真夢……しっかり者のアンタが日本語わやわやだよ」
「はは、真夢がそんなだと弾が困るぜ」
ミカ達に茶化されながら弾の検査を待つ。程なくして付き添いの方、と処置室に呼ばれると、点滴をされながらベッドに横になっている弾と担当してくれたのであろう女医が立っていた。
(うっっっ!!?とんでもない美人!!)
女子三人は美人女医に怯むが、弾と源三は特に何も感じていないようだ。
「あの、弾く……いえ、彼は……」
真夢が不安そうに医師に話しかけると、弾の表情が曇る。四人もどうしたのかと様子を伺うが、美人女医は安心させるように優しく微笑んだ。
「……知恵熱ですね」
「知恵熱……!?」
弾の症状を医師から説明されるも、四人はいまいちピンとこない。
「ええ、俗に言う知恵熱です。大人だと心因性発熱ってやつかしら。遠足の前に楽しみで熱出しちゃう子とかいるでしょう?」
女医の言葉に四人は呆然と弾の方を向くと、言われた弾は真っ赤になり布団を被ってしまった。
「ーーー〜、子供で悪かったな!!」
その言葉に弾以外は思わず笑ってしまう。
「よかった……!」
「んだよそりゃあ!?納得すぎるぜい」
「弾、アンタ……どんだけ楽しみにしてたんだい!?」
「あはははっ」
源三達に笑われて、更に恥ずかしさが増すのかますます布団にくるまる弾を見て、やっと四人も安心することができた。
「大事な予定があったのね?災難でしたね。この感じだと数日寝れてなかったんじゃないかしら?知恵熱状態で弱ってたところに多少風邪も重なったんでしょう、どちらにせよ大事には至らないので安心して下さい。ただ高熱で脱水状態になっていましたし、疲労も溜まっているようですので点滴をして様子を見ましょう」
その言葉に四人は胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」と頭を下げる真夢に源三達も続く。
「では点滴が終わる頃にまた来ます。お大事に」
女医が処置室から出ていくのを見届けて、弾はやっと布団から出てきた。
「ったく……恥ずかしいったらありゃしねえ……」
そう呟く弾に四人は苦笑するしかない。
「でも良かったね、何事もなくて」
「大丈夫?少し顔色良くなったね……美人女医さんの効果かな……?」
心配しつつもチクリと冗談を言う真夢に、弾は慌てて否定する。
「バッ……違えよ!!点滴のお陰だよ!!マジでかなり楽になって来たぜ、もう帰りてえな」
「アンタバカなのかい!?ちゃんと治して二度と倒れんな!!真夢がどれだけ泣いたか……」
冗談を言っていた弾だが、ミカの言葉に驚き真夢の方を向く。
「真夢……お前、泣いたのか」
「うん……ちょっとね……」
「ボロボロに泣いてたけどな?」
「源さん!!」
「ごめん……真夢、心配かけてごめんな」
弾が素直に謝ると、真夢は首をブンブン横に振る。
「いいの!本当に良かったよ……!もう元気になってね!」
「ああ」
真夢の笑顔に弾もやっと安心できた。
しばらくして医師が入ってくると点滴が終わる頃だと説明される。無理をしなければ自宅で療養して大丈夫、快方すれば特に再受診などもいらないようだ。
念の為一通りの処方をしてもらい薬を受け取ると、四人は弾の回復を喜びつつ、病院を後にした。

「はあ〜……疲れたな」
「悪いな、勤務時間にまで付き合わせちまって」
「こういう時は仕方ないよ。安心して、全員の勤怠もちゃんと後で手続きするから」
「ありがとうカンナちゃん……!」
帰りは自力で歩くまで回復した弾と、もう一度全員で弾の部屋へと戻る。そして弾から今日の昼に至るまでの様子を聞いた。

土曜夜。明日また連絡すると真夢とメッセージで会話し、弾は寝る準備に入った。
「あ〜〜やべ!!緊張するな……でも明日はバシッ!と決めねえと!!」
真夢へ告白するべき大事な日を前に、弾は期待と興奮と不安とが最高潮に達していた。
「でもやっぱり楽しみだな、それが一番だ!日曜にまで真夢に会えるならそんな素晴らしい休日ないぜ」
あれだろ、これだろ、ここ行って、あれ買って、などなど、考えるだけで楽しくてたまらない。
