猫の日

 

「ふう、今日の勤務も終わり!」

 退勤時間になり、退社の準備を済ませ、お疲れ様ですと挨拶をして事務所を出る。すると、事務所を出てすぐ「おーい!真夢ー!!」と通りの向こうから源さんに呼び止められた。
「お疲れ様、源さん。どうしたの?」
こちらに走ってきた源さんにそう声をかけると、源さんは息を切らしながら
「お疲れさん、真夢、もう帰るとこか?弾見なかったか?」
そう聞いてくる。
「弾くん?見てないけどどうしたの?現場上がりなんでしょ?」
「それがよ……黒木組の奴らが奇襲かけてきやがって。俺と弾とミカで応戦して退散させたんだけど、散り散りになっちまってよ」
ミカちゃんの無事は確認したが弾くんとは連絡がつかないという。
「ええ……!?弾くん大丈夫なの……?」
私が青ざめると源さんは
「まああいつがやられるってことはねえよ。黒木組のやつらは全員とっちめたし。真夢からも連絡してみてくれるか。俺らも連絡ついたらまた報告するから、安心して帰れよ。あ、でも気をつけろよ。そこまでは送ってくぜ」
と言ってくれた。私は不安だったけれど、源さんの言うことだし信用しようと思った。
「わかった……連絡してみるね。忙しいだろうから送らなくてもいいよ」
そう言ったんだけど、お前になんかあったら弾の奴に殺される!と言って家の近くまで送ってくれた。
源さんと別れて家に向かって歩き出すと、何か気配がする。
 源さんがいなくなった途端コレなの……?
不安になって恐る恐る振り向くとそこには……
「ニャーー」
猫がいただけだった。
「なんだ、びっくりさせないでよね……」
ホッとして胸を撫で下ろす。
それにしても綺麗な猫だなあ……緑色の目がクリクリ綺麗なまさに猫目!て感じの大きいアーモンドアイで、真っ黒な綺麗な毛並みに、頭のてっぺんの毛だけ赤くて、何か……
「随分なイケメ……いやイケ猫さんねあなた。弾くんそっくり!」
するとその猫はニャーー、ウニャーーと必死に鳴いて私の方へ駆け寄ってくる。そしてそのまま私の足に擦り寄る。
「あらまあ、しかも女の扱いを分かってるのね。そんなプレイボーイ属性弾くんが持ってたら困るからダメ!」
そんな風に笑って頭を撫でると嬉しそうに目を細める。じゃあね、とその場を離れようとしてもそのイケ猫ちゃんは私にずっとついてくる。隣を歩いたり前に飛び出したり……
「わっ!危ないよ!踏んだらどうするの?……なんか天気も悪いし……今日だけうちにくる?」
そう言うと猫は私の足にすりすりした後おとなしく隣を歩き始めた。
 家に着いて入り、玄関の鍵を閉める。
「家を出てるんだけど兄が猫アレルギーだからキミはずっとはおいておけないんだよ、ごめんね。今日は家族がいないから特別。今日だけでもここで休んでって、ダンくん」
そう猫に声をかけると猫は驚いた?様子で私の方を見上げた。
「キミは今日だけダンくん、ね。私の好きな人にそっくりだから!んふふ、すっごくイケメンなんだよ〜、キミには負けるけどね」
そう言って頭を撫でると猫のダンくんは私の顔をじーっと見ておとなしく撫でられている。
「それにしても本当の弾くんの方は大丈夫なのかな……源さん達見つけてくれたかなあ……弾くんに何かあったら私……」
そう言って電話をかけてみるけどやっぱり出ない。大丈夫?落ち着いたらメッセージ頂戴ね、と連絡する。不安で泣きそうな私をダンくんはじっと見ていたけど、ニャーニャー鳴きながら私に擦り寄る。
「元気付けてくれるの?ありがとう優しいね。本当の弾くんみたいだね」
心配ばかりしてても仕方ない。また連絡してみよう。とりあえず……
「あなたを家にあげるなら……一緒にお風呂入ろっか」
するとダンくんは飛び上がって玄関の隅に逃げてしまった。猫は水が嫌いなんだっけ。
「でもおうちに入るならあんよだけでも……ねっ?じゃないとあげてあげられないよ?」
そう言うとしぶしぶ隅から私の元にやってくる。
「偉い偉い!じゃあ待っててね、お湯入れてくるから」