「真夢も……楽しみだと思ってくれてたらいいけど……ってまだ知らねえから無理か」
色々予定を立ててはいるが、真夢には当日サプライズでデートに誘おうと思っていた為まだ真夢は何も知らない。一応日曜は空けておいてほしいとだけやんわりと伝えていたので、予定はないはずだ。
「それで断られたらどうすりゃいいんだ??泣く自信があるぜ俺は」
いつもより独り言も多く、弾は真夢とのデートに想いを馳せるのだった。
少し早いが明日に備えて早めに布団に入る。が、やはり緊張や昂りでなかなか寝付けない。
「いつもならいつでもどこでも即寝れんのにな……どんだけだよ俺は」
そんなことを呟きながら布団に寝転んでいたが、とうとう空が白んできた。十四日の朝が始まる。
(さすがに完徹だとまずいか……?ここ最近仕事キツかったしな)
気力体力ともに漲る弾だが、直近の勤務は激務が続いており、少しは寝ないと失敗しかねない。身体は疲れているのに神経だけが昂って寝れていない。
「仕方ねえか……誘うの少し遅れちまうが、昼前までだけ寝るか……?」
少し睡眠をとろう、そう思い弾は目覚ましをかけ直し目を閉じるがやはり眠れない。そのまま睡魔を待ち、完全に朝日が登った頃にやっと眠れたのだった。

しばらくして目覚ましのアラームで弾は目を覚ます。
(……?時間か……、……?何か変だな……)
寝起きがいいのが自慢なのに、身体が重い。それだけでなくフラフラするし眩暈もする。
「まだ眠いのか……?それともまさか……?」
弾はそう呟きながら、体温計で熱を測ってみる。すると38.6°Cの数字が表示された。
「……はあ?!?!何だこの高熱!!?」
思わず叫ぶも頭がガンガンするし身体がだるい。完全に発熱している。
(おいおい……マジかよ……)
弾は時計を見ると午前10時。何とか少しでも状態を良くしないとデートもクソもないと慌てる。
(真夢に連絡するか……?でも何て?まだちゃんと誘ってもねえのに……)
「とりあえず薬……クソ、風邪薬なんてあったか??せめて解熱薬……」
普段風邪なんて引かない弾は、薬の在処が分からずフラフラしながらも部屋中を探して回る。
「やべえ……クラクラするぜ……全然動けねえ」
それでも何とか解熱鎮痛剤を見つけ出し、ついでにトイレなどをすませ薬を飲むと、ソファに倒れ込む。そしてそのまま意識を手放した。
(真夢に何て言おう……)
そう考えながら。

話を聞いた一同は絶句する。
「じゃあ弾お前、ここで24時間以上寝てたのか??」
「……そうみたいだな」
「何もかけないで?熱あるのに、お布団じゃなくこのソファで倒れてたの……?」
「………ごめん」
「はあ?!?バッカじゃない??真夢に言えないなら何で源の字やアタシに言わないんだい!!」
ミカの怒りはもっともである。
「……っ、真夢に心配かけたくなかったんだよ……お前らにだって休日だし、手煩わすのもよ……」
「それで倒れてどうすんだい!?アンタ今自分がどんだけ情けない事言ってるか分かってんの!?」
「お互い一人暮らししてんだ。ぶっ倒れた時には力合わせねえとよ、何遠慮してんだ弾」
ミカの怒りも心配から来るものだと皆分かっているので、源三がそれを嗜めながら弾にそう言うと弾も素直に謝る。
「本当だな。すまなかった。かえって煩わせたな」
「実家暮らしの私や真夢ちゃんとは違うからね。みんな無理しないで、困った時にはみんなで助け合おうよ」
カンナもそう言ってくれると、弾はもう一度皆に頭を下げた。
「ありがとうな……本当に」
「真夢に言ってやれ。お前が倒れたの見つけておいらでさえ一瞬ビビったってたのに、寸前まで腰抜かしてた真夢が誰よりも早くお前に駆け寄って熱に気付いたんだからな」
源三の言葉に弾は真夢の方を向く。
「そうなのか……」
「いいの……弾くん、辛かったね、しんどかったね……!デートは嬉しいけど、弾くんが苦しいのはダメ……!」
「わかった、ごめん、ごめんな真夢。ありがとう」
また泣き始めた真夢の頭を弾は優しく撫でる。
「真夢のあんな顔二度と見たくねえぞ、弾お前マジでしっかりしろよ?こんなんまたあったら今度こそお前許さねえぞ!?」
「……わかってるよ」
そう答えると四人は安心したように頷く。
「とにかく今日はもうゆっくりしてな。お前も働きづめだったし休まねえと」
源三がそう言うと弾も素直に頷く。
「わあったよ。とはいえ、もう元気なんだけどな、熱も下がったし」
「はあ、これだからバカは困るんだ。真夢、申し訳ないけどアタシら仕事戻るから、アンタこのバカ見張っといてくれる?でないとまた倒れかねないから」
「あ、それがいいね!今日本当は真夢ちゃんお休みだったんだから。二人とも有休溜まってるんだから明日も休んでいいよ」
カンナの言葉に弾は声を上げる。
「あ!!?そうだ、真夢今日休み……そうか、それも伝えてねえから出勤してたのか……本当何やってんだ俺は」
「仕方ないよ。真夢ちゃんは今日時間早退にしておくから勤怠は気にしないで。事務作業も私がカバーするし、真夢ちゃんは看病してあげて。源さんたちも現場は平気?」
カンナの問いかけに源三とミカも頷く。
「おう!そこまで忙しくねえし、ミカと二人で何とかするぜい!」
「そそ、こんなバカいなくても二日位大丈夫!」
普段なら何だと!?と言い返す弾も、今日ばかりは素直に頷いた。
「すまねえ……頼む」
そんな四人に真夢は微笑むと弾の側へ寄る。
「……じゃあ私、今日は一日ここにいてもいい?」
弾が驚いて真夢を見ると、真夢も弾を真っ直ぐに見つめる。その目は真剣だ。
「でもお前、俺の看病なんて……」
「いいの!だってデートはまたできるけど、弾くんは一人にしたらすぐ無理しちゃうでしょ??それに……私が看病したいんだよ、ダメ?」
潤んだ上目遣いの真夢のお願いを、弾が断れる筈がない。
「ダメじゃねえけど……でも……」
それでも煮え切らない様子の弾にミカが言う。
「もうさ、一緒に住めばいいじゃん!そうしたら看病だって出来るだろ」
「……!!」
その言葉に弾と真夢は顔を真っ赤にし、そんな二人を見て源三とカンナもニヤニヤする。
「まあな〜そうすりゃおいらたちも安心だぜい?」
「うんうん!」
三人にそう言われ、やっと弾が搾り出した言葉は……
「まだ……付き合って……もいねえのに……」
その言葉に三人は顔を見合わせると、盛大に吹き出して笑った。少し期待をしていた真夢は大横転している。
「まっ、真夢!!?」
「弾くんひどい!!!」
「えっ!!?何がだよ!?」
弾と真夢のやりとりを見ている三人だったが、やれやれといった感じで源三が口を出す。
「何を言うかと思えば……まだそんな事言ってんのか弾」
「あ〜あ、これじゃ弾くん、真夢ちゃんに逃げられちゃうかもよ?」
カンナの言葉に弾は酷く慌てる。
「え!!?それは困る、断じて……ん??」
「はー〜あ。そこらへんもこの後二人で話し合いな。さ、アタシらは戻ろう」
ミカの言葉に源三とカンナも頷いて、部屋を出て行く。
「じゃあ、しっかり休めよ!また明日……いや明後日か。祝賀会でも開くか!それまでに全快しとけ!」
「そーそー、明日は二人で休んでね。む、無理しすぎないで……!」
「おーー、言うじゃないかカンナ!本当だよ、真夢潰すんじゃないよ!?」
「お、おう……?世話んなったな!」
三人はそれぞれ激励の言葉をかけ、玄関のドアがバタンと閉まる。残された二人は玄関でぽかんとしていた。
しばらく二人でそうした後、弾が真夢と部屋へ入ろうと振り返ろうとしたその時。
ぽふっ、と背中に何かが当たったあと、自分の胴体にギュッと手を回される感覚。
真夢が弾の背中に抱きついたのだ。
「まっ!!?……真夢??」
「……った……」
「……え……」
「よかった……無事で本当に……!」
自分に抱きついている腕と身体が震えている。弾は驚きつつ、そんな真夢の手を撫でながら優しく答える。
「心配かけてごめんな。でも、俺はもう大丈夫だ」
背中越しに首を左右に振るのを感じると、真夢が声を絞り出すように喋る。
「……ったんだ……」
「ん?」