お湯が沸いてバスルームに連れて入るとダンくんは最後まで嫌そうだったけど仕方なく、といった感じでやはりバスルームのすみで背を向けて座っている。
「なあに?見たくないって言うの?失礼しちゃう……わあっ!!?」
ボディソープが暴発して私の目に入り、悲鳴を上げるとダンくんは驚いてこちらを振り向くが、私の姿を見ると「ギニャーーーーーッ!!」と声をあげてぐったりしてしまった。
「何!!?心配してくれたと思ったらそんなに嫌がらなくても……まあいいや、大人しいうちに洗っちゃおうね〜」
大人しくなったダンくんをさっと洗ってタライにもお湯をはる。
「浸かりたいならここに入ってていいからね。私もさっさと洗っちゃうから」
そう言って自分を洗い始めると背中に視線を感じる……振り返るとダンくんがフイと目を背ける。
「背中は見れるけど他は見られないって?そりゃあなたには何の興味もない身体だろうけどさ!」
んもう、ぶつぶつ言いながら泡を流し終え、ダンくんの入ったタライを見るとダンくんがお湯に浸かっているのが見えてちょっと笑える。
(しっかり浸かってる!)
それを見てたら少し元気が出て……それがすごく嬉しかったの。
 お風呂から出て身体を拭いてあげるとダンくんはさっさと脱衣所から出ていってしまった。本当に失礼しちゃう!待てよ、それとも紳士なのかな……?
ナイトブラにパンイチでリビングに出ていくとそれを見たダンくんはまた飛び上がって向こうを向いてしまった。
「はいはい!失礼しました!家族がいない時くらい軽装でいたいのよ!ほら水あげるからこっちにおいで」
声をかけるとこちらを見ないようにやってくる。紳士がすぎるわ!
大きめのカップに水を入れると顔を突っ込んで飲んでいる。ご飯はどうしよう……何か買ってきてあげようか、食べられるものがあるか調べようとスマホを見ると源さんからメッセージがあることに気付く。見ると、弾くんはまだ見つかっていない、けど必ず見つけるから心配するな、お前は家で引き続き連絡してやってくれとの内容だった。
外を見るともうすっかり暗くて、小雨が降っている。時計を見ると七時半を過ぎてる……
弾くんに電話をかけても出ない。留守電にまた連絡するねとメッセージを残す。
「う……」
急に不安になって涙が溢れてきた。ダンくんが私のそばにきて、私の手に擦り寄ってくれる。
「慰めてくれるの?ありがとう……」
ダンくんを抱き寄せて頭を撫でてあげるとゴロゴロ喉を鳴らしている。
「キミはほんといい子ね……まるで……」
そう言うと涙が堰を切ったようにボロボロと流れる。ダンくんの大きな緑のアーモンドアイが丸くなる。
「あのねえ……私の大好きな人がいなくなっちゃったみたいなの……」
ダンくんはじっと私の話を聞いてくれていた。
「大丈夫かなあ……弾くんなら大丈夫だよね……きっと無事だよね……でも心配で……どうしたらいいのかわからないの……私、何も出来ないのかなあ……」
そう言って泣いてしまう。ぎゅっと胸に抱き締めるとダンくんは身を捩った。
「あ……ごめん、苦しかった?」
慌てて離すと今度は自分から私の胸に飛び込んできた。そしてペロリと頬を舐める。
「慰めてくれてるの?優しいね」
大人しく胸に顔を埋めてくれる。
「あのね。あなたにそっくり、いやあなたがそっくりな男の人。弾くんて言うの。ダンくんだか弾くんだかわかんなくなっちゃうね、ごめんね。カッコいいんだよ。私が好きで好きで仕方ない人なの……早く見つかって欲し……う……」
そう言ってまた泣き出してしまう。ダンくんはじっとして動かない。しばらくすると私の頭を優しくポンポンと叩く。
「あ、ありがとう……やっぱり私、探してくる。留守番しててもらってもいい?すぐ戻るから。あ!そうだ、ご飯も買ってきてあげるね!だから……」
まだ話の途中でダンくんはニャーと返事をする。そして……
私の胸からよじ登って首元にすりすりした後、唇にチュッとキスをしてくれた。
「えっ!?」
そう思うと同時にボン!!という衝撃波のようなものが聞こえて目の前に煙が立ち込めた。