「……怖かった……、弾くんがこのままいなくなっちゃうんじゃないかって……!」
思わず弾が振り返ると泣き顔の真夢が目に入る。こんなに弱々しい真夢は見たことがなくて、弾は胸が締め付けられる思いだった。
「ごめん、ごめんな……連絡もしないで」
「違うでしょ、出来なかった、んでしょ?」
「! まあ、そう……だけど……」
真夢は弾の答えに頷くと、今度は自分の思いを伝えようと口を開く。
「もう弾くんと連絡が取れなくなるのは嫌だ。嫌だから……」
そこまで言って言葉に詰まる。涙は溢れてくるのに次の言葉が恥ずかしくて言えない。そんな真夢に弾は口を開く。
「お前、その格好……」
「え?」
言われた真夢は一瞬何かと思った後、サーーッと青ざめる。
弾に振られたと思い込んでいた為、化粧も身なりも綺麗にする気にならず、出会った当時の芋っぽい自分そのままだった事に気づいたからだ。
思わず弾からバッ! と身を離すと、
「あ、ああ!!違くて、これは、あの……!」
慌てて弁解しようと慌てるが言葉が出ない。
すると弾は真夢の両肩に手をかけ、目を見ながら優しい声色で言う。
「久しぶりに見たぜ。可愛いな……」
「……え?」
「お前、この時の自分隠したがってるみてえだけど」
「うん……」
バレている、そんな事まで知られているのかと、真夢は涙を溜めながら恐る恐る頷く。
「俺はこの真夢、好きなんだぜ」
弾がそう言うと、今度は喜びの涙で真夢の瞳が潤み始める。
「え?そんな……こんな……芋っぽくてダサいのに……」
「何言ってんだお前。分かってねえな」
「……!!」
まさかの言葉に真夢は思わず言葉を失うと、弾はそんな真夢を真っ直ぐ見つめる。そして……
「いつもの超絶綺麗でお洒落で可愛い真夢も好きだ。でもこの姿は……」
(え……?)
突然の告白に頭が追いつかない。すると弾はもう一度言う。
「これは、俺が一番初めに……お前に惚れた時にしてた格好だ。また見られて嬉しいぜ……!」
「弾くん!!!」
もう一度バッ!と抱きつこうとする真夢に弾は「おっと」と待ったをかける。
「えぇ!!!?」
このタイミングで拒否られるなんて、と焦った真夢が声を上げる。
「違う違う!そうしたいのはやまやまなんだけどよ、俺汚ねえから」
「えぇ!?汚くなんてないよ!?」
「汚ねえよ!!昨日から風呂入れてねえんだから」
「そんな事……気にしなくていいのに」
涙目で上目遣いの真夢が弾に言い寄ると、断腸の思いでハグを断ったにも関わらずその唇に吸い寄せられそうになる弾だったが。
「あぶね!!!」
「ああん!!何よお!!」
「だからな!?ぶっ倒れた時から風呂も入れてなければ歯も磨けてねえんだって!!」
「そんなのどうでもいいよお!私弾くんになら何されてもいいもん!」
「なんつー事言うんだお前!?そんなん俺が嫌なんだよ!!少しでも清い状態で……何言ってんだ俺は!?」
真夢が隙をついてまた抱きつこうとするが、弾は何とかそれを阻止する。
ぐぬぬ、と暫くやり合った後、二人でふっと吹き出し、あはははと声高く笑う。
「俺の側にいてくれるのか」
「うん、いるよ」
「真夢」
「うん?」
「好きだ」
「!! うん、私も好き」
「愛してる、の好きだ」
「うん、愛してる、弾くん」
本来ならぎゅっと抱き合ってキスでも……となる所なのだが、そうはいかない。
「ああー〜、真夢……ギュッてしてぇ……」
「したらいいのに」
「あーー!今すっげえキスしたい!」
「したらいいのに!!」
「だからな!!?」
「分かった、弾くん。……一緒にお風呂入ろう」
「………え?」
艶っぽい目の真夢が弾を見上げて言う。
「一緒に入って、二人仲良く清めようよ」
「はあっ!?」
思わず驚くが、弾はそんな真夢の提案に抗える訳もなく。
「……一緒に……」
「お風呂、こっち?」
「はい……」
真夢に手を引かれ、脱衣所へ吸い込まれていく。
バタン、と扉が閉まると、二人は一日刻を巻き戻すのだった。

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