「わっ!?何!?!?」
びっくりして目を瞑って、しばらくして目を開けるとそこには本物の弾くんがいた。
「ええ!!?だ、弾くん!?本物の弾くんなの??」
「ああ、俺だよ。やっと元に戻れたぜ。ありがとな真夢」
 何が起きたの?どうなってるの??
全てが訳がわからないって感じだったけど、弾くんのその声を聞いた途端、私はもう我慢出来なくて、思いっきり弾くんに抱きついた。
「よかった……!ずっと連絡取れなかったから……!私、私、すっごく心配したんだから……!!」
「悪かったな……心配かけて」
そう言って私を強く抱きしめる。私も力一杯弾くんにくっつく。
「泣くなよ、もう大丈夫だってば」
「どうしたの……?一体何があったの?」
そう言いながら弾くんは笑って私の頭を撫でてくれる。それから二人でソファに座ってゆっくり話をしてくれた。
 どうやら黒木組の奇襲は返り討ちにしたが、その際変な煙幕を浴びてしまったらしい。するとどういう訳か猫になってしまい、好きな相手のキスがないと元に戻れないと知った。
「じゃあ……今までは……あの猫のダンくんが本当に弾くんだったの?」
「そういう訳だ」
色々頭で反芻するうちにふと疑問が湧いてくる。
「あのさ、さっきの猫の時の記憶あるの?」
「……おう」
「えー!じゃあさ、お風呂に入ったり、私のおっぱい触ったり、私の身体舐めたりしたの覚えてるの?」
「……まあな」
ひええええ!!私は顔から火が出そうだった。
「だから風呂も嫌がったろ!?でも入らなきゃ追い出すっていうし、あんま見ないようにしてたけどお前すげえ格好でうろつくし、む、胸に押し付けてくるし……」
弾くんも真っ赤になって必死で弁論する。そうだ、私はまだナイトブラにパンイチというとんでも軽装のままだった!!
「ひゃああごめんね!!お見苦しいものを!!」
「見苦しい訳あるか!!寧ろ……いやなんでもねえ!!!」
 あれ……でも……
「何で私のところになんて……」
弾くんはなるべく身体を見ないように私の顔を見て、赤い顔のまま
「だから言ったろ。好きな相手のキスじゃねえと元に戻れねえって」
と言った。
「だ、だからね!それならなんで私のところに……?!」
「はあ?何言ってんだよ。俺はお前が好きなんだよ。首ったけに惚れてる。悪いかよ」
「え……えええええええ!?!?」
驚きすぎて思わず大きな声で叫んでしまった。
「本当はお前が寝たらさっとだけキスさせてもらってそっと帰ろうと思ってたんだ。でもお前俺を探しにこんな雨の中出ていくっていうから、これはもう急いだ方がいいなって……」
「それでさっき私にキスしてくれの?」
「そうだよ。お前じゃなきゃ元に戻れなかった」
全部が信じられないけどそれが一番信じられない……
「私なんかよりもっと可愛い女の子いっぱいいるじゃない……どうして私なの……?」
「寝言は寝て言え。まあ寝かせねえけど」
「えっ」
弾くんが私の両腕を掴んで私の顔をじっと見る。か、カッコ良過ぎて直視出来ない……!ガン見してるけど!!
「お前も、俺の事が好きだって……」
 あーーー!!そうでした!!
めちゃめちゃ言ってた!!ダンくんに向けて弾くんの告白してた!!
「え、えっと……」
「違うのか」
「違わない!!!」
「じゃあこっち向けよ」
「無理です……」
「なんでだよ」
「恥ずかしくて死んじゃう……」
「いいから」
弾くんは私を抱き寄せて顎に手をかけるとそのまま私の唇に自分の唇を重ねた。私も目を閉じて受け入れる。
「んっ……」
唇を離すと弾くんはひょいと私をお姫様抱っこした。
「わあああ!?」
「真夢の部屋は?」
「へ!?に、2階だけど……」
そう言うと弾くんは私を抱っこしているのに全然軽やかにスタスタと2階の私の部屋へと向かう。
「ここか?」
「そう……」
「お邪魔します」
「ぎょええ!?ちょ、待っ、ええっ!?」
ドアを開けて私を優しくベッドに放る。弾くんはそのまま覆い被さってきた。
「ご家族も今日はいないそうで?」
「えええ!?あの、まだ心の準備が……!あ、そうだ!ていうかシャワー浴びたい!!」
「ダメだ。それに……風呂ならさっき一緒に入ったろ」
 そうでした!!!あわわわ、私はなんてことを!!
「いやだって!あ、そうだ!源さんに連絡しないと!すごく心配してくれてたしまだ探してくれてる!」
すると弾くんは手早く電話をかけ
「源三か、俺だ。元に戻れたぜ。もう大丈夫だ。ありがとな。じゃあ俺これからちょっとやることあっから」
そう言ってスマホをポイと床に放った。
「……やることってなに……?」
「決まってんだろ」
「……えっ」
「……セックス」
「……!!!」
「ずっと我慢してたんだぜ、これでも。お前のこんな姿見てお預けくらってて、すぐ飛び掛からなかっただけ評価してくれ」
そしてまた激しくキスをした。
「……ふぁっ、弾くん、好きぃ……大好き……!」
「ああ、真夢、好きだ、愛してる」
お互いの服を脱がせ合って裸になると、私は弾くんにギュッと抱きつく。弾くんもそれ以上に強く抱き返してくれる。
「どうした?」
「嬉しいの……ずっとこうして欲しかったの……」
「そうか……俺もだ」
弾くんは微笑みながら頭を撫でてくれる。
「……じゃあ、いくぞ」
「うん……」

 そうして私たちはそれはめくるめくラブタイムを過ごしてから、また一緒にお風呂に入った。
 
 猫の日の、不思議なお話。

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